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つばさ

平和な日々が楽しい

「ウォーレン・コート」「竹崎コート」

2013年09月05日 | Weblog
春秋
9/5付

 ちょうど60年前の秋、米国の第14代連邦最高裁長官にアール・ウォーレンが就任した。ときの大統領はアイゼンハワーである。ウォーレンは保守的な人物だから冒険はしまい。そう信じて大統領は彼を指名したというが、意外なことに、その「期待」は大きくはずれる。

▼人種差別や女性の権利などをめぐる裁判で、「ウォーレン・コート」は次々に画期的な判断を下したのだ。のちにアイクは「人選を間違えた」とぼやいていたと伝えられるが、これは長官の個性のせいばかりではなかったろう。米国が抱えていた構造的な問題に切り込もうとする時代の勢いが、司法を動かしたに違いない。

▼きのう、わがニッポンの最高裁大法廷は婚外子の相続差別を違憲とする決定を出した。明治以来の、民法の古めかしい条文が戦後68年にしてようやく消える運びとなる。違憲判断も予想されながら10対5でそれを退けた前回の決定から18年。こんどは竹崎博允長官を含む裁判官全員一致で違憲だ。時代がその変化を導いた。

▼そういう潮流を感じ取って制度を改めていくのは立法府の仕事だが、そこが動かないから司法が踏み込むことになる。今回の「全員一致」の重みを、よくよく考えてみるがいい。年内にも判決が出るとみられる衆院選「1票の格差」もまた、そんな流れのなかにあるのだ。「竹崎コート」の存在感は政治を問うてやまない。

平和の祭典ではない。激しい招致合戦なのである。

2013年09月04日 | Weblog
春秋
9/4付

 終盤の盛り上がりに水を差す気はないが、それはそれ、これはこれであろう。それとは2020年の夏季五輪を東京で開きたいという願い、これとは皇室を政治に利用してはいけないという一線である。ふたつがごっちゃになり、一線が越えられようとしてはいないか。

▼高円宮妃久子さまが7日の国際オリンピック委員会(IOC)総会に出席し挨拶されるという。この総会は各国の政府や都市が競って招致を目指す最後の舞台、つまりは国際政治の最前線である。演壇に久子さまが立てば何を話されようと東京のPRになる。投票をじかに呼びかけられはしないから、の方便は通用しまい。

▼皇室に政治活動はできない。させてもいけない。これは憲法のいう象徴天皇制の要だ。ならばどこまでが許されるのか、じつははっきりしない。だったらなおさら厳しく線を引かないと皇室を無用の対立に巻き込むことになる。開催に賛否があった4月の主権回復式典に天皇、皇后両陛下が出席されたことが記憶に新しい。

▼宮内庁に久子さま出席を頼んだ下村博文文科相は「皇室の政治利用には人一倍気を使っている」そうだが、「オリンピックは平和の祭典、スポーツだから(皇族の出席は)政治利用ではそもそもないと思う」と言っている。でも、残念ながら、ブエノスアイレスで待つのは平和の祭典ではない。激しい招致合戦なのである。

職人肌の異才が区切りを付ける作品として、いかにもふさわしい。

2013年09月03日 | Weblog
春秋
9/3付

 「飛ばない豚は、ただの豚だ」。そんなセリフが印象的な宮崎駿監督のアニメーション映画といえば1992年公開の「紅の豚」だ。魔法で外見が豚になってしまった中年パイロットの冒険を描くこの映画は、主人公が操縦する赤い飛行艇が後にプラモデルにもなった。

▼発売元の模型会社、ファインモールド(愛知県豊橋市)の鈴木邦宏社長は、宮崎氏の許可を得ようと初めて訪ねた時のことが今も鮮明だ。「実際に空を飛べる構造にするなら、翼はこんな形状にした方がいい」「航空力学的には、これはこう……」。専門家に引けを取らない指摘も多々受け、知識の豊富さに驚いたという。

