陶芸みち

陶芸のド素人が、その世界に足を踏み入れ、成長していく過程を描いた私小説です。

その193・MVPの男

2010-08-06 09:37:16 | 日記
 どうにも恥ずかしくて、ヒトビトから逃げまわってウロウロしていると、ロッカーコーナーにさまよい出た。ロッカーは、作業台を積み上げた影に、人目をはばかるように設えられている。思いがけず、そこにツカチンがいた。なにやらコソコソと小さな物をしまいこんでいる。ヤツはこちらの視線に気づき、はっと、あわてて目を泳がせた。
「あ、見つかっちゃったか・・・」
 天使のように愛らしいはにかみ。ヤツはこの必殺の横顔で、今までに何人もの女子をかどわかしてきたのだ。しかしそんな作戦で、オレが見てしまったものをごまかすことなどできない。愚かなヤツ。それでもとりあえず握手だけはした。力のこもったやつを。ヤツは悪意をこめてにぎり返してくる。骨も砕けよという怪力だ。
「バッ、バカッ!はなせ、このバカ力!」
「・・・見たの・・・?」
「ふっふ・・・見ちゃったよ、塚本くん」
「そうか・・・不覚だったな・・・」
 オレは見てしまった。ヤツが大切そうに隠し持っていたものを。それは「MVP杯」だった。もちろんオレがつくったものだ。あの最後の球技大会「まやまカチョー杯」の閉会式で、クラスのヒーロー・ツカチンは、手のひらにのるほどのカップをカチョーから授与されたのだ。チープで即席なシロモノ。そんなものをヤツは、後生大事に持っていたというわけだ。笑える。例のサヨナラホームランの思い出か。意外にかわいい面もあったものだ。しかしオレは許さない。あのホームイン後、ハイタッチを交わそうと待ち受けるオレの前で、ヤツは女子たちにもみくちゃにされ、祝福のキッスの雨アラレを受けたのだ。わがガールフレンドたちに、だ。さらに自作のMVP杯までさらわれ、オレの闘志は決定的なものとなっている。それはジェラシーでもなんでもなく、純粋な戦意だった。
「こんな粗末なもんでも、すてるのもったいないからさ」
 ヤツは薄笑いで軽口をたたきながら、「宝物」を大切そうにしまいこむ。。
 オレは無言でヤツを見つづけた。卒業後もヤツはオレの行く手に立ちふさがるにちがいない。そしてやがて、世界の頂点で再び対決することになるだろう。そのときこそ、ヤツを倒す。
ーそれまでは、そのMVP杯はおまえにあずけておくぜー
 新たな妄想が生まれた。ヤツを登場させると、ストーリーがかっこよく引き締まる。やはりツカチンにはずっと好敵手役でいてもらおう。
 ・・・と思ったまさにその場に、ヤツの美しきステディが現れた。ふたりで暮らすアパートも決まったの、そこに荷物を運びましょ。うん、そうしようね、ね、ねー・・・幸福そうな笑顔がふたりを満たす。
ーこの野郎・・・!ー
 こうしてオレは、またもや敗北感に打ちのめされるのだった。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園