快読日記

日々の読書記録

「だから、ひとりだけって言ったのに」クレール・カスティヨン

2015年01月14日 | 翻訳小説
《☆☆ 1/6読了 河村真紀子/訳 早川書房 2010年刊 【短編集 フランス】 Claire Castillon(1975~)》

収録作品〉だから、ひとりだけって言ったのに:昆虫/アンセクト:アノラックとファーブーツ:私の親友 ほか 全19編

母と娘ってのは複雑。
親子だからわかる、同性だからなおわかる、わかるからこそやっかい。
いや、“わかると思いこんでしまう”からこそのやっかい、かもしれない。

その証拠に、ここに収められた“母娘の話”すべてが一人称で書かれています。
母娘の関係は、三人称では語れないもの。
自分と母親あるいは娘との関係を俯瞰することは誰にもできないし、あまりにも情報量が違うので“うちとよそ”を客観的に比較することもできません。
娘を持たない人は大勢いても、母を持たずに生まれる人はいないから、結局、この世で母を冷静に描ける人なんかいない、ってことになる。
そして、“母と子”世界は密閉され、ますます主観的になり、情と毒と熱でがんじがらめになる。

そんなしんどい母娘モノですが、本作はキレのいい語り口とスピードと、無愛想なほどの短さとがあいまって、とても刺激的。
身につまされる場面やフレーズがいくつもありました。
そういえば、この前新聞で見た三原順復活祭のポスターに書かれていた「愛って不気味」、まさにそれだ!と思いました。
15ヶ国で翻訳・刊行されてるという話にも納得です。

/「だから、ひとりだけって言ったのに」クレール・カスティヨン

「湿地」アーナルデュル・インドリダソン

2014年02月13日 | 翻訳小説
《2/11読了 柳沢由美子/訳 東京創元社 2012年刊 【翻訳小説 アイスランド】 Arnaldur Indridason(1961~)》

2ヶ月もかかってしまった。
エーレンデュル(これは主人公)やエーリンボルクやエーリンという人名がなかなか認識できなかったり、シグルデュル=オーリは部下だけど、ノルデュルミリは場所だったりして、ただでさえカタカナの名前が覚えられないのに、地名まで加わって大苦戦。
半分近くまで読んでやっと落ち着いたかんじ。
だけど、途中でやめたいっていう気にはなりませんでした。

話の中は寒くて、ずーっっと雨が降っていて暗かった。
でも、実はこういう雰囲気は大好き。
「メッセージは紙に鉛筆で書かれ、死体の上におかれていた」(11p)っていう書き出しからもうぐいぐいきます。

探偵役のエーレンデュル捜査官はとても地味なおじさん。
ビジュアルのイメージは「エロイカより愛をこめて」(青池保子)で少佐の後任として一度だけ登場したローデ。ニッチすぎるか。
もつれた糸を辛抱強くほどくような地道な捜査が続き、彼の家族の問題などもからんで、派手さはないのにその引力は強かったです。

「人はこんなことに影響など受けないと思うものだ。こんなことすべて、なんとなくやりこなすほど自分は強いと思うものだ。年とともに神経も太くなり、悪党どもを見ても自分とは関係ないと距離をもって見ることができると思うのだ。そのようにして正気を保っていると。だが、距離などないんだ。神経が太くなどなりはしない。あらゆる悪事や悲惨なものを見ても影響を受けない人間などいはしない。へどがのどまで詰まるんだ。(略)しまいには悪事と悲惨さが当たり前になって、普通の人間がどんな暮らしをしているのかを忘れてしまうんだ。今度の事件はそういうたちのものだ」(222p)

ミステリーの主人公の多くが(彼が犯人でない限り)人間の「悪」「愚かさ」「悲惨さ」に触れるわけだけど、現実に彼と同じ目にあえばものすごいダメージを受けることは確実です。
目の前で、知らない人が例えば万引きするのを見た、子供を殴るのを見た、それだけで、普通は気分が悪くなるし、自分が穢れみたいなものにむしばまれていくようにすら感じるんじゃないか。
そう。影響を受けないなんてありえない。
ミステリーの主人公たちは、そこらへんどう対処しているのか?とかねがね疑問に思ってました。
「悪」に触れることでダメージは受けないのか、と。
だから、このエーレンデュルの独白には、「人間ってそうだよな」と激しく共感しました。
年を取れば取るほど、神経はもろくなり、心は弱くなる。
他人の「悪」に接することで消耗し、少しずつ壊死を起こす。
確かに、生きるってことにはそういう側面もありますよね。

