萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

soliloquy 夏の一睡―another,side story

2016-08-05 22:53:11 | soliloquy 陽はまた昇る
露の干ぬ間に
周太某日@If子供時代



soliloquy 夏の一睡―another,side story

もしもあなたがずっと傍にいたのなら、違う今だった?

「しゅーうたっ、あーそぼー、」

澄んだ声、そのくせ落ちついて大人びる。
この声なぜか知っていて、そっと開いた視界に天窓が青い。

「しゅーたっ、しゅうたー雨やんだよーあーそーぼーっ、」

ほら呼んでくれる、この声は好き。
好き、けれどすこし怖くて起きあがっても立ちたくない。

「しゅうたー、いるんだろー、窓開いてるよ周太ー、」

澄んだ落ちついた声が笑ってくる。
そのとおり出窓は開けっ放し、それでもタオルケットくるまった。

「しゅーうーたっ、どんぐり拾いにいこー、」

あ、それいいな?

「ん…、」

釣られて眼をこすり立ちあがる、でもタオルケットは離せない。
するする青色ひきずって窓辺、見おろした庭でランドセル姿が笑った。

「周太っ、しゅーうーたっ、公園いこーよー、どんぐりすごいぞーっ、」

ぶんぶん振ってくれる手が白い。
まだ子供、そのくせ大きな手に周太はため息吐いた。

「…ぼくよりずっと大きいんだもの、」

窓の桟つかむ自分の手、その指は短くて丸い。
けれど庭から振られる手は指長くて、シャツ白い腕も長い。

「しゅーうたー、降りてこいよー、雨あがりきもちいいぞーっ、」

手を振ってくれる無邪気な笑顔、でも背が高い。
同じ齢のはず、それなのに頭ひとつ分ずっと高い。

「…いつも見おろしてくるんだもの、」

つぶやいて胸ちりっと疼く。
あの身長いつも羨ましい、あの大きな手も。
足だって自分より大きい、それから大人びたあの声。

「しゅうたーっ?どんぐりだぞーくぬぎがいいぞー、いこうよーっ、」

あ、くぬぎなんていいな?

「でも…、」

でもダメ、だけどクヌギのドングリは好き。
ちょっと誘われてしまう、それでもダメな理由を澄んだ声が呼んだ。

「しゅうたーもしかしてさーっ、るすばんなのかー?」

それ大きな声でいっちゃダメでしょ?

「…ほんとこまるんだもの、」

ほんとうに困る、いつもそう。
いつもこんな調子ふりまわされて、でも窓から離れられない。

「るすばんならさーしゅうたーっ、俺もまぜてよーっ?」

ほら、まぜて、だなんて。

「…ほんとずるいんだもの、」

本当にずるい、まるで分かってるみたいだ?

「るすばんならさー俺もまぜてよーしゅーうたっ、すみれさんのスコンもってきたぞー、」

おやつまでもってきた、こんなのずるい。

「…ぼくのすきなものまで持ってくるんだもの、」

好きなお菓子、好きな声、そして「るすばんまぜて」だなんてずるい。
こんなのいつもずるい、ずるくて胸ちりっと疼いて、それなのに声が。

「しゅーうーたっ、げんかん開けないんならいくぞー?」

いくって、え、帰っちゃうの?

「…っ、」

帰っちゃうの?そんなの待って。
想い窓また見おろして、けれどランドセルの少年もういない。

「あ…、」

帰っちゃった?

「…、」

帰ってしまった「まぜて」って言ったのに?
こんなふう消えられてしまって胸きゅっと絞まって、ほら痛い。

「…ぼくのばか、」

ほんとうにばか、こんな僕。
こんなに痛いくせ帰らせてしまった、こんなに痛いほど「まぜて」がほしい。
欲しいくせに応えられなかった動けなかった、こんな臆病そっと咬みつかれて瞳こぼれた。

「ぅ…、」

ほら窓がにじむ、青い空あわく薄くなる。
見つめる庭木立も深緑あわい、緑ぼやけて薄れて色が消えてゆく。

ほら色が薄れる世界が薄れる、あの声ひとつ消えてしまったせいだ。

「…ごめんね、えぃ…」

しゃくりあげて名前も言えない。
ほんとうは呼びたかった、呼んで「まぜて」したかった。
それなのに応えること出来なかった臆病が疼いて、けれど呼ばれた。

「しゅうーた、スコン食べよ?」

え?

「…、」

瞬いた真中、ほら笑顔が。

「木登りしたら腹へったよ、牛乳だしてよ周太?おやつしようよ、」

ほら切長い瞳が笑う、子供のくせ大人びた眼。
濃やかな睫の陰翳あざやかに白皙を映える、子どものくせ整った頬。

「どうした周太?靴ならちゃんと脱いだから安心してよ、」

ほんとだ、黒いソックスの足。
黒ソックス端正な制服の脚は伸びやかで、見おろしてくる笑顔やたら綺麗だ。

「なんか熱っぽい顔してるな周太?周太の学校も登校日だったろ、休んだのか?」

きれいな笑顔すっと近づく、白皙の指そっと額ふれる。
ふれて指の輪郭が長い、すこし甘いほろ苦い香ふれる、この匂いも好き。

でも好きだからほら、そっぽ向く。

「かんけいないでしょ…なんでかってにまどからはいってくるの?」

ほら唇また勝手に動く、つっけんどんな自分の声。
こんな言い方なぜだかしてしまう、その唯一の相手はきれいに笑った。

「周太もじもじしてたろ?もじもじ周太かわいいから見たかったんだ、ほんと周太ってかわいいよな?」

ほらまたこんなこと言う。

「…かわいくなんかありません、おとこにかわいいとかへんなこといわないで?」

ほんと変なコト言わないで?だって心臓ひっくり返る。

「かわいいのは変じゃないよ周太、俺は好きだよ?」

ほら「すき」って?

「…だからそういうことかんたんにいわないで、ほんとへんたいちかん、」

ほんと簡単に言わないで、だって心臓ひっくり返る。

―それに僕ばっかりきたいしてるみたいで、

自分ばっかりだ、いつもこんなふう。

いつもこんなふう心臓ひっくり返る、疼いて痛い。
君がいつも疼かせる痛くさせる、ずるくて痛くて、だけど。

「周太のヘンタイチカンってかわいいよな、もっと言ってよ周太?」

ほらまたからかうんだ、本当にずるい。
こんなだから怖くて応えられなくて、ほんとうに本当に君はいつも、

「…ばかえいじ、」

でも、いつも好きで。



周太と英二が子供時代に出逢ってたら?の短篇です、笑


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