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★真夜中のひとりごと★

二児の母「たっちー」のひとりごとです。

お通夜とお葬式

2016年01月15日 | ★道をひらく
おばあちゃんのお通夜とお葬式が
9日、10日と行われました。

身近な人が亡くなり、
お通夜とお葬式をすべて
出席したのは
私が小学4年生だった、
おじいちゃんが亡くなったとき以来です。

おじいちゃんのときはまだ子どもだったし、
状況がよく分かっていませんでした。

あれから、32年後。
連れ合いのおばあちゃんが亡くなりました。

大人になってから初めてのことだし、関わりの深かった人を亡くすのも初めてでした。

私は二人の息子たちに、ちゃんと説明をして
ひいばあちゃんの顔を見たり、
火葬された後の骨も一緒に見ました。

納棺の儀
通夜
花入れ・お別れの儀
火葬・収骨
葬儀・告別式
納骨

すべて一緒に見ました。

子どもだから、わからないだろうと何も言わないのではなく、知らないからこそ教えてあげるべきだと私は考えました。

私は遺影を見ながら、色々思い出しては、泣けてきてしまいました。

子どもたちは泣かないだろうと思っていたら、コウが葬儀の時に泣いていました。

説明して、今何が行われているかをわかっているからなんだな~と思いました。

「ひいばあちゃんとお別れするのが悲しいの?」
と聞くと、うなづいていました。

6歳でもちゃんとわかるんだよねと、思いました。

三途の川のこと
あの世とこの世のこと
ひいばあちゃんはゴーストになったこと

包み隠さず、今ある事実をわかりやすく伝えました。

人の死とはどういうことかを感じることができたかな。
人が亡くなることはとても悲しいことだと実感があれば、命をかるんじることはないんじゃないかな。

バーチャルリアリティー(仮想現実)は、所詮偽物だと思います。仮想は本物には勝てません。

すべては実体験、経験に勝るものはありません。

子どもたちには、色んな本物を体感して、まやかし物や人に惑わされず、見透かす力をつけてほしいと思います。

おばあちゃんが亡くなりました

2016年01月06日 | ★道をひらく
私のおばあちゃんが亡くなりました。
95歳でした。
ケンとコウの「ひいおばあちゃん」になります。

先月、軽い脳梗塞を起こし、
12月21日に特別養護老人ホームに入所したばかりでした。
長く患わないで、こんなに早く亡くなるとは。
なんて娘想いの母親なのだろうと思いました。
12月に会ったのが最後になってしまいました。

私はおばあちゃんのことを
「おばちゃん」と呼んでいます。

ちょうど1年前のその日、
おばちゃんと私の一家で筑波山の江戸屋に
日帰りで温泉に入り、食事をしました。



私の母の誕生日を一緒に祝おうと
私が企画したものでした。

まだ、おばちゃんが少しでも歩けるうちにと思って。
でも、まさか1年後にお別れがくるとは思いませんでした…。

でも、95歳だから、いつそうなってもおかしくはなかった。
だから、早いうちに行こうと思いました。

一緒に行けて、誘って、本当によかった。

私は小学校6年生から中学2年生まで
両親とは仕事の都合で別居して、
おばちゃんと今住んでいるうちに2人で住みました。
おばちゃんにはご飯を作ってもらいました。

反抗期で、おばちゃんにあたってしまい
泣かせたこともありました。
ごめんね、おばちゃん。

私の母は、おばちゃんに甘えることができなかったので
少しでも一緒の時間を作ってあげたいと
母が生まれた日、おばちゃんが母を産んだ日を
一緒に祝うことができて、本当によかった。

静かに、眠るように逝けたのかな?
本当はもう一度、逢いたかったよ。

おばちゃん、ありがとう。
安らかに眠ってね。


初詣:大宝八幡宮

2016年01月02日 | ★道をひらく
いつも1月2日の日に一家で
大宝八幡宮に初詣に行きます。



今年のおみくじは「吉」でした。



心穏やかに現状維持をしなさいってことかな?
迷ったときに、変な人にだまされないようにとの戒めの言葉も。

ケンとコウは願い石を買いました。



二人とも「良い年になりますように。」
と書いていました。



そして、毎年恒例のいつもの甘酒屋さんで
甘酒を買って飲みました。
ここの屋台の甘酒は安くておいしいんです。

帰りにイオンに寄ると、
仮面ライダーゴーストショーがやっていました。
コウが敵が怖いので、2階から観ました。



良い年になりますように。
世界が平和になりますように。

仮面ライダーのような人、いないかな~。

あけまして、おめでとうございます

2016年01月01日 | ★道をひらく
このブログを読んでくださってありがとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。



