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観光列車から! 日々利用の乗り物まで

日記代わりに始めました。
まずは先日の小旅行での観光列車から出張利用の乗り物まで。

可児駅 JR東海)太多線

2017-01-01 11:11:11 | JR東海 中央本線・高山本線・太多線

可児駅(かにえき)は、岐阜県可児市下恵土にある、東海旅客鉄道(JR東海)太多線の駅、可児市の代表駅です。可児川対岸の市街地からは若干離れており、駅前は閑散としています。

名鉄広見線新可児駅が隣接している。2つの駅舎の間には、JRの線路をくぐるための地下道がある。 駅前には腕木式信号機が保存されていたが、2014年撤去された。駅舎の反対側には駐輪場がある。大型商業施設や官公庁などは比較的駅から遠い場所にあり、徒歩で10分程度要す。

相対式ホーム2面2線を有する地上駅。駅舎は古い木造駅舎です。互いのホームは屋根無しの跨線橋で結ばれています。構内トイレ(水洗式)は駅舎に隣接している。
東海交通事業の職員が業務を担当する業務委託駅で、美濃太田駅が当駅を管理している。みどりの窓口・タッチパネル式自動券売機がある。起終点の美濃太田駅・多治見駅を除くと、太多線では唯一の自動券売機設置駅である。自動改札機やエレベーターは設置されていない。2013年(平成25年)3月に改札外にあったキヨスクの売店は営業を終了した。その後、キヨスクが取り壊され、自販機コーナーとなった。窓口の営業時間は、7時から19時までで、駅員配置時間外は出札口が閉まり、自動券売機も発売停止される。
2009年(平成21年)2月に2番線北側に引込線が新設され、旧引込線は撤去された。旧引込線上には、旧ホームと現1番線を区切る形で2010年(平成22年)3月にフェンスが設置された。TOICAの運用も同年に開始され、当駅は簡易改札機による対応となっている。
2011年(平成23年)6月現在、可児駅東土地区画整理事業に伴い駅前広場整備が行われている。利便性向上のため将来の橋上駅舎化も構想されていたが、事実上断念。東西連絡通路のみ建設されることとなり、2013年4月より西側、東側の順で地質調査が行われ、東西連絡通路の工事着手となった。


のりば
番線 路線 方向 行先
1 ■太多線 上り 多治見方面
2 ■太多線 下り 美濃太田方面

 

1918年(大正7年)12月28日 - 東濃鉄道(現存する同名会社とは別)新多治見 - 当駅間(後の太多線)の開通と同時に広見駅として開業。当時は旧広見町域にあった。旅客・貨物の取扱を開始。
1920年(大正9年)8月21日 - 当駅 - 御嵩駅間(後の名鉄広見線)が開通。
1926年(大正15年)9月25日 - 東濃鉄道 新多治見駅 - 当駅間の国有化および、当駅 - 御嵩駅間の東美鉄道への譲渡により、国鉄・東美鉄道の駅となる。
1928年(昭和3年)10月1日 - 太多線 当駅 - 美濃太田駅間が開通、同時に現在地(旧今渡町域)に移転。
1929年(昭和4年)1月22日 - 名古屋鉄道広見線が当駅に乗り入れ。
1930年(昭和5年)2月16日 - 名古屋鉄道・東美鉄道が国鉄広見駅の共同使用をやめ、新広見駅(現在の新可児駅)として独立。
1982年(昭和57年)
3月1日 - 貨物の取扱を廃止。
4月1日 - 可児市誕生に合わせ、可児駅に改称。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、JR東海の駅となる。
2010年(平成22年)3月13日 - TOICA利用開始。
2013年(平成25年)3月30日 - 駅舎内にあったKIOSK閉店。

電報略号 カコ
ヒロ(改称前)
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗車人員
-統計年度- 1,437人/日(降車客含まず)
-2013年-
開業年月日 1918年(大正7年)12月28日
乗換 新可児駅(名鉄広見線)
備考 業務委託駅(夜間無人駅)
みどりの窓口 有
* 1982年に広見駅から改称。

 


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