▼プラモの場合もこうだから、細部へのこだわりは映画づくりで徹底していた。70歳を過ぎても絵を描くのを人任せにせずに、机に向かい続けてきた。「紙の上であっても実際に絵を(動画のように)動かしてみて初めて人物に血が通う。そうして初めて登場人物のことが分かってくる」。最近も本紙の電子版で語っている。

▼そんな宮崎氏が引退を決めたとの知らせがあった。零戦の設計者、堀越二郎を主人公にした公開中の「風立ちぬ」が最後の作品になるという。堀越氏は軽くて高速の飛行機をつくるという夢を追って、機体の重さや重心の緻密な計算を重ねたエンジニアだ。春秋
9/3付
春秋
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 「飛ばない豚は、ただの豚だ」。そんなセリフが印象的な宮崎駿監督のアニメーション映画といえば1992年公開の「紅の豚」だ。魔法で外見が豚になってしまった中年パイロットの冒険を描くこの映画は、主人公が操縦する赤い飛行艇が後にプラモデルにもなった。

▼発売元の模型会社、ファインモールド(愛知県豊橋市)の鈴木邦宏社長は、宮崎氏の許可を得ようと初めて訪ねた時のことが今も鮮明だ。「実際に空を飛べる構造にするなら、翼はこんな形状にした方がいい」「航空力学的には、これはこう……」。専門家に引けを取らない指摘も多々受け、知識の豊富さに驚いたという。

▼プラモの場合もこうだから、細部へのこだわりは映画づくりで徹底していた。70歳を過ぎても絵を描くのを人任せにせずに、机に向かい続けてきた。「紙の上であっても実際に絵を(動画のように)動かしてみて初めて人物に血が通う。そうして初めて登場人物のことが分かってくる」。最近も本紙の電子版で語っている。

▼そんな宮崎氏が引退を決めたとの知らせがあった。零戦の設計者、堀越二郎を主人公にした公開中の「風立ちぬ」が最後の作品になるという。堀越氏は軽くて高速の飛行機をつくるという夢を追って、機体の重さや重心の緻密な計算を重ねたエンジニアだ。職人肌の異才が区切りを付ける作品として、いかにもふさわしい。

日本人はどんどん「話さない国民」になっているという。「五線紙にのりさう」な弾む声には

2013年09月02日 | Weblog
春秋
9/2付

 「五線紙にのりさうだなと聞いてゐる遠い電話に弾むきみの声」。早世した歌人、小野茂樹が残した一首だ。夜更けの通話だろうか。公衆電話からだろうか。受話器から恋人の声が音楽になって流れ、耳をくすぐる。自身の甘酸っぱい記憶がよみがえる人もおられよう。

▼こういう相聞歌が生まれるほどに、電話というものには互いの息遣いまで伝えてくれる力がある。しかし昨今はそんな機会がだいぶ減ったかもしれない。携帯電話利用者の音声通話離れが進み、NTTドコモの場合は1回線あたりの月間平均通話時間は109分という。10年前より53分も短くなった。1日に3分半である。

▼原因はもちろん、電子メールやLINEなど通信アプリの普及だ。恋のささやきも取引先との商談も家族への連絡も、いまや何だって文字で送って文字で返してもらう。外国に比べても日本人はどんどん「話さない国民」になっているという。かつてない書き言葉の隆盛ではあるが、やはりじれったい、ちょっと味気ない。

▼ネットの言葉はしばしば攻撃的になり、誤解を生む。メールもそういう傾向を帯びやすいから用心したいものだ。いつもとんがったメールをよこす人が、話してみたら意外にも心地よい語り口だった、ということもある。絵文字、顔文字の感情表現も悪くないけれど、「五線紙にのりさう」な弾む声にはなかなか敵(かな)うまい。

高齢でも元気で意欲のある人が働きつづけられる環境を整えなければならない。

2013年08月31日 | Weblog
春秋
8/31付

 「初老」という言葉は最近あまり使われないが、辞書を引くと、もともとは40歳の異称なのだそうだ。たしかに人生五十年の時代には不惑の年回りともなれば老いを意識したに違いない。見た目も気も十分若いアラフォー男女が元気ハツラツの今どきとは別世界である。

