And my tears, make a heavenly Lethean flood, 涙よ道に
第84話 整音 act.25-side story「陽はまた昇る」
登らせたい、
その一言まっすぐ見つめてくるのは初老の瞳。
独り畳の正座むかってくるスーツ姿、この官僚は今なにを想う?
―テーブルの前で正座なんか土下座と同じだ、それでも輪倉さんは今、
想い椅子から見おろす先、端坐まっすぐ見あげてくる。
背筋きれいに伸ばす半白の髪、その年齢とキャリアに英二は微笑んだ。
「輪倉さん、こちらの席に座りませんか?話し難いでしょう、」
自分の父より年長かもしれない、そんな男が土下座する。
そこにある感情を見つめるまま山ヤの官僚は言った。
「ありがとう宮田くん、でも今はここでいいんだ。それだけのことをしにきたんです、」
おだやかな口もと微笑んでいる、けれど視線は揺るがない。
ひたむきな真摯まっすぐテーブルを見あげて、口を開いた。
「堀内検事長、まずプライベートなお席にあがりこんだ無礼をお詫びします、申し訳ありません、」
静かな声が低く座敷を徹る。
この来訪者に祖父の書生だった男は言った。
「総務省の輪倉さんでしたね、こうしたことは公務にある者として危険だと思いませんか?」
「思います、ですから同じテーブルには就きません、」
畳から声ひたむきに見つめてくる。
テーブルはるか低い視線、その背すじ凛と官僚は続けた。
「検事長に直訴など反則だと解っています、まして私は官僚の身であり許されざることです。それでも参上した声を聴いて頂けませんか?」
端坐おだやかに声が見あげる。
まっすぐ見つめて逸らさない、その目元ふかい皺に英二は微笑んだ。
「それなら俺も同じですね?失礼します、」
笑いかけて一礼、椅子から立ちあがる。
席むこう見あげた旧知に微笑んで、そのまま畳に正座した。
「英二くん?君まで正座するのかい、」
訊いてくれる微笑のテーブル、白磁に活けたパンジーが赤い。
花越し問いかける眼ざしに想ったまま笑いかけた。
「輪倉さんと俺は同じことをしにきたんです、だから同じ場所に座らせてください、」
同じ目的で自分も来た、それなら同じ席に就けばいい。
想ったまま笑った隣、初老のスーツ姿かすかに首を振った。
「いけないよ宮田くん、君は私の勝手を聴いてくれただけなんだ。テーブルに戻ってください、」
「いいえ、私こそ礼儀を通すべき立場なんです、」
微笑んで畳の膝さらり整える。
端坐したスラックスを畳目が透かす、この席に本音を笑った。
「堀内さん、今は警察官と検事長の立場で話をしてくれませんか?輪倉さんは同じ山ヤ仲間として隣に座らせて下さい、」
山ヤの警察官、それが今の自分だ。
今この等身大から話せたらいい、そんな想いに検察官の瞳が笑った。
「だから英二くん、赤いパンジーを活けさせたのかい?」
赤いパンジー、深紅の三色菫。
この花寄せる共鳴に英二はきれいに笑った。
「はい、俺が祖父の姿を忘れないために、」
あの祖父のように生きたい。
Both of them speak of something that is gone:
The Pansy at my feet
Doth the same tale repeat:
Wither is fled the visionary gleam?
Where is it now, the glory and the dream?
