今年の4月下旬に「宮城県を元気にする高知応援隊」の同志である高知市在住の鍛冶清史さんがまたまた、被災地に入り、単独でボランティア活動を行ってくれました。
その無垢な善意と行動力に、感心するとともにとても感謝しております。
鍛冶さんは東京都出身ですが、高知の某有名企業に就職されて、高知が大好きな高知県人になりました。
鍛冶さんは、6月に高知応援隊として57名の仲間と宮城県に入り、共にボランティア活動をしました。そのとき、悲惨な状況に強い衝撃を受けたので、仕事が忙しい中に時間を作って、その後にも、3回ボランティア活動に入り続けました。
◆平成23年7月17日
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http://blog.goo.ne.jp/tosagurasi3/e/6ef82f155e86faa7933d15da65fa9fcf
◆私が最初に伺った七ヶ浜町は、平成23年3月25日(大震災発生から2週間後の七ヶ浜町)
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http://blog.goo.ne.jp/tosagurasi3/e/e90f530340e4931640db57ee94a261c7
その1年後、鍛冶さんが今年の4月に七ヶ浜町の写真を送ってきてくれました。
テレビや新聞の報道が少なくなっても、全国から継続的な支援があるのは、ありがたいことです。
震災の瓦礫は、取り除いて収集場に集められたものの、その処理はまだ1割も進んでいません。
「震災瓦礫受入れ拒否」は納得できません。この状況を見てほしいです。
これからも、被災地復興の為に微力を傾注してまいります。
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確かに一概には言えないかもしれませんが、責任を取る立場は政治しかないと思うんです。
政治が、住民や国民性のせいにしていたら、なにも改善、解決できません。
政治の無責任さがメディア等でも叩かれていますが、叩かれてしょうがない場面を幾度か体感しました。
又、余談ですが、被災地で何人かの市長や町長、行政関係者と意見交換しましたが、震災直後、物見遊山のように短時間で視察や、自治体責任者から切実な要望を聞いて「帰って(国会)必ずやります!」と行ってその後、まったく何にもしてくれない。又はなしのつぶてであったと言う御怒りや、諦めをよくよく聞きました。
国難だからこそ、東日本の復興が今後の日本全体にも大きく大きく関わりますので、政治の責任、そしてその責任の所在と共に明確にすべきであると考えます。
そういう思いでつづらしてもらいました。
宮地さん、コメントありがとうございます。
七ヶ浜町では最近、1回目の住民への住宅復興アンケートが実施されています。その結果では3割程度の方々が元の場所へ住みたいと回答されていました。
僕等が視察させてもらった菖蒲田含め、沿岸地域を宮城県の復興計画に沿って防災緑地や農地にするのか、地元の要望を取り入れて一部を住宅地とするのか等、まだまだ調整の段階だと個人的には感じています。
それでも、田んぼのゴミ拾いや防潮林への植林など僕等で出来ることがある限りは続けていきたいと思っています。
光二郎、センターの裏手に瓦礫が山積みされている写真があったと思うので、それもアップして欲しい。
被災自治体や住民、全国の国民の良心や善意が発揮され続けていますが、政治がその仕組みや力をコーディネートする必要性があります。
又、国としてどこまで責任を持つのかが明確でなく、復興が遅々として進まないのも原因です。
誰のせいでもなく、国家や国民の困難に責任転嫁をせず真正面から向き合う事が政治に求められています。
復興の遅れの原因は何でしょうかね?