モンテッソーリの教室で学ぶ子どもたち
親の都合で2歳になる直前にアメリカに転居した娘の嘆きは、まるで姉妹のように毎日遊んでいた二人のお友達と遊べなくなり、会えなくなったことでした。始めこそ、仕事を辞めて毎日家にいるようになった母親と喜んで遊び、引っ越し荷物の片付けなど手伝っていましたが、やがて「友達が欲しい!」「誰かと遊びたい!」と言うのに時間はかかりませんでした。
転居したのが冬だったせいで、カリフォルニアといえどもシリコンバレーは雨季。毎日のように雨が降り、朝からどんより曇り空。近所の公園に行っても人っ子ひとりいなくて、立派な砂場もブランコも、大きいだけに、まるで無人の廃墟のよう。「ねぇ、子どもたちはどこにいるの?」と娘に聞かれ、自分自身も右も左もわからない母親は「ほんと、どこにいるんだろうねぇ?」と答えるしかなく、おぼつかない英語をあやつって子どもの遊び友達を探しに文字通り"奔走"しました。
英語はおろか、日本語もおぼつかない娘が、はじめてプリスクールに通い始めたのは2歳3カ月になろうとする時でした。転居して約4カ月。紆余曲折しながら探し当てた学校のウェイティングリストに載せて3カ月目でした。
送りだす初日、心配で胸がドキドキだったのは娘でなくて私だったと思います。怪我したらどうしよう‥‥、泣いてご迷惑をかけたらどうしよう‥‥、おもらししたらどうしよう‥‥、心配は尽きません。そのうえ娘は英語もできないのです。考えに考えた挙句に、娘に教えた英語は3つだけ。「イヤって言うときはノ―(No)、おしっこにいきたかったらピー(Pee)、ありがとうはサンキュー(Thank you)よ。」(参照:『プリスクール初日のキーワード』)
このプリスクールはモンテッソーリ方式で、「厳密ではないけれど、たいていは満3歳になってから通い始めるんですよ」と説明され、では来年のために見学をと、娘を連れて学校訪問に行ったところでした。スウェーデンのご出身という大柄な校長先生が教室や運動場を案内してくださったのですが、たまたまトイレを覗いた時に、校長先生が突然大柄な身体を丸めるようにして娘のお尻を覗き込み「あら、もうおむつをしていないの?」とお聞きになったのです。娘は1歳半くらいでオムツを卒業してましたので「はい」と応えると、「じゃあ、もういつ入学しても大丈夫。ウェイティングリストに載せましょう。」と急転直下の展開。『個々の子どもの発達に合わせて』というモンテッソーリの考え方が本当に実践されているんだ、と驚きました。
後で聞いたら娘は"史上最年少"での入学だったそうで、これがその後4年間もお世話になることになった、小さくて家庭的でフレキシブルに運営されていたプリスクールとの、実に幸運な出会いでした。
初日は張り切って登校した娘が、毎朝ぐずるようになるのに時間はかかりませんでした。「だって、誰も遊んでくれないんだもん‥‥」。母親の私は聞くだけで「そうよね、何と言って仲間に入れてもらえばいいのかだって、わからないよね‥‥」と内心オロオロするのですが、かわいそうでも本人が自分で頑張るしかありません。そんな娘と読んだ本が、エッツの『わたしとあそんで』でした(参照:『わたしと遊んで』)。
読み始めてしばらくしたある日、朝学校につれていったら、向こうから小さなお姉さんが現れて、娘の手をとって"Do you want to play with me?"と聞いてくれたのです!イセラというエキゾチックな名前の物静かな女の子でした。
そうでなくても初めての子育てに戸惑っている新米の母親にとって、頼る人のいない外国でのバイリンガルの子育ては、子どもと一緒に泣きたいような場面のたくさんある経験でした。ですから、幼かった娘はきっと忘れてしまったと思いますが、私は、華奢なイセラがプレイグラウンドの向こうから近づいてきて娘の手をとってくれたあの日の感激を今でも忘れません。
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今週は、外国で、小さな娘を始めての”社会”に送りだした、新米おかあさんの経験をあつめてみました。
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