Discordant elements, and makes them move 不協和の痕
第73話 暫像act.4―another,side story「陽はまた昇る」
かつん、かつん、かつん、
回廊を鳴らす靴音が耳につくのは緊張感の所為。
誰も自分を気にしてなどいない、そう解かっているのに擦違う全員へ警戒が背骨を貫く。
―可能性を考えていなかったわけじゃない、でも、
心呟きながら制服の脚を制御して、駆け出しそうなトーンを宥めて歩く。
会釈しながら行く廊下はオレンジ色の光あわい、もう黄昏に暮れて今日が終わってゆく。
そんな窓明かりすら昨日以上に赤く想えて、染まりだす赤色光に夢が周太の鼓動を撃った。
『…しゅうた、』
ほら、父の絶息が自分を呼ぶ、そして赤い鮮血が夜空を舞う。
ゆっくり倒れこむ制服姿、銃声、それから桜の花びら3枚と血染めの写真。
アスファルトに横たわる父の白い貌、赤い紺青色の制服、叫んでいる父の友人の貌。
どれもが現実には見ていない光景、それなのに映しだされる色彩と貌と映像たちに気管支が噎せあげた。
「…っ、ぅっ、」
咳き込んでしまう?
発作の兆しごと呑みこんで周太は非常扉に屈みこんだ。
ここなら誰も気づかれない、その安堵に呼吸深くして気管支と肺を宥めてゆく。
今ここで喘息を曝したらいけない、そう理性に訴えるまま胸抱えこんで思案が廻りだす。
―おばあさまが危険かもしれない、もし、あのひとが気づいたら…英二も、
『 La chronique de la maison 』
仏文学者だった祖父が書き遺した推理小説は、全文フランス語で綴られる。
物語の舞台はパリ郊外、ある屋敷で放たれた2発の銃弾を廻る殺人事件を描きだす。
その登場人物たちを脳裡に数えてゆくごと祖父の意図と今までの理由が、軌跡を顕わす。
―屋敷の主と小さい息子、妻、母親、乳母…殺されてしまう父親と犯人、それから友人の警察官…だけ、だから、
家族5人と乳母1人、犯人1人、そして主人公の友人である警察官。
この8人が物語を織りなしてゆく、それは半世紀前の事件と酷似していた。
けれど小説には「妻の従妹」は登場しない、それだけが事実と小説の相違で意図だろう。
―あの新聞記事が小説の事件なら、全て納得できる、
入隊前休暇の初日、世田谷区役所で祖母の除籍謄本すべて遡って取得した。
そのあと行った川崎の図書館で半世紀前の新聞記事を閲覧して、そこに類似する事件を見た。
“神奈川県川崎市の住宅街外れにある雑木林で拳銃自殺。神奈川県警と警視庁の警察官による死体見分の結果、自殺と断定”
そう新聞記事に記されていた事件発生日は、曾祖父の命日だった。
あの事件記録は小説と食い違う、けれど、小説を信じるなら事実の作為と記録の意図が見える。
そして小説に「妻の従妹」が登場してこない理由も現れて、祖父の贖罪と意志と祈りが今を宥めだす。
―お祖父さん、あのひとは顕子おばあさまのこと何も知らないって信じて良いの…気づかれないようにお祖父さんがしてくれてるの?
あのひとは「友人の警察官」は主人公の妻の従妹に気づけない?
そうであってほしい、それならば数日前に顕子が来訪し滞在したことを「友人の警察官」はどう解釈する?
―僕が休暇中に何していたとかチェックされているとしたら、おばあさまのことも…でも英二は帰ってきた、
顕子の滞在中、英二も家に帰ってきた。
あの英二なら「友人の警察官」の動向を把握している可能性が高い、それなら顕子の来訪はノーマークだろうか?
―休暇中のチェックは無いって考えて大丈夫、だとしたら…英二は深いところまで知ってることになる、ね?
過去も、現在も、英二は全てを把握している?
そう考える方が今までの全てに納得できるだろう、そして可能性が確信に変わる。
“Mon pistolet”
そう小説に記されていた祖父の拳銃は、半世紀前の事件に遣われた拳銃の行方は英二が知っている。
その可能性を事実だと考えるなら英二は祖父の小説を当然読んでいるだろう、そして多分、他の記録も読んでいる。
―だって英二は僕より先回りして動いてる、いつも…お祖父さんの小説もたぶん僕より先に知って、読んで…だから、
英二、あなたは「何」で全てを知ったの?
どこまで知っているの、どうして自分に教えてくれないの?
なぜ自分よりも先に追いかけようとするのだろう、あなたの目的は何?
