放浪日記

刮目せよ、我等が愚行を。

ジプシーキャラバン

2008年02月01日 | 電影
 スクリーンに映る天童よしみ激似のジプシークイーンの迫力に、僕は涙ぐんでいた。
エスマ。マケドニア出身の歌手。子供のときから歌い続け、今では世界を代表するジプシーミュージックのシンガーとなっている。日本でいうところの美空ひばりみたいなものか。大きな身体を揺らし、ジプシーの魂の叫びともいうべき歌を、歌い上げる。
差別。漂泊。虐殺。貧困。
欧州では時折社会問題にもなっているジプシーについて、僕たちはほとんど知らない。
もともとインド北西部の民族だったジプシーは、行く先々で迫害を受け、西進を続ける。生きるために。もちろん、迫害されたから移動したというのは、若干言い過ぎの感は否めないが、理由のひとつであることに間違いはないと思う。
新しい土地で、板金や修繕などの職業や大道芸のようなことをしながら、ジプシーたちは糊口をしのいでいった。そして、一定期間の定住ののち、再び移動を始めたのだろう。その土地で過ごすあいだに、彼らは地域の音楽を受け入れ、楽器を習得し、自分たちのなかで新しいジャンルの音楽をつくりあげていったのだ。ラジャスタンの大道芸を皮切りに、タブラやシタールなどのインド楽器、イスラムの声明、旋舞踊、トルコのブラスバンド、オーケストラの楽器たち…。ジプシーの漂白という歴史の表舞台には決して出てこない潮流は、その流れから抜け出ていったジプシーとともに各地の文化に入り込んでいった。
映画は、ジプシーミュージックを代表するアーティストが全米6週間ツアーを行なったときの映像と、各アーティストの母国でのインタビューで構成されている。
享年78で逝った、押しも押されもせぬナンバーワンジプシーバンド、タラフ・ドゥ・ハイドゥークスのリーダー、ニコラエ爺さんの男汁あふれるインタビュー。そして葬式の映像。泣き崩れる家族と窓の外で涙をこらえながらただひたすらに葬送曲を弾くメンバー。彼らは朝まで弾き続けていた。
僕たちの知らないジプシーはたくましく生きている。世界でどれだけ有名になってCDが売れていても、あんまりいい服を着ていないし、いつもいつも金が欲しいって言ってるし。住んでいる家も平屋で、井戸から水を汲んで生活し、庭先ではアヒルが日向ぼっこをしていて、スカーフを巻いたどっぷりと太った奥さんはくわえ煙草で洗濯物なんかを干している。貧乏の子沢山とはその通りで、やけに子供も多いし、ニコラエ爺さんは死ぬ間際まで、家族は俺が養っているなんてセリフを口にしてたし、商売道具の楽器もいたることにぶつけたあとがあって、見る人が見たら卒倒しそうなほどの代物だ。
アメリカにいるはずなのに、ツアーの移動中のバスの車内は、完全に東欧やら中近東の雰囲気になっていて、カレー食ってるインド人の横からスペイン人がちょっと食わせろみたいな感じでつまみ食いをしたら、すぐに顔をしかめて辛くて食えるか!って怒ってたり、エスマなどの中年おばちゃんはおばちゃんだけでかたまって座って、ロマ語で井戸端会議の延長を繰り広げていたり、爺さん連中は禁煙のはずの車内で煙草をくゆらせトランプ博打に興じ、飽きたら席を陣取って眠っている。
ツアーだからとか、国際交流とか、そういうことは、たぶん彼らには関係なく、楽しいから弾いているんだろうし、儲かるからアメリカまで来たんだろう。
それがものすごく人間臭くて、僕は好きだ。生活と垣根がないところにいつも存在するジプシーミュージックを聴くという行為は、異国の地で市場を散策することに似ていると思う。決してきれいとはいえない空気感、騒々しさがやけに気持ちいい瞬間、リアルな「生」の感触。盛り上がるのではなく、盛り上がらされる雰囲気。
僕は、漂泊の民が奏でる音を聴くことで、束の間の放浪を楽しんでいるのかもしれない。
この映画は、誰にでもオススメできる代物ではないかもしれない。けれど、一度でも制限のない旅の時間のなかに身を委ねた者であれば、または心のどこかでそういう行為に憧れている者であれば、2008年必見の映画だと思う。
この映画は東京だけでなく、大阪や東北などでも上映されるみたい。くわしくは公式サイトで。
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8 コメント

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Unknown (りゅう)
2008-02-01 20:28:16
残念ながら名古屋での上映は終了してしまった。 いつもなら名古屋は、名古屋飛ばしか、一番最後のほうなのに・・・。
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あ。 (tasom)
2008-02-02 05:47:05
映画観たいですね。



でも、背景が。。。。。。聖バレンタインデーバージョンすか。
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すまんが・・・ (四葉)
2008-02-02 10:10:55
一体どこにやってきたのかと・・今日の記事なんぞ読まずにコメントしてます(ごめんちゃい)
にいやのイメージちゃうやん!!
そりゃ~世の中バレンタインよ♪
にいやも男だから気になるんだねぇ

高校生のブログに飛んだかとびっくり仰天でした

こんな驚き期待してたんでしょ???
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Unknown (ようぞら)
2008-02-03 08:38:40
 観たい、観たいっ!!
にいやさんにはお薦めしてもらった映画がいっぱいあるので、日本に帰ったら、要チェキラっ!ですね。

 あっ、今月半ばに日本帰ります。。。。
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Unknown (デラ)
2008-02-03 10:34:08
ジプシーキングスなら毎日聞いてますよ。
もちろん鬼平のテーマですが(笑

今日は蕎麦部in東海です。
にいやんと姉さんは来るのかな???
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Unknown (にいや)
2008-02-05 13:21:10
りゅうさん>
あ、そうなんだ…。
でも、すぐにDVDとかになりそうですよ。
どこかに出かけた際に劇場でやっていたらぜひ観てください。


tosomさん>
男も三十路を超えると気持ちがオープンになります。
ベルギーチョコお待ちしています(笑)。


四葉さん>
もうすぐバレンタインですが、こういうとき、完全に無視をするか、ガッツいてみるか、どっちかだと思うのですよ、独身の三十路男としては。
で、今年は後者で行くことに決めました。
チョコ、お待ちしています(しつこい)。


ようぞらさん>
おおっ、ついに帰国!
東京に来る際は会いましょう!


デラさん>
そういえば、今年は蕎麦チョコというものが発売されているみたいです。

ウソです。
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遅まきながら (ちー)
2008-03-12 22:52:18
読みましたー

>漂泊の民が奏でる音を聴くことで、束の間の放浪を楽しんでいるのかもしれない。

なるほど!だから私あんな感動してたんかも。そしてやんわり沈静したのかも。ここ読んでパチンと指鳴らしました。パチパチパッチン★

というか、かなり共感しまくりの記事でしたビックリ!ともすれば他の人の感想も知りたくなるね。ほんとにいい映画だったね。また観たし!

背景バレンタイン?
一番オイシイの観損じてるちーでした~。笑
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Unknown (にいや)
2008-03-17 10:12:17
ちーちゃん>

な!

観てよかったでしょ!
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