2011.03.02(Wed) JBプレス 阿部純一
中国がどうやら対艦弾道ミサイル「東風21D」の実戦配備を開始したようだ。人民日報系の「環球時報」がこれを伝えた。
「東風21D」は、いわゆる「空母キラー」として米軍が注視してきた中国の最新兵器だ。これによって中国の「接近阻止(Anti-Access)」戦略が本格的に動き始めたことを意味する。
だが、米国も手をこまぬいているわけではない。ステルス型の無人偵察・爆撃機「X-47B」の試験飛行を成功させ、これを空母に配備して対抗手段とする構図が現れた。いよいよ米中軍拡競争が始まった。
台湾海峡有事の際に米海軍を寄せ付けないのが配備の狙い
「東風21D」は射程距離が約2000キロメートルあり、中国本土の沿岸部から西太平洋に向けて発射した場合、グアム島付近まで届く。
この海域は中国海軍戦略における絶対的制海権確保を目指す「第1列島線」(日本、南西諸島、台湾、フィリピンを結ぶライン)と、太平洋に向けて影響力の拡大を目指す「第2列島線」(伊豆諸島、小笠原諸島、硫黄島、グアム島、サイパン島、パプアニューギニアを結ぶライン)の間に位置する。
左の赤いラインが第1列島線、右のラインが第2列島線(ウィキペディアより)
第2列島線上のグアム島と第1列島線上の東京、台北を直線で結んだ海域を、それぞれの頭文字をとって「TGTトライアングル」と呼び、日米の防衛協力の重点地域と見なされている。
それは、この海域に日本、韓国のシーレーンが通っているからであり、この海域の安全が確保できなければ大変な事態になるからだ。「東風21D」は、この海域に新たな脅威をもたらすことになる。
中国の「東風21D」の配備の狙いは、明らかに台湾海峡有事の際、米海軍の介入を阻止することにある。
だとすれば、中台関係が平穏であれば、米軍は「東風21D」の存在をさほど気にしなくてもいいはずだ。台湾で馬英九政権が成立して以降、中台の緊張緩和が進展している現状では、台湾海峡有事の可能性は低下する一方である。その意味で言えば、米軍が「東風21D」の出現にことさら神経を使う必要はないようにも見える。
さらに言うと、仮に有事が生じた場合、中国が弾道ミサイルで米海軍の空母を撃沈するような事態は、中国は本気で米国との戦争を覚悟しなければ起こり得ないだろう。中国を圧倒する米国の軍事力を考えれば、中国がおいそれと弾道ミサイル攻撃を発動するとは考えられない。
しかし、だからといって米海軍が「東風21D」の存在を無視するわけにもいかない。「東風21D」は確実に威嚇の効果を持つ。
中台の緊張が緩和しているからといって、米国が台湾の安全保障を等閑視し、警戒を緩めればそれだけ中国の軍事的影響力が拡大する。米国が対抗措置を取らなければ、確実に米国は東アジアの海域において後退を余儀なくされることになる。
中国の海洋権益防衛ラインとなった「第1列島線」
ちなみに、「第1列島線」や「第2列島線」のアイデアは中国のオリジナルではない。米国が米ソ冷戦を前提に太平洋における防衛ラインとして構想したことがルーツのようである。
1950年1月、当時のディーン・アチソン米国務長官がワシントンのナショナル・プレスクラブで行った有名な演説がある。そこで彼は、米国の太平洋における防衛線(Defense Perimeter)がアリューシャン列島、日本、沖縄、フィリピンを結ぶラインであることを明らかにした。韓国、台湾がこのラインから排除されたことが、金日成に「米国に介入の意思なし」と見なされ、朝鮮戦争の誘発要因となった可能性が指摘されたことでも有名な演説である。
朝鮮戦争の勃発により、戦線の拡大を恐れた米国は、台湾海峡の「中立化」の名の下に台湾擁護に政策を変更した。そのことにより、この防衛線に台湾が組み込まれ、極東における対共産主義(とりわけ中国)「封じ込め」ラインとなる。それが現在の第1列島線となったのである。
現在、第1列島線は、米国の太平洋における防衛ラインから、中国の海洋権益を防衛するラインに姿を変えている。
さらに言えば、中国は第1列島線の内側、つまり中国側の海域の制海権を確保し、米国海軍の介入を許さない姿勢を強めている。それは、2010年に再三にわたって米空母ジョージ・ワシントンの東シナ海における軍事演習への参加を拒否した姿勢からみても明らかだ。
第1列島線は中国によって南に延長され、南シナ海ではほぼ全域が中国の領有を主張するラインに重なっている。これは、この海域における中国の制海権確保の主張につながっている。南シナ海を斜めに横切る形で、日本、韓国のシーレーンが存在していることを考えれば、この海域の重要性は「TGTトライアングル」に匹敵する。
