
昭和40年の婦人誌付録、藤村志保さんですね。
このヘアスタイル、懐かしい~。
着物にも、洋服ほどではなくても流行はあります。
流行というと、ぱっと出できてわーっと広まる感じがありますが、
着物の場合はちょっと違って「ゆったりした流れ」という感じですかね。
昨日も書きましたように、洋服にはデザインというものがあります。
色柄と形で比べれば、形が変わるほうが目立ちます。
かの「ミニスカート」が日本に上陸したのは、私が中学から高校のころ。
マリー・クワントって人はすごい発想をしたものだと、今更ながらに思います。
なんたってそれまでは「膝っこぞうの見える服は小学生の服」だったんですから。
戦後世の中が豊かになるにつれて、日本の洋装はオシャレ度を増していきました。
昭和40年代からこっち、速度も速く、またそれまでの常識を破るような
デザインや色使いがどんどん出てきて、そのほとんどが、
今風にニュアンスはかわっても、ちゃんと残っています。
では着物はどうでしょうか。
戦後は特に、こちらの変化は洋服よりも早く始まりました。
洋装に日常着の位置を奪われ始め、更には特別な着物まで危うくなり始めた…。
そこで、一生懸命「洋風モダン」を取り入れようと、
全体のシルエットが洋風になるように…とか、
色柄も、なにやら前衛絵画みたいなのが出てきたり、
洋服に使われるような色合わせが出てきたり…。
優雅・はんなり、より、カッチリ・シャープとか、スマート・モダンとか…。
形(この場合は着方)も色柄も、土台着物とは合わない要素を取り入れようと、
涙ぐましい努力と無理をしましたねぇ。
そのあたりのことで、かつてみんなに「ヤダー」と言われたのが「こちら」。
この記事は、今でも「昔の着方」で検索してこられる方がいますが、
ほんっとに息苦しい…。
とまぁ見た目の形とか着方という、着物では変えにくい部分を
一生懸命変えましたが、実際には着づらい、受け入れにくい、で、
結局は、着方は少しゆるめに戻りました。
そして着物でアピールできるほうの「色柄」、こちらはというと、
なんだかだんだんジミになってきちゃったんですねぇ。
江戸時代末期から幕末あたりから見てみると
武家や上流の人たちの着物は、裾模様でジミ目、というより古典的で雅、でした。
庶民は着物以外の部分でハデでしたが…。
元々は「絵羽柄(裾模様といわれる留袖の柄)」と
「総柄(今の小紋にあたる、全身に柄があるもの)」しか
柄付けがありませんでした。
今のように小紋が型友禅で多く染められるようになったのは、
明治に入ってからです。大正期は美しい大柄の小紋がたくさんあります。
以前だしていたようなちりめんの着物たちですね。
一気に昭和に飛びますが、大柄でポップの代表が「銘仙」です。
またこのころは織りでも染でも柄が大きく、
色も柄も今なら「若向き」といわれるようなものを
もっと上の年代で着ていたりします。袖丈も既婚でも長いのがありますし…。
これは母の話などからでも推察できるのですが、
昔は年齢で細かく段階をつけるというより、「若い・年寄り」の線引きが
比較的はっきりしていて、かわいそうだけれどその「年寄り」に入ると、
その年寄りの中で、初老、中老、お局様…いえいえ、そういう感じ。
つまり、既婚者でも子供がいても、実際の年齢とか、
もちろんその人の印象も要素として、そろそろ「赤いものはねぇ」というのが
とてもはっきりしていたように思います。
それを越えると突然ジミになる…みたいな。
戦後の小紋になってくると、総体に大きな柄、というのがだんだん減りまして、
柄の大きさそのものが、ちいさくなってきています。
ちょっとさかのぼっての写真です。古いものですので、印刷も古いです。
これは昭和27年、つまり戦後やっと落ち着いてきたころですね。
左は高峰三枝子さん、真ん中は京マチ子さんです。若いっ!
いやそれよりも、着物の柄、いかがですか?大きいですねぇ。