足もとの花に繰り言を、そう謳って祖父は微笑んだ。
あの眼ざし大好きだった、あの貌になりたかった、そして今もなりたい聲とくちずさんだ。
「The Pansy at my feet、足もとに今ある命を見ろ、そこに自分の心があると祖父は教えてくれました。だから俺は今、輪倉さんの隣に座るんです、」
だから祖父はあの詩を愛した、この赤い花を見ていた。
あの眼ざし自分も欲しくて、けれど歩めなかった道へ微笑んだ。
「堀内さん、俺が警察官になったのは親への反抗心からでした。でも今は良かったと想います、だって山はたくさんの花が足もとに咲くんですよ?」
祖父と同じ道ではない今の道、でもだからこそ自分は見つけられた。
『きれいだね…』
ほら君が笑う、君の瞳に花が映ったからだ。
『北岳草を見せて?』
ただ一輪の花に君が笑う、そこに偽りなんて欠片もない。
あの眼ざしに声に自分は信じられた、その場所から祖父の俤を仰いだ。
「山は危険だらけで、たった一歩が命の分岐点になります。そういう山だからこそ俺は足もとの花に気づけたんです、」
山だからこそ自分は見つめられた、足もとの花の意味。
だから今も願ってしまう、求めている、その原点まっすぐ声にした。
「警察学校の山岳訓練で俺は初めて命の重さを知りました、一歩の分岐点を知って祖父の言葉に気づけたんです。だから輪倉さんをここに呼びました、」
この男を呼んだのは自分の意志、誰の為でもない。
ただ自分の願い叶えるために呼んだ、そして叶えられる男が訊いた。
「それは英二くん、君も輪倉さんと同じ責任を覚悟しているってことかな?」
「そうです、三年目の警察官と官房審議官では同じと言うのはおこがましいですけど、」
肯き笑った頬に視線が熱い。
並んで座る男は何を想う?そんな眼ざしの隣で微笑んだ。
「警察官として願うことは罪の自覚です、今回の事件はたくさんの人を雪山の危険にさらしました、その罪を自覚させるためにも登らせたいと思いませんか?」
犯した罪、その同等に場所を与えること。
こんな論法はハイリスクかもしれない、それでも告げた真中で検事は笑った。
「うまい誘導だ、でも保釈したところで実質どうする?」
椅子から言葉ふってくる。
問いかけに隣から穏やかなトーン答えた。
「保釈の身ではエベレストなど無理と解かっています、でも山に登らせることはできます、」
(to be continued)
【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」/William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】
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英二24歳3月
第84話 整音 act.25-side story「陽はまた昇る」
登らせたい、
その一言まっすぐ見つめてくるのは初老の瞳。
独り畳の正座むかってくるスーツ姿、この官僚は今なにを想う?
―テーブルの前で正座なんか土下座と同じだ、それでも輪倉さんは今、
想い椅子から見おろす先、端坐まっすぐ見あげてくる。
背筋きれいに伸ばす半白の髪、その年齢とキャリアに英二は微笑んだ。
「輪倉さん、こちらの席に座りませんか?話し難いでしょう、」
自分の父より年長かもしれない、そんな男が土下座する。
そこにある感情を見つめるまま山ヤの官僚は言った。
「ありがとう宮田くん、でも今はここでいいんだ。それだけのことをしにきたんです、」
おだやかな口もと微笑んでいる、けれど視線は揺るがない。
ひたむきな真摯まっすぐテーブルを見あげて、口を開いた。
「堀内検事長、まずプライベートなお席にあがりこんだ無礼をお詫びします、申し訳ありません、」
静かな声が低く座敷を徹る。
この来訪者に祖父の書生だった男は言った。
「総務省の輪倉さんでしたね、こうしたことは公務にある者として危険だと思いませんか?」
「思います、ですから同じテーブルには就きません、」
畳から声ひたむきに見つめてくる。
テーブルはるか低い視線、その背すじ凛と官僚は続けた。
「検事長に直訴など反則だと解っています、まして私は官僚の身であり許されざることです。それでも参上した声を聴いて頂けませんか?」
端坐おだやかに声が見あげる。
まっすぐ見つめて逸らさない、その目元ふかい皺に英二は微笑んだ。
「それなら俺も同じですね?失礼します、」
