陶芸みち

陶芸のド素人が、その世界に足を踏み入れ、成長していく過程を描いた私小説です。

その191・卒業

2010-08-03 09:08:16 | 日記
 訓練校の建つ丘にもついに南風が吹き、一年前にオレたちを迎えてくれた桜の花があちこちでほころびはじめた。固く締まった空気が、みるみる陽気の中にゆるんでいく。
ー春がきてしまった・・・ー
 卒業という例の甘酸っぱい感覚に、この歳になってから胸を突かれるとは思わなかった。その切なさは、日々が充実していたことの証しなんだろうか。学校では「訓練」を行い、家の一畳のアトリエでは「実験」を行い、若葉家では「作陶」を行った。全部ひっくるめ、やはりその日々は「修行」というべきものだった。毎日毎日、朝から晩まで、行(ぎょう)は飽きることなくつづいた。入校当初の殺人的タイムテーブルと熱病のようなテンションは、驚くべきことに、卒業する最後のその日までたゆむことなく持続した。弓の弦のように張りつめた一年間だった。そして、その生活とももうお別れなのだ。甘酸っぱくもなろうというものだ。
 卒業式を翌日にひかえて、製造科は山深くの旅館に集まってサヨナラ宴会をやった。自分たちの追い出しコンパだ。一年きりのつき合いだったが、学校の内で外で切磋琢磨し合ったライバルたちとの最後の機会だ。遅くまで語らい、飲みかわした。
 そのおかげで、明けて卒業式、オレは史上最悪の二日酔いで出席することになった。あまりにつらくて死にそうなので、式の最中に席を立ったほどだ。ちょうど県会議員だか市長だかのくだらない話の最中だったので、廊下でゴロンと寝そべってすごした。
 しばらくして会場にもどってみると、まやまカチョーが挨拶をしていた。優しくて敏感なカチョーは、別れがつらくて壇上で泣きべそをかいていた。オレたちはそれを見てげらげら笑い、また笑いながらチリチリと胸を焼かれ、目を潤ませられた。
 これでフィニッシュ。オレは、卒業してしまったのだった。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園