こちらは銘仙です。

そしてこちらはわざわざ「洋風感覚で作った」とのご紹介。
銘仙とはまた違うポップさですね。

20年後、まだ少し大きい柄が「若い人向けの主流」だったころの小紋。
昨日の本です、昭和47年の本です。

いかがですか、上の戦後すぐよりは、全体に柄が小さくなってきています。
それでも今と比べると、一つ一つの柄が割と大きめですね。
でも、柄そのものとしては、こんな柄のほうが「若い装い」を楽しめるんですね。
形の変わらない着物というものにおいては、柄の大きさ、多さ、色、で、
着られる年代が変わります。
その「若い」「中年」の差が、戦後だんだん近づいちゃった気がします。
更にこのころ、つまりこの本は47年ですが、
だんだん「柄の大小」がはっきりしなくなる感じが見て取れます。
こちらは同じ本で「趣味の小紋」として紹介されているもの。
大原麗子さんですね。

昭和40年代あたりまでは、割と「若いと柄が大きい」
「全体的に柄が大きい」感じがします。
全体的に柄が小さくなった理由にはならないかもしれませんけれど
着物が特別着になってしまって、小紋そのものがあまり着られなくなりましたね。
作る、買う、といえば振袖や訪問着…小紋や紬は売れなくなってきたわけです。
そんなこともあって「小紋」の柄や、それを使う機会といいますか、
そういうものの育つ土壌がごく狭くなったのだと思います。
本来「小紋」というのは、とても便利なもので、
同じ柄でも地色が違えば全く違う目的に使えたりします。
柄も同じです、同じ柄でも大きいか小さいかで目的も年齢も
違えて着ることができます。
この本では「趣味の着物」となっている大原麗子さんの小紋、
趣味の…って、すごく曖昧な言葉ですが、
要するに「何か決まりごとに合わせて着るのではなく、
自分で好きに着られる場合の着物」ですね。
つまり柄が少し細かめで、華やかさも抑え目で、となれば
自分の楽しみの時間にも着られるし、帯を変えればクラス会などにも着られます。
もし現代が、私たちが日常的にもっと着物を着ることが多い生活でしたら、
それこそありとあらゆる色、柄の小紋が、町中にあふれていると思います。
どちらかというと「無難」路線になってしまった小紋は、
今の私から見ても「つまらない柄、おとなしい柄」が多いです。
若い方が紬などの渋いものに眼が行くのは、
洋服と似た感覚で選びやすいというのも、あるのではと思います。
「柄on柄」がアタリマエの着物は、いきなりあふれる色柄の中から、
さまざまなことをクリアしながら自分の一枚を選ぶのは、慣れが必要ですから。
紬や縞のオシャレもステキですが、たまには上の写真の
柏木由紀子さんや山本陽子さんの着ているような、
華やかでポップでかわいい小紋を「若いうちに」楽しんでほしいものと思います。
オバサンは、着たくてももう着られんのですよっ。はっはっは
このヘアスタイル、懐かしい~。
着物にも、洋服ほどではなくても流行はあります。
流行というと、ぱっと出できてわーっと広まる感じがありますが、
着物の場合はちょっと違って「ゆったりした流れ」という感じですかね。
昨日も書きましたように、洋服にはデザインというものがあります。
色柄と形で比べれば、形が変わるほうが目立ちます。
かの「ミニスカート」が日本に上陸したのは、私が中学から高校のころ。
マリー・クワントって人はすごい発想をしたものだと、今更ながらに思います。
なんたってそれまでは「膝っこぞうの見える服は小学生の服」だったんですから。
戦後世の中が豊かになるにつれて、日本の洋装はオシャレ度を増していきました。
昭和40年代からこっち、速度も速く、またそれまでの常識を破るような
デザインや色使いがどんどん出てきて、そのほとんどが、
今風にニュアンスはかわっても、ちゃんと残っています。
では着物はどうでしょうか。
戦後は特に、こちらの変化は洋服よりも早く始まりました。
洋装に日常着の位置を奪われ始め、更には特別な着物まで危うくなり始めた…。
そこで、一生懸命「洋風モダン」を取り入れようと、
全体のシルエットが洋風になるように…とか、
色柄も、なにやら前衛絵画みたいなのが出てきたり、
洋服に使われるような色合わせが出てきたり…。
優雅・はんなり、より、カッチリ・シャープとか、スマート・モダンとか…。
形(この場合は着方)も色柄も、土台着物とは合わない要素を取り入れようと、
涙ぐましい努力と無理をしましたねぇ。
そのあたりのことで、かつてみんなに「ヤダー」と言われたのが「こちら」。
この記事は、今でも「昔の着方」で検索してこられる方がいますが、
ほんっとに息苦しい…。
とまぁ見た目の形とか着方という、着物では変えにくい部分を
一生懸命変えましたが、実際には着づらい、受け入れにくい、で、
結局は、着方は少しゆるめに戻りました。
そして着物でアピールできるほうの「色柄」、こちらはというと、
なんだかだんだんジミになってきちゃったんですねぇ。
江戸時代末期から幕末あたりから見てみると
武家や上流の人たちの着物は、裾模様でジミ目、というより古典的で雅、でした。
庶民は着物以外の部分でハデでしたが…。
元々は「絵羽柄(裾模様といわれる留袖の柄)」と
「総柄(今の小紋にあたる、全身に柄があるもの)」しか
柄付けがありませんでした。
今のように小紋が型友禅で多く染められるようになったのは、
明治に入ってからです。大正期は美しい大柄の小紋がたくさんあります。
以前だしていたようなちりめんの着物たちですね。
一気に昭和に飛びますが、大柄でポップの代表が「銘仙」です。
またこのころは織りでも染でも柄が大きく、
色も柄も今なら「若向き」といわれるようなものを
もっと上の年代で着ていたりします。袖丈も既婚でも長いのがありますし…。
これは母の話などからでも推察できるのですが、
昔は年齢で細かく段階をつけるというより、「若い・年寄り」の線引きが
比較的はっきりしていて、かわいそうだけれどその「年寄り」に入ると、
その年寄りの中で、初老、中老、お局様…いえいえ、そういう感じ。
つまり、既婚者でも子供がいても、実際の年齢とか、
もちろんその人の印象も要素として、そろそろ「赤いものはねぇ」というのが
とてもはっきりしていたように思います。
それを越えると突然ジミになる…みたいな。
戦後の小紋になってくると、総体に大きな柄、というのがだんだん減りまして、
柄の大きさそのものが、ちいさくなってきています。
ちょっとさかのぼっての写真です。古いものですので、印刷も古いです。
これは昭和27年、つまり戦後やっと落ち着いてきたころですね。
左は高峰三枝子さん、真ん中は京マチ子さんです。若いっ!
いやそれよりも、着物の柄、いかがですか?大きいですねぇ。