お正月らしく、凧あげをしました。
鳥みたいに見えるのは凧です。

家の近くに倉庫ができてしまい、
電線も設置されてしまったので
親戚の芝畑が凧あげにはせまくなってしまいました。

ふとイオンから帰る途中に
河川敷なら電柱もないし、凧あげするのに
絶好の場所かもと急きょ止まって
イオンで買った
仮面ライダーゴーストとドラゴンボールのカイトをあげました。


ケンは、仮面ライダーゴースト。


コウは、ドラゴンボール。

澄み渡った冬の空に、高く高く凧があがりました。
ケンもコウもこの凧のように
ますます成長してね


ガラケーからガラホへ

2015年09月24日 | ★道をひらく
とうとうケイタイをガラケーのT003から、
ガラホのAQUOS K SHF31に機種変更しました。



向かって左側の古いケイタイは5年くらい使っていました。
最近、ガラケーサイトがどんどんなくなって
ガラケーに対応していないようなHPが増えてきてしまい
肩身が狭くなってきてしまいました。

最初、iPhoneに変えようかとも思っていたのですが
あのタッチパネルと
画面がデカイのがなんかイヤだなーと思った私。

ガラケーのテンキーと二つ折りの形、
そして、ポケットに入るちょうどいい大きさがいい。



ずっと前から外側はガラケーで、
中身がスマホっていうのを出してくれないかな~と思って
auにメールで要望をしようかと思っていました。

すると、その矢先。
auが発売してくれました!
なかなか先見の明がある私だなと自画自賛。

キー配列や中身のメニュー構成が
ガラケーと同じ仕様なのでなんなく使いこなせます。
そして、ネットも家ではWi-Fi接続できるというたまもの。
家では、Wi-Fiでつないでパケットを節約。

みんながスマホを持つからと私は持たない。
人と同じはイヤ。
流行りは昔から追いかけない主義。

道具や流行りに振り回されるのは嫌いです。
道具も流行りも、自分から使い、作り出す。

自分軸、ってことかな。

私が流行りのFacebookも、Twitterも、LINEもしないのは
他人に時間を奪われるから。
必要もないのに情報が送られてくるのは耐えられない。
他人が「今」何をしてようと、私には関係のないこと。

もし興味があるのなら、
ネットで検索して自分から見に行けば良い。
知りたくもないようなことを受動的に知る必要はない。

LINEいじめで
すぐ返事がないからと、嫌がらせしたり、
仲間はずれにするような友だちなんていらない。
そんな人は私は軽蔑します。

1年に一度の年賀状でも
人は気持ちがつながっていられる。
私はそれを知っている。
そういうことを私は大切にしたい。

コミュニケーションを取るには頻度が大切ではない。
そこに、相手を想う「想い」があるかだと思う。

育児ノイローゼ

2015年08月29日 | ★道をひらく
どうやら、かるい育児ノイローゼになってしまったみたいです。
少しのことで、イライラするし、
少しのことで、カッとなってしまうし…。

