うっかりゆきべえの日記2

ゆきべえの日常のウッカリや、愚痴を吐き出す場所

人の優しさ、温かさ 5

2011-03-16 12:02:08 | Weblog
翌朝、TVを付けて電車の運行状況を確認したら

自分の住む駅から主要駅までの電車が運行していた






めちゃくちゃテンション上がって、
洗濯済ませて、洗い物済ませて、窓閉めて、ブレイカーを切って
既に準備万端な帰省バッグを持って家を出た



友人がドトール好きらしく軽く食べてから電車に乗った。
ミラノサンドを初めて食べたけど

めちゃめちゃ美味ですね




主要駅に着いて、新幹線の切符を買ったら
今すぐ乗りたくて
すぐにホームに出て行った


うちに2泊してくれた友人に感謝
「3日間ありがとう。ホントに寂しくて辛い時を一緒に過ごしてくれて、ありがとう。」

「また、会おうね


そして、実家に辿り着いた






この震災を経て、
衣、食、住が当たり前に確保されてる日常が
当たり前じゃない生活を目の当たりにして
今まで自分が凄く恵まれた環境に居た事に改めて気付きました



何より
人ってホントに優しくて温かくて、頼もしいんだなって
私には、こんなに素敵な友達が沢山居たんだなって、
気付く事が出来た。



常に、新しい色んな情報を配信してくれて
常に気に掛けてくれて
実家に着いたよって連絡したら
自分の事のように喜んでくれて

友達って、何よりもどんな高価なものよりも
素晴らしい宝物だと思いました。



ありがとう
ホントにありがとう




でも、まだまだ苦しい生活を続けている人が沢山居ます
私もですが、これを読んでくださったみなさんでも、
東北の方々の為に出来る事をしましょう

節電、節水など基本的な事だけでもきっと違うはずです


少しでも、力になりたいです。

きっと、凄く精神的に辛いと思うから・・・。




ながーーーーい日記になってしまいましたが最後まで読んでくれてありがとうございました





最後に、この震災によって亡くなってしまった方にご冥福をお祈り申し上げます。
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人の優しさ、温かさ 4

2011-03-16 11:31:43 | Weblog
友人を家に泊めた次の日は
「神社にお参りに行こう!」

って別の友人と約束していたので
3人で行ってきました。

原宿へ・・・。


・・・ってか。





・・・人が。







・・・居ない。






いつも、ザワザワしてる原宿が異様に静かでした。


それでも、神社は鳥居をくぐると神聖な空気が流れていて



水は凄く澄んでいて綺麗で、切実に神様の存在を感じた





神様・・・。














そして、神様とご対面した後
腹ごしらえにパンケーキ

美味~




そしてまた帰路に着く。

「お家で一人は怖い。」

そう言ったら友人が、
「今夜はあたしが泊まりに行くよ。」
と、昨日とは別の友人が泊まりにくる事に


翌日、絶対実家に帰ろうと思って眠りについた
ホントは今すぐにでも帰りたかったのですが、翌日別の友人と会う約束があったので残っていたのです。

そしたら、翌朝とんでもないことが起こった








今まで通常運行してた電車が






運行中止になったのです。







計画停電の話は、前日の夜ニュースで見ていたのですが

電車が止まるなんて・・・




動いている電車もあったのですが、私の住む駅から出ている電車が全部運行中止になっていて
駅から出られないので会う約束だった友人とも会えないし
今、うちに泊まりに来てくれている友人も家に帰れないという状態になってしまいました



