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つばさ

平和な日々が楽しい

新学期が始まるよ、大人も子どもも、体と心をならしなさいと。

2013年08月26日 | Weblog
夕歩道

2013年8月26日


 ツクツクボウシが、鳴いています。夏休みも八月も、今週で終わりです。宿題は終わってますか。絵日記はつけていますか。何々、もう月末まで書いてあるって。いやはや、それはなんとも…。
 今年の猛暑は格別でした。でも、お盆を過ぎると土用波が立ち、空の色、雲の形も変わります。一日が短くなるのがわかります。新学期が始まるよ、大人も子どもも、体と心をならしなさいと。
 ところが、季節外れは国会議員さん。お盆が終わると、百人近くが海外へ視察旅行に繰り出した。費用は一人百七十万円まで公費ですって。宿題は終わってませんね。絵日記もつけてませんね。

いま消費者は情報の多さに疲れている。マイナスは隠し、能書きは多くという従来の商売とは逆の発想も、

2013年08月26日 | Weblog
春秋
8/26付

 「ようこそ日本一あついまちへ」。そんな急ごしらえの立て看板を前に、記念写真を撮る観光客たち。今夏、国内観測史上で最高となる41度を記録した高知県四万十市の光景だ。お盆の時期、観測地点に近い地元産品の直売所を訪れた客は、平年の6倍に達したという。

▼急きょ開いた、激辛うどんを皆で食べる催しも盛況だったと本紙の記事が伝えている。緑に囲まれ清流が流れる土地であり、暑いといっても蒸し風呂のような大都市の暑さとは、しのぎやすさが違う。とはいえ、暑さは暑さだ。「日本一涼しい」街が観光客でにぎわうならともかく、なぜ暑い街をわざわざ人は目指すのか。

▼暑さ日本一になったとたん、逆手にとってのPRや催し。何やら頭が軟らかく、故郷が好きで、ノリがいい人たちに会えそうではないか。地方の観光振興をテーマに小説「県庁おもてなし課」を書いた有川浩さんも、いま客はその土地ならではの物語を体験し、持ち帰りたいのだと指摘する。暑さや不便さも物語の一つだ。

▼現代の情報過多も味方した。いま消費者は情報の多さに疲れていると野村総合研究所は分析する。商品や解説が詰まった冊子や店舗は買う気をそぐ。その点「日本一暑い」は特徴が明快だ。皆が知っているから、近所や職場でも話の種になる。マイナスは隠し、能書きは多くという従来の商売とは逆の発想も、時に有効だ。

少年ジャンプで連載中、人気が下位に沈んでも、編集長が子どもに読ませたいと判断し連載は続いた。

2013年08月25日 | Weblog
中日春秋

2013年8月25日


 昨年亡くなった中沢啓治さんには「はだしのゲン」の続編を描く構想があった。目の病気で実現できなかったが、広島平和記念資料館の展示室で下書き原稿を見ることができる(九月一日まで)
▼敗戦から十四年後、ゲンは絵の修業のために上京する。理髪店で被爆のことを話すと、店主から「原爆を受けた者に近づくと放射能がうつる」と罵倒される。東京大空襲で親を失った子どもに同情し、財布を盗まれる場面もある
▼絵が描かれているのは一ページだけ。鉛筆でこま割りやせりふを指定する粗いスケッチだが、波乱に富む新生活を予感させる。続編では被爆者差別を描こうとしたそうだ
▼累計部数一千万部超。二十カ国で翻訳されているこの漫画が、松江市の小中学校の図書館で自由に読めなくなった。旧日本軍の暴虐さを描いた一部の描写が過激とされた
▼校長四十九人のうち、制限が必要と答えたのは五人。結果的に政治的圧力に屈する形になった市教委の判断は理解に苦しむ。週刊少年ジャンプで連載中、人気が下位に沈んでも、編集長が子どもに読ませたいと判断し連載は続いた。どちらが教育的だろうか
▼麻生太郎外相(当時)の肝いりで核拡散防止条約の国際会議に政府代表団が英語版「はだしのゲン」を配布したことも。下村博文文部科学相は閲覧制限を認めた。大の漫画好きの麻生さんの考えが聞きたい。

何かをぼんやり眺めていたいと思うことは誰にもあろう。

2013年08月25日 | Weblog
春秋
8/25付

 「人まじわりすると血がにじみますから、未明の水を眺めてしばらくすごしたいと思っています」。釣り好きの先輩作家、井伏鱒二にあてた開高健の手紙にそうあった。このところ文章がつづれずいらいらしているので山上湖に釣りへ行く、と伝えたあとの一節である。