「…どうして」
ひとりごと零れて溜息くゆらせる、その呼吸に気管支はもう痛くない。
いま廻らせた思案の集中に発作も忘れられた、この幸運に微笑んだ背後から気配が近づいた。
「湯原、そこで何をしている?」
この声は知っている、
その気配ごと認識しながら周太はそっと制服の胸ポケット触れた。
そこに挿しこんだボールペンを右手へ取り、床なぞらせてから立ち上がり微笑んだ。
「すみません伊達さん、ボールペンを落して探していました、」
詫びながら右手を示してみせる。
携えたボールペンは埃わずかに付着して、その小さな塵埃にシャープな視線が向く。
そのまま周太の顔を見、精悍な貌いつものまま伊達は告げた。
「用が済んだら戻れ、離席して10分以上経ってる、」
「はい、申し訳ありません、」
素直に頭下げた前、制服姿が踵を返す。
いつもどおり端正な背中は真直ぐ歩きだす、その後を追いながら心裡ため息吐いた。
―喘息のとこ見られなくて良かった、でもどうして…こんな探しに来るなんて、
離席の時間を計っていた、そんな言葉に探されていたと解ってしまう。
なぜ伊達は探しにまで来た?そこにある理由と目的を考えずにいられない。
―やっぱり僕は見張られてる、だから伊達さんを?
SAT狙撃チームで技術から知力体力ともトップ。
そんな男と不適格烙印の自分が組まされることは異様だろう。
何よりも自分が入隊試験に合格したこと自体が異様、そんな自分と組まされたことを伊達自身はどう想っている?
「湯原、」
「はい、」
低く深い声に呼ばれて意識を戻す、その真中で端正な背中は歩いてゆく。
振り返りもしない、けれどこちら見透かすような空気は真直ぐ言った。
「気をつけろ、」
気をつけろ、
ただ一言、その意図は何を示すのだろう?
解らなくて、ただ可能性を探しながら周太は肯った。
「はい、申し訳ありませんでした、」
「ふん?」
吐息のような相槌に精悍な貌が振り返る。
さらり此方を見、深い眼差しが冷静に告げた。
「湯原、晩飯につきあえ、」
今、なんて伊達は言ったのだろう?
「…え?」
言われた言葉に途惑わされて見つめ返してしまう。
配属されて3日目、けれど初めて聴いた発言が冷静に続いた。
「今日うちの班は定時だ、晩飯の時間くらいある、」
食事に誘ってくれている?
そんな台詞が発言者の貌と不釣り合いで途惑わされる。
本当にこの人が自分に言っているのだろうか?それが不思議なまま伊達は言った。
「食いたいもん考えておけ、」
(to be continued)
【引用詩文:William Wordsworth「The Prelude Book I[Patterdale] 」】
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第73話 暫像act.4―another,side story「陽はまた昇る」
かつん、かつん、かつん、
回廊を鳴らす靴音が耳につくのは緊張感の所為。
誰も自分を気にしてなどいない、そう解かっているのに擦違う全員へ警戒が背骨を貫く。
―可能性を考えていなかったわけじゃない、でも、
心呟きながら制服の脚を制御して、駆け出しそうなトーンを宥めて歩く。
会釈しながら行く廊下はオレンジ色の光あわい、もう黄昏に暮れて今日が終わってゆく。
そんな窓明かりすら昨日以上に赤く想えて、染まりだす赤色光に夢が周太の鼓動を撃った。
『…しゅうた、』
ほら、父の絶息が自分を呼ぶ、そして赤い鮮血が夜空を舞う。
ゆっくり倒れこむ制服姿、銃声、それから桜の花びら3枚と血染めの写真。
アスファルトに横たわる父の白い貌、赤い紺青色の制服、叫んでいる父の友人の貌。
どれもが現実には見ていない光景、それなのに映しだされる色彩と貌と映像たちに気管支が噎せあげた。
「…っ、ぅっ、」
咳き込んでしまう?
発作の兆しごと呑みこんで周太は非常扉に屈みこんだ。
ここなら誰も気づかれない、その安堵に呼吸深くして気管支と肺を宥めてゆく。
今ここで喘息を曝したらいけない、そう理性に訴えるまま胸抱えこんで思案が廻りだす。
―おばあさまが危険かもしれない、もし、あのひとが気づいたら…英二も、
『 La chronique de la maison 』
仏文学者だった祖父が書き遺した推理小説は、全文フランス語で綴られる。
物語の舞台はパリ郊外、ある屋敷で放たれた2発の銃弾を廻る殺人事件を描きだす。
その登場人物たちを脳裡に数えてゆくごと祖父の意図と今までの理由が、軌跡を顕わす。
―屋敷の主と小さい息子、妻、母親、乳母…殺されてしまう父親と犯人、それから友人の警察官…だけ、だから、
家族5人と乳母1人、犯人1人、そして主人公の友人である警察官。
この8人が物語を織りなしてゆく、それは半世紀前の事件と酷似していた。
けれど小説には「妻の従妹」は登場しない、それだけが事実と小説の相違で意図だろう。
―あの新聞記事が小説の事件なら、全て納得できる、
入隊前休暇の初日、世田谷区役所で祖母の除籍謄本すべて遡って取得した。
そのあと行った川崎の図書館で半世紀前の新聞記事を閲覧して、そこに類似する事件を見た。
“神奈川県川崎市の住宅街外れにある雑木林で拳銃自殺。神奈川県警と警視庁の警察官による死体見分の結果、自殺と断定”
そう新聞記事に記されていた事件発生日は、曾祖父の命日だった。
あの事件記録は小説と食い違う、けれど、小説を信じるなら事実の作為と記録の意図が見える。
そして小説に「妻の従妹」が登場してこない理由も現れて、祖父の贖罪と意志と祈りが今を宥めだす。
―お祖父さん、あのひとは顕子おばあさまのこと何も知らないって信じて良いの…気づかれないようにお祖父さんがしてくれてるの?
