『ときにせつなくなりぬれど』の後日談の更に後日談。
縹嬢の後日談の更に三日ほど後の話。
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知る人がいることも。
知らないで居る人も。
どちらも、渦中で戦う者には、救いである。
それを守るのが、どんなに辛いことでも。
それを失うのが、どんなに辛いことでも。
袖触れ合うも、他生の縁
1 子どもを折る気はない。敵対すれば別だけど。
「……兄さん、のド阿呆。」
清廉な空気が満ちた審神者・葵の本丸。
その主の執務室にそんな世界を呪うようなそんな声をした少女が突然現れた。
雪のように白い髪に金属みのある銀を混ぜたような髪を編み込み、黒曜石か何かで出来たピンで留めるタイプのバレッタで止めた、紅玉石のような瞳の歳若い無表情さが目立つ少女だ。
黒地に淡い水色の矢絣模様の着物に濃い青のコルセット、黒のロングスカ-トと言う似合ってはいるが、本人には不本意そうな服装をした審神者としては年若い少女である。
少なくとも、外見は。
顔色が極端に白いことを覗けば、現世に居ても違和感のない少女だ。
実際、似たような髪瞳の少女は葵も知り合いに居る。
彼女が連れているのは、三口の刀剣男士。
青色で袈裟をきちんと着ているが、その顔と気配は、左文字の次男・宗三左文字。
天使の環のある髪に浅葱の瞳の葵が知っているよりも、幼いが恐らく、堀川国広。
見覚えはないが、強いて言えば黒髪の鶴丸国永に新撰組の格好をさせた脇差より短刀よりぐらいの少年。
それぞれ、見目は違うが、気配は刀剣男士のそれ。
三口は元より、少女から発せられる抑えているのだろうがはっきりとした神気に、葵は目を見開く。
その程度で済んでいるのは、以前、縹達兄弟から送られた石のおかげだろうか。
現在も、懐にある時計を握りながら、少しでも離れる為に後ずざる。
そもそもが書類仕事をする為の部屋だ、そこまで離れれないのだけれど。
刀を抜いては居ないが、主を守る為に抜こうとする男士を少女は物理的に抑えながら、どう答えたらいいものか悩んでいるようだ。
同時に、異能を三つマルチ展開して、情報収集をした少女。
千里眼と順風耳に、過去視のスキルではなく、生来彼女に備わった能力だ。
目的地にはつけたようだけれど、兄も正式に手続き踏んでくれればいいのに。と言葉に出さず、らしくもなく乾いた笑顔が出てきそうだ。
そうこうしているうちに、ゲートも使わずに増えた気配に、しかも、主の側に増えた気配の為か、先にか短刀が集まってくる気配がした。
勿論、室内戦を想定してか、脇差らしき気配も二口いるようだ。
その中の一つ、小夜左文字が声をかける。
「主!」
「おやまぁ、…………。」
「とりあえず、あおちゃん、無事そうなさっちゃんの声聞けて嬉しいの分かるけど。
落ち着こう、まず話し合い試みよう、頼むから。」
怪我をしている風でもなく、そして、『主』を慕っている違う本丸の無事な小夜左文字の声を聞いたからか、そわそわしているようだ、少女の青い左文字は。
何と言うか、一般的なイメージの哀しい高飛車・宗三左文字とは行って帰ってくるほどに違うらしい。
分かっているのか、平坦な声ながら、一応と言う形であれ、男士となだめる少女は、慣れてはいるようで。
後、立ち上がって突進しそうな青い宗三を物理的に止めているようだ。
「小夜、何があった!?」
そうして少し遅れて、山姥切国広も到着したようだ。
周辺にどうしたらよいか戸惑う短刀の気配を複数あるのを彼も確認する。
突然、出現した自分達よりも抑えられていても格上の神気ではあるが、それ自身には敵意はない。
ある程度の神気を解放はしているが、名前を名乗る程度の威力であって、敵対する意思はその神気からも感じられない。
なにしろ、主の葵に極力、影響が出ないように廊下側に指向性を持たせて、男士のみにそれを示しているのだ。
森の中の泉のほとりに佇むような穏やかな神気だった。
その直後に、少々遅れて鶴丸国永も来たようだ。
年嵩ゆえか、性分ゆえか、彼は遠慮無しに、襖に手を掛けた。
幾ら、穏やかであっても、異物は異物だ。
「主、入るぞ!」
「おい!」
敵意はないとは言え、緊急事態ではある、なので、制止の声はかけはするけど止めない山姥切国広。
中の様子を確認すると、小夜が部屋に飛び込んで葵の前に滑り込んだ。
周囲に潜む短刀と小夜は、抜刀状態で動けるように少女に眼を向けるのであった。
鶴丸国永と山姥切国広は抜刀こそしないもののすぐに抜けるように柄に手を掛けている。
代表して、葵の初期刀が声を掛ける。
「あんたたちは、何者だ。どこから侵入した」
殺気に近い警戒を向けられては、あの外見ぐらいの少女では怖いだろうに、その少女は少しも揺らがない。
怯えも何も無く、眉すら動かないその顔は、黙っている男士よりもよほど、人形めいていた。
