reflected light 時の投影
第80話 極月 act.1-side story「陽はまた昇る」
除夜の鐘に山響く。
凛と冴えて大気に谺する、韻々、虚空の雲から銀色あわい。
かすかな月光は銀嶺に映えて稜線あわく輝かす、その尾根に篝火が朱い。
「雪、降りそうだな、」
ぱちり、火の粉を聴きながら仰いで雲が厚い。
ゆるやかに頬なぶる大気が凍てつかす、風は上空もっと強いだろう。
そんな観天望気に澄んだテノールが笑った。
「かもね、宮田すっかり山ヤの貌してるよ?」
すっかり山ヤ、そんな言葉に一年前が戻ってくる。
こんなふうに去年の今日も山にいた、その記憶に微笑んだ。
「もう一年過ぎたからな、国村さんにはお世話になりました、」
「お世話したよ、俺もお世話されたけどね、ア・ダ・ム?」
謳うよう言われて笑ってしまう。
こんな呼名もされていたな?懐かしいまま英二は笑った。
「その呼名、なんかすごく懐かしいな?」
「俺も国村サンって呼ばれると懐かしいね、おまえホント最初はナンも知らなくてさ、」
笑って底抜けに明るい瞳がふり返る。
眺めた向こう参詣のざわめきが温かい、その照らす篝火に左手首を見て言った。
「光一、そろそろ抜ける時間じゃないか?用があるって仰ってましたよね、」
大晦日すこし中座するよ?
そう言われていた時刻に雪白の貌が笑った。
「だね、もう交代要員が来るよ、」
笑った向こう青いウェアの長身がやってくる。
隊帽のひさし翳らせ顔は見えない、けれど馴染んだ気配に笑いかけた。
「おつかれさまです、黒木さん、」
「おう、おつかれさま、」
低い声ざわめきにも透って少し笑う。
雑踏からスカイブルーのウィンドブレーカー現れて、隣の上官が笑った。
「おつかれさん黒木、こんな日に早退ナンテ申し訳ないね?」
「いえ、大丈夫です、」
会釈する顔を篝火が照らしだす。
いくらか緊張したような貌は相変わらずで、その理由を知らない笑顔は言った。
「ふうん、大丈夫なら俺このまま除隊して青梅署に戻ろっかね、黒木小隊長?」
こんな発現、冗談でも黒木は困るだろう?
そう予想したまま長身の先輩は首振った。
「小隊長とか呼ぶの止めて下さい、俺そんなつもりじゃありません、」
「でもホントは小隊長になりたいだろ?俺ナンカいない方が好都合の筈だね、俺も地元勤務のがイイしさ、利害の一致だね?」
からり笑って軽やかに返す、けれど言われた方は軽くない。
そんな事情も分かりきってこの上官は言っているのだろう?
―光一、今年中にケリつける気なんだ?
第七機動隊山岳レンジャー第2小隊長、このポストに黒木が就くと自他ともに認めていた。
けれど光一が就任した、それは黒木が警部補の昇級試験に落ちたことが大きい。
そう黒木自身も解っている、それでも感情論への配慮に上官は続けた。
「ほら黒木、正直にゲロッてよ?俺のこと邪魔モンで嫌いでムカつくから目も合わさないんだろ?今年も数分で終いだね、ラストに本音ぶちまけな、」
あ、それは誤解だ?
―黒木さんは嫌いだからじゃないのに、
邪魔者、そう想ったことは正直あるだろう?
次期小隊長だと嘱望されていた、けれど就けなかった悔しさは仕方ない。
それでも決して「嫌いだ」なんて理由は無いはずだ、その誤解ときたくて口開いた。
「光一、それ誤解だよ?ポストをとられた悔しさはあっても嫌ってない、そうですよね黒木さん?」
プライベートとオフィシャルが混じった話し方に自分で可笑しい。
いま勤務中なのに素が出てしまう、それくらい慌てそうな本音に上官が笑った。
「ナニが誤解なもんか、英二に言って無かったけどね、俺こいつにイジメられてんだよ?入隊したバッカの訓練とかマジイジメ、ねえ黒木小隊長?」
その件は自分も見ていないから何も言えない。
けれど「イジメられてんだ」の進行形は違う、その否定に本人が口開いた。
「国村さん、正直に言って入隊された頃は嫌がらせの意図もありました、でも目を合わさないのは嫌いだからではありません、」
ちゃんと言えるんだな?
感心と見た火影の貌は緊張している、その理由は解らなくもない。
けれど相手に伝わるか問題だ?こんな心配のまま澄んだテノールが笑った。
「やっぱり嫌がらせしてたんだね、で、目を合わさないのは嫌いじゃねえんならナニ?」
やっぱり誘導尋問で確認していたんだ?
嫌がらせだったか、その事実確認して笑い飛ばしてしまう。
こういう明るさが光一のカリスマ性だろう、けれど質問に追い詰められる困り顔は言った。
「国村さんの顔が似てるから困ってるだけです、本当に嫌いとかじゃありませんから気にしないで下さい、」
似てる、って誰とだろう?
この顔と似ている誰かがいる、その記憶が黒木を困らせるのだろうか?
こんな発言ちょっと予想外で聴きたくなる、けれど質問者は時計を見た。
「ソコントコもうちょいツッコみたいけど時間だね、宮田、代りにキッチリ事情聴取よろしくね?」
そんなこと「代りに」なんて良いんだろうか?
疑問ながらも仕方なく微笑んだ。
「無理な聴取はしませんよ、いってらっしゃい、」
「ふん、またねア・ダ・ム、」
雪白の笑顔くるり踵返して行ってしまう。
青いウィンドブレーカー雑踏へ遠ざかる、しなやかな背中すぐ消えてゆく。
相変わらず足が速いな?そんなアンザイレンパートナーを見送って隣に笑いかけた。
「黒木さん、そんなに落ちこまないで大丈夫ですよ?国村さんも解ってワザと訊いてると思います、」
「…なにが解かって訊いてるんだ?」
ため息まじり応えながらプレハブ小屋に入っていく。
あまり人に聴かれたくない、そんなトーンに小屋へ入り笑いかけた。
「嫌いだから目を逸らすんじゃないのは国村さんも解っています、もう5ヶ月なのに黒木さんがキョドるから気にしてるんですよ?」
光一が七機に異動して5ヶ月経つ。
それでも唯ひとり馴染めない隊員は口開いた。
「俺自身も挙動不審だと思ってるよ、でも国村さんの顔見てると変な気になるから見れん、」
「変な気って、襲いたいとかですか?」
さらり言い返したデスク越し、精悍な顔が硬直する。
こんな発言されると思っていなかったろうな?そんな途惑いが声ぶつけた。
「おお襲いたいとか宮田なに言ってんだ?男同士でそんなもんあるわけないだろ、」
この人もどもったりするんだな?
また予想外に純情堅物な先輩が愉しくなってしまう、だからつい虐めた。
「男同士だからこそあるんじゃないですか?妊娠もしないし後腐れ無くて楽ですよ、男とヤルのは女性より気持イイって言いますし、」
業務中にこんな発言いつもなら絶対にしない。
けれど大晦日ざわめく現場の昂揚が言わせてしまう、そのままに相手も口開いた。
「ほんと俺はそれはない、国村さんの顔が女の人と似てるから困ってるだけだ、」
とうとう自白してくれた。
このまま聴いてみたくてストーブの薬缶とりながら笑いかけた。
「初恋の人ですか?」
「…そうなるな、」
低い声ため息ごと応えてくれる、そのトーン緊張まだ硬い。
少しでも場を寛がせて吐かせてやりたい、そんな想いごと茶を注いだ湯呑さしだした。
「どうぞ、茶飲み話でゆっくり聴かせてよ?」
6歳と六期上の先輩にタメ口を遣ってみる。
これで少しくだけてくれるといいな、そんな意図に精悍な瞳が笑ってくれた。
「聴かせないと妙な報告するんだろ、俺がゲイだとかなんとか、」
「俺もなんか報告しないとアウトだから、」
笑って湯呑に口つけて熱い。
そっと啜りこんで芯から凍えが解けてゆく、やはり真冬の寒気に冷えていた。
ゆるやかに寛ぎだす温もり微笑んだ前、端整な雪焼の顔も微かにほころんだ。
「酒も煙草もナシで話せって難しいぞ、」
「じゃあ御神酒でも戴いてこようか?あれなら地域との交流で問題ないですよね、黒木小隊長?」
綺麗に笑いかけ冗談と敬語で攻めてみる。
これで笑って口開いてほしい、そう願う前で生真面目な山ヤが笑った。
「ほんと宮田は回転速いな、出世するヤツってカンジだ、」
こんなふう黒木が言うなんて珍しいだろう?
