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日々これから日記

口を中心とした身体の健康について役立つ内容を目指します

再開します

2018-04-23 11:41:25 | Weblog
随分長くお休みしていましたが、自分の思ったことをつぶやいていくことを再開します。
テーマは日々の出来事と健康に関すること、特に専門である口の健康についてをメインしたいと思います。

東京消防庁会見とキャラメルボックス

2011-03-20 08:45:38 | Weblog
昨夜はいい夜だった。

地震以降でいちばん良かったと感じられた。

既に評価が高い、東京消防庁の会見、その任務に望むに当たっての準備、現場での計画、医師らとの連携、隊員の士気、リーダーシップのあり方。

丁寧な説明。

やはり、素晴らしかった。今日も引き続き活動されるのでしょうが、安全に任務が続けられますよう、祈ります。

その前に銀座で演劇集団キャラメルボックスの公演も見てきました。これまた素晴らしかった。
この人気劇団にしてはめずらしいことに、この状況なので、平日はかなり空きがあるとのこと。
是非、観に行かれることをお薦めします。「夏への扉」。

昨晩は19年に一度の満月。暗い東京で一段と輝いていました。

妻は妊娠中。放射線量がきになるところ。http://113.35.73.180/monitoring/index.html新宿での放射線量は常にチェックしての外出。

でも良かった。

本当に良かった。

あいまいさと寛容さ

2011-03-13 12:30:29 | Weblog
岩田健太郎さんもブログでコメントしている。
「これだけの規模の災害で、暴動も起きず、略奪も起きず、貧富によって救助のされ方が違うなんてことは想像すらされず、、、、規律と善意と寛容な心を持って団結できている日本という国は本当にすごいと思う。自然の力はものすごい、と感じ入る一方、関東大震災の時より遥に大きな地震でも多くのビルはびくともしなかった。人の力にも驚嘆している。」
そのとおり、辛いながらも今は一つになって団結する。皆が困難に遭っている人に心向けることが大切だ。
「内田樹さんのブログにもあったが、こういう未曾有の災害時で一番大切なのは寛容である。誰かが誰かを糾弾するような口調は厳に慎まなければならない。政府も東京電力も必死である。当たり前だ。この問題を適当にあしらってやろうなんて思っているものはいない。こんな大事な問題、ちゃっちゃとやっつけ仕事ができるわけないではないか。

メディアはお願いだから、リスクに関して「はっきり言わないのはけしからん」とか「後手にまわっている」などと糾弾するのは止めてほしいと思う。このような場合では、メディアはいつもの糾弾口調は慎み、慎重になっていることを称賛し、苦労と心痛をねぎらうべきなのである。」

その通りだと思う。

大地震

2011-03-13 11:22:47 | Weblog
地震、原発、被災したと思われる知り合いたち、千葉県旭市の親戚。いろんなことが不安に駆られる。

少しでもすべてがよい方向に向かうこと心から祈りたい。

テレビの情報はあまりに広範すぎて。もう少し絞った、より必要な情報が欲しくて、twitterを見ている。

やはり、朝日新聞社会部さんと勝間和代さんのtwitterは的確と感じる。

心構えとして、茂木健一郎さんと内田樹さん。否定的な感情を抑えて助け合おう。

仕事の渋滞

2011-02-20 08:56:12 | Weblog
渋滞学というものがあるらしい。西成活裕先生という方が取り組んでいる。なかなかおもしろそう。

その西成先生の書いた、「仕事の渋滞解消します」を読んでいる。

まだ途中だけどおもしろい。

例えば、個人の渋滞を解消するには、
①予定と予定との間には30分くらいのスキマを作る。道路の渋滞を解消するには、車間距離を十分にとって一定の速さで進むことなんだそうな。
②一日の仕事の時間割を作る。1単位2時間くらい。一日のうち2時間は「ゆとりの時間」にあてる。こうすることで予定のずれが回復しやすくなる。
③週間、月間の予定を立てて、簡単な仕事からはじめる。目標を達成し続けることで仕事の慣性の効果が与えられる。
④仕事は限界の7割程度のチカラで取り組む(予想外の事態に対応できる)。新しいことにチャレンジする!「失敗をしなかった人は何もしなかった人である」
⑤仕事を中断するときに、次にパッと仕事が始められるように机に準備しておく。スキマの時間(15分くらい)でできるような仕事を携帯しておく。
⑥事務作業は急いでやる。どうしても提出しなきゃいけないでも工夫は必要ない書類作成は感情を入れずにサッと処理する。
⑦長期的な仕事と短期的な仕事を同時並行で進める。長期的な仕事で出てくる無駄が短期的な仕事の滋養になることがある。その逆もありうるため両方の無駄が活かされる。

