萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第74話 傍証act.9-side story「陽はまた昇る」

2014-03-29 23:30:00 | 陽はまた昇るside story
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第74話 傍証act.9-side story「陽はまた昇る」

昏い森、それでもコール音が響きだす。

携帯電話あてる耳元に電子音が呼ぶ、その数カウントする。
ひとつ、ふたつ、そして三つめに繋がれた電話に英二は綺麗に笑った。

「周太、誕生日おめでとう、」

今日は大切な唯ひとりの誕生日。
だから何処にいても声を聴きたかった、そんな想いに穏やかな声が笑ってくれた。

「ん、ありがとう英二…昨夜は電話ごめんね、寝ちゃってて、」
「いや、俺の方こそ架けるの遅くなってごめんな?ほんとごめん、」

ごめんと二度告げて謝ってしまう。
本当に昨夜は架けたかった、その本音ごと夜の梢を見上げため息吐いた。

「周太の誕生日最初の声、俺が聴きたかったな。聴けなかったのは俺の所為だけどさ、」

昨夜、午前0時に電話したかった。
けれど架けられなくて、その理由を告げることすら出来ないまま優しい声は微笑んだ。

「ん、僕も…えいじのこえききたかったから、今うれしいよ?」

ああそんな可愛いこと言ってくれるんですね?

なんだか恥ずかしそうなトーンで言ってくれる、その言葉に声にスイッチ入ってしまう。
今すぐ顔を見て跪いてしまいたい、そんな本音に笑って夜の森の底から東の空を仰いだ。

「周太の嬉しい貌ほんと見たい、逢いたいよ周太?」

逢いたい、本当に今すぐ逢いたい。
けれど逢えない現実の距離が隔たってしまう、それでも繋がれる声が笑ってくれた。

「ん、逢いたいね…英二、いま外に居るの?」
「うん、周太がいる方を見てる、」

笑って答えて、けれど本当の居場所はぐらかしてしまう。
今どこに自分が居るのか?それを告げることが少し今は苦しくて言えない。
この場所に名残らす記憶たちが電話の声に鮮やか過ぎる、だから言えなくなる。

―去年の今頃を思い出させるだけだ、今の周太には辛い、

去年の秋この場所で、ふたり幸せだった。

ここで初めて名前を呼んでもらった、初めて唇ふれてくれた。
幾つもの幸福な初めてを去年ここに育んだ、だからこそ独りきりの今が痛む。
それでも電話に繋いだ声から幸福は浮びあがってくれる、そんな記憶の映しに大好きな声が羞んだ。

「…だからそういうこといわれるの恥ずかしいから…でもうれしいけど、」

こんなふうに言われると自分こそ辛いかも?

―こういう周太の言い方って俺ほんと舞い上がるよな、

すこし突っ張るような棒読みの話し方、けれど含羞ごと素直な想い零れてしまう。
そんな意地の張られ方が嬉しくて微笑んでしまう電話ごし、優しい声そっと伝えてくれた。

「英二、僕ね…生まれてきて英二に逢えて、幸せだよ?」

生まれてきて幸せだ、そう今この時に言ってくれる。
この言葉が見つめる時がどこなのか?その不安に鼓動ひとつ呑みこみ問いかけた。

「幸せなのは周太、今日より前?それとも俺との未来?」

過去なのか、未来なのか?

その時間次第で「幸せ」と言われた意味が変ってしまう。
この返事次第に選ぶ明日を見つめた樹幹は闇に沈んで、けれど大好きな声は笑ってくれた。

「ん…前もこれからもだよ?英二、来年の今日は一緒にいてくれる?」

一年以内に周太を辞職させて療養させる、この約束を喜んでくれるなら頷いて?

そう約束を告げてから1ヵ月もう過ぎて、けれど今も頷いて笑ってくれる。
こうして笑ってくれるなら何でもしたい、ただ笑顔ひとつ護りたくて約束へ笑った。

「必ず一緒にいるよ、周太?絶対の約束だ、」

絶対の約束を、もう自分は幾つ願ったろう?