/「湿地」アーナルデュル・インドリダソン

「大きな森の小さな家 大草原の小さな家1」ローラ・インガルス・ワイルダー

2013年10月23日 | 翻訳小説
《10/22読了 こだまともこ・渡辺南都子/訳 講談社文庫 1988年刊 【翻訳小説 アメリカ】 Laura Ingalls Wilder(1867~1957)》

理想のお父さんというと、インガルス家のチャールズ、「大地の子」の中国人養父、そしてソフトバンクの犬が思い浮かびます。
チャールズが、というよりマイケル・ランドンが好きなんですが。
本物のチャールズは、顔の下半分が豊かなひげで覆われていること以外はだいたいドラマのイメージに近い。
(ドラマではもふもふした犬だったジャックはぶちのブルドックでした)
そして、とにかく四六時中何かを作っているのがいい。
銃弾も手作り、動物を仕留めて毛皮を剥ぎ、肉を燻製にし、ハム、チーズ、バター、パンはもちろん、洋服やままごとの人形まで作る。
かえで糖に始まり、煮詰めたかぼちゃ、キャベツと肉のなべ、皮を剥いたとうもろこしなど、おいしいものもたくさんでてきます。
さまざまなものを作る描写が具体的で、なおかつさっぱりした表現なので、読んでいて心地よい。
パンひとつ食べるにもこれだけの労力と感動がある。
なんだかうらやましい。
彼らに比べたらわたしの毎日は生産性ゼロだ。

「秋には、たのしいことがいっぱいあった。やらなければならない仕事はどっさり、おいしい食べものもどっさり、新しい見ものもどっさり。ローラは朝から晩まで、りすのようにちょこまかうごき、ぺちゃくちゃと、おしゃべりのしどおしだった」(186p)

「ローラは、胸の中でつぶやいた。
「これが、いまなんだわ」
ローラは、いごこちのいい家や、父さんや母さん、そして、暖炉の火や音楽がいまなのが、うれしかった。きっと、いつまでもわすれない、と、ローラは思った。だって、いまはいまなんだもの。遠いむかしのことになんて、なるはずがないわ、と」(200p)

/「大きな森の小さな家 大草原の小さな家1」ローラ・インガルス・ワイルダー

「コリーニ事件」フェルディナント・フォン・シーラッハ

2013年07月31日 | 翻訳小説
《7/16読了 酒寄進一/訳 東京創元社 2013年刊 【翻訳小説 ドイツ】 Ferdinand von Schirach(1964~)》

「犯罪」「罪悪」(ともに短編集)が原液のカルピスだとしたら、新作のこれは5倍に薄めた飲みやすいカルピスです。
主人公の弁護士も、犯人もヒロインも被害者もみんなキャラクターがはっきりしていて、映画が脳内で再生されるようなおもしろさ。
犯行の動機もタイミングも納得がいくし、本作が指摘して発表当時物議を醸したというドイツの法律の問題点も興味深い。


でも、前2作と比べちゃうと、何かが足りない気がします。

まずこの「法律の問題点」というモチーフが始めにあって、それを中心に組まれた話のようにもみえます。
だから、例えば隻手の弁護士マッティンガーみたいな魅力的な人物が出てきても、いまいちグイッと来ない。


もうひとつ、大きなテーマとして、ドイツが今でも抱えている過去の問題があって、それは作者自身もまるきり無関係というわけではなく(まわりくどい書き方だ)、
そのあたりも若干消化不良になっているような。


いずれにしても、
一見、事象そのものをクールに書いているようで、実は言語化できない何かを生々しくあぶり出すのがシーラッハ作品の凄みであるのに(例えば名作「エチオピアの男」)、今回はそこらへんが薄味だったと思います。

だけど、次回作も読むぞ。

/「コリーニ事件」フェルディナント・フォン・シーラッハ

「罪悪」フェルディナント・フォン・シーラッハ

2012年06月20日 | 翻訳小説
《6/19読了 酒寄進一/訳 東京創元社 2012年刊 【翻訳小説 短編集 ドイツ】 Ferdinand von Schirach(1964~)》