などなど。

当たり前のようなでもすごく納得の内容です。

白夜行

2011-02-11 11:11:01 | Weblog
東野圭吾に今更ながらはまっている。

きっかけは新参者。鮮やかなトリックと軽い人情話が新しいと思った。

加賀恭一郎シリーズから、他の作品も、新作の白銀ジャックもすがすがしかった。

そして、ようやくというか、やっぱり白夜行。

なぜこの2人はこんなに世の中を憎むのか。あまりに完璧な。そして憎しみに驚く。

じぶんの周りにこんな悪意を秘めた人が存在していたら。本当に恐ろしい。

どうしたら?

正直のほほんと生きてきてしまった自分には、とても太刀打ちできない。

同窓会

2011-01-26 21:04:00 | Weblog
大学の同窓会。卒後、えーと14年くらい経つのにまだ一回も公式には開催されていない。

ちょっとさびしい気がしたので、昨年末、同期の友人の結婚式を機に、いよいよやろうとなった。

で、私がなんか知らないけど幹事になって。まずはメールリストを作り出した。

これがなかなか大変。全部で70人くらいいて、そのうち分かっているのは30人くらい。徐々に集めて今40人まではできた。

少しは利用できるようになったかな。

連絡網がないと何かの時には不便だものね。

で、こういうことしてみて、やっぱ懐かしさとか恥ずかしさとか、なんとなく感傷的になるときもなる。

今起きている辛いことが少し過去の思い出に浸ることで、頑張る気持ちが出ることってやっぱりある。こんなメールリストで、かつての友人からの1通のメールが、今を頑張る支えになるかもしれない。

そこでまた思う。
私はたまたま、あまり嫌な思い出がなくて、進んでこの仕事をやっているけど。嫌な思い出がある人にはこんなもん何の魅力もない、過去は消したいと思う気持ち。ただのおせっかいに感じている人もいるのだろう。

でもそれってやっぱり寂しいことだ。事件を起こした人が時にそういうけど、ほんとにすべてが嫌な思い出ばかりってどんなにつらいことなんだろう。ちょっとほんとに辛くなった。そういう人に手を差し伸べる、セーフティネットって何だろう?

家族?友人?それがない人はどうするの? ネット、バーチャル。一方的でなくそれらが双方向的になったとき、それは確かにすがるワラになるかと思う。でもそれはほんとうに脆い。簡単に裏切られるかもしれない。

本当の孤立。

そうならないための生き方を教えること。それがとても必要な教育なのではないだろうか。人とつながりはじめる小学校から。




ジャック

2011-01-21 01:48:12 | Weblog
言わずと知れた、24 のジャックバウワー。

ようやくファイナルシーズンを見始めた。 おもしろい。

水戸黄門のような安定感がある。話しもよく考えられている。

まだ半分だけどすごく濃密。

でもやっぱり、最後なんだなあって感じ。もう限界ねジャック。

これ見ると、なんか自分がもっと仕事しなければいけない気になって。

ブログ書いてしまいました。

おやすみなさい。

1月になってはじめたこと

2011-01-10 23:31:50 | Weblog
パソコンのうえで考えることを少し減らして。昔のように手書き、紙に書いて考えをまとめる、アイディアを出してゆくこと。

ネタ帳のようなノートを付け始めた。パソコンはワープロ、情報検索の機械。

とは言いながら、POMERAを購入。斎藤孝さんの「15分あれば喫茶店に入りなさい」からの影響。

あと、勝間和代さんのブログに刺激され、SonyのReader(小さい方)を購入。本の自炊を始めた。

目的は、NHKの語学テキストを持ち歩けるようにすること。BOSEのノイズキャンセリングのヘッドフォンも揃えて、これで外勉強の体
制が完成かな。あとは継続あるのみ。頑張るぞ。ついでこれらを持って家の周囲のウォーキングも始めた。目指せ減量。

