泡姫の本音。 ~イイ男になる為の講座~

【イイ男】になりたい、そこの男性諸君っ!!
ここにある女の本音を、はいっ熟読熟読!!!

鬱・私を狂わせた女 ~その3~

2008年06月05日 00時34分06秒 | 鬱病。



"妊娠した"

妊娠した。妊娠。妊娠。妊娠。妊娠。



"今なら、役やめられるんだっけ?"

やめろ、やめろ、やめろ、やめろ。もう全部やめてしまえ。





私の頭が、怒りを超える。
その果ては、虚無だった。

1時間後、着信。



『もしもし、愛。メール見た?そういう訳だから。
 団長にも了解得たよー。ってか子供、団長のだし。
 ごめんね。D役は多分、モリグチくんになるんじゃないかなぁ、ってさ』

『…コリ。"了解得たよ"って、日本語、変だよ』

『は?何?』

『妊娠って、ねぇ、どういう事?』

『大丈夫だよ、2回目だし。堕ろすって』

『そうじゃない…』

『それでさ、ごめんねついでに、お願いがあるんだけど』

『お金、無いよ。私』

『2万でいいの!お願い!今、団員のみんなに、カンパしてもらってるんだよー!』



団員のみんな。何故、団員のみんな?そんなに近しい距離感があったっけ、お前。
そんなの、団長と処理しやがれ。

死ね。



『コリ、ごめん。お金は出せない』

『ええー?2万だよ?返すってば、絶対』

『うんん、無いの。何も。ごめん』

『ふん、ケチ!超ケチ!』



捨て台詞の途中で、通信を切った。
そうか。合点がいった。
団長のセフレだったから、あのスキルで、役が貰えていたのか。

気持ち悪い。

どうすれば、あんな価値の無い人間になれるんだ。






更に5時間。また、着信があった。コリでは無い。
同じ団員の、ミキだった。
彼女は劇団の事務もこなしている。

このタイミングで?嫌だ…。まさか。



『はい。どうしたの』

『あれ、やだ、どうしたの?泣いてるの?』

『うん』

『どうしたの?』

『うんん。ちょっと、コリにね、金、せびられてね。悔しくてさ』

『金?』

『妊娠したんだって。団長の子らしいよ』

『え…、嘘?』

『本当。堕ろすから2万貸してって』

『最低だね』

『うん』

『そうか、妊娠…。そうか、それで…』

『え、何?』

『次回の公演、クライアントからキャンセル入ったの。それを、みんなに連絡してるの』

『嘘!何で?!』

『多分、その妊娠の所為で。どっかで、洩れたんだ。他の劇団に』



弱小劇団は、主に、スキャンダルに潰される。
そのスキャンダルを、今か今かと待っている、同じ弱小劇団の人間が居る。
情報は、恐ろしく早く流れる。

"次回の公演は、キャンセル"。
それは、次回の次回の公演もキャンセル、次回の次回の次回の公演もキャンセル。
もうずっと、キャンセルという意味に等しいのだ。






終わった。短すぎた。

コリが現われるまで、あんなに。
あんなに、楽しかったのに。



鬱・私を狂わせた女 ~その2~

2006年08月08日 00時58分06秒 | 鬱病。

公演前は、団員は稽古に5時間以上、拘束される事になる。
劇の一部始終を、それと無く出来る様にもなると、
毎日が、リハーサル、ゲネプロの連続である。

今回のシナリオは紀元前の英雄達が主人公の為、アクションが多く、
役者の体力の消耗は、特別凄まじいものだった。
加えて季節は、夏である。
私は期間に、6㎏以上の体重は失った。皆も、同じくらいだ。



そんな中で、悠々と肥えた女が一人。



コリである。

コリ扮するエキストラDも、なかなかの殺陣(たて)が、あった。
英雄と対峙し、剣を振るって最期、残していく妻子を想いながら、死ぬ。
そんな、粋な男の役である。






しかし、コリは休憩の都度に、お菓子を食べた。
皆が、次の場面の復習に台本を開いている傍らで、ひたすら食べた。



『何で、そんなに食べるの?』
その姿が病的にも思えて、一度、訊いた事がある。
すると、

『私、人よりスタミナが無いから』
という、答えが返った。



スタミナ?
そうで無くても、小柄小太りなのに、
それを芝居で燃焼しようとしない姿勢は、何なの。
嘘よ。只、食べたいだけじゃない。
おかしいな。喋ったら案外、悪くない人だと思ったのに。

私は、首を捻った。






コリ。

他にもコリは、動きやすいからとスカートを止めなかった。
下着を故意に見せる節もあった。
これに興奮していたのが当の本人だけだったというのが、また滑稽で、
皆は徐々に、陰口すら、しなくなった。
無論それは寛容の類では無く、完全に見限った結果なのだ。

"見限った"。

まだ、コリに芝居の才が有ったなら、多分、納得もした。が、
当然ながらやはり、それは、それ相応の皆無の程だった。
敢えてそのレベルを表現するならば、
テレビドラマの、以下の以下の以下の以下、もう一つ、以下である。
それが決定打になり、皆は見限るに落ち着いたのだ、と思う。



