萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第85話 暮春 act.36-side story「陽はまた昇る」

2017-09-22 23:20:18 | 陽はまた昇るside story
My world’s both parts, and,
英二24歳3月下旬


第85話 暮春 act.36-side story「陽はまた昇る」

きれい、それだけ。

そんな言葉の瞳まっすぐ明るい、こんな眼は違うのだろうか?
世界は自分の知らない姿に映るだろうか、そんな眼に英二は微笑んだ。

「きれいって小嶌さん、俺には褒め言葉でもないけど?」

紙コップくしゃり、掌つぶして湯気くゆる。
もう空っぽだった味噌汁また香って、白い息に笑った。

「周太に小嶌さんが言ったんだろ?もしファントムの素顔が綺麗だったら、それでも歌姫はラウルを選んだかなってさ?でもキレイとか言うんだ?」

もしファントムの素顔が綺麗だったら?

そんな仮定を君は言った、その発言者が雪に見あげてくる。
明眸まっすぐ自分を映して、ちいさな顔は微笑んだ。

「それは顔のつくりについての話よ、今言ってるのは姿勢みたいなこと。潔いっていうのかな?」

軽やかな、そのくせ薄くない声が笑いかける。
この女こんな声だったろうか?疑問めぐらせながらも微笑んだ。

「それで小嶌さん、周太の話まだ始まらない?あんまり時間ないんだけど、」

本題から逸れている、わざとだろうか?

―肚芸は得意に見えないけどな、単純そうだし?

よく知るわけじゃない女、二人で話すのは二度めだろうか?
それでも未知じゃない視線が自分を見あげた。

「宮田くん、周太くんが右足ケガしているの気づいたでしょう?」

いきなり本題だ?

―やっぱりケガしている、周太は、

すこし前に気づいたこと、だからこの背に負えた。
まだ名残る温もりに視線、雪の道むこうを見た。

「光一も知ってるんだろ?周太を座らせてるし、」

立ったまま話す雪の道、むこうの四駆かたわら君がいる。
アウトドアチェアむかいあう登山ウェア姿、薄青と群青それぞれ寛ぐ。

「知ってる、何も言われなくても光ちゃんは解るから。だから周太くん今、くったくなく笑ってるでしょ?」

ほらソプラノが答える、その「解る」が羨ましい。
そんな自分だったら違ったろうか?想いただ微笑んだ。

「光一はそうだろうな、」

あいづち微笑んで息が白い、気温が下がっている。
もう正午とっくに過ぎた春の森、雪まばゆい道に告げた。

「で?さっさと周太のこと話せよ、俺に質問とかいらない、」

話すなら今すぐ、全てを。
もう焦らされるのは厭きて、だから哂った。

「いちいち質問してくれるけどさ、焦らす話しかた嫌いなんだ。光一のことも今はいい、さっさと周太のこと話せよ?」

ただ君のことだけ聴きたい、そうしたら取り戻せるだろうか?
もう遅いのかもしれない?それでも投げた言葉に澄んだ眼ざし返った。

「ニュースになった事件の夜、周太くんは昏睡状態になったの。ケガと喘息の発作から熱がでて、」

ケガ、喘息。

今の君にある秘密、そして君を示す言葉。
もう知っているんだ、この女は?

「事件の夜から二日間ずっと眠って、目が覚めた夜にまた肺炎おこしかけて昏睡状態になって、それで私が呼ばれて、」

昏睡状態、その最中に呼ばれること。

『美代ちゃんは自分の感情も超えて周太くんを愛してる、』

あの祖母があんなことを言う、それだけの信頼がある女。
だから「知っている」この自分が知らない時間も、そして感情も。

「周太くんのお母さんは手を握って離さなかったの、それでお祖母さんが心配して看病の交代役に私を呼んだの、」

ソプラノが時なぞる、面影ひとつ描きだす。
黒目がち優しい瞳が泣いている、涙に穿たれる熱が、

―そんなに信頼されてるのか、あの祖母に…美幸さんまで、

看病に呼ばれた、それは君の母親からの信頼。
その事実に鼓動きしみだす、熱が波うつ、熱い。

「お母さんの代わりに座ってたら…周太くんうなされて叫んだよ?」

眠る君が叫ぶ、そんな貌を見た女。
その瞳が鼓動に刺さる、軋む、軋んで熱くて、

妬ましい、

「叫んだんだよ周太くん、ね…それで恋人になれるわけないよ?」

嫉ましい熱、けれど言葉に見つめてしまう。
その瞳が自分を見た。

「英二、って、」

呼ばれる、でも、この声にじゃない。
誰に?

「英二って叫んだよ、それ聞いちゃってるのになれるわけないよ?」

叫んだ、この自分の名前を。
誰が?

「英二って叫んだんだよ周太くん、私じゃない、」

君が、叫んでくれた?

どういうことだろう、どうして?
ただ聞こえてくる声に見つめるまま、澄んだ眼ざし告げた。

「私が手を握ってるのに、英二って叫んだんだよ周太くん…そういうのずっと見てるの私、つらいよ?」

白銀ゆれる春の雪、声が透る。
告げてくれる息が白い、春の冷厳にソプラノが見つめる。

「だって叫ぶ気持ち私もわかるの、私も周太くんの背中に叫んだから、」

君が叫んだ、それを目の前のソプラノがなぞる。
そんな雪道むこう君の横顔、あの唇が叫んでくれた?

「叫んだんだ、小嶌さんも?」

なぜ?

ただ疑問に問いかける。
この女も君と同じことをした、その瞳が微笑んだ。

「叫んだよ?あの事件のとき新宿で…追いかけたかった私、」

ことん、

鼓動ノックする、なんだろう?
でもこの感覚は知っている、ずっと昔のようで二年も前じゃない。

「一緒にいたのに電話ひとつで…走って行っちゃったの、うんときれいな笑顔で、」

ソプラノが語る、でも知っている。

―…じゃあ、ね?

記憶の底が微笑む、右手をあげる。
ちいさく手をふって踵かえして、そして遠ざかる横顔。

「追いかけたかったの私、だからわかるの、周太くんが叫んだのなんでか…わかる、」

白い息ソプラノが見あげる。
また傾く陽にまばゆい森、銀色の道に涙おちた。

「英二って追いかけたいの周太くん、だから…追いかけさせてあげたい、の、」

頬の薔薇色そっと光おちる。
大きな明眸ゆっくり瞬いて、自分を映しだす。

「それに私、宮田くんを好きになっちゃうのわかる、だから追いかけさせてあげたいの…周太くんのこと大好きだから、だから、」

ソプラノが笑って自分を見る、大きな瞳に雪がふる。
明るい眼きらめく光あふれて零れて、そして笑った。

「レンアイ卑怯者なんて嫌いよ私、あの小説、『オペラ座の怪人』の歌姫なんて私は嫌なの、だから追いかけてほしいんだ、」

だから、

そう繰り返す声まっすぐ見つめてくる。
ただ聞いている真中、まっすぐ彼女は笑った。

「追いかけてほしいの正直に、そうしたら私も追いかけられる、」

追いかけて、誰が、誰を?

めぐる想い明眸が見あげる、頬の薔薇色つたう光。
泣いている眼も薄紅そまって、それでも明るい瞳。

(to be continued)
【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】


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