吐きだしたいと肚底は思っていたのかもしれない、受けとめたくて笑いかけた。
「褒め言葉に受けとくよ、すぐ戻ります、」
踵返して出張所小屋から境内へ出る。
その頬へ冷たさふれて仰いだ頭上、雲間の月やわらかに純白が降りだした。
「雪だ、」
呟いた唇に雪ふれてとける。
さらり舞うよう降りてくる銀色は月から零れだす、この空に想ってしまう。
月光にふる雪をあのひとは、唯ひとり忘れられない人は見たことがあるだろうか?
「…見せたいよ、周太、」
そっと呼びかけて唇へ雪と月がふる。
この想い届けたい、けれど何日もう声を聴いていないだろう?
―新宿で別れてからずっとだ、メールはたまに返事くれるけど、
あれから電話を架けても出てくれない。
こんな音信不通に心臓そっと軋みだす、でも責められない。
だって自分の所為だともう解っている、あの日なぜ自分は言わなかったのだろう?
『おまえが周太に隠してきた理由は巻きこまない為だろ?でもさ、もう知ったんなら隠したって無意味だね、むしろ教えるほうが護れるんじゃない?』
あの日から2週間後に光一から言われた、あの通りだと今なら解かる。
隠したから信頼を失った、そう解かるから盗聴器の声聴く勇気すら挫かれる。
―独り言でも言われるのが怖いんだ、信じられないって、
もう英二なんか知らない、そう言われることが怖い。
あの人を護るため盗聴器も利用して、けれど拒絶を聴く可能性が竦ませる。
だから後悔したまま今日になった、この傷み抱えこんだまま除夜の鐘が年を明ける。
「周太…嫌だよ、」
想い零れて溜息ひとつ歩きだす。
境内を進みながら顔は笑って会釈する、けれど停まりそうな鼓動が痛い。
こんなに泣きたいほど逢いたいクセに自分で絶ち切って、それでも諦めきれない脚が尾根に立った。
「は…、」
白い吐息くゆらす彼方、遠く都心の灯が霞む。
あの灯のどこかに君はいるのだろうか、そう想い時遡って携帯電話をとりだし開く。
ここで去年は写真を撮りメールを贈った、あのまま変われない本音を伝えられるだろうか?
「…周太、奥多摩は月と雪だよ?」
せめて今、この月を雪を届けられたなら。
(to be continued)
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第80話 極月 act.1-side story「陽はまた昇る」
除夜の鐘に山響く。
凛と冴えて大気に谺する、韻々、虚空の雲から銀色あわい。
かすかな月光は銀嶺に映えて稜線あわく輝かす、その尾根に篝火が朱い。
「雪、降りそうだな、」
ぱちり、火の粉を聴きながら仰いで雲が厚い。
ゆるやかに頬なぶる大気が凍てつかす、風は上空もっと強いだろう。
そんな観天望気に澄んだテノールが笑った。
「かもね、宮田すっかり山ヤの貌してるよ?」
すっかり山ヤ、そんな言葉に一年前が戻ってくる。
こんなふうに去年の今日も山にいた、その記憶に微笑んだ。
「もう一年過ぎたからな、国村さんにはお世話になりました、」
「お世話したよ、俺もお世話されたけどね、ア・ダ・ム?」
謳うよう言われて笑ってしまう。
こんな呼名もされていたな?懐かしいまま英二は笑った。
「その呼名、なんかすごく懐かしいな?」
「俺も国村サンって呼ばれると懐かしいね、おまえホント最初はナンも知らなくてさ、」
笑って底抜けに明るい瞳がふり返る。
眺めた向こう参詣のざわめきが温かい、その照らす篝火に左手首を見て言った。
「光一、そろそろ抜ける時間じゃないか?用があるって仰ってましたよね、」
大晦日すこし中座するよ?
そう言われていた時刻に雪白の貌が笑った。
「だね、もう交代要員が来るよ、」
笑った向こう青いウェアの長身がやってくる。
隊帽のひさし翳らせ顔は見えない、けれど馴染んだ気配に笑いかけた。
「おつかれさまです、黒木さん、」
「おう、おつかれさま、」
低い声ざわめきにも透って少し笑う。
雑踏からスカイブルーのウィンドブレーカー現れて、隣の上官が笑った。
「おつかれさん黒木、こんな日に早退ナンテ申し訳ないね?」
「いえ、大丈夫です、」
会釈する顔を篝火が照らしだす。
いくらか緊張したような貌は相変わらずで、その理由を知らない笑顔は言った。
「ふうん、大丈夫なら俺このまま除隊して青梅署に戻ろっかね、黒木小隊長?」
こんな発現、冗談でも黒木は困るだろう?