あのひとは「友人の警察官」は主人公の妻の従妹に気づけない?
そうであってほしい、それならば数日前に顕子が来訪し滞在したことを「友人の警察官」はどう解釈する?
―僕が休暇中に何していたとかチェックされているとしたら、おばあさまのことも…でも英二は帰ってきた、
顕子の滞在中、英二も家に帰ってきた。
あの英二なら「友人の警察官」の動向を把握している可能性が高い、それなら顕子の来訪はノーマークだろうか?
―休暇中のチェックは無いって考えて大丈夫、だとしたら…英二は深いところまで知ってることになる、ね?
過去も、現在も、英二は全てを把握している?
そう考える方が今までの全てに納得できるだろう、そして可能性が確信に変わる。
“Mon pistolet”
そう小説に記されていた祖父の拳銃は、半世紀前の事件に遣われた拳銃の行方は英二が知っている。
その可能性を事実だと考えるなら英二は祖父の小説を当然読んでいるだろう、そして多分、他の記録も読んでいる。
―だって英二は僕より先回りして動いてる、いつも…お祖父さんの小説もたぶん僕より先に知って、読んで…だから、
英二、あなたは「何」で全てを知ったの?
どこまで知っているの、どうして自分に教えてくれないの?
なぜ自分よりも先に追いかけようとするのだろう、あなたの目的は何?
「…どうして」
ひとりごと零れて溜息くゆらせる、その呼吸に気管支はもう痛くない。
いま廻らせた思案の集中に発作も忘れられた、この幸運に微笑んだ背後から気配が近づいた。
「湯原、そこで何をしている?」
この声は知っている、
その気配ごと認識しながら周太はそっと制服の胸ポケット触れた。
そこに挿しこんだボールペンを右手へ取り、床なぞらせてから立ち上がり微笑んだ。
「すみません伊達さん、ボールペンを落して探していました、」
詫びながら右手を示してみせる。
携えたボールペンは埃わずかに付着して、その小さな塵埃にシャープな視線が向く。
そのまま周太の顔を見、精悍な貌いつものまま伊達は告げた。
「用が済んだら戻れ、離席して10分以上経ってる、」
「はい、申し訳ありません、」
素直に頭下げた前、制服姿が踵を返す。
いつもどおり端正な背中は真直ぐ歩きだす、その後を追いながら心裡ため息吐いた。
―喘息のとこ見られなくて良かった、でもどうして…こんな探しに来るなんて、
離席の時間を計っていた、そんな言葉に探されていたと解ってしまう。
なぜ伊達は探しにまで来た?そこにある理由と目的を考えずにいられない。
―やっぱり僕は見張られてる、だから伊達さんを?
SAT狙撃チームで技術から知力体力ともトップ。
そんな男と不適格烙印の自分が組まされることは異様だろう。
何よりも自分が入隊試験に合格したこと自体が異様、そんな自分と組まされたことを伊達自身はどう想っている?
「湯原、」
「はい、」
低く深い声に呼ばれて意識を戻す、その真中で端正な背中は歩いてゆく。
振り返りもしない、けれどこちら見透かすような空気は真直ぐ言った。
「気をつけろ、」
気をつけろ、
ただ一言、その意図は何を示すのだろう?
解らなくて、ただ可能性を探しながら周太は肯った。
「はい、申し訳ありませんでした、」
「ふん?」
吐息のような相槌に精悍な貌が振り返る。
さらり此方を見、深い眼差しが冷静に告げた。
「湯原、晩飯につきあえ、」
今、なんて伊達は言ったのだろう?
「…え?」
言われた言葉に途惑わされて見つめ返してしまう。
配属されて3日目、けれど初めて聴いた発言が冷静に続いた。
「今日うちの班は定時だ、晩飯の時間くらいある、」
食事に誘ってくれている?
そんな台詞が発言者の貌と不釣り合いで途惑わされる。
本当にこの人が自分に言っているのだろうか?それが不思議なまま伊達は言った。
「食いたいもん考えておけ、」
(to be continued)
【引用詩文:William Wordsworth「The Prelude Book I[Patterdale] 」】
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