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八、魔法使いになれると信じてた昔の俺はもういない。
「じゃあ八坂、一枚選んで」
クジャクの羽のように広げられたトランプを持って、青柳弟は謎めいた笑みを浮かべて言った。ニヤニヤしながら、と表現してもいい。
俺は何一つ見逃さないように目を見開きながら、そのうちの一枚を慎重に慎重を重ねて抜き取った。
「…よし。そのナンバーとスーツを覚えて?」
スペードの、6。
スーツというのはスペード、ハート、クローバー、ダイヤのマークのことだ…と、前に早瀬が言っていた。早瀬はトランプのゲームが好きだから、そういうのに詳しい。
「そしたら、カードを伏せて…そう。そしたら、俺は今から君の心を読む。さっき引いたカードのナンバーとスーツを、心の中で繰り返して…」
申し訳ないが、俺は素直じゃない。
ダイヤの1
ダイヤの1
ダイヤの1
ダイヤの1
ダイヤの1…
「君のカードは、スペードの6だな!?」
「いいえ。…あ、合ってた。」
「なんだよビビらすなよっ」
心が読めないのは確かだが、それにしてもすごい。
「やるじゃんか冬斗ぉ」
俺の後ろからのぞき込んでいた海野が関心した口調で言うと、青柳弟は見下したようなゲスい笑みを浮かべた。
「ま、お前よりはな。」
「テメェ、おれに一々喧嘩売らねぇと会話もできないのかっ」
「イエスッ!」
「前言撤回じゃっ!喰らえぇっ!」
「甘いわっ!掛かって来いやぁ!」
せっかくちょっと見直したのに、なんでこの人達ってこうなんだろう。
「はいはい二人とも、ちょっと落ち着いて」
深雪先輩は、いつもの通りにこにこして、一応ストップをかけるが収まらない。
本気で止めようとしている口調ではないが、本気で止めようと思えば止められる力をこの人が持っていることを俺は最近知った。
「冬斗先輩、マジック上手かったなんて知りませんでした」
早瀬が、目の前の喧嘩を気にせず深雪先輩に言った。
毎度のことで、すっかり慣れきっている。俺もだけど。
「弟はね、マジックって言うより手品って言いたがるんだけどね。『手品は魔法じゃない。種があるから面白いんだから、日本語知ってるなら手品って言うべきだ』なーんて、妙なこだわり持ってるみたい。冬斗、手品師になりたいんだって。」
深雪先輩は言葉を切って、ちょこんと首をかしげた。
手品師になりたいという人は珍しいと思う。師匠に弟子入りとかするんだろうか。
「今回のショーのこと、冬斗は本当に楽しみにしてるんだ。さっきみたいなトランプとか使う細かい手品ならどこでもできるけど、舞台でやるのとはやっぱり規模が違う、こっちの方が準備が楽しいからって。」
俺が感心したのは、青柳弟が道具からタネから全部自分で考えて、自分で準備しているところだ。
なんだかんだ言ってるが、海野と同じくらい本気が見える。
「一体、何のマジック…手品をやる予定なんでしょうね」
俺が何気なく訊くと、深雪先輩は口を尖らせた。
「それがねぇ、ぜぇーんぜん教えてくれないの。でも、変なこと言ってたなぁ…」
「変な…?」
「そ。昨日、『襖を貸してくれ』とかなんとか…」
「フスマ??」
「そう。襖。」
フスマ…って、米ぬかか何かだったっけか?それとも鯉のエサ?
「なんすか、それ…」
横にいた早瀬の質問を聞いた俺は、どうやら早瀬も知らないようだと分かって内心ホッとした。
深雪先輩はびっくりしたらしかった。
「え?…あ、そうか。襖、家に無いか。…うーん、そうだよねぇ。うち、家が古い昔ながらの家ってやつでね、玄関の戸だって、横に引いて開けるやつ」
深雪先輩は、手を横に引く仕草をした。
「それでね、押し入れの戸も横に引いて開けるようになってるの。で、その戸が襖っていうの。」
「へぇー」
俺たちは声を揃えた。
あれかぁ、ノラえもんのベッドのドア。ちがう?
