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【魚沼倫理法人会】 魚沼の皆様、善意とご支援を有難うございます!

2011年04月21日 10時52分41秒 | 魚沼、中越、新潟の話題
3月29日お願いして、3日間でこれだけの魚沼の心が集まりました。
 
1、救援物資のトラック積み込み
 
このたびの東日本大震災において、魚沼市民の皆様、会員企業の皆様からたくさんの義援金、救援物資を賜りましたこと厚く御礼申し上げます。
 
食糧、灯油、布団、工具などの生活必需品、被災地復旧のための物資を満載して、岩手県に計4回にわたってお届けしました。
 
2、大槌町で自衛隊員が物資を降ろす
 
市民の皆様の支援物資を岩手県大槌町および大船渡市にお届けしました。写真は、大槌高校グラウンドに設けられた自衛隊ベース基地で魚沼市民の皆様の援助物資を降ろして頂いているところです。
このあと各地域に運ばれていきました。
 
3、お風呂用ドラム缶ボイラー
 
1週間以上もお風呂に入れない被災者のために、ドラム缶ボイラーを横浜市の中華鍋製造会社等からボランティア製作してもらい、魚沼から大槌町へ計4台を運搬しました。お風呂や洗濯用の湯沸し等にご活用頂いています。
 
4、洗濯板
 
被災地では冷たい川の水で洗濯しています。急きょ製作した「洗濯板」を100枚、大槌町に届けました。4月15日現在は電気が復旧しましたが、300人の被災者に洗濯機・冷蔵庫が1台しかなく、当会では配送を検討中です。
 
5、集まった多くの物資と仕分け
 
小出商工会の大ホール・堀之内の集積場いっぱいに集まった支援物資を仕分け梱包しました。布団200枚、長靴500足、下着・衣類、洗剤、タライ、ベビーバス、工具、チェンソー・・・・etc、皆様からの心のこもった支援物資
を被災地にお届けする事ができました。
 
6、安渡小学校、大船渡市にも物資を配布する写真
 
大船渡市社会福祉協議会では、被災した子どもたちにを励ますイベントを開催していました。タイミングよく魚沼からの物資が到着、絵本、文具など、市民の皆様からの支援物資が大船渡の子供たちに届きました。
衣類などの生活物資は大船渡市役所に運ばれ、被災した住民の方々が持ち帰られていました。
 
魚沼市、社団法人魚沼青年会議所様からは災害支援物資を大量にご提供いただき、格別のご配慮を頂きましたことに感謝申し上げます。
 
魚沼倫理法人会 事務局 (魚沼市小出島1017)
 
 
 
◇義援金報告
 
皆様から寄せられた義援金は、4月14日現在 121万5千912円。支援物資調達など、皆様からの義援金が有効活用されています。皆様の温かいお心に厚く感謝申し上げます。なお、お風呂用ボイラーと洗濯板については、関係者のご厚意により無償で製作いただきました。
関係各位に厚く感謝申し上げます。
 
テレビで見る様子と実際の物は違います、鉄骨が飴のように曲がり鉄道橋脚が根元から折れ、防波堤の大きな塊が数百メートルも移動し、車は『なんで!』と言うように形を変えています。
物を運ぶだけの無力感に帰路は悩まされます。
しかし魚沼の心を思い出し、また出来る事からやっていこうと思います、これで終わったわけではありません! 
まだスタートなんです。
日本中が笑顔でやっとここまで来たねと言えるところまで頑張りましょう、よろしくお願いします。
 
○義援金を受け付けています
 
皆様から寄せられた義援金は被災地支援のための活動(運搬・物品購入等)に活用しています。
義援金口座 北越銀行小出支店 魚沼倫理法人会 災害義援金 事務長 上村房夫
口座番号 普通預金 2013592
 
○大槌町から支援要請がきています
 
募集支援物資【新品もしくはきれいな物でお願いします】
春・夏物の衣料(男女大人、男女子ども)、ドライヤー、洗濯バサミ、洗剤、洗濯ロープ、物干し、ハンガー、電池、紙皿、紙コップ、プラスチック皿等使い捨て食器、サランラップ、ゴミ袋、工具(チェンソー、インパクトレンチ、電動ドリル、ドライバー他)、ラジオ、野菜、くだもの、化粧用品(ファンデーション、口紅、まゆずみ、手鏡、髪どめ、除光液、日焼け止め)
 
※ふとんなど、記載以外のものはご遠慮ください。
  故障品、汚れのものは持ち込まないでください。
4月22日夕方6時までに下記場所までお届けくださるようお願いいたします。
 
マリア―ジュタカラ(魚沼市十日町、TEL 025-792-6290)
  