▼それでは現在だと何歳くらいなら初老と呼べるか? NHK放送文化研究所の調査によれば男性55.5歳、女性58.4歳だというから、小欄などもその一員である。いささか感慨が湧くけれど、先日の総務省の発表によると初老よりずっと年長の、65歳以上の「老年人口」が今年3月末時点で3000万人を超えたという。

▼かたや15~64歳の「生産年齢人口」、つまり世の中の働き手の数は8000万人の大台を割り込んでしまった。年金を受ける高齢者が急増しているのに、それを支える労働力は減るばかりなのだ。こういう少子高齢化のすさまじさを物語る数字を突きつけられると、ニッポンの危機の深さにあらためて暗然たる思いが募る。

▼社会保障の見直しや少子化対策を、よほど徹底してやらないと大変な未来がやってくるだろう。加えて、高齢でも元気で意欲のある人が働きつづけられる環境を整えなければならない。なにも「生産年齢」を64歳までに限ることはないのだ。「初老」はむかしとは様変わりした。「老年」だって新しい解釈があってもいい。

子どもの命を弄ぶ蛮行をすぐやめさせてこそである。

2013年08月30日 | Weblog
春秋
8/30付

 54、55……。おでこやおなかに無造作に貼られたガムテープに数字が書いてある。外傷はなく、ちょっと見には口を半開きにほうけて昼寝しているようでも、じつはもう息絶えている。10歳にもならないだろう子どもの死体、それが何十も丸太ん棒のように並んでいる。

▼21日にシリアで使われたという化学兵器(神経ガス)の犠牲者の映像がある。反政府側が公開した。見れば「もう憤りだけでは足りない」(仏ルモンド紙)という気になる。憤りより強いもの、つまりは米国などのアサド政権への武力行使が間近だとされる。子どもの死に顔はその空爆に大義を与える大切な要素でもある。

▼シリアの内戦では2年半に10万人が死に、200万人が難民になって国外に逃れた。化学兵器を使ったという話はかつてもあったが、誰が使ったか、結局は藪(やぶ)の中だった。国連は化学兵器について現地で調査はしている。しかし、アサド政権を非難する米英仏と後ろ盾になるロシアの対立ばかり際立ち、何も決められない。

▼そんな中で迫る大国の軍事介入である。空爆があれば、そのためにあらたな犠牲も出るだろう。それでも大義があるとすれば、内戦を一刻も早く終わらせるという正義と結びついてこそである。子どもの命を弄ぶ蛮行をすぐやめさせてこそである。「アラブの春」などと知ったふうに使ってきたが、その何と多難なことか。

時ならぬ「ゲン」ブームのなかで考えさせられることが、なかなか多い。

2013年08月29日 | Weblog
春秋
8/29付

 「ゲン」がない。どこにもない。松江市教育委員会による閲覧制限が問題になった漫画「はだしのゲン」のことだ。騒動をきっかけに読者が殺到し、いま書店では品切れが続出、図書館でもほとんど貸し出し中とあってめったに手にできない。版元は増刷を急ぐそうだ。

▼単行本で全10巻。通読するには骨の折れる大作である。それがこんなに注目される展開になろうとは、市教委は思いもしなかっただろう。いや教委といっても事務局だけで判断し、市立小中学校の図書館で自由に読めないようにしていた。その短慮が、かえって「ゲン」をいよいよ有名にしたのだから皮肉というほかない。

▼この漫画にはかねて表現が過激だ、歴史認識が「反日的」だといった批判がある。一方で戦争の不条理、原爆の悲劇を描いて貴重な作品だと称賛する声がある。つまり問題作なのだが、それくらいの毒は古今の文芸作品にだっていくらでも含まれていよう。そんな懸念でいちいち閲覧制限をかけていたら棚から本が消える。

▼松江市教委は5人の委員による会議を開き、8カ月に及んでいた制限の撤回を決めた。教育委員がようやく仕事をしたわけだが、さてこの人たちはふだん何をしているのか、事務局の暴走を怒っていないのか、という疑問もわいてくる今回の騒ぎだ。時ならぬ「ゲン」ブームのなかで考えさせられることが、なかなか多い。

