萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第73話 残像act.6-side story「陽はまた昇る」

2014-01-17 20:53:49 | 陽はまた昇るside story
arraignment 罪状と認否



第73話 残像act.6-side story「陽はまた昇る」

もう空は暮れるだろう、けれど解らない。

壁に廻らす書架と作業台、そんな自分の視界に窓は無い。
いま地下書庫でコピー台に向かいながら経年の書類たちに囲まれる。
これはタイムスケジュールとは違う現状で、けれどチャンスかもしれない。

―密室だからな、ここなら、

与えられた「今」に微笑んで英二はコピーボタンを押した。
機械音に光はしり印刷紙は吐かれだす、また蓋を上げてページを繰る。
こんな作業はあまり好きじゃない、それでも従わす本音が仮面の底を冷たく嗤う。

―俺の一日を隈なく検分したいんだろ、観碕?

今朝から寸刻も離れない、そんな相手は今も背後で坐っている。
こうして今日を一日ずっと貼りつくつもりで来たのだろう、その意図がキーボード微かに鳴る。

―ここのパソコンから誰がアクセスしたのか捜してるんだろ?でも、俺に好都合だ、

第七機動隊舎書庫室、そこに眠らす「鎖」を誰が目覚めさせたのか?

それを観碕は知ろうとして現場に出向いてきた。
この書庫室のパソコンから「鎖」は鍵を開かれ閉じられた、その犯人を捕捉したい。
そんな意図に「書庫の直近使用者」を指名して該当者を検分に来た、けれど観碕は探せない。

―今は指紋照合でもしてるんだろ、おまえのパソコンからアクセスして…ほんと俺に好都合だ、

資料編集をここでしたい、だから手伝ってくれ。

そう告げて自分を引留めた男は1時間前、持参のパソコンを開いた。
その前は山岳救助レンジャー第2小隊の訓練を「観覧」して警備現場係の男を先に返している。
それより前は消防庁の表彰式まで同行して、そして戻り後の昼食まで共にされたのは本音可笑しかった。

―おまえと同じ釜の飯食うのは予想外だったよ、俺でもな?

官僚のなかでもエリートだった男が第七機動隊舎食堂で飯を食う。
こんなこと可笑しくて笑ってしまう、そして納得できる。

―こうやって相手を誑しこんできたんだろ、観碕?

どんな相手でも同じ目線に立ってしまう、そんな態度が観碕のカリスマ性でいる。
その効果は今日も即効性に現われて午後の訓練見学すら特別許可を惹きだしてしまった。

―普通なら上が許可しない、元警察庁キャリアで警視庁に在籍しても、

普通じゃない「特別」が許される男。
そこにあるのは印象と立場と二つ理由があるだろう。
この二つとも組織に揃えた男に対して任官2年目ノンキャリアの自分が挑む。

―観碕は普通じゃない、でも俺もあまり普通じゃないか?

普通じゃない、そんな共通点に笑いたくなる。
その一部を観碕も既に知った、お蔭で観碕の感情は有利に傾きだした。

『宮田君の祖父上を私は存じ上げているでしょうね、宮田次長検事と似ておられる、』

そう言って観碕は消防庁からの帰路、祖父との交流を話してくれた。
同じ官僚で頂点にあるもの同士、そんな同朋意識が信頼を惹きだしかける。
そうした空気に連ねられた言葉は率直な賞賛と少しの非難で、偽りは見えない。

『清廉潔白、そう言われる通りの方でしたよ?私も警察庁なので宮田次長検事にはお世話になりましたが、町弁になられたのは、』

褒め言葉、けれど最後を疑問視で終わらせた。
そこに観碕の社会観と倫理観がある、それは祖父と真逆だと自分は知っている。

―でも観碕には祖父の気持ちは解らない、ただ勿体ないと思っているだけだ、

町弁になられたのは「勿体ない」から惜しい。
そう言外に観碕は言っていた、その「勿体ない」は何に対してなのか?
それは個人的感情では無い、観碕の年代なら共有する信念のようなものかもしれない。

―お国のため働くべきだ、そう言いたいんだろ?

国家への奉職、

そんな意識が観碕には強い、だから「勿体ない」と言う。
この意識を現実に観碕から聴かされて、だから今もう確信は根ざす。
そんな想いにコピー機の蒼い光見つめながら14年前を記憶の会話から呼び上げる。

“周太くんに話しかけていた警察の人間がいた、通夜のときだ、
 当時は80歳位のはずだ、たしか最後は神奈川県警の本部長だったよ。話したことは無いが、射撃大会で何度か見てるんだ。
 全国大会と警視庁の大会と、両方でよく臨席していた人だ。だから優勝常連者の湯原を知っていたのは、不思議は無いんだが。
 でも、そんなお偉いさんが、なぜ通夜に来たのか不思議だったよ。どうして周太くんに話しかけるのかも不思議でな、印象的だった、”

夏、安本が語った「お偉いさん」は何を「勿体ない」から周太に話しかけたのか?
その意図から50年に綯われてきた現実が浮びだす、このリアルに微笑んで英二は最後のコピーを終えた。

「観碕さん、こちら終わりました、」

昨日、先に揃えておいた資料に加えて新たにコピーを取らされた。
その資料たちは聴いていた案件と直接の関連は無い、そこに観碕の意図がある。

―用意周到な男ならコピーくらい先に取る、そう思ったからだろ?

今日一日「書庫の男」を検分する。
そう決めて来たなら手伝わす理由を何重か作るだろう。
そのために指示を態と甘くしておいた、そんな相手はパソコンから顔上げ微笑んだ。

「ありがとう、追加してすまなかったね、」
「いえ、」

笑いかけて渡す、その指元を視線が一瞬撫でた。

―俺の指紋を確実に採取ってことだろ?今のコピーとりは、

視線に相手の意図を見て、また可笑しくて仮面の底が嗤いだす。
こうして目の前でコピーを取らせた用紙なら指紋は確実に「本人」から付着する。
いま目前で採取した指紋なら信憑性は当然のこと高い、そこから生まれる罠に英二は微笑んだ。

―おまえには発想も経験も無い、それでも指紋の罠に気づけるか?

指紋、

世界で唯ひとつしかない指先の紋様は個人認証に遣われる。
それは拇印として証文に用いられるほど「常識的」に信憑性が高い。
だからこそ生体認証として指紋は遣われて、けれど現代技術に常識は変化し始めた。

“もし指紋が一人に二つあったなら、どうなる?”

この想定は生体認証の機器、例えばスマートフォン等を使っていれば思いつく。
または現職として生体認証機器の犯罪に関わる立場にあれば考えつくのだろう。
けれど戦前生まれでエリート階級にいる男ならいずれも縁遠い、それが「普通」だ。

だから楽しみになる、ずっと「特別」に生きる男が「普通」だと自覚させられる時、どんな貌をするのだろう?






にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へにほんブログ村

にほんブログ村 写真ブログ 心象風景写真へにほんブログ村

blogramランキング参加中!

人気ブログランキングへ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする