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★真夜中のひとりごと★

二児の母「たっちー」のひとりごとです。

戦争のつくりかた

2004年09月17日 | ★人生いろいろ

【日本で戦争がつくり始められている



国民保護法、17日施行…指定公共機関に160事業者 <9月7日読売新聞>
(リンク切れにはご容赦下さい。)

先日、こんなニュースを読み「国民保護法」ってそもそもなんだろうと思って、調べてみました。

「国民保護法」は、6月14日に成立した有事関連7法の一つです。日本が武力攻撃を受けたときに住民を避難や救援する手続きなどを定めたものを「国民保護法」と言っています。

じゃあ、その「有事関連7法」とは何かというと


  1. 国民保護法

  2. 米軍支援法

  3. 外国軍用品海上輸送規制法

  4. 国際人道法違反行為処罰法

  5. 捕虜取扱法

  6. 特定公共施設利用法

  7. 改正自衛隊法と改正日米物品役務相互提供協定など3条約

    有事関連7法案:参院本会議で可決、成立 有事法制整う
    (【南恵太】毎日新聞 2004年6月14日 21時21分)
    から引用・改変
    (リンク切れにはご容赦下さい。)

    の以上7つです。

    さらに、「有事」ってなに?と思ったので、
    NHK週刊こどもにゅーすの「有事関連法案ってどういうもの?」を読みました。
    で、「有事」とは要するに「戦争」ってことです。

    さらに、帰りがけに寄った本屋さんで

    戦争のつくりかた
     りぼん・ぷろじぇくと (著)
     価格: ¥630 (税込)

      

    という本が売られていたので、買いました。

    そこにはとても恐ろしいことが書かれていました…。
    しかも作り話ではなく、今、現実におこりはじめている事です。
    そして、有事関連法が恐ろしい法律だということがこの本でよくわかりました。

    有事関連法というのは、簡単に言うと、戦争を永久的に放棄した日本の国をまた戦争をできるようにするための法律です。この「戦争のつくりかた」を読んで、日本が戦争に向かっていることを思い知らされました。その一つの「国民保護法」が既に動き出そうとしているのです。戦争する国への道を一歩一歩を確実に歩んでいることをものすごく感じました。

    「戦争のつくりかた」はWebでも読めるのでよかったら、パソコンでご覧の方は下のバナーのリンク先を見てみてください。

     

    日本が戦争放棄の国から、戦争ができる国になることを感じたとき、小泉首相は独裁者になろうとしているのではないかと思いました。有事関連7法を悪用すれば、総理大臣が独裁者になることができるし、昔の戦争をしていた頃の日本を復活できるということです。法律に従わない国民は非国民扱いし、お国に使えることが一番だと教育をする、というように、またバカな日本が復活してしまうのです。小泉首相はブッシュ大統領とつるんで、第三次世界大戦をしようとしているのではないかとも思えてなりません。

    だいたい意味もなく、どうしてわざわざ中国を刺激するかのように靖国神社へ参拝したり、広島の被爆者の声を聞く会に参加しなかったりするのでしょうか。それはきっと戦争賛成ということのあらわれかなぁと思いました。そう考えるとどちらも納得できます。
    よく「抵抗勢力と戦う」と小泉首相は言っていますが、それは自分を批判する政党や政治家だけじゃなくて、批判する国民のことも言っているのではないでしょうか。そんな気がしてきました。抵抗勢力の国民を黙らせて、従わせて、制圧するための「国民保護法」ということではないでしょうか。

    彼らは血に飢えているのでしょうか?
    彼らもこれでは他の国から見たらある意味テロリストじゃないでしょうか?
    テロ撲滅を口実に、ただ戦争をしたがっているだけではないでしょうか?

