歌猫Blog跡地

漫画「鋼の錬金術師」と荒川弘について語るブログ。更新終了しました。

ささいな具体事(16巻収録相当ネタバレ含む)

2006年11月23日 | ◆小ネタとか突っ込みとかつぶやきとか
2007年3月発売16巻収録予定話のネタバレを含みます。









アルは、元に戻ったら何がしたいかと訊かれ、「アップルパイが食べたい」と言った。
切ない、って思う。
アップルパイは幼馴染の味。そしてアップルパイはヒューズの思い出。温かい家庭と死の衝撃と、喪失感。

なぜ、アップルパイが切ないのか。アップルパイが食べられないという現状がそこにあるからだ。そしていつ食べられるのかも分からない、あるいはもう二度と食べられないかもしれない。
だから、切ない。

けれども、例えばアルを、普通の中学生の男の子に置き換えてみて。
部活の帰り。暗い中、重いバッグを肩に、そぞろ歩き。
そこで、「今度の試合キツイよな。終わったら何がしたい?」と訊いて。
「アップルパイが食べたい」と答えられたら。
ねえ、笑っちゃうよねえ?
「何だよアップルパイー?!」ってさ。
その笑いは、人生がこのまま続くという確信によってもたらされる。

エドは、アップルパイが食べたいと言ったアルを、思い切り笑う。
エドは、元の身体を取り戻せると確信している。今ここにアルがいて、そして未来のアルもいる。人生は必ず続く。そう確信しているから、笑えるんだ。

だから私たち読者は、エドが笑ってからかう姿を、いいな、って思うんだ。


一歩離れて。
「アップルパイが食べたい」と言う14歳の男の子。
例えば肉マンより「乙女」、でもショートケーキより日常。そして、そういえば最近いつ食べたっけ?と、ちょっと懐かしい感じのする、アップルパイ。
このさり気ない距離感が、鋼だと思う。日常に足がついた、ファンタジー。

もう一歩離れて。
「アップルパイが食べたい」と言う、2メートルを越す鎧。
・・・・・・シュールだ。
この嘘っぽさ、日常から隔絶した「マンガっぽさ」。
なのに、やっぱり、切ない。
それが、鋼らしいなあ、って思う。


ある、短歌評で。
その歌集は歌人が癌で入院中に編まれたもので、その中に、飼い猫を洗ってやるために外泊届を出して帰宅する、という内容の歌がある。
その歌を指し、評者は言う。
「なんという端的な直接性であろう。切なさ限りないがまたどことなくユーモラスで微笑を誘う。
生への執着とはかかるささいな具体事への執着なのだ」

ささいな、具体事。
猫を洗ってやらないと。
金魚に餌をやらないと。
今日の給食は好物だ。
明日は漫画の発売日。
あの子にメールしないと。
母さん誉めてくれるかな。
アップルパイが食べたい。
弟の笑顔が見たい。

ささいな具体事。それは私がここに在る証。
笑っちゃうくらい単純なこと。でも、それで私は生きてゆける。


最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
なんか泣けちゃって。 (のわこ)
2006-11-23 22:25:05
歌猫様
こんばんは。
アルがね、アップルパイを食べたいって言った話ですけどね、私は私で、シャンバラのエドが無意識に口にするという妄想を繰り広げたことがあるんです。
明日が分からない、だけど、もし、明日が来たら、アップルパイが、食べたい。
明日への不安はいつもあるけど、

>ささいな具体事。それは私がここに在る証。
>笑っちゃうくらい単純なこと。でも、それで私は生きてゆける。

生きるって、そういうことなのですねえ。
で、タイトルに戻る、なのです。

のわこ
返信する
コメントありがとうございます (歌猫)
2006-11-25 07:25:19
のわこ様こんにちは。
アルとエドのあの場面、大好きな二人の会話だから、何か言いたかったんだけど、うまくいえなかったんですよ。それが、この短歌評でするりと形になりました。実に、「何を見ても鋼」な毎日を送っております(笑)
エドについてもまた考えました。自分に存在の全てを預ける相手。飼い猫とか、ベランダの鉢植えとか、酪農の牛とか。自分のエゴで自然から隔絶させたもの。けれどそれに対する気持ちは、責任とかそれに付随する重さ煩わしさよりも絶対、愛おしさのが勝るよなあ、とか…。いやー何だって鋼です~(笑)
コメントありがとうございました!
返信する