高木ブー

2007-12-18 13:06:08 | Weblog
『ジェンキンじゃなか、、』、、と彼は言った。


『ちょうどこれから、、今頃の時期に、こっちば出て明治通りんにきば走ると、、』
もうボチボチ酔っ払いが出てイイ機嫌で騒いでいるのを見ると、、、
これから山陰の目的地まで夜通しトラックで走り、、、、
寒くて、寂しくて、暗い、、、またあの思いをするのか、と思うと、、、
『もう、、銭金(じぇんきん)じゃなかなぁ、、、と、思うて』トラックの運転手を辞めたのだ。
と、この徹夜麻雀あけの高木ブーのような顔をした六十代の男は、
焦点の合わない目を、病室の窓から見える日暮れて暗灰色になったビルや道路に向けて、言った。


高木ブーはトラックを降りこれから年金で暮らしていこうと思った矢先、
異常な高血圧が判り入院する事になったのだそうだ。

『山陰のにきの寒さは、そりゃぁ、もう、、』たまらない、という。
『山の上んにきで信号につかまると、、』ブレーキ(サイドブレーキの事か?)が凍り付いて発進ができず、
できるだけ、長い時間ブレーキをかけないように、注意しながら車を運転していくのだ、
と高木ブーは暗い顔をした。


この夜、おそらく彼は嫌な夢を見た。


10時の消灯の後一時間ほどして、うつらうつらしていると、
病室右の窓側ベッドのブーの寝息が妙に変化し始めた。

呼吸の、吐くときの最後の方に何やら言い始めたのだ。

それは最初、ブーの普段の声よりも1オクターブほど高い『ヒャリ、ひゅひゅひゅ~~』というようなもので、
次第に『ひゅらりよろ~~がぁ~~』『んにゃ~~しゃらめ~~しょりらぁ~~』と
誰かと言い争っているような、泣いているような笑っているような、
しかしあきらかに言葉をかたちづくろうとしているパラフィンを含んだ重湯のような声であった。


ブーの奇妙な声は実際には30秒くらいではなかったかと思う。

しかし、この子供の鳴き声のような恐ろしい高域での半音は、
私の神経を完璧に覚醒させ、
4時過ぎまで私の頭の中で反響し続けた。

『ひゃらりひょろぉ~~ひゃひぇりよろがぁ~~~~~~』



・・・・・・・・・



翌朝、隣のベッドの敬三が私との間のカーテンをそーっと開けた。

そして、寝不足気味の私の顔をじぃっと見つめ、
少し気の毒そうな真面目くさった目をして小声でこう言った。

『明け方、、、、あんたうなされて、寝言ば言よったばい・・・』








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