こちらは銘仙です。

そしてこちらはわざわざ「洋風感覚で作った」とのご紹介。
銘仙とはまた違うポップさですね。

20年後、まだ少し大きい柄が「若い人向けの主流」だったころの小紋。
昨日の本です、昭和47年の本です。


いかがですか、上の戦後すぐよりは、全体に柄が小さくなってきています。
それでも今と比べると、一つ一つの柄が割と大きめですね。
でも、柄そのものとしては、こんな柄のほうが「若い装い」を楽しめるんですね。
形の変わらない着物というものにおいては、柄の大きさ、多さ、色、で、
着られる年代が変わります。
その「若い」「中年」の差が、戦後だんだん近づいちゃった気がします。
更にこのころ、つまりこの本は47年ですが、
だんだん「柄の大小」がはっきりしなくなる感じが見て取れます。
こちらは同じ本で「趣味の小紋」として紹介されているもの。
大原麗子さんですね。

昭和40年代あたりまでは、割と「若いと柄が大きい」
「全体的に柄が大きい」感じがします。
全体的に柄が小さくなった理由にはならないかもしれませんけれど
着物が特別着になってしまって、小紋そのものがあまり着られなくなりましたね。
作る、買う、といえば振袖や訪問着…小紋や紬は売れなくなってきたわけです。
そんなこともあって「小紋」の柄や、それを使う機会といいますか、
そういうものの育つ土壌がごく狭くなったのだと思います。
本来「小紋」というのは、とても便利なもので、
同じ柄でも地色が違えば全く違う目的に使えたりします。
柄も同じです、同じ柄でも大きいか小さいかで目的も年齢も
違えて着ることができます。
この本では「趣味の着物」となっている大原麗子さんの小紋、
趣味の…って、すごく曖昧な言葉ですが、
要するに「何か決まりごとに合わせて着るのではなく、
自分で好きに着られる場合の着物」ですね。
つまり柄が少し細かめで、華やかさも抑え目で、となれば
自分の楽しみの時間にも着られるし、帯を変えればクラス会などにも着られます。
もし現代が、私たちが日常的にもっと着物を着ることが多い生活でしたら、
それこそありとあらゆる色、柄の小紋が、町中にあふれていると思います。
どちらかというと「無難」路線になってしまった小紋は、
今の私から見ても「つまらない柄、おとなしい柄」が多いです。
若い方が紬などの渋いものに眼が行くのは、
洋服と似た感覚で選びやすいというのも、あるのではと思います。
「柄on柄」がアタリマエの着物は、いきなりあふれる色柄の中から、
さまざまなことをクリアしながら自分の一枚を選ぶのは、慣れが必要ですから。
紬や縞のオシャレもステキですが、たまには上の写真の
柏木由紀子さんや山本陽子さんの着ているような、
華やかでポップでかわいい小紋を「若いうちに」楽しんでほしいものと思います。
オバサンは、着たくてももう着られんのですよっ。はっはっは

