My world’s both parts, and,
第85話 暮春 act.36-side story「陽はまた昇る」
きれい、それだけ。
そんな言葉の瞳まっすぐ明るい、こんな眼は違うのだろうか?
世界は自分の知らない姿に映るだろうか、そんな眼に英二は微笑んだ。
「きれいって小嶌さん、俺には褒め言葉でもないけど?」
紙コップくしゃり、掌つぶして湯気くゆる。
もう空っぽだった味噌汁また香って、白い息に笑った。
「周太に小嶌さんが言ったんだろ?もしファントムの素顔が綺麗だったら、それでも歌姫はラウルを選んだかなってさ?でもキレイとか言うんだ?」
もしファントムの素顔が綺麗だったら?
そんな仮定を君は言った、その発言者が雪に見あげてくる。
明眸まっすぐ自分を映して、ちいさな顔は微笑んだ。
「それは顔のつくりについての話よ、今言ってるのは姿勢みたいなこと。潔いっていうのかな?」
軽やかな、そのくせ薄くない声が笑いかける。
この女こんな声だったろうか?疑問めぐらせながらも微笑んだ。
「それで小嶌さん、周太の話まだ始まらない?あんまり時間ないんだけど、」
本題から逸れている、わざとだろうか?
―肚芸は得意に見えないけどな、単純そうだし?
よく知るわけじゃない女、二人で話すのは二度めだろうか?
それでも未知じゃない視線が自分を見あげた。
「宮田くん、周太くんが右足ケガしているの気づいたでしょう?」
いきなり本題だ?
―やっぱりケガしている、周太は、
すこし前に気づいたこと、だからこの背に負えた。
まだ名残る温もりに視線、雪の道むこうを見た。
「光一も知ってるんだろ?周太を座らせてるし、」
立ったまま話す雪の道、むこうの四駆かたわら君がいる。
アウトドアチェアむかいあう登山ウェア姿、薄青と群青それぞれ寛ぐ。
「知ってる、何も言われなくても光ちゃんは解るから。だから周太くん今、くったくなく笑ってるでしょ?」
ほらソプラノが答える、その「解る」が羨ましい。
そんな自分だったら違ったろうか?想いただ微笑んだ。
「光一はそうだろうな、」
あいづち微笑んで息が白い、気温が下がっている。
もう正午とっくに過ぎた春の森、雪まばゆい道に告げた。
「で?さっさと周太のこと話せよ、俺に質問とかいらない、」
話すなら今すぐ、全てを。
もう焦らされるのは厭きて、だから哂った。
「いちいち質問してくれるけどさ、焦らす話しかた嫌いなんだ。光一のことも今はいい、さっさと周太のこと話せよ?」
ただ君のことだけ聴きたい、そうしたら取り戻せるだろうか?
もう遅いのかもしれない?それでも投げた言葉に澄んだ眼ざし返った。
「ニュースになった事件の夜、周太くんは昏睡状態になったの。ケガと喘息の発作から熱がでて、」
ケガ、喘息。
今の君にある秘密、そして君を示す言葉。
もう知っているんだ、この女は?
「事件の夜から二日間ずっと眠って、目が覚めた夜にまた肺炎おこしかけて昏睡状態になって、それで私が呼ばれて、」
昏睡状態、その最中に呼ばれること。
『美代ちゃんは自分の感情も超えて周太くんを愛してる、』
あの祖母があんなことを言う、それだけの信頼がある女。
だから「知っている」この自分が知らない時間も、そして感情も。
「周太くんのお母さんは手を握って離さなかったの、それでお祖母さんが心配して看病の交代役に私を呼んだの、」
ソプラノが時なぞる、面影ひとつ描きだす。
黒目がち優しい瞳が泣いている、涙に穿たれる熱が、
―そんなに信頼されてるのか、あの祖母に…美幸さんまで、
看病に呼ばれた、それは君の母親からの信頼。
その事実に鼓動きしみだす、熱が波うつ、熱い。
「お母さんの代わりに座ってたら…周太くんうなされて叫んだよ?」
眠る君が叫ぶ、そんな貌を見た女。
その瞳が鼓動に刺さる、軋む、軋んで熱くて、
妬ましい、
「叫んだんだよ周太くん、ね…それで恋人になれるわけないよ?」
嫉ましい熱、けれど言葉に見つめてしまう。
その瞳が自分を見た。
「英二、って、」
呼ばれる、でも、この声にじゃない。
誰に?
「英二って叫んだよ、それ聞いちゃってるのになれるわけないよ?」
叫んだ、この自分の名前を。
誰が?
「英二って叫んだんだよ周太くん、私じゃない、」
君が、叫んでくれた?
どういうことだろう、どうして?