どんなに願っても叶わない、そんな現実があると今は知っている。
晉の肉筆、馨の日記、田嶋の言葉、そして祖父ふたり対照的な過去の功罪。
そこに見つめる軛は願いを奪う、それでも諦めるなんて出来ない我儘に英二は笑った。

「絶対の約束だよ周太、来年の誕生日は一緒に家で過ごそう?約束だ、」
「ん、ありがとう英二…楽しみにしてるね、」

微笑んでくれる声すこし恥ずかしそうでも澱まない。
この呼吸音に確認しながら安堵すこし出来る。

―呼吸に雑音は無いな、思ったより悪化は遅いけど、

喘息は悪化すると呼吸音が変化する。
その兆候は夏の終わり、最後に逢ったとき少し見えていた。
けれど今の会話に雑音は感じられなくて、そんな経過に希望ひとつ見つめ笑いかけた。

「周太、今夜もよく眠ってくれな?疲れちゃんと貯めないように、」
「ん、もうベッド入ってるから…、」

応えてくれる声の向こう衣擦れ微かに聞えてくれる。
いまベッドで寝返りをうつ、その気配に本音つい零れた。

「その隣に入れてほしいよ周太、同じベッドで一緒に寝たい、」

一緒に眠ることが出来たなら、どんなに幸せだろう?

ふたり同じベッドに眠る、それは恋人同士なら普通の幸せかもしれない。
けれど今の自分には遠すぎる、それでも願いたいまま笑った先から答え返った。

「っ…だからそういうのはずかしいでしょばか、でも…うれしいおやすみなさい、」

叱って恥ずかしがって、けれど素直に頷いてくれる。
こういう応答つい嬉しくなってしまう、ただ幸せで笑いかけた。

「おやすみ周太、夢で逢ったらキスさせて?」
「っ、えいじのばかしらない…ゆめでまたね、」

恥ずかしがる声ひと息に言って、ぱちり通話が切れる。
そんな切り方すら可愛くて嬉しいまま携帯電話ポケットに入れて木下闇から踵返した。

かさり、

踏みしめる落葉が登山靴に鳴る。
一歩ごと乾いた香そっと燻らし甘くて、梢ざわめく風音から懐かしい。
この匂いも音も今いる場所を教えてくれる、その全て求めていた本音に微笑んで闇を出た。

「おかえり英二、お誕生ラブコール終わった?」

からり澄んだテノール笑ってくれる。
揺れる火影の向こう笑顔は明るくて、その陽気に笑いかけた。

「ただいま光一、おかげで声聴けたよ、ありがとな、」
「どういたしましてだね、」

飄々と笑いながら薪ひとつ炎くべる。
ことり崩れる燃殻の声に腰下して、斜向かいマグカップ手渡された。

「コーヒー淹れといたよ、」
「ありがと、」

笑って受けとり口付けて、ほろ苦い芳香すべりこむ。
喉おちてゆく熱が快い、そんな季節のまま白い吐息に英二は笑った。

「もう冬が来るな、奥多摩も、」
「だね、」

相槌うつ笑顔の雪白へ火影うつろう。
澄んだ瞳も炎きらめく、その眼差しこちら見つめ微笑んだ。

「で、昨日はズイブン締め上げたみたいだね?周太に必死なんだろうけどさ、」

昨日、確かに「ズイブン締め上げた」自覚はある。
それを言い当てられた信頼に笑いかけた。

「どうして締め上げたって解かるんだ?」
「目つきだね、他のヤツは気づいてないだろうけど、」

さらり答えた唇マグカップを啜りこむ。
湯気くゆらす影が白い、その揺らめきにテノール笑ってくれた。

「昨日帰ってきてからのオマエの目、ドスが利いちまってるよ、容疑者を締め上げた刑事みたいにさ?そのカンジが山でも変わんないって余程だね、」

言われる言葉に反論は難しい。
そう認めながらアンザイレンパートナーに笑いかけた。

「いま訓練で現場に居ますけど、俺個人の機密を話して大丈夫ですか、国村小隊長?」

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