なんか、車も無くて駅から出られない状態って

ホントに不安になるね



ただでさえ、弱っていたので
「早く実家に帰りたい~
って友人と二人で弱ってしまいました。


しかも、計画停電に備えて
懐中電灯買いに行こうとしても売り切れてて


ホント、昨日のんきに原宿でパンケーキ食べてる場合じゃなかったな。
早く帰ればよかった







そんな事言ってても仕方ない。
友人も居るから、一人じゃなくてホントに良かった

とりあえず、家でTVゲームをやって楽しんだ後、ご飯を食べて寝た。


明日は電車が動いてますように
と、切実に祈りながら。







次に続く・・・。
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人の優しさ、温かさ 3

2011-03-16 11:07:51 | Weblog
朝起きて、まずスーパーに買出しに行った


朝マックやってたら食べたかったけど
やってるはずもなく


行ったスーパーでは、開店後20分しか経っていないのに激混みだった



そして、やはりパンやレトルト食品や乾物、飲料水は常に棚にない状態だった。
補充しても補充しても、すぐに無くなる



レジまで、2時間弱並んで、やっと買えた


地震の翌日、会社はお休みになったので
みんなでテレビを見てのんびり過ごした。


東北地方の津波の被害を見て、凄く悲しい気持ちになり
前日の地震の怖さがフラッシュバックされたのか
友人が泣いていた


予想以上に、心に受けたダメージが大きかったみたいでした。
私も、友人も。




そして、夕方頃動いている電車を使って
自分の住んでる駅にドキドキしながら帰った


家が潰れてたらどうしよう
とか
家具、家電がグシャグシャになってたらどうしよう
とか



そして、ドキドキしながら家の鍵を開けたら
電気、水道、ガスが全部大丈夫で
家具、家電も全く動いていないと言う
耐震っぷりをみせてくれました。



良かった


実は、引っ越す前の家周辺がかなり被害を受けているらしく
ライフラインもダメだし、道路もやばいと言う話を聞いた







もう少し、遅いタイミングで引越してたら確実に大きな被害を受けてた




地震後しばらくは、駅に来ないで下さいって状態だったらしい

お、恐ろしい



そして、同じように一人暮らしで家に帰宅した友人から
「ゆきべぇ家に行っても良いかな?今夜一人で、怖い」
ってメールが来たので友人を泊めた


私も怖かったから、ホントに有り難いメールだった




震災が起きてから、必ず誰かと一緒に夜を過ごしている

怖いんだ。
一人になるのが・・・。


地震が起きた時、高い所に一人で居たからか、


孤独が泣けるくらい怖い







・・・続く。
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人の優しさ、温かさ 2

2011-03-16 10:33:18 | Weblog
震災が起きた後は、外の建物から離れた場所で


職場の仲間と集まって余震に耐えていた




でっかい地震の後、数分後にまたでかい地震がきて

それ以降は小さい(とは言っても震度3~4くらい)余震が、数十分おきに来てました。



約、3時間ほど外で待機した後
「室内の安全が確保されました」
って事で室内に移動



社内のコンビニに行ったら
「混雑とパニックを回避するためか、店がしまっていた


自動販売機のパンも、既に完売。
カップラーメンも既に完売。



「あ~、お腹空いたね

既に、時間は19時になろうとしてた。


室内の、会議室らしき場所に100人くらいの社内の人が収容されて
私は同期の子達とかたまっていた。



同期の子達が、
「お菓子あるよ~。」
ってカバンから次々にお菓子が出てきた

みんな、普段からこんなにお菓子を持参しているのか


こういう日に限って何にも持っていないので
みんなのお菓子を少しずついただいた



地震の情報は、携帯電話から入手していた為
携帯の充電もなくなり
電波も悪くて、メールがかなり後に届いたりしていた。


その間も、ずっと余震は数十分ごとに続いていて
その度にみんな、顔がこわばっていた



それでも、みんなが居るから大丈夫!
と言う、強い団結力と、お互いを助け合う気持ちだけは凄くて、
ここに来てあり得ないくらい私達を勇気付けてくれた。



携帯サイトから、海外から多数の応援の声が・・・。
とかニュースを見ると泣ける位嬉しかったり


はぁ・・・自分弱ってるなぁ。


でも、そういう
地元、愛知のみんなからのメールや電話
関東の友人からのお互いの安否確認とか


ホントに心から嬉しかった