そう予想したまま長身の先輩は首振った。
「小隊長とか呼ぶの止めて下さい、俺そんなつもりじゃありません、」
「でもホントは小隊長になりたいだろ?俺ナンカいない方が好都合の筈だね、俺も地元勤務のがイイしさ、利害の一致だね?」
からり笑って軽やかに返す、けれど言われた方は軽くない。
そんな事情も分かりきってこの上官は言っているのだろう?
―光一、今年中にケリつける気なんだ?
第七機動隊山岳レンジャー第2小隊長、このポストに黒木が就くと自他ともに認めていた。
けれど光一が就任した、それは黒木が警部補の昇級試験に落ちたことが大きい。
そう黒木自身も解っている、それでも感情論への配慮に上官は続けた。
「ほら黒木、正直にゲロッてよ?俺のこと邪魔モンで嫌いでムカつくから目も合わさないんだろ?今年も数分で終いだね、ラストに本音ぶちまけな、」
あ、それは誤解だ?
―黒木さんは嫌いだからじゃないのに、
邪魔者、そう想ったことは正直あるだろう?
次期小隊長だと嘱望されていた、けれど就けなかった悔しさは仕方ない。
それでも決して「嫌いだ」なんて理由は無いはずだ、その誤解ときたくて口開いた。
「光一、それ誤解だよ?ポストをとられた悔しさはあっても嫌ってない、そうですよね黒木さん?」
プライベートとオフィシャルが混じった話し方に自分で可笑しい。
いま勤務中なのに素が出てしまう、それくらい慌てそうな本音に上官が笑った。
「ナニが誤解なもんか、英二に言って無かったけどね、俺こいつにイジメられてんだよ?入隊したバッカの訓練とかマジイジメ、ねえ黒木小隊長?」
その件は自分も見ていないから何も言えない。
けれど「イジメられてんだ」の進行形は違う、その否定に本人が口開いた。
「国村さん、正直に言って入隊された頃は嫌がらせの意図もありました、でも目を合わさないのは嫌いだからではありません、」
ちゃんと言えるんだな?
感心と見た火影の貌は緊張している、その理由は解らなくもない。
けれど相手に伝わるか問題だ?こんな心配のまま澄んだテノールが笑った。
「やっぱり嫌がらせしてたんだね、で、目を合わさないのは嫌いじゃねえんならナニ?」
やっぱり誘導尋問で確認していたんだ?
嫌がらせだったか、その事実確認して笑い飛ばしてしまう。
こういう明るさが光一のカリスマ性だろう、けれど質問に追い詰められる困り顔は言った。
「国村さんの顔が似てるから困ってるだけです、本当に嫌いとかじゃありませんから気にしないで下さい、」
似てる、って誰とだろう?
この顔と似ている誰かがいる、その記憶が黒木を困らせるのだろうか?
こんな発言ちょっと予想外で聴きたくなる、けれど質問者は時計を見た。
「ソコントコもうちょいツッコみたいけど時間だね、宮田、代りにキッチリ事情聴取よろしくね?」
そんなこと「代りに」なんて良いんだろうか?
疑問ながらも仕方なく微笑んだ。
「無理な聴取はしませんよ、いってらっしゃい、」
「ふん、またねア・ダ・ム、」
雪白の笑顔くるり踵返して行ってしまう。
青いウィンドブレーカー雑踏へ遠ざかる、しなやかな背中すぐ消えてゆく。
相変わらず足が速いな?そんなアンザイレンパートナーを見送って隣に笑いかけた。
「黒木さん、そんなに落ちこまないで大丈夫ですよ?国村さんも解ってワザと訊いてると思います、」
「…なにが解かって訊いてるんだ?」
ため息まじり応えながらプレハブ小屋に入っていく。
あまり人に聴かれたくない、そんなトーンに小屋へ入り笑いかけた。
「嫌いだから目を逸らすんじゃないのは国村さんも解っています、もう5ヶ月なのに黒木さんがキョドるから気にしてるんですよ?」
光一が七機に異動して5ヶ月経つ。
それでも唯ひとり馴染めない隊員は口開いた。
「俺自身も挙動不審だと思ってるよ、でも国村さんの顔見てると変な気になるから見れん、」
「変な気って、襲いたいとかですか?」
さらり言い返したデスク越し、精悍な顔が硬直する。
こんな発言されると思っていなかったろうな?そんな途惑いが声ぶつけた。
「おお襲いたいとか宮田なに言ってんだ?男同士でそんなもんあるわけないだろ、」
この人もどもったりするんだな?