「冬斗がね、私の部屋にある襖を外して、手品に使いたいって言い出したの。
で、いいよって言っちゃったんだけど…壊されると困るなぁ」
深雪先輩が本当にちょっと困ったような顔をしたので、俺たちは大いに同情した。
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八、魔法使いになれると信じてた昔の俺はもういない。
「じゃあ八坂、一枚選んで」
クジャクの羽のように広げられたトランプを持って、青柳弟は謎めいた笑みを浮かべて言った。ニヤニヤしながら、と表現してもいい。
俺は何一つ見逃さないように目を見開きながら、そのうちの一枚を慎重に慎重を重ねて抜き取った。
「…よし。そのナンバーとスーツを覚えて?」
スペードの、6。
スーツというのはスペード、ハート、クローバー、ダイヤのマークのことだ…と、前に早瀬が言っていた。早瀬はトランプのゲームが好きだから、そういうのに詳しい。
「そしたら、カードを伏せて…そう。そしたら、俺は今から君の心を読む。さっき引いたカードのナンバーとスーツを、心の中で繰り返して…」
申し訳ないが、俺は素直じゃない。
ダイヤの1
ダイヤの1
ダイヤの1
ダイヤの1
ダイヤの1…
「君のカードは、スペードの6だな!?」
「いいえ。…あ、合ってた。」
「なんだよビビらすなよっ」
心が読めないのは確かだが、それにしてもすごい。
「やるじゃんか冬斗ぉ」
俺の後ろからのぞき込んでいた海野が関心した口調で言うと、青柳弟は見下したようなゲスい笑みを浮かべた。
「ま、お前よりはな。」
「テメェ、おれに一々喧嘩売らねぇと会話もできないのかっ」
「イエスッ!」
「前言撤回じゃっ!喰らえぇっ!」
「甘いわっ!掛かって来いやぁ!」
せっかくちょっと見直したのに、なんでこの人達ってこうなんだろう。
「はいはい二人とも、ちょっと落ち着いて」
深雪先輩は、いつもの通りにこにこして、一応ストップをかけるが収まらない。
本気で止めようとしている口調ではないが、本気で止めようと思えば止められる力をこの人が持っていることを俺は最近知った。
「冬斗先輩、マジック上手かったなんて知りませんでした」
早瀬が、目の前の喧嘩を気にせず深雪先輩に言った。
毎度のことで、すっかり慣れきっている。俺もだけど。
「弟はね、マジックって言うより手品って言いたがるんだけどね。『手品は魔法じゃない。種があるから面白いんだから、日本語知ってるなら手品って言うべきだ』なーんて、妙なこだわり持ってるみたい。冬斗、手品師になりたいんだって。」
深雪先輩は言葉を切って、ちょこんと首をかしげた。
手品師になりたいという人は珍しいと思う。師匠に弟子入りとかするんだろうか。
「今回のショーのこと、冬斗は本当に楽しみにしてるんだ。さっきみたいなトランプとか使う細かい手品ならどこでもできるけど、舞台でやるのとはやっぱり規模が違う、こっちの方が準備が楽しいからって。」
俺が感心したのは、青柳弟が道具からタネから全部自分で考えて、自分で準備しているところだ。
なんだかんだ言ってるが、海野と同じくらい本気が見える。
「一体、何のマジック…手品をやる予定なんでしょうね」
俺が何気なく訊くと、深雪先輩は口を尖らせた。
「それがねぇ、ぜぇーんぜん教えてくれないの。でも、変なこと言ってたなぁ…」
「変な…?」
「そ。昨日、『襖を貸してくれ』とかなんとか…」
「フスマ??」
「そう。襖。」
フスマ…って、米ぬかか何かだったっけか?それとも鯉のエサ?
「なんすか、それ…」
横にいた早瀬の質問を聞いた俺は、どうやら早瀬も知らないようだと分かって内心ホッとした。
深雪先輩はびっくりしたらしかった。
「え?…あ、そうか。襖、家に無いか。…うーん、そうだよねぇ。うち、家が古い昔ながらの家ってやつでね、玄関の戸だって、横に引いて開けるやつ」
深雪先輩は、手を横に引く仕草をした。
「それでね、押し入れの戸も横に引いて開けるようになってるの。で、その戸が襖っていうの。」
「へぇー」
俺たちは声を揃えた。
あれかぁ、ノラえもんのベッドのドア。ちがう?
「冬斗がね、私の部屋にある襖を外して、手品に使いたいって言い出したの。
で、いいよって言っちゃったんだけど…壊されると困るなぁ」
深雪先輩が本当にちょっと困ったような顔をしたので、俺たちは大いに同情した。
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