"妊娠した"
妊娠した。妊娠。妊娠。妊娠。妊娠。
"今なら、役やめられるんだっけ?"
やめろ、やめろ、やめろ、やめろ。もう全部やめてしまえ。
私の頭が、怒りを超える。
その果ては、虚無だった。
1時間後、着信。
『もしもし、愛。メール見た?そういう訳だから。
団長にも了解得たよー。ってか子供、団長のだし。
ごめんね。D役は多分、モリグチくんになるんじゃないかなぁ、ってさ』
『…コリ。"了解得たよ"って、日本語、変だよ』
『は?何?』
『妊娠って、ねぇ、どういう事?』
『大丈夫だよ、2回目だし。堕ろすって』
『そうじゃない…』
『それでさ、ごめんねついでに、お願いがあるんだけど』
『お金、無いよ。私』
『2万でいいの!お願い!今、団員のみんなに、カンパしてもらってるんだよー!』
団員のみんな。何故、団員のみんな?そんなに近しい距離感があったっけ、お前。
そんなの、団長と処理しやがれ。
死ね。
『コリ、ごめん。お金は出せない』
『ええー?2万だよ?返すってば、絶対』
『うんん、無いの。何も。ごめん』
『ふん、ケチ!超ケチ!』
捨て台詞の途中で、通信を切った。
そうか。合点がいった。
団長のセフレだったから、あのスキルで、役が貰えていたのか。
気持ち悪い。
どうすれば、あんな価値の無い人間になれるんだ。
更に5時間。また、着信があった。コリでは無い。
同じ団員の、ミキだった。
彼女は劇団の事務もこなしている。
このタイミングで?嫌だ…。まさか。
『はい。どうしたの』
『あれ、やだ、どうしたの?泣いてるの?』
『うん』
『どうしたの?』
『うんん。ちょっと、コリにね、金、せびられてね。悔しくてさ』
『金?』
『妊娠したんだって。団長の子らしいよ』
『え…、嘘?』
『本当。堕ろすから2万貸してって』
『最低だね』
『うん』
『そうか、妊娠…。そうか、それで…』
『え、何?』
『次回の公演、クライアントからキャンセル入ったの。それを、みんなに連絡してるの』
『嘘!何で?!』
『多分、その妊娠の所為で。どっかで、洩れたんだ。他の劇団に』
弱小劇団は、主に、スキャンダルに潰される。
そのスキャンダルを、今か今かと待っている、同じ弱小劇団の人間が居る。
情報は、恐ろしく早く流れる。
"次回の公演は、キャンセル"。
それは、次回の次回の公演もキャンセル、次回の次回の次回の公演もキャンセル。
もうずっと、キャンセルという意味に等しいのだ。
終わった。短すぎた。
コリが現われるまで、あんなに。
あんなに、楽しかったのに。