収録作品:ふるさと祭り/遺伝子/イルミナティ/子どもたち/解剖学/間男/アタッシュケース/欲求/雪/鍵/寂しさ/司法当局/清算/家族/秘密

刑事事件専門弁護士である作者の2冊めの短編集。
事実は小説より奇なり、の言葉通り(実際に起きた事件を題材にしている)、思いがけない方向にコロンと話が落ちていくおもしろさがやみつきになります。
極端に無駄を削ぎ落とした文章にも一段と磨きが掛かっていて、読み心地も満点。

出てくる人たちが、その普通さ・特殊さをひっくるめて“そこらへんにいる”人たちであることは「犯罪」にも言えることだったけど、本作はさらに彼らへの共感度が増す内容になってました。

ふと思い出したのは横光利一の「蠅」という短編です。
本作で、蠅にあたるのが作者と同名の弁護士・シーラッハではないかと。
愚かで、切なくて、罪深く、尊い人間たちを、ただ見つめるだけなところがそっくりだと思いました。

あえて好きな作品を選ぶとしたら「雪」「司法当局」かなあ。
「鍵」「解剖学」「子どもたち」「家族」もよかった。
まあ、ハズレなしなんですけどね。

→「犯罪」フェルディナント・フォン・シーラッハ

/「罪悪」フェルディナント・フォン・シーラッハ
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「どこ行くの、パパ?」ジャン=ルイ・フルニエ

2012年06月01日 | 翻訳小説
《5/31読了 河野万里子/訳 白水社 2011年刊 【翻訳小説 フランス】 Jean-Louis Fournier(1938~)》

アニメの原作やドキュメンタリー制作など、テレビ業界で活躍した作家の2008年フェミナ賞受賞作。
3人の子供のうち、重い障害を持つ2人について父親が綴る、断片的な、静かにゆっくりと思い出しながら書かれたような作品です。

「訳者あとがき」でル・モンド紙のこんなコメントが紹介されていました。

「この本について、語ってはいけない。一読にまさるものはないからだ。」

――賛成。

「僕が、あの子の人生をつくってしまった。この世で過ごしたむごい日々をつくってしまった。あの子をこの世に来させたのは、僕だ。」(15p)

「僕はひげの生えたふたりを想像してみた。
そのころになったら、ふたりそれぞれに、柄のついた大きなカミソリをやろう。そしてバスルームに閉じこめ、自分たちでカミソリを使いこなすよう、ほうっておくのだ。なにも物音がしなくなったら、ぞうきんを持ってバスルームの掃除に行く。
これを僕は妻に話した。笑わせるつもりで。」(59p)

「ふたりがなぜこんなに厳しく罰せられたのか、僕にはまったくわからない。ほんとうに不当だ。なにもしていないのに。
彼らの障害は、ひどい誤審に似ている。」(118p)

「ごめんよ、マチュー。こんなことを考えても悪く思わないでくれ。きみを笑いのネタにしたいんじゃなくて、たぶん僕は自分をネタにしてしまいたいんだ。このつらさを笑ってしまえると証明したいんだ。」(85p)

/「どこ行くの、パパ?」ジャン=ルイ・フルニエ
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「犯罪」フェルディナント・フォン・シーラッハ

2012年05月01日 | 翻訳小説
《5/1読了 酒寄進一/訳 東京創元社 2011年刊 【翻訳小説 短編集 ドイツ】 Ferdinand von Schirach(1964~)》

収録作品:フェーナー氏/タナタ氏の茶わん/チェロ/ハリネズミ/幸運/サマータイム/正当防衛/緑/棘/愛情/エチオピアの男

とにかくおもしろい!
今年のうちに第2短編集「罪」が出るそうで、今から楽しみです。
ちなみに第3作は初の長編、らしい。

※ 第2短編集、もう出てました。しかも2月に。
  タイトルは「罪悪」。


話を戻すと、
タイトル通り、11の短編はすべて「犯罪」がモチーフになってはいるけど、内容は多岐にわたっています。

息が止まってしまうような深い悲しみに思わず眼を閉じた話。
人の一生を窓の向こうから静かに覗いたような話。
あまりに簡潔で的確な暴力描写のせいで心拍数が急上昇したり、
リアルな謎解きものにスッキリしたり。
かと思えば、犯罪者一家に明晰な頭脳を持って生まれた男が驚くべき方法で兄弟を助ける話に興奮し、
博物館の一つの部屋に、しかも展示内容もずっとそのままの部屋に、23年間警備員として勤めた男と一緒に気が狂いそうになる。
謎を残してほったらかされる快感(変態か)に酔いしれる作品もあって。
そして最後の「エチオピアの男」には泣かされそうになりました。
(泣かなかったけど。感心しすぎて。)

