陶芸みち

陶芸のド素人が、その世界に足を踏み入れ、成長していく過程を描いた私小説です。

その66・おでん

2010-02-16 19:46:12 | 日記
 はなしのマキ窯は、平地につくられた完全地上式の単房窯だった。Fさんが自分で築いたらしい。家族用テントほどのカマボコ型の部屋に、入口(焚き口)と出口(エントツ)をつけただけのシンプルな構造だ。独立した燃焼室を設けていないため、窯内に積み上げた作品のすぐ手前でマキを燃やして、豪快に(乱暴に?)焼きあげる。心おどる原始的焼成装置だ。
 オレたちが現地に到着したとき、窯詰め作業はすでにはじまっていた。窯詰めとは、窯の中に陶製の板と柱を使って棚を組み、作品をぎっしりと並べていく作業だ。高校生たちがカマボコ内に這いこみ、Tシャツをススだらけにして黙々と働いている。中をのぞきこむと、大小さまざまな器がハロゲン灯の薄明かりに照らされ、諦念の面持ちで刑の執行を待っていた。まだ入場できない作品は、窯口の外にずらりとひろげられている。それらは棚の高さや広さ、また炎の流れる方向、灰の降りかかる場所を考慮して選択され、窯の中に飲みこまれていく。
 作業は淡々と、しかし慎重にすすめられた。さて、みんなが立ち働くその横をふと見ると、場ちがいな巨大おでん鍋と、真っ昼間からビール片手のFさんがいた。
「先はながいよ」
 絶倫顔の彼はそう言って、菜箸でおでん鍋をかき回す。もうもうと湯気をたてるおでんのただならぬ量は、これから先一昼夜という焼成時間と作業の過酷さを雄弁に物語っているように思えた。
 初夏の新緑が、アスファルトに濃い影を落としていた。みんな汗まみれで動きまわる。自分の作品が焼きあがる瞬間を思うと、生き生きと力がみなぎるのだろう。オレは飛び入り参加なので、焼くべき作品もなくタダ働きだ。しかし知識という土産を根こそぎ持ち帰るつもりでいた。
 午後早くに窯詰めは終わり、みんなが出入りしていた大穴は30cm角ほどの焚き口を残してレンガで閉じられた。さらにレンガ目を泥で埋める。窯は、一枚岩のようにすき間なくぬり固められた。そのかたわらにたたずむ窯神様に供物をささげ、焼成成功をみんなで祈願する。火が入り、いよいよ窯焚きのはじまりだ。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園