21時を過ぎて、家に帰りたい方は気をつけて帰ってください。
ただ、家に着いたら会社に必ず一報下さい。

と言う感じで、会社に残る人、家に帰る人に別れた。



会社の空気が、もう悲しい空気になっていて
これ以上会社に居たらホントに病みそうでしたし

会社の近くに住む友人が、「うちに来て欲しい。」と言ってくれたので、お世話になる事にした



会社の外に出ると、道路がひどい事になっていた

電柱は斜めに倒れていて、道路はひび割れていた。
酷い所は、段差が生じていたし
液状化が酷くて、道路が水浸しになっていた


そんな道を、みんなでゆっくり歩きながら帰った。

友人宅に着き、とりあえずみんなお腹が空きすぎてたのでコンビニへ。





・・・無い。




既に、パンや、サンドイッチ、おにぎり、お惣菜、飲料水などが完売していた


残っていたのは、カップラーメンだけ
それだけでも空腹の私たちには有り難くて、カップ麺を購入して帰った。


友人宅は、大丈夫だったのですが友人宅付近では
ガス、水道、電気が全てダメになってしまっていた所もあって大変だったようです


その日は、友人宅もガスが止まっていたので
お風呂は入らずに寝ました。

・・・なんか風呂入れてないのにゴメン。と思いながら





また、次に続きます。

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人の優しさ、温かさ

2011-03-16 09:35:42 | Weblog
引越しの2日後、いつもと変わらぬ朝で

いつもと同じように家を出て、引っ越し後だったからいつもより早めに家を出た


あと1週間で仕事を辞めてしまうので、ひとつひとつ噛み締めながら働いているところでした




午前中の仕事が終わり、お昼の12時頃に先輩と食堂でご飯を食べて

午後の仕事の準備に入った




午後からは、安全帯というベルトをつけての高所での仕事だった。

結構な高さの場所で、そこには高所作業車で登って
安全帯はスタッフに付けてもらって
高所作業車は、また私の仕事が終わったら下ろす為に来てくれる事になっていました。


別に、いつもやっている仕事だし

怖いとか思ったこともないし、普通に仕事していたのですが



その日は眠くて、半分眠りながらの作業






そして・・・。





・・・地震発生・・・





普段から、風でガタガタ揺れるようなやわい作りの場所なんで

最初は、「そんなに風強いかなぁ?」


なんて勘違いをしていたのですが





次第に揺れがかなり大きくなってきて、なかなかおさまらず
おそらく2分近くは揺れていたんじゃないかと思うくらい揺れていて



普通に地上で仕事をしている人達が
「キャーキャー、地震だぁ」
って騒いでるのが聞こえて

なんせ、やわい作りのわりに高い場所に居たんで

いつ、柱が折れてまっさかさまに地上に叩き落されるか分からない恐怖と
安全帯につながれているので、これを外さないと逃げられないし
自分で外せない(外し方が分からない)
という体を制約されている状態に


私は少しパニックになってしまっていた





だんだん息が苦しくなってきて、過呼吸になりかけてしまった。

落ち着け、落ち着け、って自分で自分を励ましながら助けを待った。




しばらくたって、高所作業車が私を助け出しに来てくれたんだけど

凄く長く感じた。

なんせ、やわい場所に居たので地震がおさまってもずっと揺れ続けていたんですよ



高所作業車が、私の所に来て
「大丈夫ですか?」
って言ってくれた時に
泣きながら
「大丈夫です。」
と答えた。
全然大丈夫じゃないじゃんね







地上におりてから
同期や先輩が
「とにかく、ホントに無事で良かった。怖かったよね。
ホントに怖かったよね。よく頑張ったね。」
って言いながら、きつくハグをしてくれました。


なんか、みんなの温もりや優しさと共に
私は生きてるんだな、みんなに支えられて生かされてるんだな
って凄く感じて
また涙が止まらなくなった




震災から、5日経ちましたが
東北の方々が、大変な生活を送っているのをテレビで見ると
ホントに心が痛みます




食料とか、水とか
いつもあって当たり前だったものが無くなって
どこにも出られないのに、今居る場所はいつ余震が来るか分からない状況で
怖いのに逃げられない。
精神的なストレスで、潰されそうな状態でも
お互いを思いやったり励ましあって生きていて



涙が出ます。





続きを書きます。次の日記も読んでください。
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