まこっちゃんのリフォームまでの軌跡

1人暮らしの我が家のリフォームといろんな事のブログ

リホームって!4

2006-12-16 18:33:08 | ノンジャンル
やっぱり、書いていくと愚痴になってきているね。たぶん、家の事情とかを書いていくとダラダラと愚痴を並べていってしまうと思っていました。ま、基本的には、個人の日記と考えていいのであるから、愚痴を並べても構わないのであろうが、やはり、インターネット上に公開されているのであるから、人が読んで気持ちの良くないものであれば、私の事を変な風に理解されてもよろしくないので、日々、修正しながら書いていこうと思っています。


昨晩は、ベースのシゲちゃんのうちに、泊まりにいって焼酎を飲んできました。(少々、二日酔い気味です。)

本日は、息子(もちろん、別れて暮らしています。)と近所のスーパー銭湯みたいな所へお風呂に入りに行ってきました。子供達とは、一月に数回あっています。私は、離婚していても子供と会えるので幸せだと感じる・・・・・電話は、よくしています。
離れて暮らしていても、元気で良い子に育っています。今回、ドッチビーというスポーツで腕を骨折していたので、お風呂屋さんに連れて行った次第です。楽しかった!

the cocktails の件で、先日、渡辺プロデューサーから、2月12日にイベントがあるので、出てみませんか?と連絡を受ける。バンドのメンバーに連絡をいれなきゃ。

リホームって!  続き
土地の周囲の環境について、私は、当時、この土地であれば中学校のすぐ近くなので、まーめったなことはないし、実家もすぐ近所なので都合がいいだろう。ちょっとあまい考えで決定していました。あんまり難しく考えても家を建てることは出来ないだろうと思ってここに決定したものです。これが、完璧なほどの間違いでした。この件については、弁護士と相談しているので、ちょっと、ブログに書く事はできません。いずれ、おりをみて書きます。

家の件   とりあえず、やろうとしている事

・寝室をオシャレにする。          予算  約30万
・外壁と屋根の塗装                 約60万
・庭をキチンとする。(現在、草ボーボーです。)   約100万

という感じでおそらく200万くらいかかると思われます。こんな感じです。








リホームって!3

2006-12-16 18:08:07 | ノンジャンル
なかなか、文章が進まないね、思い出しながら書いているのでごめんね(ペコリ)   


土地に関して私は、現在一人で住んでいる土地に落ち着くのですが、候補としては3つくらいに絞り込んで、判断することにしました。判断材料は、2、で述べたように、地形、地盤が最終的な判断材料でしたね。金額は極力抑えて、ローンのキツく無いように設定して、確か、当時はアパートの賃貸料金に6万円くらい払っていたので、それくらいになるように、設定して、安い住宅会社にしました。自分の収入と照らし合わせて、このくらいなら大丈夫というようにしました。

私は、住宅の基礎部分と井戸及び水周り部分は、私が知っている信頼している業者に御願いし、出来る限りの事をしました。(これも正解でしたね。)

いままで、正解であった事の方が多いように思われますが、私の最大の失敗は土地の周囲の環境です。(本当にこれは失敗・・・反省)

                          ・・・続く

リホームって!2

2006-12-16 16:35:29 | ノンジャンル
土地を探すようになって、いろいろとアンテナを張るようになりました。
基本は、湿気が少なく風通しの良い場所。切土地盤であること、海抜が10.00m以上あること、生まれ育った町であること。などで、売地であること。そもそも、私は、当時、家業である土木会社の役員で、会社に所有している土地というのはあった訳ですけれども、家を建てるのに親族経営である会社の土地に建てようとは思わずに、自分で探して建てる。そして、あまり実家に頼るのは良くないと考えていました。何故かと言うと、「人生どういう風に転ぶかは解らない。」これが、私の考え方で、この先、良くなるかもしれないし、悪くなるかもしれない?だからできるだけ、自分で探し、考えて建てることにしました。これは、結果的に正解であったですね。

特に、切土地盤と海抜10.00m以上は正解。(高校の時、土質の授業で習った、地震の時、良い授業であったとあらためて思いました。)(地震があったっちゃんね!)(地震の時の話はいつかします。)

(それと、家を建てる理由は、住んでいたアパートの水漏れと、長靴で作業して帰って来ると、アパートの階段に泥が落ちちゃって、翌朝、掃除しなきゃいけなかったから。これも、あったね・・・回想)

生まれ育った町にするのは、(当時、中学校のラグビー部のコーチを引き受けていた事、仲人さんが、助言してくれた等。)(仲人さんの助言も正解であった。)

いろんな意味で人に助けられながら、土地を選んで家を建てました。家を建てるという事は大変なエネルギーが必要であるということを痛感した。相当の決意をし、彼女も確か相当な意気込みで決意したことであった。

(ここで、彼女との離婚に少し触れておくと、彼女に落度は、全くありません。断言できます。彼女がこの家で経験した嫌なことや、苦しみは相当あるので彼女の判断はものすごく正しい事と思っています。離婚の原因はすべて、私の無知、無学、常識知らず、世間知らず、素行、等にあって彼女は批判される事などないのです。私は今でも母親としての彼女の判断は正しかった。と、思っています。

アーいかん、離婚の時のことを思い出したらセンチメンタルになってしまった。

                             ・・・・・続く


リホームって!

2006-12-16 09:50:51 | ノンジャンル
リホームのネタが全然ないので、あらためて説明と言うか言い訳というか、なんで、リホームしようと考えたのかを書いてみます。
家を建てたのが29歳の時で、まだ若くて住宅の知識や常識に乏しく勢いで建ててしまった。と言うのが率直な感想です。当時は、結婚して3年目くらいだったかな?ふとした、テレビの番組で、年老いた老人(お婆ちゃんでした。)が東京で、だんなさんに先立たれ、住む場所が無くて、アパートをいろいろと探し回っている番組を、当時夫婦であった私達ふたりは、しみじみと見ていました。子供が出来なかったので、もし、自分が死んで彼女が一人になってしまったら、彼女は、番組の中の老女のように一人でむなしくアパートを探して彷徨うのだと思うと、やはり、家を建てて自分がいなくなっても、住むところだけは確保しなければと考えるようになりました。(確かそうだった・・・回想)

収入は、皆さんがご存知のように、この業界はあまり給料が良いと言う訳ではなくて、
二人で働いて、細々と貯金をしたわずかながらの貯金を頭金にして(たしか、120万円くらいだった)土地を買い、家を建てました。(全部で2300万円くらい)(母親からも、援助をいくらかしてもらっていたはず・・・)

自分は、故郷を捨てて福岡に来て苦労しながら生きてきた父親を見て育ったので、(母親は地元)借家を転々とし、町営の団地に住み、地道ながらも商売をして(ま、借金ばかりでしたけど)家だけは、大きくなくても良いから、センスの良い、きれいな家に住みたいと子供の頃から思っていました。(今の実家である家に住むまで両親は4回借家を移っている。子供である自分たちが生まれてから、同じ町内に借家を2回引越してます。)

当時、妻であった彼女の方の要望は、小さな家で良いから、子犬が飼いたい!というような事でした。(彼女の小学校の卒業文集もそれでした。)

私は、土地を探しました。実家の方は、さすがに町営の団地であった為に、家同士がくっきあっていて、あまり、湿気が抜けずに、ジメジメとした感じであったので、風通しの良い、そして、あまり家が多くないところを探していました。

                          ・・・・続く