再結成の話の続き
うどん屋さんで、スポーツ新聞を見ていたら、親父バンドが流行っているというのがあったのは、書いたけれど、私たちのバンド、the cocktails はそういう認識がなく、若いバンドの人たちと同じステージに立っています。(たまーに入れ○のイッパイはいっとうごたぁ若いバンドもいらっしゃったりして、ちょっとビビッたり)40歳の新人バンドです。
同じスタンスで立つというスタイルは、とても大事なことだと思うのです。なぜならば、曲の良し悪しは聴いてくれているお客さんが決める事だから、若い人たちが聴こうが年寄りが聴こうが、「良いバンドだ。」「良い曲だな。」と思われるのは、年齢は関係ないと考えるからです。
リーダーとして、いつもメンバーに言っている事は、
・ チームワークを大事にする。
・ アイコンタクトを忘れるな。
・ どんな状態のライブでもベストパフォーマンスを。
んで、再結成の時の話なんですけど。
ミツヒロと私は、20年間の間に、たまーにひょっこりと、道端で会ったりとか、デパートで出くわしたりしたことが会ったんですね。そのたびに、
「マコト、またバンドばしょうぜ!」
いつも、言っていたんです。会うたんびに。
そのたびに、私は、
「忙しいけん、出来んって!」
「じいさんになってからしょうばい。」
いつも、そう答えていました。
しかし、私が病に倒れてからの再会した時の話で、
共通の友人である、エイイチが(こいつがまた、良いヤツなんですね。)私の実家に営業に来ていた時に、
「休みの日に、ギターを練習しようったいね。今度、教えてくれんかいな?」
「ほんなら、車に俺たちが20歳くらいの時、徒楽夢でやりようテープがあるけん、聞いてみるや?」
「これ、ミツヒロが歌いようとばい。」
「ほんなら、このテープばミツヒロと一緒に聴いとってんない。」
それで、ミツヒロと20年ぶりに再開しバンドを組むようになりました。
再開するきっかけを作ったのは、エイイチの存在が大きい。(有難うねエイイチ。もちろん奥さんも)
再開して飲んだ時に、ミツヒロはこう言いました。
「お前が、もし、福井のアパートで倒れた時に、死んでいたら、俺は爺さんになってもバンドは出来んとぜ、俺たちの曲を全部覚えているとは、ギター弾きよったおまえしかおらんとぜ。」
「コード進行とか、構成とかは全部お前の頭のなかにあるとぜ。」
私は、ハッとしました。そうなんだ、私が、この世からいなくなるという事は、私だけの問題ではなくて、私たちが17歳から作ってきた曲たちもあの世にいってしまうということで、その時点で、私たちの曲の数々が無くなって終わってしまうのです。
そういう訳で、私たちは the cocktails を再結成するようになりました。
・・・・・・・・・つづく
うどん屋さんで、スポーツ新聞を見ていたら、親父バンドが流行っているというのがあったのは、書いたけれど、私たちのバンド、the cocktails はそういう認識がなく、若いバンドの人たちと同じステージに立っています。(たまーに入れ○のイッパイはいっとうごたぁ若いバンドもいらっしゃったりして、ちょっとビビッたり)40歳の新人バンドです。
同じスタンスで立つというスタイルは、とても大事なことだと思うのです。なぜならば、曲の良し悪しは聴いてくれているお客さんが決める事だから、若い人たちが聴こうが年寄りが聴こうが、「良いバンドだ。」「良い曲だな。」と思われるのは、年齢は関係ないと考えるからです。
リーダーとして、いつもメンバーに言っている事は、
・ チームワークを大事にする。
・ アイコンタクトを忘れるな。
・ どんな状態のライブでもベストパフォーマンスを。
んで、再結成の時の話なんですけど。
ミツヒロと私は、20年間の間に、たまーにひょっこりと、道端で会ったりとか、デパートで出くわしたりしたことが会ったんですね。そのたびに、
「マコト、またバンドばしょうぜ!」
いつも、言っていたんです。会うたんびに。
そのたびに、私は、
「忙しいけん、出来んって!」
「じいさんになってからしょうばい。」
いつも、そう答えていました。
しかし、私が病に倒れてからの再会した時の話で、
共通の友人である、エイイチが(こいつがまた、良いヤツなんですね。)私の実家に営業に来ていた時に、
「休みの日に、ギターを練習しようったいね。今度、教えてくれんかいな?」
「ほんなら、車に俺たちが20歳くらいの時、徒楽夢でやりようテープがあるけん、聞いてみるや?」
「これ、ミツヒロが歌いようとばい。」
「ほんなら、このテープばミツヒロと一緒に聴いとってんない。」
それで、ミツヒロと20年ぶりに再開しバンドを組むようになりました。
再開するきっかけを作ったのは、エイイチの存在が大きい。(有難うねエイイチ。もちろん奥さんも)
再開して飲んだ時に、ミツヒロはこう言いました。
「お前が、もし、福井のアパートで倒れた時に、死んでいたら、俺は爺さんになってもバンドは出来んとぜ、俺たちの曲を全部覚えているとは、ギター弾きよったおまえしかおらんとぜ。」
「コード進行とか、構成とかは全部お前の頭のなかにあるとぜ。」
私は、ハッとしました。そうなんだ、私が、この世からいなくなるという事は、私だけの問題ではなくて、私たちが17歳から作ってきた曲たちもあの世にいってしまうということで、その時点で、私たちの曲の数々が無くなって終わってしまうのです。
そういう訳で、私たちは the cocktails を再結成するようになりました。
・・・・・・・・・つづく