そこを中国が軍事的に完全にコントロールする事態になれば、東南アジア諸国は事実上、中国に従属せざるを得なくなり、日本や韓国は常に中国の顔色を窺わなければならない立場になってしまう。米海軍の行動も制約されるだろう。
その意味で、2010年夏、東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラムに出席したヒラリー・クリントン米国務長官が、南シナ海における航行の自由は米国にとり「国益」だと発言し、中国にクギを刺した意味は大きい。米国が引き続き南シナ海に関与する意思を明らかにしたからであり、「南シナ海は核心的利益だ」と主張する中国にとっては、非常に重い米国の態度表明となった。
要するに、東シナ海、西太平洋、南シナ海において、米中の角逐がすでに始まっているのだ。「東風21D」の配備は、米中角逐のレベルが新たな次元に突入したことを意味すると言っていいだろう。
米国はもはや先制攻撃をためらわない
高まる中国の「接近阻止」能力に対して、米国は「エア・シー・バトル(Air-Sea Battle)」で対抗するとしてきたが、それが具体的にどのようなものかは判然としなかった。
エア・シー・バトルは、「エア・ランド・バトル(Air-Land Battle)」の応用だという説明はされてきた。エア・ランド・バトルとは、1970年代後半、ヨーロッパにおいて、米国が強大なワルシャワ条約機構軍の通常戦力に対抗するために構想した、空軍力と地上戦力の統合的運用ドクトリンである。
それに倣えば、エア・シー・バトルは空軍力と海軍力の統合的運用で中国の「接近阻止」戦略に立ち向かうということになる。しかし、海軍力を代表する空母が中国の弾道ミサイルのターゲットとされ、戦闘機など空軍力では弾道ミサイルに対処できない。米軍にどのような「活路」があるのかが問われていた。
そうしたところ、最近になってようやく米軍の意図するエア・シー・バトルの具体的内容が姿を現してきた。すなわち、冒頭で触れたステルス型の無人偵察・爆撃機「X-47B」の登場である。
「X-47B」のポイントは2つある。1つは中国の「接近阻止」ラインの外から中国本土を攻撃する能力(作戦行動半径約2700キロメートル)であり、もう1つはレーザー光線と高出力マイクロ波を攻撃手段とし、中国の弾道ミサイルを発射段階(Boost Phase)で攻撃し、破壊する能力を持たせようとしていることである。
このポイントから導かれるのは、米国が「先制攻撃」をためらわない戦略を立てていることだ。それによって中国の「接近阻止」能力の排除を積極的に目指していることが分かる。機体がステルス型であることも先制攻撃の際に重要な要素となる。
また、米国はかねて弾道ミサイル防衛の一環として、ボーイング747(ジャンボジェット)をベースに、レーザー砲でミサイル迎撃を行う技術開発を進めてきた。このことから見て、「X-47B」にレーザー攻撃能力を持たせるということは、レーザー光線によるミサイル破壊が可能なレベルに達し、実用化されたことをも意味する。だとすれば、米国の進めてきた弾道ミサイル防衛が、新たな段階に入ることになる。
米中の軍拡競争を前に日本が進むべき道は?
もちろん、米国の目指すエア・シー・バトルが海・空軍力の統合的運用である以上、「X-47B」ステルス無人攻撃機の導入は、あくまでその一部を構成する要素に過ぎない。
韓国の烏山や群山、沖縄の嘉手納や本州の三沢等の米空軍基地が弾道ミサイル攻撃を受けた場合の脆弱性もすでに指摘されており、こうした既存の基地インフラの非脆弱化も進めなければならない。
また、日本の海上・航空自衛隊との連携もさらに深化させる必要がある。エア・シー・バトルの能力向上のためになされなければならない課題は多い。
米統合参謀本部が2月8日に発表した「国家安全保障戦略」では、北東アジアでの米軍戦力を今後数十年間にわたって維持していくことが謳われた。つまり、中国の「接近阻止」能力の向上にもかかわらず、米軍が西太平洋にとどまり続ける意思を明確に示したのだ。
そうであれば、この地域での米中の軍拡競争は避けられない。当然、そこに日本も巻き込まれていくことになる。
軍拡競争が緊張を高める要素になるのは自明である。しかし、それを回避し北東アジアの軍事バランスが中国に一方的に傾く事態になることが、米国や日本にとって望ましい選択だとは思えない。必要ならば、力には力で対抗し、均衡させることによって平和を維持することも真剣に考えなければならない。今がその時なのだろう。