疲れ切ってしまい、
耐えられない気持ちでいっぱいになり
逃げ出したくて、
この世から消えてしまいたいくらい
どうしようもなくなっていました。

リフレッシュできることを取り入れないとだめだ。
そう思い、思い切って
リラクゼーションのマッサージを受けました。

ラフィネ

プロヴァンスバス(足湯) 5分
ボディケア 40分
ヘッドCPリフト 5分

をやってもらいました。
すご~~く気持ちよかったです。

また行こうかな~。
心身ともに疲れたら、
自分をメンテナンスしてあげた方がいいなと思いました。

消えてしまいたい

2015年08月28日 | ★道をひらく
最近、やたらにそう思うようになった。
どうしてだろう。



イライラがとまらない。

怒りがおされられない。



子どもをどうしてもコントロールしようと
してしまう自分に嫌気がさす。


怒って怒鳴り散らす私が嫌い。

怒りが止められなくて
冷蔵庫を殴ってしまい、
右手に打撲を負ってしまった。

気がつけば
また、元の私にもどっいる…。
いや、前よりも怒りの出具合がすごい気がする。



輝いている人がうらやましいのではなく
とても妬ましく感じてしまう。

なんだろう、この感じ…

この繰り返し…


過去の傷がうずくのだろうか。

どうせ誰もわかってくれない。
私の苦しみなんて。

そう、すぐにふてくされる私の心。

「こんな子どもを怒鳴ってばかりの私なんて
 いらないんじゃない?
 子どもがかわいそうだよ。 
 こんなに勉強したのに
 なんにも変わっていないじゃない。」

悪魔のささやきがつぶやく。

夫も、両親も別にイヤなことを言っているわけでもない。
子どもたちも言うことを聞かないけれど
それはいつものこと。
子どもなんてそんなもの。


自分が自分を大切にできていないんだ。
だから、自分が嫌いになる。
不完全な自分を受け入れられない。


感情をむき出しにしている子どもたちがうらやましいんだ。
だから、嫉妬のような感情でイライラする。
ダラダラする子どもが許せないのは
自分がダラダラしたいのにそれを許していないからだ。


子どもの頃、私は誰も頼らなかった。

ちゃんと言えば
誰も「頼れない」状態だった。

機能不全家族で育った私。
両親二人ともアダルトチルドレンだから、
私もアダルトチルドレンになってしまったんだね。

子どもらしく振る舞った記憶がない。
ケンやコウのように
喜怒哀楽を自由に表現したことがない。
親に抱っこしてもらったりしたことがない。
「かわいいね」って言ってもらったことも
頑張ったことを褒められたこともない。



いつも見ているよ。
ありがとう。
生まれてきてくれて嬉しいよ。
いつも味方だよ。



そんなことを大人から言われたことがない。

いつも不安で、
ひとりぼっちで、
寂しくて…。

そんな幼少期の傷ついた心が
ときどきうずくのかもしれない。

だから、自分をバカにする者
ひどい扱いをする者を
絶対に許せないのかもしれない。

これから私を育て直そう。
私は自分自身の親になろう。
子どもたちと一緒に私も育てていこう。

私と子どもに自己肯定感を育てよう。

「できなくてもいい、できればもっといい。」
「私や子どもたちには無限の可能性がある。」
「今はできなくても、きっとできるようになるときがくる。」
「大丈夫、困ったらいつでも私がついているよ。」

そう勇気づけていこう。

「わたし」の中がからっぽなのに、
子どもや、人に与えることはできないよね。

☆祝☆愛車走行距離200,000km

2015年08月12日 | ★道をひらく
2014年11月29日に190,000kmに達成した我が愛車。

14年4ヶ月にして、
20万キロを達成しました!!



おめでとう
そして、
がんばってくれてありがとう


実は、次の車検までに
買い換えようかな~って考えています。

失恋、結婚、妊娠、出産、
第1子入学、第2子入園…。

この約15年の月日を一緒に歩んできた愛車。
とても手放しがたいのですが
さすがによる年並みに勝てず
最近、エンジンをかけてすぐに発進して
ギアをセカンドに入れると
エンジンの回転数が下がり
動かなくなりそうになります。

アクセルを踏み込んでふかせば
なんとか走れますが
そういう事象が多くなってきました。

15年になる来年年明けくらいに
新車を買うことを検討しています。

それまでもうちょっとがんばってね

考えている新車は7月に発売したばかりの
トヨタ シエンタ ハイブリッド!

トヨタにメールで何年か前にお願いしていました。
ぜひともシエンタのハイブリッドを出して欲しいと。
そしたら、念願叶ってやっと発売してくれました。

ありがとう、トヨタ!

ガラホもそうだけど、
私が望んでいたものが次々に発売されて嬉しいです。

新車が買えるように、
家計簿の見直し、
保険の見直し、
部屋の不要品の処分をすすめようっと。

「命を大切にする教育」-佐世保高1女子殺害事件について思うこと

2015年07月26日 | ★道をひらく
あの事件から1年がたった。
テレビもネットもこのことにはまったくふれなくなった。
私はずっと考えていた。
どうしたら、彼女たちのような
悲しい加害者、被害者を減らすことができるのかと…。

そう思っていたら、
またしても同じような事件が起きてしまった。
名古屋大学の女子学生の事件。

詳しくは報道されていないけど、
どちらも成績が優秀なのが気になるところ…。

学力ばかりに重きをおいた
教育のせいということはないだろうか。


そして、さらにまたしても
連続しておこる未成年による殺人事件。

大人たちが本気で子どものことを考えていない。
自分の子どももそうだけど、他人の子どものこともだ。

「おせっかいやき」な人がいなくなってしまったがために
他人に無関心、関わらない、立ち入らないようになってしまった結果が
子どもたちにこうして現れているのではないだろうか。
いじめによる自殺もそうではないか。

