うざね博士のブログ

緑の仕事を営むかたわら、赤裸々、かつ言いたい放題のうざね博士の日記。ユニークなH・Pも開設。

いい女性の声

2012年09月28日 17時23分09秒 | 俳句・短歌、またはエッセイ

 ちょっと古い話になるが、この夏のロンドンオリンピックでびっくりしたことがある。それは女子サッカーの‘なでしこJAPAN’のこと、MF 宮間あや 選手である。このときは、 澤穂希 からキャプテンに替わっていた。宮間あや は隣町の大網白里の出身で、うちの家内がスゴイと褒めていた。
 試合は順調に勝ち進んで 決勝トーナメントの準決勝で対フランス戦で2-1で勝った時のことである。終わった直後のピッチでのインタビューで彼女は、そつなく話しして最後に「男子も頑張りましょう」と言ったのだ。この若さでこの娘は、なんと、頭が切れるし気のまわし方気配りの出来るのだろうと非常に感心した。普通は興奮気味だから、スポーツ選手は話す言葉はまとまらないし舌足らずの物言いになるだろうにと思った。冷静というのでもなかろうが、頭と心の働きをすばやく口や行動で表現できる。相手チームへの試合後のおもんばかった挨拶やマナーも秀逸のようである。そんなこんなで、スポーツマンシップを讃えられている。性格もいいから仲間のまとめ役もできる。
 しかしどうか、アスリートでなくても、わたしにはこの女性の人間的資質(才能とも言うべきか?)についてそれ以外の分野でもどのぐらい伸びるかわからないと思える。これは、小さいころの育った家庭環境と、好きな道を選んで来たに違いないが本人の自覚の伴った訓練の賜物と思う。

 ところで話は変わるが、わたしはあまり耳がいいわけではないが、それでも好きな女性の声がある。同性の男の声はあまり気にしたことがない。
 まず、あるテレビの食材番組にながれる、 薬師丸ひろ子 の声である。歌を歌うと少しハスキーでそこそこの高音になる。この番組では映像的な出演はなくてナレーションのみだが、明るくて野太くて断言じみた物言いがいい。いかにも体型上の骨格が頑丈そうなイメージがある。可愛さやけれんみとは全く無縁で、しかし、言ったことがよく分かり記憶に残る。ぶらないこと、この声でズケズケと面と向かって言われても悪印象にはならない気がする。
 近頃のわたしにとって、最高なのはこの間までニッポン放送のラジオ番組に出ていた、 古瀬恵理 の声である。決して、顔のパーツの大きさや位置が整った意味での美人ではない。性格は良さそう。既婚であるが関係ない。一時、巨乳であるとか身体的特徴など別の方面で騒がれた、あの山形県出身のフリーアナウンサーだ。メリハリの利いたしゃべりと声の音質がクリアで質感があり厳正品といった完成度の高さである。珍しいことに声につやもある。古色蒼然たる表現では、鈴を転がす声という方向に近いのだろうか!?このあいだ亡くなった大女優の 山田五十鈴 の声はまさにその通りであったらしい。
 古瀬恵理 さんの声は、実際の顔や身体とは関係なく、わたし的にはいつまでも耳元で聴いていたい声である。
 話声はいたって普通だが、歌を歌えば力強くて胴間声という女性もいる。腰強い音声というか、何かを踏みしめるようなかみしめるような曲でシンガーソングライターの中島みゆきという歌手だ。
 最悪なのは 鶴田真由 という女優だ。つねに鼻濁音の声質で、外見はいいとしてもはっきり言って悪声の部類に入るだろう。
 最近の若い女性の可愛さの表現がうまくなってきている。つくったしぐさや表情とファッションのみと美容方法と化粧上手。プライドのみ高いかおつむが弱いとますます上手である。素顔を覆い隠すのみでおのずとにじみ出るものがない。男性陣は用心すべきだ、内実は問わず浅薄であり、ひとつ間違えるとはすっぱなだけかもしれない。
 性格の悪さが声に出ることはないが、生理的な部分はてきめんに出るに違いない。その人の性格を見るにはしぐさや言葉は当てにならない、やはり、つい出てしまう感情的な言葉尻の音質と、目だけはごまかせないのでないだろうか。
       

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