随所に現れる弁護士の「私」がストーリーをほとんど動かさないところも非常に現実的で、だから余計に引き込まれます。

一気読みはもったいない。
1日1編、ワクワクしながら読むことをおすすめしたい。

/「犯罪」フェルディナント・フォン・シーラッハ
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「ゲイルズバーグの春を愛す」ジャック・フィニイ

2012年01月06日 | 翻訳小説
《1/3読了 福島正実/訳 ハヤカワ文庫FT 1980年刊(早川書房より1972年に刊行された単行本を文庫化) 【翻訳小説 短編集 アメリカ】 Jack finney(1911~1995)》

収録作品:ゲイルズバーグの春を愛す/悪の魔力/クルーエット夫妻の家/おい、こっちをむけ!/もう一人の大統領候補/独房ファンタジア/時に境界なし/大胆不敵な気球乗り/コイン・コレクション/愛の手紙

ファンタジー、というのが苦手なんです。
架空の王国や魔法使いと、とことん相性が悪い。
協調性がないから、誰かが作った不思議の世界では暮らせない。
でも、この日常が奇妙な世界にちょっとだけ、しかし確実にスライドしていくような話は大好きです。
もちろん、その法螺話の語り手が相当うまい人じゃないといやですが。
そんなわけで、
表紙の内田善美のイラストに釣られて「内田善美コレクション」のつもり、つまり鑑賞用に買ったこの本ですが、読んでみたらおもしろいのなんのって。
現実と非現実、それぞれの色が絶妙なグラデーションでつながっていて、読者はその境界線を見失い、気づいたときにはあちら側、という具合です。
訳者もあとがきで
「フィニイは、たんに戦慄的なSFスリラーが書きたかったわけでも、巧妙で独創的な犯罪小説が書きたかったのでもなく、実は、ほかのものと全くちがうもの、異質なものが書きたかったのではないか。日常性と切り離された話が、この世にありそうもない話が、要するに変わった話が書きたかったのではないか」と言っています。

/「ゲイルズバーグの春を愛す」ジャック・フィニイ
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「さあ、気ちがいになりなさい 異色作家短篇集2」フレドリック・ブラウン

2011年07月25日 | 翻訳小説
《7/25読了 星新一/訳 早川書房 2005年刊 【翻訳小説 短編集 アメリカ】 Fredric Brown(1906~1972) ほし・しんいち(1926~1997)》

桜庭一樹が絶賛していたのと、すごいインパクトのタイトルで。
表題作を含む12編。

SFが苦手なので、どうしても読むのに時間がかかります。
だいたいそういうときは途中で放り出すわたしが今回そうしなかったのは、坂田靖子の解説が巻末に控えていたから。

ふたつめの「ぶっそうなやつら」は、たぶんある坂田作品のもとネタ。
そう思って読んだからか、これ坂田靖子の絵でイメージすると読みやすいかもと気づいて。
そしたらあとはスムーズに読めました。
SFといってもガチガチではなく、寓話風で、星新一テイストもいいかんじに混ざっているからわたしみたいなSFオンチでも大丈夫。
中にはいくらなんでも無理矢理だなあという強引なやつや、“作品のために考えた作品”みたいなものもありましたが、
18万歳(!)の男の手記「不死鳥への手紙」はおもしろかった。
表題作「さあ、気ちがいになりなさい」にも言えることだけど、作者の視点がすーっと何光年も先にあることが感じ取れる作品が、わたしにとってはおもしろい作品なんだっていう発見もありました。

「真実を知ることによって、おまえは気ちがいになるのだ(257p)」

/「さあ、気ちがいになりなさい」フレドリック・ブラウン
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「ほとんど記憶のない女」リディア・デイヴィス