事なかれ主義。
波風を立てないように見て見ぬふりをする。

そんな大人のひずみをすべて子どもたちは受け取って
本当はそうなりたくないのにそうなってしまう。

そして、大人は誰も本気を出して
SOSを出している子どもを助けない…。

きっと子どもには少しくらい
「おせっかい」を焼いてもいいのかもしれない。

うるさいくらいに首をつっこんで初めて
SOSを出している子どもを助けられるのではないだろうか。


 - - - - - 


いくら命は大切だととなえられても
自分自身が周りから大切にされていると思えないのに
命を大切と思うだろうか…


長崎県佐世保市の教育関係者の方々は
とても努力されていたと思う。
でも、残念ながらこの事件は起きてしまった。

それは結果的に誰も
彼女の心の闇を救うことができなかったからだろう。

この事件に関する色々な記事を
ネットで検索し読みあさった。

すると、どうも父親がしている行動が
父親としての責任を
放棄しているような感じがいなめない。

母親が亡くなって、すぐに再婚したり、
戸籍をうつし、祖母の養子にしていたり、
子どもを一人暮らしさせたりと。

子育てのことで
こんなにも父親に批判が集まったのは
初めてのことではないだろうか。
母親が生きていたら、きっと
今までのように母親が批判されていたに違いない。
「母親の育て方が悪い。」と…。

父親は、そんな窮地に立たされて
耐えきれなくなり、自ら命をたってしまった。
彼女は復讐をはたすことができたことになるが…
きっと本心は嬉しくはないだろう。

誤解のないように言っておくが
殺人はけして許されることではない。
まったく罪のない友人を殺すことは
絶対に許される事ではない。
彼女と彼女の両親はこの十字架を
死んでも背負っていかなければいけない。

ただ考えてみると
彼女はとても寂しかったんじゃないだろうか。

「私の寂しさ、辛さを誰も分かってくれない。」

問題行動をおこした小6くらいから
そう思っていたのではないか。
だから、分かってくれない父親に
金属バットで殴りかかったのではないか。

 あなたが大切
 あなたを産んでよかった
 あなたがいるだけで嬉しい
 あなたが大好き

そう、存在を認めてもらえたことのない子で
親に甘えることができず
勉強やスポーツの成績ばかりを評価され
どんなにたくさん褒められていても
成績がふるわなくなり、挫折をしたら
その子の精神状態はどうなるだろうか。


自分が彼女だったらどうか考えてみて欲しい。


きっと精神が崩壊してしまうだろう。
猟奇的になっていってしまうこともあるだろう。
そして、それを本人も自分で止めることは
できなくなるのではないか。

「テストの点数がすべてだ!」

と小6の時に言い返したという記事をみて
常に評価ばかりされてきた感じを受けた。
有名大学卒業のエリート両親、さらに優秀な兄。
彼女にはどれだけのプレッシャーが
かかっていただろう。


彼女の過去の経歴を読んでいると
私自身と何やら重なる部分がある。

自分のことを「僕」と呼んでいたこと。
親元から離れて暮らしたこと。

私も「わたし」と言えず
「僕」と言っている時があった。
それから、小6の時に自分で決めて
新築の一軒家に両親と離れて祖母と暮らしたことがある。

母は私の意見を尊重したからというが
小6(11才)の少女がいくらそう言うからといって
親と離れて寂しくないわけがない。
やせ我慢に決まっているのに
母はどうして気づかなかったのだろうか。

「そんなに我慢しないで 一緒に暮らそう。」

本当は母にそう言って欲しかった…。
私がどれだけ甘えたかったか
母は、いまだによくわかっていないと思う。

16才でもしっかりしている人はいるが
親にちゃんと受け入れてもらっていない彼女は
人を思いやる心が育っていなかったのではないか。

殺人をすることで父親を困らせて
究極に追い詰めてやりたいのかもしれない。
これは無意識での親への復讐なのかも。

「ほら、こうなったのは全部おまえたちのせいだ。」
…と。

そんな理由で殺されては
殺された側はたまったもんではないが
なんかそんな感じがする。


私が小6の時、
転校した先が母親の地元だったせいで
「母が頭が良かったから」と言う理由でいじめにあった。
いじめをしていた同級生の親たちが自分の子どもたちを
成績で私に負けるなとまくしたてていたからだ。

今考えると私も一歩間違えば、11年前に起きた
同級生殺害の小6の少女よりも先に
小6で殺人を犯していたのかもしれなかった。
私の精神状態は紙一重だった。


毎日、小学校に登校しながら
いじめるやつらをいつ殺してやろうかと思っていた。
おぞましい考えが私の頭の中を駆け巡っていた。

そんな心の闇を私が持っていたなんて
当時、誰も思わなかっただろう。

でも、私はしなかった。
それはどうしてか?