あいさつは「ご飯食べた?」(チーファンラマ)

2013年08月28日 | Weblog


夕歩道

2013年8月28日


 「四本足なら、机以外。空を飛ぶものならヒコーキ以外は何でも食べる」。中国人の食への思いを言う有名な言葉。親しい仲なら、あいさつは「ご飯食べた?」(チーファンラマ)。なるほどネ。
 でも、化学品で作ったふかひれやニセ酒、ニセ食用油など、ニセ食品は深刻。「安全だから」と、富裕層に十キロ一万五千円の日本産米が、爆発的に売れたこともある。値は庶民が食す米の五十倍。
 重慶元トップの裁判で、金満一家の食生活も明らかに。被告の息子がアフリカで買ってきた珍獣の生肉に、被告が「火を通せ」と主張し、父子げんか。中国庶民は「どんな肉」と、興味津々とか。

夢を語ることさえできない国が、まだある。

2013年08月28日 | Weblog
春秋
8/28付

 私には夢がある。50年前のきょう、マーティン・ルーサー・キング牧師がワシントンで人種差別の撤廃を訴えた演説は有名だ。動画サイトでみると、16分あまり。決して長くはない。半世紀の時を超えて今なお胸を打つくだりの一つは、次のように語ったところだろう。

▼「私には夢がある。私の4人の小さな子どもたちが、いつの日か、肌の色でなく人格の中身によって判断される国に住むことだ」。キング牧師の子供たちは1960年前後の生まれで、オバマ大統領と同じ世代だ。キング牧師が高らかに掲げてみせた夢が、黒人初の大統領という形をとって実現した。そんな感慨を覚える。

▼言うまでもなく、人種差別の撤廃を求める公民権運動はキング牧師の演説の後も曲折をたどった。演説の翌年にキング牧師はノーベル平和賞を受賞したが、その翌年、やはり黒人の公民権活動家だったマルコムXが暗殺された。さらに3年後には、キング牧師自身が白人男性の銃弾に斃(たお)れた。人種問題の傷痕は深く悲痛だ。

▼それでも米国が、キング牧師の掲げた理想に向けて前進してきたとはいえるだろう。ひるがえって世界を見わたせば、キング牧師のように堂々と夢を語ることさえできない国が、まだある。特定の民族に対して憎しみをあらわにするヘイトスピーチが、公然と行われ始めた国もある。キング牧師の夢を改めてかみしめたい。

地名とは。「日本人が大地につけてきた足跡である」足跡を消し化石を壊せば取り返しはつかない。

2013年08月27日 | Weblog
春秋
8/27付

 昭和の文芸評論家、山本健吉が戦後日本の三大愚行を挙げたそうだ。旧仮名を新仮名にしたこと。尺貫法をメートル法に変えたこと。そして住居表示法施行による地名の改悪。前ふたつは愚行と決めつけがたいが、地名改悪だけは「その通り」と両手を挙げて賛成する。

▼山本の話を小紙「私の履歴書」で紹介した民俗学者の谷川健一さんが死去した。民俗学は森羅万象をさばくもので、まして「谷川民俗学」という独自の目を持った人だ。為したことのすべてを門外漢が知ることはできぬ。ただ、地名の安直な改竄(かいざん)に憤り、古い地名を守るため力を尽くしたことは記憶しておかねば、と思う。

▼谷川さんは1970年代末から80年代にかけて、市民組織の「地名を守る会」と研究機関の「日本地名研究所」をつくり、このふたつを拠点に行政の施策に抗する活動を続けた。本人は「長年の努力をあざ笑うような奇妙奇天烈な地名の横行」を嘆いていたが、それでも、碩学(せきがく)の行動力が歯止めになったことは間違いない。

▼地名とは。「日本人が大地につけてきた足跡である」「もっとも身近な民族の遺産である」「時間の化石である」「大事にされないのは水と同じである」。谷川さんは言葉を変えて繰り返し訴えた。足跡を消し化石を壊せば取り返しはつかない。92年の生涯は、奇妙な名にあぜんとしながらの喪失感との闘いでもあったか。