陶芸みち

陶芸のド素人が、その世界に足を踏み入れ、成長していく過程を描いた私小説です。

その56・トップランナー

2010-02-02 09:03:51 | 日記
 ろくろの授業によって、訓練生たちの陶芸キャリアと腕前は白日のもとにさらされた。そしてクラスには揺るぎないツートップが存在することが明らかになった。
 まずひとりは、京都の製陶所ですでに職人としての腕前を身につけていたHさん。歳はオレよりも少し上で、頭脳明晰、人柄温厚、しなやかな指使いで精妙、繊細なものをつくる。実力では掛け値なしにクラスNo.1と見えた。
 そしてもうひとりが、この学校にはいるまで沖縄の陶芸工房で働いていた「ツカチン」だ。自分よりみっつ下のこのやさ男を、オレは一瞥して最大の宿敵とみなした。なぜって、まずなによりも二枚目キャラなのである。このオレと完全にかぶっている。顔の造作は端正。鍛えぬかれた肉体は南国の陽射しで小麦色に焼け、伸びっぱなしの散切り髪、無精ヒゲ、素っ気ない出で立ちがワイルドな容姿を引きたてる。くわえ煙草からいつも紫煙をくゆらせ、虚無を見つめる涼しげなまなざしで厭世的な雰囲気を演出。やさしげに響く声と、口数は少ないが知性的なセリフでひとの心をワシづかみ。しかもスポーツ万能。そしてろくろ名人である。これ以上にこざかしい要素をそなえた男性像があろうか?
 オレは最初からこの「褐色のスナフキン」に敵愾心を燃やしていた。しかしそれを決定的なものにしたのは、隣のデザイン科で行われたバカ企画「製造科イケてる男グランプリ・アンケート」である。オレは入校の最当初(例の居酒屋出会い頭事件)からデザイン科コネクションに食いこんでいたため、1位に選ばれて当然のはずだった。なのにその結果によれば、ダントツのトップにツカチンが挙がっていたのだ。
「・・・陰謀なのでは?」
 さすがに合点のいかないオレは、中庭にMrs,若葉を呼び出し、確認した。
「なんらかの巨大な力が水面下で動いたにちがいない!」
「これが現実やけど」
「じゃ、オレは何位だったんだ?」
 なおも問いつめる。すると彼女はさらに不思議そうに首をかしげて、こう言うのだった。
「はぁー?なにゆーとるん。ゼロよ、ゼロ。だって満票やったんよ、塚本くん」
 殺意までおぼえそうになったが、ぐっとこらえ、胸に誓った。以降はツカチンの座する高みを目標にすえよう、と。モテ方ではなく、ろくろ技術の話だ。そう、この世界で最もものをいう価値基準はなんといっても、ろくろの腕前なのだから。また、オレとツカチンの容姿が同レベルである以上、ろくろ技術さえ手に入れれば、理論上、女子の半分はオレのものということになる。
ー半分か・・・悪くない。根こそぎならなお、いい・・・ー

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園