ちょっと考えてみた。


きっと私の心を救ってくれていたのは
小2から飼っていた雑種犬「クロ」の
おかげだったのかもしれない。

クロは、いつも一人だった私を
ありのまま受け止めてくれた。
クロの頭だけ出して体を土の中に埋めても
私を信頼しているのか、合図するまでけして動かなかった。

クロは私が家に帰ってくると
ニコニコした顔をして
しっぽをふって迎えてくれた。

クロは全身で
「あなたがいてくれて嬉しい」
そう表してくれていた。

だから、両親や先生が私の心の闇に気づいていなくても
本当の友達がいなくて、ひとりぼっちで寂しくても
殺したいほど憎しみに心がかられても
なんとか耐えられたのかもしれない。

事件を起こした彼女にはありのままの彼女を認め、
包んで愛してくれる人や動物はそばにいたのだろうか…。

そして、私は「ドラえもん」や「タッチ」など
とてもいい作品を読んでいたおかげもあったのかもしれない。
私の心は、藤子・F・不二雄先生とあだち充先生が
育み、救ってくれていたのかもしれない。

「タッチ」のアニメは、
「お薬」だと言って見ていた記憶がある。
「タッチ」を見ると、心がおだやかになるからだった。


地位や名誉、
勉強やスポーツの優秀さ、
大金、豪邸。

そんな物理的な豊かさよりもきっと

「あなたがたいせつ。
 いつも見守っているよ。」

そう言っていつも温かく迎え入れて
包み込んでくれる大人が一人でもいたら…。

きっとそういうことが
心の闇を持つ子どもたちを救う
ヒントではないだろうか。
そして、命を大切に思う心に
つながっていくのではないだろうか。

そう、まさに
パピーさんが教えてくれている

「認める」「褒める」「包む」

これが、どんな人をも救う考え方なんだと思う。


国民主権

2015年07月16日 | ★道をひらく
とても素晴らしいことが書かれている
日本国憲法の前文をここに書きます。


日本国憲法
<前文>


日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、
われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、
わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、
政府の行為によつて
再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、
ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。


そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、
その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、
その福利は国民がこれを享受する。
これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。
われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、
人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、
平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、
われらの安全と生存を保持しようと決意した。


われらは、平和を維持し、
専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと
努めてゐる国際社会において、
名誉ある地位を占めたいと思ふ。

われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、
平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して
他国を無視してはならないのであつて、
政治道徳の法則は、普遍的なものであり、
この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、
他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、
全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。





自民党はこれを踏みにじろうとしています。
いよいよ化けの皮がはがれてきましたね。
みんなやっとわかってくれたかな?
若い人たちが精力的に活動してくれて
なんだか嬉しい。日本人も捨てたもんじゃない。

戦後70年の今、国民にとってピンチですが
自民党が滅亡するチャンスです。

そのカギは日本国民が自分のこととして
今、立ち上がって行動することにかかっています。


自民党はアメリカから押しつけられた憲法などと、
憲法改正議論で、さんざんぬかしながら、
安保法案ではアメリカの言いなりで、
国民が理解していないのに強行採決をする、独裁ぶり。

言うことが二転三転する。
信用できない発言の数々。
「絶対」なんてない。

絶対「安全でクリーンなエネルギー」などと
原子力発電を宣伝していたけど、
安全なんかじゃなかったことを
福島原発事故で思い知ったでしょ?

安保法案で
「自衛隊は後方支援だけだから絶対に安全だ」
なんて言ってるけど、
そもそも戦闘地域に安全な場所なんて
あるわけないじゃん!!

いつ何時、自分が殺されるかわからない。
そうなれば、他国民を殺すしかなくなってしまう。
自衛隊員が人殺しをしなければいけなくなる。

それはまさしく戦争の始まりを意味している。

憎しみは連鎖する。
武力に武力で返していては
戦争はけして終わらない。

アナと雪の女王で言っていたよね?

「愛が心の氷を溶かす」と。

とことん言葉の限り話し合って、
お互いの違いをわかり合うことが
世界平和につながるのではないのかな?

世界で唯一、戦争を止められるのは
あの愚かな戦争を乗り越えた日本国民だけだよ。