みうらや(要電話・堀之内、TEL 025-794-2423)
 
若松屋商店(横町、TEL 025-792-0276)
 
かずえ美容室(向山、TEL025-792-2197)
 
須藤魚屋(本町ベルロード、TEL 025-792-0313)
 
やまちく(南魚沼市津久野下新田、TEL 025-72-3091)
 
ハウスドクターコマ(南魚沼市一村尾、TEL 025-777-3843)
 
   
 
大船渡市
 
 
東日本大震災に対する支援活動
 
 
魚沼倫理法人会 事務局
〒949-0011
新潟県魚沼市小出島1017
TEL 025-792-9837
FAX 025-792-9835
 
魚沼倫理法人会
 
 
 

東北駆けた、飛脚の意地 佐川、宅配再開へ社員奮闘!

2011年04月21日 10時52分14秒 | 日記・政治
佐川急便
  
2011.4.19 産経ニュース
  
東日本大震災の被災地では、モノ不足を解消しようと、物流会社が相次いで営業を再開している。その先陣を切ったのが、宅配大手の佐川急便。いち早く被災地に駆けつけたリーダーたちと、使命感に燃えた現場の社員たちの“飛脚魂”が、早期再開をもたらした。(SankeiBiz

 

物流完全ストップ
 
 「みんな、すぐ外に出ろ!」
 
 3月11日、午後2時46分、佐川急便東北支社(仙台市宮城野区)は激震に見舞われた。「近くの倉庫が、ひし形にたわみ、窓ガラスが砕けた」(支社の男性従業員)。佐川急便は、東北全域で従業員2人が犠牲になり、トラック約50台が津波に流された。他社の被害も甚大で、東北中の物流が止まった。
 
 同時刻、京都本社にいた平間(へいま)正一社長(55)は、ニュース映像を食い入るように見ていた。東北支社長を経験し、土地勘のある平間社長には被害の大きさが手に取るようにわかった。
 
 「局所的だった阪神淡路大震災と違う。今回は“面の被害”だ。物流網の早期回復は難しい」と直感した。しかし、誰かがモノを運ばなければ、街が死んでしまう。早期の営業再開は最重要課題だった。
 
 震災後まもなく、東京本部に災害対策本部が発足、災害時輸送のスペシャリストが招集された。その現地派遣の先発隊に選ばれたのが品質保証部長の別所規至執行役員(46)。阪神淡路大震災で、緊急支援物資の輸送管理を一手に担った経験が買われた。部下1人を連れ、別所執行役員が社用車で出発したのは、震災発生からわずか2時間後だった。
  
新潟を経由し、運転を交代しながら山道を走った。仙台まで13時間の道のりが、「やけに早く感じた」(別所執行役員)。

 

 
社長自ら現地入り
 
 12日朝、安否確認や崩れた荷物の整理を黙々とこなす東北支社の社員たちの姿を見て、別所執行役員は「意外に元気だな」と思った。しかし、それは災害で生じた一種の興奮状態のためだった。
 
 13日に別動隊200人が東京から送り込まれたが、それは政府の緊急物資輸送のための人員だ。宅配再開には、東北の地理に精通した現地社員の力に負うところが大きい。燃料油の手配など、再開への下準備は進んだものの、日を追うごとに社員の目は生気を失っていった。
 
 報告を受けた平間社長は15日、急遽(きゅうきょ)現地入りした。この日の夕方、7階建てのビルの一室。カップラーメンが配られた支店幹部を集めた会議で、平間社長は「まず営業店止めでいい。(宅配を)再開したい」と力強く宣言した。その場にいた支社幹部は「長い夢から覚め、正気に返った感覚だった」と証言する。
 
 その夜、津波の恐怖を目の当たりにした社員を上層階に寝かせ、自分は2階で寝た。
 
                   ◇

 

 
荷物待ち解消、ドライブスルー作戦
 
 翌16日、50人ほどの現地スタッフを集め、サービスの一部再開を伝えた。みな被災者でもあり、表情には疲労の色が濃い。190センチ近い大柄な平間社長が顔をくしゃくしゃにして若い社員を抱き締め、背中をたたく。「がんばれ! がんばれよ!」。懸命に激励する平間社長の姿に、別所執行役員は「社員の顔に生気が戻っていくのがわかった」という。
 
営業店止めでサービスが再開した17日、営業所には予想以上の小包が届き、受け取りを待つ車が長い列を作った。「息子から荷物を送ったと連絡があった」。そう訴える年老いた男性宛ての荷物はまだ届いていなかった。何時間も待ち、肩を落として帰って行く姿を、社員はいたたまれない思いで見送った。
 
