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土の上にも三年

農への道

何でも風評被害~(ドラえもん風に)

2011-03-22 12:10:18 | 災害
いまや風評被害と呼べばどんな反応も丸め込める良い時代になりました。

火の無いところに煙は立ちません。

誰かが「風評被害」を叫べば右も左も風評被害と言い始める。

いったい自分で考えてるのか不安になっちゃいます。


放射能の危険性については、風評被害も紛れていますが概ね「方向性」は正しいようにボクは感じます。

それより問題なのは、放射能の危険性ですらあたかも風評であるかのような報道をする扇情者、並びに扇情された視聴者が増えてきていることでしょう。

それはすなわち「方向性」自体が間違っていることを意味します。

現状より過剰な反応は、方向性を間違えてはいません。

ですが、放射能を安全だという報道は、方向性自体が間違っているのです。

みなさんも騙されないように気を付けましょう。

放射能の安全性の根拠は、レントゲンだったり自然界から受ける放射線だったり、ただちに死ぬか死なないか

(かりに放射能でただちに健康被害が出る量を浴びた場合、それはまず間違いなく命に影響を与える被曝量になります。つまり報道における「ただちに健康被害を」のくだりは、正しくは「ただちに死ぬわけではありません」です。)

だったり、非常にこれこそまさに扇情的と言えるでしょうか。

つまり、現在なされる報道の多くは、冷静な対応ではなく、出稼ぎに来た原発従事者に5時間かけて「安全です安全です安全です」と刷り込む手法と同じ、国家ぐるみの詐欺でしょう。

だからと言って現状の避難範囲を拡大させて、みんながみんな待避するのも、難しい問題を露呈してきました。

いま風評とされる反応は、「長期を見越した放射能汚染」を考えた反応であり、時期尚早という表現ならまだしも、それを風評と呼ぶのはおかしいと思います。

ボクは、待避する人も待機する人も、危険だという報道も安全だという報道も、すべて引っくるめて「人災」だと思っています。

人災は他の災害より遥かに醜い被害を出します。

原発が瞬間的に放射能を撒き散らせば政府による人災、原発がゆっくりと放射能を撒き散らせば報道による人災、逃げる人が増えれば避難する人による人災、逃げないで何か起きれば危機管理不足による人災。

すべては人災から始まり、人災は人災を呼び拡大しています。

とにかく報道だけを鵜呑みにせず、ネットだけを鵜呑みにせず、原発における安全と危険の意味を一人一人が考え、いまの原発をどうするか、原発周辺をどうするか、数十年かけて建設的に、データと将来の方向性を見極めていくべきだと思います。

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