萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

one scene 某日、学校にてact.11 ―side story「陽はまた昇る」

2012-08-19 04:35:01 | 陽はまた昇るside story
言ってまわりたいほどに、



one scene 某日、学校にてact.11 ―side story「陽はまた昇る」

清々しい香が机から昇って、青い花が立つ。
花活に挿していく萼紫陽花は花冠ゆらして、すっくりと咲いている。
この花も家の庭に咲くのかな?ふと懐かしい想いと見ている隣から、笑いかけられた。

「英二、きれいに活けられたね、」

黒目がちの瞳が花を見つめて、うれしそう笑ってくれる。
褒めて貰って嬉しい、うれしくて英二は微笑んだ。

「そうか?なんか家で活けるのとまた違うよな、ここのって、」
「ん、家のは茶花だから、活ける考え方も違うんだ…ここは生け花だし流派も違うから、」

話しながら周太は白い花を手にして、手籠へと活けていく。
艶やかな緑の葉に映える白紫陽花は、清楚な色香が瑞々しい。
そんな様子が活ける人と似ているようで、つい見惚れてしまう。

―清楚な雰囲気の花って、特に似合うんだよな、周太…かわいい、

いまクラブ活動の時間なのに、ぼんやりしてしまう。
いま隣に座る人の横貌が綺麗で、花活ける手元が綺麗で、ぼんやり見ていたい。
どこか露含む花を見つめる横顔は、長い睫が頬に翳おとして微笑が和やかに美しい。
花の枝を挿していく手は優しくて、慈しむよう花冠を支える仕草も優雅で様になる。
やはり幼い頃から花に親しむ風格が周太にはある、こういうタイプは今どき女性でも珍しいだろう。

―父さんも言ってたな、女性でも中々いない、ってさ

春3月、川崎の家に父は来訪した。
あのとき父は心底から微笑んだ。周太の袴姿や茶の設え、仕草などに見惚れていた。
そして見事な春の庭に寛ぎ楽しんで、庭の主への素直な賛嘆を英二にも姉にも語っている。
あんな様子から解ってしまう、きっと父は周太のような、自分の手を動かして持て成す人を愛したい。

―だから母さんのことを愛せないんだよな、父さんは

母は「相手を寛がせる」という考えはない。
いわゆるお嬢さま育ちの母は、人から尽くされることに馴れている。
だから例えば、茶を淹れても母は「そうすべきと教えられた」からしているに過ぎない。
けれど周太の場合は「いちばん美味しいように、飲む人が寛ぐように」と想って淹れてくれる。
これは些細な違いのようで、大きな違い。それを自分も身をもって知っている、だって周太の作るものは何でも温かいから。
そんな周太の純粋な優しさは華道部でも顕れて、皆と同じ花材を遣っても周太の花はどこか気品があふれ優しい。
さらり感想が口をついて、英二は隣へと笑いかけた。

「周太が活けると、ほんときれいだよな?」
「ん、ありがとう…花がきれいだからだよ、」

笑いかけた先、頬を薄く染めながら黒目がちの瞳は微笑んでくれる。
ほら、こんな恥ずかしがるところ淑やかで「花が」と言うところが奥ゆかしい。
こんな貌が可愛くて自分は好きだ、たぶん父も好意を持って見ただろう。父と自分は好みが似ているから。
そんなことを思い廻らしていると周太は、気恥ずかしげに口を開いた。

「英二が活けると、凛々しくていいね…俺、好きだよ?」

好きだとかって嬉しいです、もっと言って?

また恋の奴隷モードになって見惚れてしまう、なんでも褒めて貰うのが嬉しい。
もっと構ってよ?そんな気持ち正直に英二は笑いかけた。

「好きって嬉しいよ、もっと褒めて?」
「…そういわれるとなんかはずかしい…でも、素直な活け方で素敵だと思うよ?」

羞んで頬染めて、素直に言って微笑んでくれる。
こんな貌でこんなこと言われたら、ほら鼓動が心引っ叩いて、ときめきだす。
そして考え出してしまう、

―今日って金曜日だよな?いろいろしても今夜はOKだよな?

ほら、こんなこと花を活けている時に考えるなんて?
けれど今日はせっかくの金曜で明日は外泊日、だから周太を寝かさなくても大丈夫。
だから金曜の夜は楽しみで、けれど土曜は離れるのが寂しいから尚更に今夜は色々したい。
だからって花を活ける時にこんなこと考えるのは、不謹慎だと解っている。
こんな自分は煩悩まみれの俗人で、光一に言われたことを思い出す。

『色魔変態ケダモノ痴漢っ』

あれを言われてから、じき2ヶ月になる。
なんだか随分と前のようにも感じられるな?そう首傾げた隣から、楽しげな会話が聴こえてきた。

「へえ、湯原が活けるとなんか違うよなあ?なんだろ、きれいだな、」
「ん、そう?…ありがとう、藤岡のも自然な感じで良いね?」
「ほんとですね、藤岡さんのお花ってナチュラルで、寛げそうです、」

声の種類が3つある?

1つは大好きな声、1つは聴き慣れた声。
そして聴き慣れない可愛い声が混じっている。

―しかも女の声だ、

もしかして?
そんな予想と一緒に振向いた先、見覚えのある笑顔が周太に笑いかけていた。
この笑顔は前に廊下で見た、こっちは壁から伺うよう覗いて「やっぱり女の方が良いのかな」と凹まされながら。

「嬉しいこと言ってくれんね、ありがと。そっちは可愛い感じだなあ、」
「ありがとうございます、目指すは湯原さんの活け方なんですけど、なかなか、」
「自分の好きなように活けたら、いいと思いますよ?…花が一番きれいに咲けるように、って、」

大好きな声の答えに、ふっと意識が惹きつけられた。
いま周太が言ったことが好きだ、微笑んで英二は隣に話しかけた。

「花が一番きれいに咲けるように、って良いな?花のこと気遣うとこ、好きだな、」

君のそういうところが好き。
花にも人にも優しい、純粋な君が好き。

この想い素直に笑いかけた先、また首筋から薄紅が昇りだす。
ほら、そんなふう羞んでくれるとこ、ときめくのにな?
こんな時にときめくと少し困ってしまうのにな?
そう見つめた脇から、可愛い声が言ってくれた。

「湯原さんは、宮田さんと話す時がいちばん良い笑顔ですね?」

結構、良い子だな?

そんな心裡の声に自分で自分が可笑しい、あんまり単純すぎるから。
こんなふうに一瞬で評価を替える自分は、ちょっと馬鹿だ?

けれど周太との仲を認められたら、やっぱり嬉しい。
だって本当は、世界中に言ってまわりたい位に想っている。言って、独り占めしてしまいたい。
それが同性同士の恋愛ではリスクが高いと解っている、けれど本音は隠す必要なんか無いって思っているから。
だって全部を懸けて愛している、誇らしいほど想っている、だから言ってまわることを本当は赦してもらいたいのに?

“このひとを幸せに笑わせられるのは、自分だけ。だから手を出さないでくれる?”




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