ただ聞こえてくる声に見つめるまま、澄んだ眼ざし告げた。
「私が手を握ってるのに、英二って叫んだんだよ周太くん…そういうのずっと見てるの私、つらいよ?」
白銀ゆれる春の雪、声が透る。
告げてくれる息が白い、春の冷厳にソプラノが見つめる。
「だって叫ぶ気持ち私もわかるの、私も周太くんの背中に叫んだから、」
君が叫んだ、それを目の前のソプラノがなぞる。
そんな雪道むこう君の横顔、あの唇が叫んでくれた?
「叫んだんだ、小嶌さんも?」
なぜ?
ただ疑問に問いかける。
この女も君と同じことをした、その瞳が微笑んだ。
「叫んだよ?あの事件のとき新宿で…追いかけたかった私、」
ことん、
鼓動ノックする、なんだろう?
でもこの感覚は知っている、ずっと昔のようで二年も前じゃない。
「一緒にいたのに電話ひとつで…走って行っちゃったの、うんときれいな笑顔で、」
ソプラノが語る、でも知っている。
―…じゃあ、ね?
記憶の底が微笑む、右手をあげる。
ちいさく手をふって踵かえして、そして遠ざかる横顔。
「追いかけたかったの私、だからわかるの、周太くんが叫んだのなんでか…わかる、」
白い息ソプラノが見あげる。
また傾く陽にまばゆい森、銀色の道に涙おちた。
「英二って追いかけたいの周太くん、だから…追いかけさせてあげたい、の、」
頬の薔薇色そっと光おちる。
大きな明眸ゆっくり瞬いて、自分を映しだす。
「それに私、宮田くんを好きになっちゃうのわかる、だから追いかけさせてあげたいの…周太くんのこと大好きだから、だから、」
ソプラノが笑って自分を見る、大きな瞳に雪がふる。
明るい眼きらめく光あふれて零れて、そして笑った。
「レンアイ卑怯者なんて嫌いよ私、あの小説、『オペラ座の怪人』の歌姫なんて私は嫌なの、だから追いかけてほしいんだ、」
だから、
そう繰り返す声まっすぐ見つめてくる。
ただ聞いている真中、まっすぐ彼女は笑った。
「追いかけてほしいの正直に、そうしたら私も追いかけられる、」
追いかけて、誰が、誰を?
めぐる想い明眸が見あげる、頬の薔薇色つたう光。
泣いている眼も薄紅そまって、それでも明るい瞳。
(to be continued)
にほんブログ村 blogramランキング参加中!
英二24歳3月下旬
第85話 暮春 act.36-side story「陽はまた昇る」
きれい、それだけ。
そんな言葉の瞳まっすぐ明るい、こんな眼は違うのだろうか?
世界は自分の知らない姿に映るだろうか、そんな眼に英二は微笑んだ。
「きれいって小嶌さん、俺には褒め言葉でもないけど?」
紙コップくしゃり、掌つぶして湯気くゆる。
もう空っぽだった味噌汁また香って、白い息に笑った。
「周太に小嶌さんが言ったんだろ?もしファントムの素顔が綺麗だったら、それでも歌姫はラウルを選んだかなってさ?でもキレイとか言うんだ?」
もしファントムの素顔が綺麗だったら?
そんな仮定を君は言った、その発言者が雪に見あげてくる。
明眸まっすぐ自分を映して、ちいさな顔は微笑んだ。
「それは顔のつくりについての話よ、今言ってるのは姿勢みたいなこと。潔いっていうのかな?」
軽やかな、そのくせ薄くない声が笑いかける。
この女こんな声だったろうか?疑問めぐらせながらも微笑んだ。
「それで小嶌さん、周太の話まだ始まらない?あんまり時間ないんだけど、」
本題から逸れている、わざとだろうか?
―肚芸は得意に見えないけどな、単純そうだし?
よく知るわけじゃない女、二人で話すのは二度めだろうか?
それでも未知じゃない視線が自分を見あげた。
「宮田くん、周太くんが右足ケガしているの気づいたでしょう?」
いきなり本題だ?
―やっぱりケガしている、周太は、
すこし前に気づいたこと、だからこの背に負えた。
まだ名残る温もりに視線、雪の道むこうを見た。
「光一も知ってるんだろ?周太を座らせてるし、」
立ったまま話す雪の道、むこうの四駆かたわら君がいる。
アウトドアチェアむかいあう登山ウェア姿、薄青と群青それぞれ寛ぐ。
「知ってる、何も言われなくても光ちゃんは解るから。だから周太くん今、くったくなく笑ってるでしょ?」
ほらソプラノが答える、その「解る」が羨ましい。
そんな自分だったら違ったろうか?想いただ微笑んだ。
「光一はそうだろうな、」
あいづち微笑んで息が白い、気温が下がっている。
もう正午とっくに過ぎた春の森、雪まばゆい道に告げた。
「で?さっさと周太のこと話せよ、俺に質問とかいらない、」
話すなら今すぐ、全てを。
もう焦らされるのは厭きて、だから哂った。
「いちいち質問してくれるけどさ、焦らす話しかた嫌いなんだ。光一のことも今はいい、さっさと周太のこと話せよ?」
ただ君のことだけ聴きたい、そうしたら取り戻せるだろうか?