    「国民保護法」とかよさげなこと言って、名前ではさも国民を守りますよって感じに「保護」なんて言ってるけど、本当は「国民洗脳法」か、「国民制圧法」じゃないかと思います。

    【ゆとり教育は戦争への最初の洗脳行為かも



    なんていうことがおきているんだろうとショックを受けました。今までの色んなことが、戦争をするための準備のように思えてきました。

    義務教育の「ゆとり教育」というのも、国民を洗脳しやすくするために、自己判断できないようなバカな頭にするための教育ではないかと思えてきました。「みんな同じにしよう、優劣をつけるのはやめよう」というのも、人と同じことが当然で違っているのはおかしいと型にはめさせて、右ならえで国に従いやすくさせるための教育ではないかと。個性を認める教育なんかしたら、従わなくなりますからね。

    洗脳しやすい教育をしておけば、愛国心や敵国は悪い国だということを植えつけやすいですよね。そうやって教育していけばどういうことになるかというと、サッカーのアジアカップの時の中国人サポーターのように日本人をものすごく攻撃したり、ひどくなればオウム真理教の信者のように真理(国)のために人を殺すようになるんだと思います。教育とはそれほど恐ろしいものだと思います。そして、そうなれば戦争をもくろむ政治家の思うツボです。

    私はいつも思うのですが、日本国民はなんでもかんでも、政治家や国に頼りすぎているように思います。でも、結局、最後になんとかするのは自分自身や周囲の関わる人たちだと思うのです。今の政治家は国民なんてどうでもいいと思っているし、国民を甘くみているんですよ。国民なんて自分たちでは何もできないバカな奴らだ、とね。

    私はこのあまりの衝撃に、こんな国で、結婚して、子どもを産むなんてできないと思ってしまいました。ああ、もう日本は、平和は、終わりかと幻滅しました。もし戦争になるなら結婚や子どもを産むどころの話ではないと思いました。とても悲しい気持ちでいっぱいになりました。

    でも、nopoさんの「戦争のつくりかた」感想を読んで少し元気づけられ、考えが変わりました。
    法律はできてしまったけど、戦争はまだ実行されていないし、戦争しない方向に持っていくことができるのではないかと思ったのです。

    【戦争をしないために自分たちに一体何ができるだろう…



    そこで私も、nopoさんと同じように自分にできること、みんなができることを考えてみました。

    自分にできることは、まず、こうして書くこと、人に伝えること。
    次に、私は脅されても、非国民扱いされようとも、法律違反で捕まろうとも、殺されそうになっても、死んでも、納得できない戦争をする法律には従わないこと。

    戦争に反対するみんなは、政治家が発する紛らわしい法律の言葉を鵜呑みにしない、惑わされないで、よくわからない、納得しない場合は従わないことです。情報操作があるかもしれないので、新聞やテレビの報道も鵜呑みにしてはいけません。あくまでも1つの情報としてとらえましょう。
    赤信号、みんなで渡れば怖くない。(例えですので、実際に赤信号を渡るのは危ないのでやめましょう。^^;)ですよ。

    子どもには、戦争はいけないことだとこれまでどおり教え、親や周りの関わる人たちは、子どもたちを国に洗脳されないように自己判断ができる教育をしてあげることです。学校の教科書は既に洗脳しようとする危ないものもあるようですが、これからはさらに危ないですので気をつけましょう。
    もし、子どもが「この教科書の言っていることは変じゃない?」と言ったら、「そうだよ。これは変なんだよ。」と教えてあげましょう。子どもたちもその「変だな。」と思うその考えを大事にしましょう。それを大人に伝えましょう。そして、大人たちも過去の文献を読んで勉強する必要があると思います。政治家に負けないくらいの知識をつけましょう。

    そもそも法律は、法律あっての人ではなく、人あっての法律だと思います。それに、納得できない法律を、法律だからとどうしても守らなければいけないなんてことはないと思うのです。私が思う真理=法律は、人が嫌がることをしない、もし間違って悪いことをしてしまったら、それをちゃんと認めて心から謝り償うことです。この2つが私の法律です。
    国民保護法って、きっとこういう私のような、政府にたてつく反逆者を制圧するための法律なんでしょうね。

    例え身分が、国家公務員や地方公務員、学校の先生であっても、戦争に反対なら、おかしな法律には従わないことです。報道関係者の人は政府の情報操作に加担しないことです。法律で決まっていても従うか従わないかの選択は自由なのです。警察も、自衛隊もみんなでおかしな法律に従わなければ、おかしな法律も戦争も絵に描いた餅になるでしょう。戦争は嫌だと思っていながら、みんなが従って実行してしまうために、戦争になってしまうのです。嫌なら従わなければいいのです。みんなを不幸にする法律に従う必要は全くありません。多勢(たくさんの国民)に無勢(少ない政治家)です。人数が多ければ多いほどいいのです。

    私自身は小さな力だけれど、こうして書くことにより、共感してもらえたら、そして少しでも多くの同じ考えの人たちが一致団結すれば、みんなで国を変えることだってできるはずだと思います。ほとんどの人はそれができないと思いこんでいるし、自分には関係ないと思っているから何もしないんだろうと思います。私もその一人でした。

    でも、そんなことはないと思います。いつも選挙に行かない無党派層の60%ほどの人たちがもし全員選挙に行けば、あなたのその一票で、日本をよい方向に変えることができるはずです。
    私は自分なんかの影響力なんてたかがしれてると思いながらも、選挙だけは必ず行っています。たとえ小さな抵抗ですがしないよりはましだと思ったからです。きっとその数が増えれば、与党と野党をひっくり返すことだってできます。国民にはそれくらいの力があります。あなたの周りで選挙に行かない人がいたら、日本が危ないんだ、戦争を阻止しようと言って、選挙にぜひ誘って下さい。

    あなたのその手で、日本を変えましょう!
    まず一番最初にできること、選挙には必ず行くことです。


    どうしてもダメなら、戦争反対の人たちで新しい国を作りましょうか?
    そして、今の日本から独立宣言しましょう!
    なぁんて、ちょっと飛躍しすぎかな?
    だけど、このくらいの気構えで立ち向かった方がいいような気がします。

    うわ。
    気が付けばこんなに熱く語っていた…。けど、戦争で死んでしまえば、こんなふうに語ることさえできないですしね。まだ自由で平和な今のうちにたくさん語っておこう。それに語ることで、戦争を阻止できればラッキーだしね。やるだけやってみましょう。

    戦争反対っ!!

    代官山のカフェ

    2004年09月14日 | ★人生いろいろ
    裁判を傍聴し終わり、代官山のカフェ「アルトファゴス」というお店でお茶してます。

    今日の東京はめっちゃ暑いです。画像はキッシュとカフェラテです♪結構おいしかったです。オープンカフェもあってこれからの時期は気持ちよさそう。雰囲気もよしです☆

    アルトファゴス
    TEL:03-5489-1133

    画像:
    キッシュ 500円
    カフェラテ 650円

    NHKスペシャル 子供が見えない

    2004年09月07日 | ★人生いろいろ
    9月4日(土)の放送を見ました。その感想を書きます。

    この番組を見ていて、今も昔も子供自身や子供の気持ちはあまり変わっていないなぁと思いました。

    私自身は、もう大人になって11年経ちました。だけど今でも、15歳の子供だった時の自分の気持ちを忘れないようにしています。それはなぜかというと、自分が子供だったとき、NHKスペシャルで書き込みをした子供たちと同じように思っていたからです。例え大人になっても、子供が思う大人に対する気持ちを忘れてはいけないと思いました。子供の自分を忘れずにいれば、大人になっても子供の気持ちはだいたいですが分かります。そしてそんな大人の気持ちを子供も分かってくれると思います。

    子供は大人より人の気持ちにすごく敏感です。そして、子供は何もできないただの子供ではなく、一つのちゃんとした人格であり、人間であり、大人になる途中段階だということを認めてあげるべきだと思います。

    子供にとって、一番嫌なことは、なんでもかんでも「子供だから」という扱いをされることでしょう。私も嫌でした。
    だからと言って、子供の言うことをなんでも聞けというのではありません。「子供だから言っても分からない。できるわけない。」という決めつけがいけないんだと思います。

    危険なことはなぜ危険か、いけないことはどうしていけないかを教える。言ってもわからないではなく、言わなければ分からないのです。年齢は関係ありません。もし子供の考えに対して反対するなら、大人に話すのと同じように、年齢によってはその子が理解できる言葉で、理解できそうな範囲で、筋を通してものを言うべきじゃないでしょうか?子供だからと、分からないだろうと子供をバカにしてはいけないと思うのです。大人が発する一つ一つの言葉から、子供は大人になるための物事を学んでいるのだと思った方がいいと思います。

    タイトルは「子供が見えない」というものでしたが、そうではなく、大人が子供をちゃんと見ようとしていないのではないでしょうか?子供が荒れてしまったのは、大人がきちんとした行動と考えがないからでしょう。大人たちはそれを自覚しているんでしょうか。いえ、大半の大人が自覚してないからこういうことになってしまうんでしょうね…。私も一人の大人として、気をつけなければいけないと思います。

    そして、私は自分の子供時代に思った大人への気持ちをずっと忘れず肝に銘じて、せめて自分が関わる子供たちや、まだ見ぬ自分の子には少しでも同じ一人の人間として筋道の通ったことを教えてあげたいと思います。

    今日からブログ始めます!

    2004年09月01日 | ★人生いろいろ
    今やこんな便利で、楽しい機能を持ったツールができたんですねぇ!

    初めて「Blog(ブログ)」という単語をみてから、色んな説明を読んでもしばらく理解できませんでしたけど、色々読んでいくうちにやっと分かってきて、これは面白そうだなぁと思ったので思い切って始めてみることにしました。

    2年前にホームページを作ったはいいんですが、不定期の日記すらもほとんど更新できずで…。
    自分でHTMLタグで書いているとどうしても面倒になってしまい、結局更新しなくなってしまうんですよね。
    でも、ブログならgooの宣伝文句にもあるように(笑)、記事を書くことに集中できるし、携帯からも書き込めるし、さらに携帯だとその時の生の感情を届けられるからいいですね(^-^)

    毎日のように色んなことを考えているんですが、どこにもそんな考えを発表する場もなくいました。これだけ色々考えたり思ったりするのなら、その思いのたけをこうして発信してみるのもいいんじゃないかと思いました。
    私の親友や友達はみな、すぐ会えないような遠くに住んでいる人が多く、いつも話せるわけではないので、話をしたくても話せず、色んな考えが自分の頭の中で巡り巡ってグルグルしていました。
    だけどブログなら、そんな自分の考えを遠く離れた友達やその他の多くの人にも伝えられるし、記事に共感していただいたりとか、(ご批判もあるかもしれませんが…^^;)、元気づけられたりとか、心に響いたりとか、力になったり、なられたりして、さらに色んな発見や色んな考え方に互いに触れることができて世界が広がりそうだなぁと思いました。そして、この私の小さな考えで、少しでも世界がいい方向に変わってくれる影響力の一つになれたらと思いました。

    今までは、やる前から失敗を過剰に恐れて尻込みしすぎていて、何もできないでいました。でも、茨城王のウェブマスターaokiさんの「やりたいことをやるということ」に感銘を受け、とにかく何かしてみようと思ったら、あれこれ考えずにとりあえずやってみようと思いました。失敗したらその時考えればいいやと思って。

    突然ですが、詩を書きたくなりました。


     あした死んでしまうかもしれない。

     それなら、やりたいことをやろう。

     やりたいことはたくさんある。

     なのに

     無理かもしれないと自分で決め付けてしまっている。

     だからなにもできない。

     けど、死ぬ気になれば、なんでもできる。

     このままなにもせず死んでいいの?

     それはいやだ。

     だったら、なんでもいい。

     できることからやってみよう。


    時々襲ってくる苦しい、寂しい、死にたいと思うマイナスのエネルギーをプラスに変えて使った方がいい気がしました。

    昔、「タッチ」の上杉達也のセリフで

    「やればできるかもしれねぇし、やらなきゃなにもできねぇ。」

    というのがありました。まさにそうだなぁと。
    私は中学生の頃、その言葉に感銘を受けて、年目標として書いていましたね。

    だから、自分のせっかく作ったホームページも、
    日本一、いいや、この際大きく(笑)世界一の「タッチ」ファンサイトを目指して頑張りたいです☆

    英語も一から勉強して、開設してるホームページのEnglish版も作りたいですね☆
    夢は大きくでっかく、そして思い込みは私の得意技☆

    といういわけで、まずはブログから始めます!!