 その夜、ある社員が「ドライブスルーができないでしょうか」と提案した。停車中の車列に従業員が出向き、荷物番号を聞く。荷物があれば、窓越しに渡す。少なくとも荷物が来ているかどうかだけでも、早く教えてあげたい。
 
 車の整理の仕方など、リハーサルが深夜まで続けられた。翌朝から、混乱はうそのように解消した。これを見て、現地に派遣されていた元東北支社長の中川和浩執行役員(49)は「東北が息を吹き返した」と胸が熱くなった。
 
 24日、一部の集配が再開した。再び現地を訪れた平間社長はドライバーを集め、「君たちが懸命に働く姿が東北を力づけることになる。その使命を持って業務に当たれ」と激励した。ドライバー出身の平間社長は、道路事情の悪い被災地の配達がいかに厳しいかわかっていた。使命感に燃える若いドライバーたちを前に、「どうか安全に」と願わずにはいられなかった。
 
 同社は今月18日、石巻、気仙沼、大船渡の営業店を再開。これで東北地方のすべての営業店が稼働したことになる。一部地域では今もなお宅配便の集荷と配達を見合わせているが、被災地復興に役立とうと、再開に全力を注ぐ。
 
 「東北で暮らす祖父母に薬を届けられた。ありがとう」
 
 佐川急便の本社には、そんな利用者からの手紙やメールが相次いで届く。
 平間社長は「ありがたい。これからの復興は容易ではないが、こうした言葉をもっといただけるよう、愚直にがんばり続ける」と、決意を新たにする。(高山豊司)

ソフトB孫社長が脱原発財団設立 個人で10億円拠出へ!

2011年04月21日 10時51分39秒 | 日記・政治
再生可能エネルギー
 
2011/04/20 18:42   【共同通信】
 
ソフトバンクの孫正義社長は20日、民主党の東日本大震災復興ビジョン検討チームの会合に出席し、原発依存から脱して自然エネルギーによる発電を推進するための政策提言を行う「自然エネルギー財団」を設立することを明らかにした。
 
孫氏によると、社長を離れた個人の立場で財団に少なくとも10億円を拠出する。
 
 孫氏は会合で、津波による甚大な被害を受けた地域の復興計画として、太陽光と風力による発電設備を大々的に整備する「東日本ソーラーベルト構想」を提案。自然エネルギーで発電された電力の買い取り制度の大幅拡充も求めた。
 
 孫氏は財団設立に関して「原発事故で多くの国民が不安を抱いている。安心、安全な自然エネルギーを日本にもっと増やせるように、世界の科学者100人くらいの英知を集めたい」と説明した。財団は数カ月以内に設立する。
 
 財団は、太陽光、風力、地熱発電などの研究に取り組む各国の科学者や企業の研究成果を収集・発信するとともに、政府に対して自然エネルギー普及に向けた提言をしていく。

【東日本大震災】孫SB社長と佐賀・武雄市長「雇用や食事1年間保証」福島・田村市!

2011年04月21日 10時51分18秒 | 日記・政治
田村市
 
武雄市
 
2011.3.23 産経ニュース
 
ソフトバンクの孫正義社長と佐賀県武雄市の樋渡啓祐市長が22日、東日本大震災で被災した福島県内を訪問。東京電力福島第1原子力発電所の周辺住民が大量に避難している同県田村市の冨塚宥●(=日へんに景)(ゆうけい)市長と会談し、孫社長らが提案している被災者の集団避難について、武雄市と田村市との間で調整を進めることで大筋合意した。孫社長は移動や避難先での雇用を1年保証すると明言、今後具体策を詰めることになった。
 
 被災者をコミュニティーなどの集団単位で他地域に一時避難させる方法は、大阪府の橋下徹知事なども提案。菅直人首相も、「全国各地の自治体などから被災者受け入れの申し出がある。政府としても全力を挙げたい」と、政府として被災者の避難の仲介などの支援に乗り出す考えを示しているが、被災地の自治体と他自治体との間で具体的な調整が始まるのは初めて。
 
 田村市は原発事故で避難指示が出た半径20キロ圏、屋内退避が指示された20~30キロ圏、何も指示が出ていない30キロ圏外の3つの区域に分かれる。同市によると、約4万1700人の市民のうち約3万7千人が市内にとどまっているほか、周辺市町から約2千人が避難している。
 
 会談では、冨塚市長が「原発はどう収束するのか分からないし雇用、農業などがどうなるかまったく分からない。関東や近畿、九州と、地域ごとにエリアを決めて移るべきだと思っている」とコミュニティー単位での移動に前向きな考えを表明。