もう遅いのかもしれない?それでも投げた言葉に澄んだ眼ざし返った。
「ニュースになった事件の夜、周太くんは昏睡状態になったの。ケガと喘息の発作から熱がでて、」
ケガ、喘息。
今の君にある秘密、そして君を示す言葉。
もう知っているんだ、この女は?
「事件の夜から二日間ずっと眠って、目が覚めた夜にまた肺炎おこしかけて昏睡状態になって、それで私が呼ばれて、」
昏睡状態、その最中に呼ばれること。
『美代ちゃんは自分の感情も超えて周太くんを愛してる、』
あの祖母があんなことを言う、それだけの信頼がある女。
だから「知っている」この自分が知らない時間も、そして感情も。
「周太くんのお母さんは手を握って離さなかったの、それでお祖母さんが心配して看病の交代役に私を呼んだの、」
ソプラノが時なぞる、面影ひとつ描きだす。
黒目がち優しい瞳が泣いている、涙に穿たれる熱が、
―そんなに信頼されてるのか、あの祖母に…美幸さんまで、
看病に呼ばれた、それは君の母親からの信頼。
その事実に鼓動きしみだす、熱が波うつ、熱い。
「お母さんの代わりに座ってたら…周太くんうなされて叫んだよ?」
眠る君が叫ぶ、そんな貌を見た女。
その瞳が鼓動に刺さる、軋む、軋んで熱くて、
妬ましい、
「叫んだんだよ周太くん、ね…それで恋人になれるわけないよ?」
嫉ましい熱、けれど言葉に見つめてしまう。
その瞳が自分を見た。
「英二、って、」
呼ばれる、でも、この声にじゃない。
誰に?
「英二って叫んだよ、それ聞いちゃってるのになれるわけないよ?」
叫んだ、この自分の名前を。
誰が?
「英二って叫んだんだよ周太くん、私じゃない、」
君が、叫んでくれた?
どういうことだろう、どうして?
ただ聞こえてくる声に見つめるまま、澄んだ眼ざし告げた。
「私が手を握ってるのに、英二って叫んだんだよ周太くん…そういうのずっと見てるの私、つらいよ?」
白銀ゆれる春の雪、声が透る。
告げてくれる息が白い、春の冷厳にソプラノが見つめる。
「だって叫ぶ気持ち私もわかるの、私も周太くんの背中に叫んだから、」
君が叫んだ、それを目の前のソプラノがなぞる。
そんな雪道むこう君の横顔、あの唇が叫んでくれた?
「叫んだんだ、小嶌さんも?」
なぜ?
ただ疑問に問いかける。
この女も君と同じことをした、その瞳が微笑んだ。
「叫んだよ?あの事件のとき新宿で…追いかけたかった私、」
ことん、
鼓動ノックする、なんだろう?
でもこの感覚は知っている、ずっと昔のようで二年も前じゃない。
「一緒にいたのに電話ひとつで…走って行っちゃったの、うんときれいな笑顔で、」
ソプラノが語る、でも知っている。
―…じゃあ、ね?
記憶の底が微笑む、右手をあげる。
ちいさく手をふって踵かえして、そして遠ざかる横顔。
「追いかけたかったの私、だからわかるの、周太くんが叫んだのなんでか…わかる、」
白い息ソプラノが見あげる。
また傾く陽にまばゆい森、銀色の道に涙おちた。
「英二って追いかけたいの周太くん、だから…追いかけさせてあげたい、の、」
頬の薔薇色そっと光おちる。
大きな明眸ゆっくり瞬いて、自分を映しだす。
「それに私、宮田くんを好きになっちゃうのわかる、だから追いかけさせてあげたいの…周太くんのこと大好きだから、だから、」
ソプラノが笑って自分を見る、大きな瞳に雪がふる。
明るい眼きらめく光あふれて零れて、そして笑った。
「レンアイ卑怯者なんて嫌いよ私、あの小説、『オペラ座の怪人』の歌姫なんて私は嫌なの、だから追いかけてほしいんだ、」
だから、
そう繰り返す声まっすぐ見つめてくる。
ただ聞いている真中、まっすぐ彼女は笑った。
「追いかけてほしいの正直に、そうしたら私も追いかけられる、」
追いかけて、誰が、誰を?
めぐる想い明眸が見あげる、頬の薔薇色つたう光。
泣いている眼も薄紅そまって、それでも明るい瞳。
(to be continued)
【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】
にほんブログ村 blogramランキング参加中!
著作権法より無断利用転載ほか禁じます