笑いかけて一礼、椅子から立ちあがる。
席むこう見あげた旧知に微笑んで、そのまま畳に正座した。
「英二くん?君まで正座するのかい、」
訊いてくれる微笑のテーブル、白磁に活けたパンジーが赤い。
花越し問いかける眼ざしに想ったまま笑いかけた。
「輪倉さんと俺は同じことをしにきたんです、だから同じ場所に座らせてください、」
同じ目的で自分も来た、それなら同じ席に就けばいい。
想ったまま笑った隣、初老のスーツ姿かすかに首を振った。
「いけないよ宮田くん、君は私の勝手を聴いてくれただけなんだ。テーブルに戻ってください、」
「いいえ、私こそ礼儀を通すべき立場なんです、」
微笑んで畳の膝さらり整える。
端坐したスラックスを畳目が透かす、この席に本音を笑った。
「堀内さん、今は警察官と検事長の立場で話をしてくれませんか?輪倉さんは同じ山ヤ仲間として隣に座らせて下さい、」
山ヤの警察官、それが今の自分だ。
今この等身大から話せたらいい、そんな想いに検察官の瞳が笑った。
「だから英二くん、赤いパンジーを活けさせたのかい?」
赤いパンジー、深紅の三色菫。
この花寄せる共鳴に英二はきれいに笑った。
「はい、俺が祖父の姿を忘れないために、」
あの祖父のように生きたい。
Both of them speak of something that is gone:
The Pansy at my feet
Doth the same tale repeat:
Wither is fled the visionary gleam?
Where is it now, the glory and the dream?
足もとの花に繰り言を、そう謳って祖父は微笑んだ。
あの眼ざし大好きだった、あの貌になりたかった、そして今もなりたい聲とくちずさんだ。
「The Pansy at my feet、足もとに今ある命を見ろ、そこに自分の心があると祖父は教えてくれました。だから俺は今、輪倉さんの隣に座るんです、」
だから祖父はあの詩を愛した、この赤い花を見ていた。
あの眼ざし自分も欲しくて、けれど歩めなかった道へ微笑んだ。
「堀内さん、俺が警察官になったのは親への反抗心からでした。でも今は良かったと想います、だって山はたくさんの花が足もとに咲くんですよ?」
祖父と同じ道ではない今の道、でもだからこそ自分は見つけられた。
『きれいだね…』
ほら君が笑う、君の瞳に花が映ったからだ。
『北岳草を見せて?』
ただ一輪の花に君が笑う、そこに偽りなんて欠片もない。
あの眼ざしに声に自分は信じられた、その場所から祖父の俤を仰いだ。
「山は危険だらけで、たった一歩が命の分岐点になります。そういう山だからこそ俺は足もとの花に気づけたんです、」
山だからこそ自分は見つめられた、足もとの花の意味。
だから今も願ってしまう、求めている、その原点まっすぐ声にした。
「警察学校の山岳訓練で俺は初めて命の重さを知りました、一歩の分岐点を知って祖父の言葉に気づけたんです。だから輪倉さんをここに呼びました、」
この男を呼んだのは自分の意志、誰の為でもない。
ただ自分の願い叶えるために呼んだ、そして叶えられる男が訊いた。
「それは英二くん、君も輪倉さんと同じ責任を覚悟しているってことかな?」
「そうです、三年目の警察官と官房審議官では同じと言うのはおこがましいですけど、」
肯き笑った頬に視線が熱い。
並んで座る男は何を想う?そんな眼ざしの隣で微笑んだ。
「警察官として願うことは罪の自覚です、今回の事件はたくさんの人を雪山の危険にさらしました、その罪を自覚させるためにも登らせたいと思いませんか?」
犯した罪、その同等に場所を与えること。
こんな論法はハイリスクかもしれない、それでも告げた真中で検事は笑った。
「うまい誘導だ、でも保釈したところで実質どうする?」
椅子から言葉ふってくる。
問いかけに隣から穏やかなトーン答えた。
「保釈の身ではエベレストなど無理と解かっています、でも山に登らせることはできます、」
(to be continued)
【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」/William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】
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