家庭内の愚痴は、プログでは書かないようにしていましたが、たまには書いてもいいかなぁ・・・・・
(思いっきり長文な愚痴です。不快な方は読まないでください💧)
うちは、お金は無いが敷地は広く庭も広い💧
その庭の楓の木ときたら、春夏は緑が美しく素敵だけれど紅葉(といっても黄色)のあとの落葉ときたら凄すぎる。玄関前の敷地一面は黄色い海。プラスもみじ🍁
その落ち葉🍂を姑は一生懸命掃いていたのですが、高齢になっているので膝に負担がかかり、今まで歩けないことなどなかったのですが家の中で杖をつかないと歩けないほど痛くなったそうなのだ。
夜の食事のときのこと、ぼそっと「足が痛くて歩けない」と呟くので、どうしたのかと聞いてみると、かなり痛いらしかった。
「明日いつも行っている整形外科に行ってみたら」と言うと休診だと言う。
私と姑は喧嘩はしないが相性も良くないし用事がなければあまり話さない。
結婚してすぐ同居して、息子が生まれると義両親は孫が可愛すぎて母である私を邪魔者扱いする始末であった。
孫を膝に乗せた義父は、私が様子を見に行くと
「おかあさんなんて、いなくていいよなぁ!」と叫び、義母はもっと最悪で、息子が「おかーさん」と言えるようになると、「はいはい」と自分が返事をするのだった。
もしくは息子が「おかーさん」と言うと
「はいはい、おかーさんって隣の家のジョン(犬)のことよね」と息子に言っている。
息子が私を「おかあさん」と呼ぶことさえイヤなのであった。
私も若かったので多少のバトルはしましたが2対1では勝てない。毎日心は折れるし旦那は味方にならないし、円形脱毛が十個もできていつもバンダナを巻いていた。
一番のネックは
「子供に大人(家族)の喧嘩を見せられない」ことだった。
少しずつ髪は元に戻ったけれど、何年間か凄く辛かったのだ。
その時に私は
「あなた達が年老いて歩けなくなっても面倒もみないし、一緒の墓にも入らない❗」と固く誓ったのですが結局は・・・
「おかーさん、歩けなくなったら困るから、T接骨院に行こう」と連れて行く破目になるのだ💧
男性には絶対わからない嫁と姑の心の闇。
本当の親子のように上手くいく関係の人もいるにはいるが、努力でどうこうできないところがあるのは確かなことなのだ。
いつもの接骨院の先生は、とても優しく迎えてくれて
「優しい先生だねぇ」と姑は言っていたが、だから連れて行っているのだ。
てっちゃんは、商売で優しくしているのではなく、本当に親身になってくれる先生で優しさのオーラのようなものが全身から溢れ出ている。
こんな人も珍しいと思いますが、紹介した人はみんなファンになってしまう。
今日も姑を連れて早めに接骨院に行ってみると、若い綺麗な女性が
「せんせ~、せんせ~」と別れを惜しんでいた。
先生も嬉しそうにしていましたが、午前診療が長引いたのだろう。15分休んでまた午後診療でも嫌な顔ひとつしない。したことがない。
一年に一度くらい機嫌の悪そうな時はありますが疲れていて当然な仕事量なのでした。
私は姑を車に乗せて、一緒について歩いていますが早く良くなってほしいと思う。
思うけれど、心の中がなんとなく複雑な気持ちになることがあるのだ。
私はそんなにできた人間ではないし、感謝の気持ちだけで生きるなんてまだまだその域には到達できない、到底及ばない。
(産後1ヶ月で、里帰りしてる実家に迎えにきて「なんだったら孫だけ返して貰ってもいい」と私の親に言い放ったよね💢)
とか
(私が救急医で運ばれた時、隣の家の人と笑ってたよね。見舞いも一度も来なかったよね💢)
とか・・・・・
色々思い出すことがある。
私は何年たってもこの家を自分の家と思えず、家に帰るのが楽しくない。
キッチンは女の城みたいなものだけど、キッチンの脇に畳を敷いて、そこを姑がリビング代わりにしているせいもある。
認知症になった女性が実家のほうに歩いていく気持ちがよくわかる。
そう思いながらも結局は面倒みなければならないし、何も考えず淡々とこなしたほうが自分も楽なのだ。
たまには、我慢しないでこうやって書くことで気持ちがすっきりするかなぁと💧
長文読んでくださった方、ありがとうございました

(姑も私のことで我慢していることはあります)