▼書かれたのは1969年(昭和44年)。30代の終わりにさしかかった旬の作家の心のうちをのぞいたような気になるのだが、たとえ血がにじむほどの傷を負っていなくても、とかくに人の世は住みにくい。何かをぼんやり眺めていたいと思うことは誰にもあろう。8月もあと一週間、夏の終わりにそんな時を持つのもいい。

▼開高の手紙をみて思い出したのが八木重吉である。昭和初年に29歳で早世した詩人の作品は短いものが多い。「草に すわる」は「わたしのまちがいだった/わたしの まちがいだった/こうして 草にすわれば それがわかる」で全文。「雲」は「くものある日/くもは かなしい/くものない日/そらは さびしい」。

▼同じ題の詩を幾つも書き、「いちばんいい/わたしのかんがえと/あの雲と/おんなじくらいすきだ」という「雲」もある。高村光太郎は「このきよい、心のしたたりのような詩はいかなる世代の中にあっても死なない」と重吉の作品を評した。草に座ってぼんやり雲を眺める。暑くてもなんでも、雲はもう秋の顔である。

目にもさやかに見える秋の気配といえば、コンビニのおでんか。

2013年08月24日 | Weblog
夕歩道

2013年8月24日


 「秋きぬと 目にはさやかに 見えねども風の音にぞ おどろかれぬる」。藤原敏行が立秋に詠んだ歌。二十四節気で立秋に次ぐ処暑も過ぎたが、暑さが峠を越し、秋の気配とは、とても言えぬ。
 目にもさやかに見える秋の気配といえば、コンビニのおでんか。猛暑の中、おでん商戦が早くも熱を帯びている。実は、おでんの売れ行きが最も良いのは冬ではなく、寒さを感じ始める秋口とか。
 時々、立ち寄る居酒屋は年中、おでんを商う。肴(さかな)がおでんなら、夏でも熱かん一本と。コンビニのつゆは、匂いが店に広がらぬよう薄めの関西風。暑いとばかり言わず、今晩おでんで秋の風情を。

一つの業績をたたえ合う。職場や教室に、尊敬し合う同志は何人いるだろう。

2013年08月24日 | Weblog
春秋
8/24付

 修行僧の顔から、ふと子供の笑みがこぼれた瞬間、国籍も年齢も試合も、どこかに吹き飛んでいった。4千本安打を達成し、仲間が祝福に集まってきた時だった。「記録が特別な瞬間をつくるのではなく、僕以外の誰かがつくってくれる」。イチロー選手はそう語った。

▼初めに驚いた表情を見せたのは、試合を中断してまで皆がぞろぞろと一塁に駆け寄るとは思っていなかったからだろう。試合再開を待つ審判や、相手チーム選手の立ち姿が優しい。イチロー選手の顔は、戸惑いから半泣きに変わっていた。孤高の努力の人だからこそ、皆の気持ちが、すっと心の奥に染み込んだに違いない。

▼自分にはそんな仲間がいるだろうか、と自問してみる。同じ学校に通ったり、一緒に食事をしたり。共に行動する時間が長いほど絆が強くなった気がするが、なれ合いと団結は紙一重かもしれない。ふだん百の言葉を交わすより、常に己を磨き、一つの業績をたたえ合う。職場や教室に、尊敬し合う同志は何人いるだろう。

▼イチロー選手は8年前、投手と対決する打撃技術に自信を深めた心境変化を、こう語っている。「前は相手のミスを待っていたけれど、今は相手のベストを待っている。自分が本当にベストだったと思うためには、自分だけでなく相手のベストも必要だ」。実力で頂点を目指す者にとっては、最高の敵は最大の友でもある。

人気はテレビドラマさえもつくらせる

2013年08月23日 | Weblog
夕歩道

2013年8月23日


 アメリカでは、オバマ人気のかげりに代わって、ヒラリー人気が急上昇中。国務長官をやめたあと、次期大統領選への出馬を待ち望む支持者、団体が早くも資金集め。対する共和党は早々に警戒。
 かつて夫のビル・クリントン氏が大統領だったころ、大統領よりもよく働くといわれ、数々のジョークが生まれた。たとえば、政敵の側からは、「弾劾せよ、大統領と彼女の夫を!」という具合。
 人気はテレビドラマさえもつくらせる。主演のヒラリー役にはベテランのダイアン・レインさんが挙がっているが、さて夫君役はだれが演じるのか。話題が話題を呼ぶ、まさにスーパーウーマン。