2011年05月26日 | 翻訳小説
《5/25読了 岸本佐知子/訳 白水社 2005年刊 【翻訳小説 掌編小説集 アメリカ】 Lydia Davis(1947~)》

短いのは数行、長くても30ページくらいの51編が収められています。
「クールなのに熱い。抽象的なのに生々しい。遠いのに近い。思索的なのに官能的。知的なのに滑稽(訳者あとがき)」な作品たち。
読んでるときの感触も、ちょっと今までに味わったことがないものでした。
例えば、心理ゲームのナレーションを聞くときみたいに、いちいち頭の中で変換・展開して起こしていくような。
「あなたは山道を歩いています―どんな道ですか? さらに行くと建物が見えます―どんな建物ですか」みたいな。
そうして読むうちに、どこかのスイッチに触れて、パッと点灯する場合もあれば、全くピンとこないものもあったりする。
これ、一気に読まず、チビチビいくのがおすすめです。

原書とは配置を変えてあるのも効果的だったかも。
いきなり冒頭で捕まった「十三人めの女」は、たった8行の作品ですが、
そのラストの一文には思わず「え? なんで?」と声を上げてしまいました。

これを偶然見つけてこんなにうまく訳す岸本佐知子ってすごい。
わたしは「気になる部分」「ねにもつタイプ」といった傑作エッセイで岸本佐知子作品に出会い、惚れたクチなので、
リディア・デイヴィスが作った曲を、岸本佐知子の超絶テクで聴いてメロメロ、みたいなことになってます。
でも、またエッセイ出してほしいなあ。

/「ほとんど記憶のない女」リディア・デイヴィス
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「蟻」ベルナール・ウェルベル

2011年02月03日 | 翻訳小説
《1/31読了 ウェルベル・コレクションⅠ 小中陽太郎・森山隆/訳 角川文庫 2003年刊(1995年にジャンニ・コミュニケーションズから刊行された「蟻」(上下)に加筆・訂正して文庫化) 【翻訳小説 フランス】 Bernard Werber(1961~)》

角川文庫が「文庫ソムリエ」ってのをやってるんですね。
本屋で、そのソムリエが激しく推奨している帯を見てムラムラきて即買いです。
そして、幸せなことに期待は裏切られませんでした。

高度な知恵を持ち、秩序ある社会を構築する昆虫・蟻の小説です。
共同体をつくり、農業をし、戦争までする蟻。
さらには、仲間同士の完全な意思の伝達を行い、麻薬まで使い、
その上、あんなことやこんなことも!
(これから読む人のために、この辺でやめときます)
とにかくびっくりする話の連打を浴びました。

振り返ってみると、ストーリー自体はそんなにおもしろくないんですが、
(蟻のドラマに比べて、人間の話がいまいち中途半端で貧相だからかな)
作者が「全く理解不能なもの」として何度か日本人を挙げているのも引っ掛かりました。
あと、カバー袖の登場人物紹介でいきなりネタバレしてるのはいかがなものかと。

…と、あれこれ小姑みたいに言ったけど、全般的にはこれ、かなりおもしろいです。
ソムリエも薦めるわけだ。
もう蟻を見つけても絶対つぶしません。
巣に水をかけたりしません。

宇宙開発も地底探検もいいけど、この地上にこそ未知のおもしろいものたちがまだまだひしめきあってるんですね。

養老孟司のちょっとツンとした解説も素敵。


/「蟻」ベルナール・ウェルベル
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「ねずみとり」アガサ・クリスティー

2010年11月01日 | 翻訳小説
《10/31読了 鳴海四郎/訳 ハヤカワ文庫(早川書房) 2004年刊 【戯曲 翻訳 イギリス】 Agatha Christie(1890~1976)》

ある若い夫婦が山荘をオープンさせた。
そこに集まった5人の客。
7人の中にいるはずの殺人犯をつかまえに、刑事が山荘に乗り込んで……という戯曲。

児童虐待がモチーフ(当時、似たような事件が実際にあったそうですが)といっても、人間ドラマにはそんなに深入りせず、
じゃあ謎解きパズル的なおもしろさがたっぷりかと思えば、意外と歯ごたえがなく、
肝心な犯人に至っては、登場時からあやしかった。

