萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第84話 静穏 act.2-another,side story「陽はまた昇る」

2015-12-20 22:00:01 | 陽はまた昇るanother,side story
花光る
周太24歳3月



第84話 静穏 act.2-another,side story「陽はまた昇る」

陽だまりの窓辺、花ゆれる光あたたかい。

硝子戸きらめく色がフローリング映ろう、そのむこう波光る。
春の海ながめる窓すこし開いた風まだ冷たくて、けれど甘い香に潮騒が優しい。

「…うそみたいだ、ね、」

つぶやいた揺椅子の足もとキャメルブラウンの犬が見あげてくれる。
黒い瞳つぶらに優しい、やわらかな耳そっと撫でる懐ちいさな電子音が鳴った。

「体温計が鳴りましたね?周太さん、見せてくれますか?」

優しい声やってきて白い手さしだされる。
懐の体温計ぬいて渡すと青紫の瞳が微笑んだ。

「37度3分、だいぶ下がりましたね?食事もできたし顔色ずいぶん良くなりました、咳も治まってきたようですね、」

深いアルト微笑んで白い手が額ふれる。
おだやかな甘い香やわらかに包んで、静かに離れた手に尋ねた。

「菫さん、僕…ずっと眠っていたんですよね?」
「はい、一昨日の夜からずっと、」

頷いてくれる銀髪の笑顔は八ヶ月ぶりなのに隔てない。
あいかわらず不思議な異国の老婦人は言ってくれた。

「眠っていた間のことを聴きたいんですね?」

ほら、ちゃんと解かってくれる。
変わらない優しい瞳に周太はうなずいた。

「はい…僕この足の怪我も憶えていなくて、っこほっ、」
「そうでしょうね、ずいぶん熱がありましたから、」

微笑んで傍らのライティングデスクから椅子だしてくれる。
背の高いエプロン姿きれいに腰かけて、青紫の瞳やわらかに微笑んだ。

「一昨日の夜、正確に言えば午前3時頃です。周太さんは顕子さんの運転する車でお母さまとここに来ました、」

やわらかな声つむぐ時間そっと鼓動しめる。
すべては現実だった、そう告げる声は続く。

「着いたとき周太さんは高い熱と疲労で眠っていて、ホームドクターと私で車からこの部屋に運んだんです。でも診察中にうなされて起きてね、無理にベッドから降りようとして右足を挫いてしまいました。すぐドクターが手当してくれたので軽く済んだのよ、だけど走るのはしばらくダメです、」

陽だまり穏やかな言葉に右足そっと疼く。
なぜ怪我をしたのか、その理由に尋ねた。

「うなされたんですか?僕…どうして、」
「憶えていないでしょう?でも、それでいいんです、」

青紫の瞳やわらかに微笑んでくれる。
優しい眼ざし、けれど微かな翳りに呼吸ひとつ訊いた。

「あの、僕うなされたって…何か言ったんですよね?教えてください、」

何を言ったのか?