すてきですよね。
若い方がこういうのを着ておられたら
きっと見とれてしまいます。
若けりゃ着るのに・・・って思いますね。
どのみち着物を着ていれば目立つのだから、
どうせなら、楽しい物の方が・・・
というので、縞・格子なら大きめ、
柄物ならやはり大きめの方が楽しいかも
と思うようになってきました。
せっかくの着物リバイバル傾向、
地味着物だけではつまらないので
銘仙復活、昔着物復活の波がもう少し強くなって、
楽しい着物ももう少し増えていって欲しいと思います。
ただし、その場合センスが重要になってくるので
多少ハードルは高いんですけどね。
そうね、柄の大きな小紋は、最近あまり見ませんね。自分なら、ちょっと気恥ずかしい感じ。
若い人のシブ好みは我々中高年のせいでは?
紬ブームでしょう?「大島以外着たくないわ」
なんておっしゃる方、多くないですか?
高価なものがセンスがあって、価値があるもの
というスリコミがあるような気がします。
年齢相応な装い方をアドバイスできる中高年も少ないのかもしれませんね。
私も親が持たせてくれた色無地と付け下げが、着付けの先生から「もう派手ねぇ」と言われました。
自分ではまだ着れると思うのですが・・・
去年、忘年会の為に大柄の小紋を買いましたが違和感いっぱいでした。
結局、小さい柄の小紋か色無地が無難かな、と思います。
そうですね、若い方々のためにも地味にならにように努力します。
ちょうど柏木由紀子さんがお召しの小紋に似た感じのを、高校生の頃お茶のお稽古用に作ってもらいました。
30代まで帯を変えて着ていましたが、さすがにもう難しいと思い、着付け教室でご一緒した20代の方にお譲りしました。
好きな着物は大事にするんでしょうね。
表も裏もシミひとつなく綺麗な状態だったんですよ。
私もあの着物いいなぁとおもいました。
あんなにオシャレじゃないけど、
嫁入りのときに、クリーム地に柄、という
定番の小紋を持たせてもらいました。
重宝な着物ですよね。
私も若かったらまた着るのに~です。
少し古い目の着物は、けっこう「これよっ!」と
思う柄の大きさのがありますね。
私は若いころチビでやせだったので貧弱で、
母に大きな格子の着物がほしい、といっても
「檻にいれられたかわうそみたいになるから
やめなはれ」と、まぁずいぶんなことを言われました。
少しカンロクもついたし、大きめの弁慶格子の
着物など、着たいと思っています。
古着でもなかなかないんですけどね。
ハードル…お互いがんばって越えまっしょい。
古い婦人雑誌は大好きで、よく探します。
母からのものも多いので、
物持ちのいい母に感謝ですね。
そういえば大島、結城、着たがりますねぇ。
そりゃ私も好きですが、名前じゃなくても
ステキな紬は、たくさんあるんですけどねぇ。
枚数持つわけじゃないのなら、
いいものを一枚…で、そんな風に
なってしまったのかもしれませんね。
中高年、がんばって着ていきましょう。
わたしのもそうです。
というより、母が「ここの引き出しのものは
30代で着てしまうように、この下からは
一生着られる」なんて感じで持たせてくれました。
若いころのものは、そのままいとこにいきましたが、
ほんとにスパッと分かれてましたね。
今は時代も変わってきていますから、
洋服感覚のいいところも取り入れて、
自分の感覚で着てもいいと思いますねぇ。
着物って「譲れる」というところがいいですよね。
私も着てくれるいとこがいましたので、
そちらに譲り、そのあとは、彼女の娘に
行っているものもあります。
大事に着れば、また形を変えてでも、
使ってもらえるものですよね。