陶芸みち

陶芸のド素人が、その世界に足を踏み入れ、成長していく過程を描いた私小説です。

その58・意志

2010-02-04 19:14:45 | 日記
 こんな悪辣さを目にすると、死んでもおまえにだけはひれ伏すものか、という気持ちになる。それでオレは、どれだけヤツの手先から技術を吸いあげても、断じて質問や物乞いのたぐいをしようとはしなかった。そのかわりに、牽制球だけは忘れずに投げつづけた。宿敵がちやほやされておごり高ぶり、その腕前をサビつかせるのが心配だったからだ。
「調子にのんなよ」
 切っ立ち湯呑みなど、ヤツにとってはすでに沖縄時代に修得ずみの朝メシ前仕事にちがいない。なめんなよ、と。ぬるい仕事してんじゃねえぞ、と。宿敵にはもっと成長してもらわなきゃ倒し甲斐がねえんだよ、と、マメに足をはこび、ちょくちょくけしかけてやった。
 ところがそんな揺さぶりをつづけるうちに、ヤツは突如としてこんな告白をした。
「すごいよな、スギヤマさんは」
「へ?・・・なんだって?」
 例によって照れたような面差しで、もったいぶりながら小出しに話す。こざかしい。
「なんなんだよ、言ってみろよ」
「実は、俺もつい最近まであんたと同じように左回りでろくろを挽いてたからさ、イワトビ先生の指導は右回りだって聞いて戸惑ってたんだ。なにしろ、まったく逆だもんな。だけどちゃんとそのことに意見するなんて、スギヤマさんはすごいよ。ホント俺なんて小心者だからさ、素直に直すしかないか、と思ってたんだ」
 そして天使のような笑顔を浮かべる。ちょっとまて・・・ってことは・・・
ーげげっ!まさかー
「・・・じゃ、今、ツカチンも逆回転を強いられてるってことか?」
「そう」
「ここにきてはじめて?右回転で挽きはじめたのか?」
「まあね」
 涼しい顔。
「だけどそんなのは、どっちだっていいんだよ」
「どっちでもいいって・・・」
 度肝を抜かれ、うかつにもヤツの目の輝きにたじろがされた。ヤツも利き回転をスイッチしていたのだ。これまでの遍歴でつちかった技術を惜しみなく捨て、人知れず新たな冒険をはじめていたということだ。先生の指導どおり、逆回転に感覚を対応させ、一から自分をつくり直す。ディフェンスなどおかまいなしに、攻めオンリーで道を切り開くオロカな戦術は、オレ自身の姿に重なった。いや、格がちがうと言わざるをえない。なんて強い言葉なんだ、「どっちでもいい」とは・・・。この頓着のなさ。オレの「どっちもほしい!」という欲張り的発想にくらべて、なんとまっすぐであることか。
「どっちでもいい・・・かあ・・・」
「そうさ。だって、もっとうまく挽けるようになりたいからね」
 ヤツはそうつぶやき、遠い幻影を見つめながらタバコに火をつける。オレは呆然として、くゆる煙をやりすごした。ヤツののらりくらりの中に、固い意志を見てしまったのだ。背骨に一発食らったようにその場に立ちつくすしかなかった。しかし次の瞬間、まったく自然発生的に、胸に新たなものが灯った。
ーこいつにだけは絶対に負けねー・・・ー
 猛烈なライバル心(一方的だが)がたぎりはじめた。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園