もう本当は解かる気がする、だってベッドから降りようとしたなんて?
それでも確かめたい願いに青紫の瞳ゆっくり微笑んだ。

「英二、とだけ言いました、」

やっぱりそうだ、あなたを。

―追いかけようとしたんだね、僕…どうして、

どうして追ってしまうのだろう、こんなになってまで?
こんなこと自分で自分がわからない、ただ滲みそうな瞳そっと瞬いた。

「…ごめんなさい菫さん、僕…男なのに、」

熱にうなされても夢見てしまう、その相手は同性だ。
こんなこと「変」なのだと今もう解かっている、そんな臆病に優しい声が訊いた。

「どうして謝るのですか、男なのにって?」
「…男なのに僕、そんな…うなされるくらい好きで変でしょう、それも…親戚なのに、」

言葉にして瞳の底が熱くなる。
こんなにも泣きたがる弱さに溜息ひとつ微笑んだ。

「顕子おばあさまは僕の祖母の従妹でしょう?だったら英二とも親戚です…親戚同士で男同士でなんていいことじゃありません、」

この現実から今は目を逸らせない。
もう座っている場所で穏やかな微笑が訊いた。

「なぜ親戚なことを気にするのですか?」
「…お世話になっているからです、こんなふうに、」

応えながら見まわした部屋は明るく温かい。
ベージュと白やわらかな空間、窓辺に花を眺めながら微笑んだ。

「菫さんは知っていますよね…顕子おばあさまは僕と母を救けるために長野まで来てくれたでしょう?おばあさまは…本気で怒ってくれたんです、」

雪の夜、顕子は本気で怒ってくれた。

『卑怯者っ!』

ほら、低いアルトが雪に叫ぶ。

『十四年前こうするべきだったわ!あなたを引っ叩けてたら喪わないですんだのに、あなたも私も大事なものをっ!』

雪ふる街燈まばゆい横顔、白皙の頬は泣いていた。
その刻まれた陰翳に気づいてしまった、誰より苦しんでいたのは大叔母かもしれない?

「本気で怒って、こうしてご自宅に匿って…ほんとうの孫だと想ってくれるからしてくださるんだって僕でもわかります、父のことも祖父のことも後悔して、責任を感じて下さってるって…だから僕、おばあさまにはもう苦しんでほしくないんです、もう哀しませたくなくて…だからだめです、」

こういうことだ、そう解っているのに想い絞められる。
声にするごと鼓動そっと絞めつけ痛む、それでも自分で赦せない想い微笑んだ。

「どんなにきれいごと言っても男同士の恋人なんて認められ難いのが現実です、英二の未来を僕が妨げたら…おばあさまどんなに哀しむでしょう?」

愛する孫の未来を妨げられる、そんな哀しみを与えたくない。
そんな願いは今いる場所が優しいからこそ募ってしまう、その真中の微笑が訊いた。

「もし英二さんと親戚ではなければ、恋人でいたいのですか?」

午後の陽やわらかな窓辺、声は優しい。
けれど問いかけは鼓動しめつる、だって本音めぐって喉を撃つ。

―言えない、でも嘘も吐けない、

このひとに嘘をつきたくない、でも言ったら駄目だ。
こんな時どうしたらいいのだろう?言えないまま見つめる窓は花あかるい。

「…花はいいですね、」

ぽつん、こぼれた想いに泣きたくなる。

「どうして?」

ほら優しい声が訊く、そんな陽だまりは花の香やわらかに温かい。
ブランケット包まれた揺椅子の席、ガラス越し咲く花に微笑んだ。

「僕、どうしても見たい花があるんです…その約束だけは叶えてもいいですか?」

約束、花、こんな言葉たち彼女には意味わからないだろう。
会話に脈絡ない返事をして、それでも青紫の瞳は微笑んだ。

「To me the meanest flower that blows can give なのでしょう、周太さん?」

どうして解かるのだろう?
不思議で見つめた真中、深い澄んだ瞳はきれいに笑った。

「私は英二さんのナニーでした、英二さんにワーズワースを読み聞かせたのは私ですよ?」

やっぱり不思議だ、この異国の老婦人は。
こんなふう言わないでも解かってしまう、その美しい瞳に告げた。

「もう菫さんも知ってるんでしょう?英二は僕をたすけるため危険を冒したんです、ごめんなさい…」

ごめんなさい、なんて言っても謝りきれない。
どうしたら償えるのだろう、あのひとを引きずりこんだのは自分なのに?

『周太と一緒に死ねたらって想ったよ、だから志願も迷わなかったんだ、』

あんなこと言わせたのは自分、それがただ哀しい。
この優しい女性に愛され慈しまれて育って、それなのに言わせてしまった事実どうすればいい?

「…ごめんなさい菫さん、英二を…僕のせいで傷だらけにして、ごめんなさい、」

謝って頭さげて、はたり、膝のブランケット水玉ひとつ描く。
こんな無力は哀しい、それでも逃げたくない想いに優しいアルト微笑んだ。

「周太さんのせいではありませんよ、全ては英二さんが自分で選んだことです。そうでしょう?」

穏やかなトーン微笑んで肩そっと温もりふれる。
優しい手に起こされ見つめた真中、青紫の瞳が笑ってくれた。

「英二さんは自由に生き方を選んでいます、周太さんも自分で選びましょう?周太さんが望むまま自由に、」

そんなこと自分に赦されるのだろうか?
問いかけごと痛み飲こんで、かたん、扉が開いた。

「ああよかった、起きたのね周太くん、」


(to be continued)

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