知らないメールアドレス。そして、"おかえり。"という文面から、
仕事先のお客様であるとみて、間違い無い。
私のメールアドレスを何処で得たのかは後に考えるとして、まず、落ち着こう。
『こういう事は、よくある事だ』と。
問題は、私が部屋に着いて、すぐにメールが来たと言う事。
今日は体調不良で早めに退出した。早めに帰ってきたのだ。
このメールが、ラストまでの時間を見計らって送信されたのなら、まだ分かる。
しかし、明らかに、私が部屋の明かりを付けた瞬間だった。
それは、"部屋の明かりが付くのを観ていた"と言う意味だ。
偶然…?
私は瞬時に起き上がり、窓際に駆け寄った。
ここはアパートの2階。
下手に動けば、気付いて逃げられる。
カーテンの合間から見下ろしてみる。
見えにくい…。が、男が一人、居る。
背を向けて、携帯電話を耳に当てている。
携帯は、カモフラージュだろう。
アイツは誰だ?
アイツが私を観ていたのか?
…!
不意に男がこちらに振り向き、私を見上げた。
心臓が跳ねる。
漆黒に浮かんだ顔は、夕方の"F"と言う男だったから。
カーテンから顔を離し、考える。
Fが私を観ていた、のか?
同じアパートに住んでいたと言う事は無いか?
いや、此処は大学生仕様のワンルーム。加えて女性専用だ。
Fは男でサラリーマン。住める理由が無い。
それなら、アパートの誰かと交友関係にあるとか?
女子大生と妻子持ちが?不倫?…考えられなくは、無い。
再び、カーテンからFを見下ろす。
…居ない?
どこへ行った?
もう一度、隈なく目を凝らして見る。
…居ない。
帰ったのか?もしくはアパートに入ったのか?
前者であって欲しいと願いつつ、念の為玄関の戸締りを確認する。
念には念を入れ、もう一度カーテンから覗く。
更に念には念を入れ、もう一度玄関の戸締りを確認する。
ようやく安心し、改めてソファに寝そべる。
そして、改めて送り主不明のメールを見る。
返信を打つ。
そう言えば根本的に、この送り主の確認をしていなかった。
このメアドがFので無かったら、やはりFはこのアパートの誰かと不倫しているのだ。
その待ち合わせの為にアパート前に立っていた。電話はカモフラージュなどでは無かったのだ。
またF以外の誰かなら、それこそ偶然だ。
たまたま私が部屋の明かりを付けたのと同時に、メールが受信されたのだ。
最も、器具などを使い、遠くで観られていたなら話は別だが。
"えっと…、送り主が名無しさんなので分かりませんが…。
もしかしてこれは、今日可愛がってくれたFさん、かな??"
メールを送信する。
1分もしない間に、返信は来た。
その本文を見て私は何故か、妙な納得を覚えた。
"うんそうだよ、Fだよ! 嬉しいなー可愛がってくれただなんて!
でも愛ちゃん本当に可愛かった! 明日も会いに行くからね!"