ラヂオデパートと私

ロックバンド“ラヂオデパート”におけるギタリストとしての津原泰水、その幾何学的な幻視と空耳。

狼少年になりたい訳では

2007-05-05 05:12:52 | ライヴ
 稼業のほうで奇妙な事象に巻き込まれてしまい、対処を考えざるを得なかった。偶然の重なりを僕が誤解した可能性は否定しない。しかし人間の思考はまずクリシェに向かうものであって、ぶたれて育った子供は、なんの気に無しに手を上げた人の前でも身を庇う――念のためだが、これは譬えだ。僕は比較的穏やかな境遇で育った。ぶたれ続けたとしたら、それは物書き稼業に就いてからの話だ。
 なるべく上機嫌で書きたいこの場に戻ってくるまでに、また酷く時間を要してしまったが、ラヂデパとその周囲はとても平和だし、お互いを尊敬し合って理想的な状態を保っている。世のイメージに反してミュージシャンには真面目で良識的な人が多い。子供の頃から「たゆまぬ努力」に慣れているからではないかしらん。日々練習する人生は辛い。発表は一発勝負で、しかもその瞬間で消え失せてしまう。録音を残したとて、それは記念写真のようなものに過ぎない。
 下も記念写真の一枚。

「渋谷"屋根裏"2007/4/19」
1 陽炎
2 雲雀よ雲雀
3 まひるの夢
4 タンカー'69
5 これでおしまい(w/ミキコアラマータ)
6 カーブを描く(w/ミキコアラマータ)
7 亀と象と私(w/ミキコアラマータ)

〈これでおしまい〉と〈カーブを描く〉はミキコアラマータの曲。実に名曲で、僕には到底作り得ない。〈亀と象と私〉は小山とミキコ嬢が交代でリードをとった。ギターも、ビアンコさんのワウを使った強力な演奏が主役だった。僕は本来、一歩退いた位置で全体を眺めたいタイプの人間なので、実に楽しんだ。お客の反応も素晴しかった。また是非一緒に演奏したいし、一緒に曲作りが出来ると嬉しい。

 ああ、そうか、とふと気づく。物書き稼業でのコラボレーションの、これまでの失敗の根柢には、たぶんこの意識のギャップがある。ミュージシャンには共同作業や合作が日常だが、物書きには物珍しい。結果さえ良ければ良いのだ、それは全員の手柄なのだ、という認識が後者には薄い。
 拙著『妖都』は脚本家小中千昭氏とのコラボレーションから生まれたものだが、なんのトラブルも無かった。小中さんはエレキベースの名手である。成程。

 日々疲労感に包まれ、このところギターを手に取る気にもならなかった。しかし音楽雑誌は買っていた。ヘビメタさん御用達誌まで。さっき思い切って載っている譜面を辿ってみたら、ああ、俺はちゃんと弾ける。思考が晴れたようになり、左手に生じていた奇妙な痺れまで消散した。練習疲れしているから休めという、啓示だったのかもしれない。
 五月、ラヂデパのライヴ予定はない。やっと落ち着いて機材をメンテナンス出来る。なおかつ目下の仕事を片づけたら、音源制作の続きに入るつもり。

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