萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

師走朔日、葉牡丹―blessing

2018-12-01 23:41:08 | 創作短篇:日花物語
感情も越えて、
12月1日誕生花ハボタン


師走朔日、葉牡丹―blessing

怒鳴るニンゲンは、信頼するだけ無駄だ。

「わたし…あんなこと言ったから…こんなことなるとかおもって、なくて…ぅぇっ」

一滴、また途切れる声。
前にいる頬から水が落ちる、滴る水滴ふるわせる。
声こぼれて涙こぼれさせる貌、もう何度も見た表情に微笑んだ。

「涙ふきなよ?」

微笑んでポケットティッシュ差し出してみる。
からから梢ささやくベンチ、包装のプラスチックに木洩陽まぶしい。
こんなふう明るい肚ならよかったのにな?そんな想いに泣き顔の手が伸びた。

「…ありがと、う、」

泣き顔つぶやく声、そのトーンどこか緩まらす。
そんな声の手はティッシュ素直に受け取って、だけど自分の心はどうだろう?

―でもまた怒鳴るんだろうな、このひとはさ?

目の前で泣いている顔、この顔の特技は「怒鳴る」だ。
いま泣いている目ほろほろ瞳こぼして泣く、けれど特技は「目を三角」にすることだ。

―自分の思い通りじゃないとすぐ怒鳴るんだもんなあ…ガキの頃から何度めだよ?

怒鳴って、怒鳴った結果すぐ放り出す。
そうして何度何人どれだけ傷つけているのだろう?
そうした結果の責任どれだけ理解して、どれだけ反省に学んでいるというのだろう?

―学べないから怒鳴るの治らないんだよなあ…やっぱ病気なんだろな、

すぐ怒鳴ってしまう「思い通りにならない」時いつも。
そのとき相手の心を考えるなんて発想もない、それ以上に「傷つける」ことへの罪悪感がない。
こんなこと何度も繰り返す症例はよく知っている、それが身内にいるという現実どう受け止めたらいいのだろう?

「うえっ…ぇっ、わたしどうしよ…ぇっ」

ほら泣いている、でも「傷つけた」罪悪感の涙じゃない。
怒鳴り散らしてしまった結果の非難が怖いだけ、ただ自身が傷つく被害者意識に泣いている。
そんなこと解りすぎているから響かない涙、もう何度も何度も見てきた水は虚ろで、けれど頬に風があまい。

―いい天気だなあ、

木洩陽のベンチ、ふれる風かすかに甘く冷たく冴える。
すこしだけ山風と似て、なつかしくなる場所が梢はるか幻うつす。

―冠雪の山もあるだろな、こういう日に雪踏むのいいなあ、

雪嶺の空は蒼い、その色彩かけら青空に見る。
青から黄金こぼれる梢に霜枯れを見る、凍てつく大気が記憶から冴えてゆく。

―あー…頭ちょっと冷やしに行くかな、こういう時はさ?

冴えた空気、凍てつく土、氷まとう零下の樹木。
あの場所に立てば今すこしだけ、この涙すら受けとめられるだろうか?

―そこまで心広くなれるかなあ、俺ちょっとさすがに限界じゃね?

ほら自問自答する、それくらい本音もう離れたい。
そろそろ離れても許されるだろう?そう思ってしまうほど何度も何度も嫌だった。
本音ほんとうは今も嫌かもしれない、それでも可能性あるなと思うのは結局のところ「自分」だ?

―限界っていうのも癪なんだよなあ…負けるみたいだ、

負けたくない、それが本音かもしれない?
それは怒鳴るニンゲンとかじゃない、たぶん「怒鳴る」という行為それ自体。

―怒鳴るってコト自体が違うんだよな、そういうのに左右されるとか馬鹿らしいだろ?

違う、それは愚かだから。
怒鳴るなんてことは愚かだ、感情そのまま「考え」ていないから愚かだ。

―人間は考える葦だもんな、考えなしとかニンゲン辞めてるだろ?

考えていない、それは人間であることの放棄かもしれない。
そんなふう想うから負けたくないのだろう「考え」て限界なんか作りたくないからだ?

―このひとも少しマトモになってほしいけどさ、たぶん自律コントロールの病気…自覚が大変だ、

怒鳴る、そして思考停止。
そんな繰り返しは「異常」それが病変だと自覚することは難しい。
その自覚以上に周囲がそれを気づいて促すことも困難で、そうして身内の誰も気づかず今がある。

―病気ならなおさら限界とか言いたくないよな、コンナのに感情もナンでも左右されたくないしさ?

身内の精神病者、そんな現実が隣で泣いている。
こんな現実あまり誰も嬉しくないだろう、だから身内に話したところで反応の予想も容易い。
誰もが喜ばない、それでも放りだせば彼女のこの先どうなるのだろう?

―見て見ぬフリしてきちゃったんだよなあ、親もみんな動揺するダケでさ、

親すら見ないフリしてきた、どんなに怒鳴り散らしても。
ただ怒り早く収まらせることだけ願い、ただ当たり障りなく宥めすかしてきた。

―怒らせるだけ損とか言ってたもんなあ、

気に入らないことがある、その着火点すぐ怒鳴りだす。
それは性格なのだと誰も思っていた、そうして真正面から向きあうこと結局していない。
そんな時間も感情も何ひとつ本当のところ、心配も理解も、愛情すらも必要十分だったと言えるだろうか?

そんなこと気づいてしまった自分は今、どちらを選べばいい?

「…とはいえすぐとか無理だし?」

ひとりごと声だしてみる、ほら唇すこし笑える。
こんなこと「今すぐ」は無理だ、こんなに肚底やっぱり放り出したい。
もう呆れきってしまっている、繰り返されるたび呆れて諦めて、だからこそ揺すられたくない。

「…むりって、なに?」

ほら?泣き顔こっち見た。
その視線すこしの怯えと甘えくすぶって、そんな眼にただ微笑んだ。

「うまく伝わるか、わかんないけどさ」

言葉つむぎかけて、でも声そっと呑みくだす。
今このまま言っても聴こえるのだろうか?そんな疑問にベンチを立った。

「黄葉、きれいだよな?」

笑って見あげる木洩陽、黄金こぼれて青空ふる。

“沈黙は黄金”

なんて言葉きっと思い出してはもらえないだろう?
それでも言葉ごと感情すら呑みこんで、ただ涙の行方を祈りたい。

そうしていつか心、よろこびの花ひらく瞬間を。


葉牡丹:ハボタン、花言葉「祝福、利益、包む愛、動じない」

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玉貌の花

2018-12-01 22:12:22 | 写真:花木点景
純白に透ける、百花の王。
花木点景:牡丹ボタン


山麓ひそやかに咲き誇る牡丹寺は静かで、ソンナ静謐の記憶はモノクロが合うなあと。笑
撮影地:神奈川県2016.4

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