その男の名前を、仮に"F"とする。
Fに感謝している事は、2つだけ。
1つは、奥様と離婚し子供の親権も受けなかった事。
もう1つは、20歳を越えていた事。
そうで無かったら、無益な逮捕しか出来なかったでしょ?
"地獄"と言う場所があるなら、
Fと言う男は間違いなく、私をそこに突き落とした1人目である。
今までこんなに、自分が女である事を後悔した日々は無い。
その"地獄"への道の始まりは、
何故か通常より本数が取れていた、秋の19時頃。
写真指名80分待ち。ありふれた若いサラリーマンだった。
『君が一番、可愛いね』
これが、Fの最初の言葉だった。
『有難う!ごめんね、随分待っててくれたみたいで』
『うんん、全然。愛ちゃん今、一番の人気嬢なんでしょ?店長さん、言ってたから。
待つくらい、当然だって!』
『そっか…もぉ照れるなぁ!でも有難うね、凄く嬉しい♪』
『しかし本当に可愛いなぁ、愛ちゃんは』
『やだっもぉ…本当に照れるってば!』
『だって可愛いんだもん、愛ちゃん。俺の人生初めてだよ?こんなに可愛い女の子は』
Fは間が空けば、"可愛い"と呟いた。。
それを除けば、風俗嬢にとって特に害の無い男だった。
待ち時間の文句を言わない。あらゆる乱暴な行為をしない。プライベートを詮索しない。
良く出来ていた、と思う。
Fが帰った後、何本かこなし、ぶり返した風邪を訴え、
早々に家路に着いたのが確か日付が変わる頃。
誰も居ない真っ暗な部屋に入って、明かりを付ける。靴を脱ぐ。
その最中に、バッグの中の携帯電話が振動している事に気付く。
このバイブは…、メール。
部屋に上がり、ソファに倒れ込む。
だらしない体勢でバッグから携帯を取り出し、メールを見る。
「…誰や?」
初めて見るアドレスが、画面に浮かぶ。送り主不明。
もう一度決定ボタンを押し、肝心の本文を開く。
"おかえり。"
風邪では無い、身震いが襲った。