兎に角、コリは、馬鹿な女だった。



私も、皆と同じ様にしたかった。
話し掛けられても、
無視したり、聞こえないふりをしたり、五月蝿いと言ってみたり、したかった。

が、劇では唯一、ギルガメッシュだけがエキストラDと、接するのだ。
その果てに、殺してしまうのだが。

此処で妙な溝を作ってしまっては、後が、やり辛い。
友達役の命もある。



頑張れ。幕が降りるまでの、辛抱。
私は何度、これを繰り返したか分からない。









『違うよ。
 何度も気を悪くさせる様で申し訳無いけど、駄目、それでは。全く男に見えない』

『いいじゃん。本番じゃないんだからさ。いちいち怒んないでよ』

『本番になったら、出来るの?』

『出来るよ』

『出来ないよ』

『出来るってば!』

『出来ないよ。はい、やり直して。そっくり同じ所』

『愛。あんた、色々見下し過ぎだから』

『あのね、私達はプロなの。それ、忘れてない?』

『あんた、出演料が発生する奴の全部が全部、プロだと思ってんの?馬鹿ね』

『思ってるわよ。馬鹿ね。はい、早く、やり直して』



しかし、元来の私とは不器用の塊みたいなもので、
抑圧される心中に比例して、口調は見事に刺々しくなった。

これが、新人が入団して、そしてその新人に対する、わずか7日目の会話である。

コリは、敬語を知らない。ついでに、向上も知らない。
1つ自分にとって都合の悪い内容を言われれば、25は反す。
仮にも、もうすぐ成人しようとしている人間が、である。



疲れた。
でも、頑張れ。もうすぐ、幕は降りる。もうすぐ。
最早それは、願望だった。












だが、しかし。

悲劇は、まだ。
兆しですら、起こっていなかった。






とある土曜の小雨の日。

嗚呼、今日くらいはコリに会わなくて済むんだと思っていた矢先の、コリからのメールに、
私は、生涯でも1、2を争う程の驚愕を経験する。









『妊娠した。今なら、役やめられるんだっけ?』



鬱・私を狂わせた女 ~その1~

2006年08月01日 00時54分33秒 | 鬱病。

4年前。
私は、弱小劇団に所属する、舞台役者だった。
売れなかった。なかなか、金にも為らなかった。

それでも、芝居というものには、
脚光、目潰し、サスペンスライト等の明かりから得られる恍惚感があったし、
又、何処の誰とも知れない人物が憑依する、何だか情交にも似た、それでいて清廉な居心地に、
私は惹かれて、たまらなかった。

つまりは毎日、とても、楽しかったのである。






コリが、そういう理由で入団を希望したのかは、今となっては知る由も無い。









『名前は出せないけど、とある劇団から此処の団長に誘われて来た、コリです。
 キムタクみたいなもんでね。苗字の頭と、名前の頭を取って、コリ。どうも』

初顔合わせの挨拶時、老若男女総勢23人の面前で、コリは、こう自己紹介をした。
本名すら、名乗らなかった。唖然とした。
更には、仮にもプロが、
これから運動(演劇とは、最早スポーツである)するに凡そ似つかわしくない、
オレンジ色の長い巻き髪、フルメイクの顔面、決め手は、マイクロミニスカート。

そこに居合わせた誰もが、"なんて馬鹿な女だろう"と、思ったはずである。



だからこそ結果的に、
彼女が最後まで、現場に解ける事は無かった。
元来、この劇団は極めて平和な方で、新顔程、可愛がられる風潮にあった。
しかし、それも、【最低限の常識がある者】という大前提が必須であって、
今回のこのコリは、少々、度が過ぎた様だった。意図せずも、因果応報である。






そんな不和の中、最も白い目で見られたのは、
当のコリ本人では無く、コリを団に招いた団長だった。
気の毒だと思った。誰でも時々はハズレを引くのに、と。

だが、この同情は後に、撤回する事となる。









さて、その異端児の入団から、わずか2日目。

この暗黙の嘲笑に耐え切れなくなった団長から、
同い年だからという曖昧な理由で、私はコリの友達役を担わされる事となる。
無論、皆の侮蔑を逸らす為に。

友達役。
誰かが、影で、あいつと友達になってやってくれなんて言われる人間にだけは、
なりたくないものである。
けれど、美術道具に紛れて独り、"エキストラD"の短い台詞を反芻していた彼女は、
嬉しそうに顔を上げた、様に見えた。






『ギルガメッシュ役の、愛です。宜しくお願いしますね。
 Dとは絡みがあるんで、そちら、読み合わせに付き合ってくれませんか?』

『え、女の人が、英雄なんて演(や)るの?』

『この通り、私は高身長ですからね。男役が多いんですよ。ほら、胸も平らだし』

『ふふ』

『そう言うコリさんも、男役ですけどね』

『コリでいいよ。愛さんも、18歳なんでしょ?団長が言ってたし』

『あ。じゃあ、私も、愛って呼んで下さいね』

『うん。愛、ね』









この接触が、狂への第一歩とは気付かずに。