また予想外に純情堅物な先輩が愉しくなってしまう、だからつい虐めた。
「男同士だからこそあるんじゃないですか?妊娠もしないし後腐れ無くて楽ですよ、男とヤルのは女性より気持イイって言いますし、」
業務中にこんな発言いつもなら絶対にしない。
けれど大晦日ざわめく現場の昂揚が言わせてしまう、そのままに相手も口開いた。
「ほんと俺はそれはない、国村さんの顔が女の人と似てるから困ってるだけだ、」
とうとう自白してくれた。
このまま聴いてみたくてストーブの薬缶とりながら笑いかけた。
「初恋の人ですか?」
「…そうなるな、」
低い声ため息ごと応えてくれる、そのトーン緊張まだ硬い。
少しでも場を寛がせて吐かせてやりたい、そんな想いごと茶を注いだ湯呑さしだした。
「どうぞ、茶飲み話でゆっくり聴かせてよ?」
6歳と六期上の先輩にタメ口を遣ってみる。
これで少しくだけてくれるといいな、そんな意図に精悍な瞳が笑ってくれた。
「聴かせないと妙な報告するんだろ、俺がゲイだとかなんとか、」
「俺もなんか報告しないとアウトだから、」
笑って湯呑に口つけて熱い。
そっと啜りこんで芯から凍えが解けてゆく、やはり真冬の寒気に冷えていた。
ゆるやかに寛ぎだす温もり微笑んだ前、端整な雪焼の顔も微かにほころんだ。
「酒も煙草もナシで話せって難しいぞ、」
「じゃあ御神酒でも戴いてこようか?あれなら地域との交流で問題ないですよね、黒木小隊長?」
綺麗に笑いかけ冗談と敬語で攻めてみる。
これで笑って口開いてほしい、そう願う前で生真面目な山ヤが笑った。
「ほんと宮田は回転速いな、出世するヤツってカンジだ、」
こんなふう黒木が言うなんて珍しいだろう?
吐きだしたいと肚底は思っていたのかもしれない、受けとめたくて笑いかけた。
「褒め言葉に受けとくよ、すぐ戻ります、」
踵返して出張所小屋から境内へ出る。
その頬へ冷たさふれて仰いだ頭上、雲間の月やわらかに純白が降りだした。
「雪だ、」
呟いた唇に雪ふれてとける。
さらり舞うよう降りてくる銀色は月から零れだす、この空に想ってしまう。
月光にふる雪をあのひとは、唯ひとり忘れられない人は見たことがあるだろうか?
「…見せたいよ、周太、」
そっと呼びかけて唇へ雪と月がふる。
この想い届けたい、けれど何日もう声を聴いていないだろう?
―新宿で別れてからずっとだ、メールはたまに返事くれるけど、
あれから電話を架けても出てくれない。
こんな音信不通に心臓そっと軋みだす、でも責められない。
だって自分の所為だともう解っている、あの日なぜ自分は言わなかったのだろう?
『おまえが周太に隠してきた理由は巻きこまない為だろ?でもさ、もう知ったんなら隠したって無意味だね、むしろ教えるほうが護れるんじゃない?』
あの日から2週間後に光一から言われた、あの通りだと今なら解かる。
隠したから信頼を失った、そう解かるから盗聴器の声聴く勇気すら挫かれる。
―独り言でも言われるのが怖いんだ、信じられないって、
もう英二なんか知らない、そう言われることが怖い。
あの人を護るため盗聴器も利用して、けれど拒絶を聴く可能性が竦ませる。
だから後悔したまま今日になった、この傷み抱えこんだまま除夜の鐘が年を明ける。
「周太…嫌だよ、」
想い零れて溜息ひとつ歩きだす。
境内を進みながら顔は笑って会釈する、けれど停まりそうな鼓動が痛い。
こんなに泣きたいほど逢いたいクセに自分で絶ち切って、それでも諦めきれない脚が尾根に立った。
「は…、」
白い吐息くゆらす彼方、遠く都心の灯が霞む。
あの灯のどこかに君はいるのだろうか、そう想い時遡って携帯電話をとりだし開く。
ここで去年は写真を撮りメールを贈った、あのまま変われない本音を伝えられるだろうか?
「…周太、奥多摩は月と雪だよ?」
せめて今、この月を雪を届けられたなら。
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