ものづくりのすそ野が個人に広がれば新しい仕事や産業を生むと、

2013年08月23日 | Weblog
春秋
8/23付

 「欲しいけどどこにも売っていないものを、自分の手でつくりたい」。米マサチューセッツ工科大学(MIT)で15年前、そんな学生を集めた授業が1人の教授の呼びかけから始まった。講座名は「(ほぼ)なんでもつくる方法」。10人の募集枠に100人が応募した。

▼工学科に交じり、芸術科などの学生も参加。「ベルを止めるのに格闘しなければならない目覚まし時計」など、面白いアイデアが次々に実現した。講座が発展する形で11年前、ものづくり愛好家たちが、皆で使える工作の場を街に設ける活動を始める。工作機械がデジタル化で安く、使いやすくなったのも追い風になった。

▼こうした自主運営型の工作部屋は「ファブラボ」を名乗り、いまや50カ国で200カ所を超すまでになった。先進国では大量生産品とは一味違うユニークなものを、途上国では太陽光を使った調理器や超音波による野犬撃退機など生きるために必要なものを、地元の市民発明家たちが日々、自らの手で生み出し続けている。

▼欧米などに続き日本でも2年前ファブラボが誕生。現在5カ所にある。横浜市ではいま40カ国、200人の運営者が国際会議を開催中だ。ものづくりのすそ野が個人に広がれば新しい仕事や産業を生むと、火付け役のニール・ガーシェンフェルドMIT教授は語る。ものづくりを得意としてきた日本に新しい芽は根付くか。

過去と正面から向き合うのは、それほどに難しいのかもしれない。

2013年08月22日 | Weblog
春秋
8/22付
 「乗船していたら、間違いなく海の藻くずになっていた」。1月に亡くなった昭和の大横綱、大鵬は本紙連載の「私の履歴書」でこう書いた。68年前のきょう、樺太からの引き揚げ者を乗せた小笠原丸が「国籍不明の魚雷」の攻撃を受け北海道沖で沈んだ事件のことだ。

▼同じ日。やはり樺太から引き揚げてきた人たちを乗せて航行していた第二号新興丸と泰東丸という船が、魚雷による攻撃や砲撃を受けて、沈没したり大破したりした。合わせて「三船殉難事件」と呼ばれている。死者・行方不明者は合計で1700人を超えた。タイタニック号の沈没による犠牲者をも上回る、悲劇だった。

▼事件の1週間以上前に、日本政府はポツダム宣言を受諾し降伏すると連合国に伝えていた。すべての日本軍に対する昭和天皇の停戦命令もとうに出ていた。それにもかかわらず、下旬にかけて何隻もの日本の船が攻撃を受けた。泰東丸の場合は攻撃を受けて白旗を掲げたのに、無視された。そして沈没に至ったのだという。

▼どれも旧ソ連軍の仕業だとみられている。裏付ける史料がロシアでみつかった、と伝えられて日本政府が照会したこともある。けれど、旧ソ連政府もロシア政府も公式に認めたことはない。過去と正面から向き合うのは、それほどに難しいのかもしれない。勇気とか覚悟といった言葉が浮かんでくる。改めて感じる8月だ。

家族とは。当たり前と思っていて当たり前でないことがある。

2013年08月21日 | Weblog
春秋
8/21付

 「男の子だ!(It’s a boy!)」。もう1カ月前になる。「英ロイヤルベビー誕生」のニュースに続いて速報が流れた。王室には限らない。出生前に性別が分かるいまでも、「で、どっち?」は子どもを持った夫婦がまず受ける質問だろう。ところが、という話である。

▼先日、生後9カ月の子がいるスウェーデン人と話す機会があった。「で、どっち?」に答えは「まだ赤ちゃんです」。性別は子ども自身が将来選び取るものであって親が押しつけるべきではないから、という。それだけで驚いたが、33歳の男性2人と34歳の女性1人の3人が親で子が1人の4人家族と聞いて、より驚いた。

▼スウェーデンは同性婚を認めている。3人は結婚や離婚を経験し、長い準備の時間を使って子のためにもいいと結論を出したという。血のつながる親2人と、子にとって欠かせぬというもう1人の組み合わせ。ただ、法律上の親には2人しかなれないから、「結婚と離婚を繰り返して法的な親の時間を分かち合っている」。

▼こうした家族はかの国でも社会規範の外にある。男でも女でもない赤ちゃんを指す代名詞も3人目の親を指す単語もない。3人で1つの口座を作ろうとすれば「そんなバカな」と言われた。でも若者3人は前向きでおおらかで真剣である。男とは女とは。そして家族とは。当たり前と思っていて当たり前でないことがある。