こういう作品は、舞台を鑑賞するようにゆったり構えて読んで、意外な犯人に驚かせてもらいたい。
タネをあれこれ考えながら見たら手品がつまらないのと同じです。
わたしにとっては、この作品はハズレ。
上演されたのを見たら、もっと「だまされる快感」を味わえたのかな、とも思うんですが。

「演劇史上類をみないロングランを誇る」作品という謳い文句に期待が膨らみすぎたかもしれません。
むー。
石田衣良のうすっぺらい解説が、さらに駄目押し。

「ずっとお城で暮らしてる」シャーリイ・ジャクスン

2010年10月17日 | 翻訳小説
《10/17読了 市田泉/訳 創元推理文庫(東京創元社) 2007年刊 【翻訳小説 アメリカ】 Shirley Jackson(191X~1965)》

「ずっとお城で暮らしてる」のは、メアリ・キャサリン(メリキャット)、コンスタンス姉さん、ジュリアン伯父さん、猫のジョナス。
あとの家族は全員毒殺された。

…という設定だけで、充分ワクワクしますよね。
グイグイ読ませるわけではないけど、妙に引きつけられる1冊でした。

メリキャットの一人語りがとにかく不安定で、
真実なのか嘘なのか妄想なのか、この語り手は信用できるのか、なんてドキドキしながら読んでいると、バスに酔ったような気分になります。
もし、目の前で話している人が正常なのか狂ってるのか、探りながら聞くとしたら怖いでしょ、そんなかんじです。

殺害動機やエンディングなど不可解な点も多くて、謎のほとんどは解決されず終い。
普通モヤッとしますよね。
でも意外と嫌じゃない。
びっくりやハラハラはないけど、うっすら靄がかかったような薄気味悪さを堪能するだけで、かなり楽しめた気がします。
百点満点で70点くらいか。

桜庭一樹(わたしは一度も読んだことがないんですが)の解説を読むと、同じ作者の「くじ」というのがすごくよさそうです。

「変愛小説集Ⅱ」岸本佐知子/編訳

2010年07月19日 | 翻訳小説
《7/19読了 ステイシー・リクターほか 講談社 2010年刊 【翻訳小説 英米 アンソロジー】 きしもと・さちこ(1960~)》

あの「変愛小説集」の第2弾です。

翻訳者としてもさることながら、
アンソロジストとしても岸本佐知子ってすごいですね!
前作より「変」度が増してるんだから偉大です。

「変」だけど「愛」なのか、
「変」だから「愛」なのか、
そもそも「愛」は「変」なものなのか。

いずれにせよ、期待以上の「変愛」ぞろいです。

グロければグロいほど、
滑稽であればあるほど、
狂っていればいるほど、
その「愛」の純度と濃度が高くなり、
こってりと香ばしい。

そしてほとんどの作品が、種類は違えど「笑える」ものであるというのも大事かと。

まさに「世に変愛のタネは尽きまじ」です。

「変愛小説集」岸本佐知子/編訳

2010年03月26日 | 翻訳小説
《3/25読了 アリ・スミス 他 講談社 2008年刊 【翻訳小説集 米英】 きしもと・さちこ(1960~)》

岸本佐知子のエッセイの新刊がなかなか出ないので、ついに本業に手を伸ばしてみました、まずはとっつきやすそうな短編集。

そこで、タイトルをもう一度見てください。
「変」愛 なんですね、うははは~!
編訳者あとがきによると、ここに収められた11篇は「普通の恋愛小説の基準からはかなりはずれた、グロテスクだったり極端だったり変てこだったりする(276p)」作品で、
その作品のラインナップが素晴らしいです。
訳者が本当に好きなものをチョイスしてくれているのがひしひしと伝わり、そのどれもがちょっと奇妙で不気味で狂おしくて、ハズレなし!
落語「あたま山」を彷彿とさせる「まる呑み」は、女が男を飲み込む話。
これは言葉でしか表現できない世界なんですね~、映像化不可能。
他にも、たった8ページの「セーター」の不気味さ、彼女が乗った飛行船を追いかける「ブルー・ヨーデル」の気が狂うような悲しさも印象的です。

全体的に、心や脳みそをぐわんぐわん揺すられるような話が最高の翻訳で読めた本、ってかんじ。おすすめです。