インプットとアウトプットそれぞれ新しい試み。

勝間和代さんの書かれていることは刺激になるし、参考になるけど、ちょっと自分とは異なる感想も多し。でもそれはそれで佳い。

win chanさんがブログで返信してくれた。難しい内容。回答するのは難しい。ただ、医者の判断が分かれる難しい問題は、やはり難
しい問題なのだと言うこと。現実的には、医者同士で話し合うよりは、医者と患者とが手を取り合ってその問題に立ち向かってゆく
こと。それができる環境を作ることだと思う。医者の始まりは祈祷師、患者の回復をただ祈ることしかできなかった時代からずいぶ
ん知識と技術は進歩したけれど、底辺は同じ気がする。今の医師患者関係に信頼がなくなってきていることが一番の問題と思う。知識や技術の習得に掛ける努力同様にコミュニケーション力、患者の訴えを聞く力が求められていると思う。

総合診療が注目を改めて浴びているのも良い流れだと思います。

今年の終わりに

2010-12-31 19:07:56 | Weblog
大晦日。一年を振り返りつつ、来年への抱負を考える。

今年は、自分のやることがまだ見つからなかった年。日常を何とかこなしてきただけ。まあ50点という感じ。悪いこともなかったけどこれといったこともできなかった。
でもここにきて、自分のなす事が少し見えてきたかも。いや腰を据えてあと1,2年自分の仕事を深めてゆきたいと思う。足りないところも見えてきた。やればよいことも見えてきた感じ。目の前のことから少しずつ。

いつも拝見させていただいてきたwin chanさんのブログで、2つ反応しなきゃと思いながら返信できなかったことがある。
それも今年のうちにすませてしまおうかな。
①医師の間で治療方針は統一されないのか?
 簡単言うとその通り。各医師で治療方針は必ずしも統一しない。でもある程度の経験、知識がそろっていればそれなりの結論に至るはず。途中の道は違っても行き着くところはある程度一緒のような。大学病院のような様々な経験をもった医師が集まっている場合には、医局内あるいは診療科内でカンファレンスを行う。そこで意見交換しながら治療方針を詰めてゆく。そうした努力をしない
とやはりばらばらになってゆく。これはしかも常に連日、至る所で行わなければならない。医者には本当にコミュニケーション力が必要であるとおもう。
②プロフェッショナルとしての仕事と芸術的な評価との関係
 最近読んだ柳家花緑さんの「落語家はなぜ噺を忘れないのか」という新書がおもしろかった。噺家さんは一番の気持ちとしてお客に笑って貰いたいというのがある。でもそれを表面に出して、笑わせたいという気持ちが出てはいけない。それを隠すのが品ということとになる。心の中で3つの層を作ってしっかり優先順位を決めることが大切。その3層とは1:表面を被っているのは、人物描写に徹する姿、お客さんに見せている部分。2:内部には1を支える技術への意識。落語では間やらしさ、緩急といったところ。3:中心の層、意識の奥の部分にはやっぱり「ウケたい」という純粋な気持ちがある。プレーヤーの本音の部分で、やはりかっこよくウケたいという思い。この3つの順番が変わってしまってはバランスが悪くなる。

これって医師、歯科医師にも当てはまる。結局は患者に感謝されたい、直って褒められたいというか。それがコアにある。でもそれが前面に出てしまってはやはり野暮。なかにはでもそういう素直な面を期待する患者も最近は多いと思いますが・・。

今はなんでもすべてさらけ出すことだけが正しいみたいなところがあって、とても辛い面も多いんじゃないかなあ。裏と言ってはいけないかも知れないけれど、そういうものがあってもあえて許せる度量がお互いにあっても良いのでは。

ちょっと最後は始めに言いたかったことではないのですが、こんなこと思いました。

さて来年の今頃はどんなこと思っているかしら?

皆様にとって佳い年になりますように。