それぐらいまでに、白く整いすぎた顔である。
「侵入じゃないわ、転移。
術で強制的に、移動させられた。」
鈴の音を転がすような可愛らしい声ではあるが、タイプライターのほうがよほど感情的だというような声でさらりと答える。
スパンと切り捨てるようだが、事実だけを言っているようだ。
反応を気にせずに、彼女は続ける。
「一応、審神者で名前は、樹姫。
バレてるだろうから、通名・ジュリ=ローゼンマリア。日本だと、上条樹里でとおしてるわ。
カミサマの転生体ってのは、男士には、分かるだろうから明言しとく。
真名は流出してるから、問題ないし。」
あっさり、名乗るが、それに対して、少女・樹姫の刀剣男士がそれぞれ反応を示すが、大意を示すならば、「主、アホでしょう!!」に終始する。
予想が出来ていたのか、彼女はマイペースに話を続ける。
実際、刀剣男士には、その霊力の質などから、人間ではないのが分かっていたが、何故それを彼女が感知しているのか分からない。
審神者だとしても、別の審神者の刀剣男士の状況は読めないはずなのに。
「この間の監査、その報告書。
審神者管理局最高顧問をしている“長兄”のところにも行った。
その関係で、“次兄”もそれを読んだ。一応、“次兄”が彼女の感情も報告書から読んだのだと思う。
妹のあの子が、誤解というか、仕事中のみで判断されてるのあんなに美味しそうな審神者に誤解されてるの我慢できないの!!って飛ばされた。
一応、聞く気が無いならないで、二時間は居させて欲しい、流石にあの子が懐いてる子をポタージュにしたくないし。
以上、こっちの事情。敵対する気はない、するなら容赦はしない。」
「どこから、ツッコミすればいいんだろうな。」
「美味しそう?」
「“兄”二人も、神様。正確には、受肉した神様ね。
世界の誤植だけど、消えたくないし、消えて欲しくないから、政府を蹴り飛ばして、協力と言う形でしてる。
あくまでも、《御伽噺の幽霊》は、政府の協力者であって味方じゃない。
私も、同類、転生体だけども、この間の監査の子と同類で友人かな、人間としては。」
会ったことがないとは言え、それなりにランクの高い神様に通用するレベルで葵の霊力は美味しいらしい。
霊力の良し悪しは、人の感覚に直すなら、味覚に一番近いのだから。
それは、ともかく、後半の言葉に彼の男士の警戒レベルが上がる。
政府と敵対までしていないが、そんなに仲が良いわけじゃないらしい。
そして、葵を含めた面々には、監査の子やあの子としか、樹姫が言わない人が誰か検討はついた。
「何故、名前で呼ばない?
その露草色に銀を溶かした髪の奴だろう?」
「呼ぶと縁が出来る。
其の程度でも、再会してしまう、今は会いたくない、会えるはずも無い。
嫌でも、もうしばらくしたら会うんだろうが、少しでも遅い方がいい。」
「……あん子はかまへんと思うやけどね。
過保護にはなるやろうやけど、そら性格やろうし。
はんなり、達者なようでなにより、樹姫、相変わらずやね。」
「こてこてのそれ分かりにくいと思う。」
「……貴方は?」
少なくとも、警戒は完全には解かないが、それでもそう強く警戒しなくても良いと思いかけた時だった。
葵しか知る由はなかったが、樹姫達と同じく、いきなり、その壮年の男性は現れた。
より正確に言うならば、空間を割り、現れる先から閉じて、彼は渡ってきたようだった。
自分の意思で渡ってきた為か、髪一筋も揺れない。
銀色にかすかに露草を混ぜた髪を三つ編みにした、空色の瞳をロイド眼鏡越しに笑ませる仕立てのいい羽織を来た二十代後半~三十代頭ほどの男性である。
葵と比べても、五歳六歳は年上だろう。
後、特殊と言えば、術式補助の両腕に嵌められた篭手と腰の魂入りの『大和守安定』の本体だろう。
本来の偽装なしの髪色ではあるが、どこか歪んでいるよう。
それだけならば、男士を直接振るう戦闘系の審神者……人間と判断しても良かっただろうが。
刀剣男士には本霊からの知識からの嫌悪と、葵には本能に根差した部分の恐怖故に、それを否定する。
そして、その髪色に先日の監査の女性を連想させるには、十分だ。
葵は、搾り出すように、誰何する。
恐ろしくないはずが無いが、それでも。
樹姫の指摘と葵の誰何に応えるように、微笑み答えた。
「私は、蓮雀氷雨(れんじゃく・ひさめ)。
幕末期の京で薬屋をしとった死人どす。ご察しの通り、縹銀と名乗ってる子の過去世どすな。
特殊な術でこちらに顕現してます。お姫さんに、縹さんに情報はいってへんので悪しからず。」
先程よりも分かりやすい京言葉で、はんなりと答えてはいるが、山姥切国広を始めとした葵の男士達の殺気すら滲む視線を受け止めている。
そして、一応、秘匿事項ながら一つ、追加で話す事柄を話すことにする。
「後、聞きたいことがあるんは分かるから、ちょい待って
小夜左文字くん、貴方の主の耳塞いでくれません?
一般的な審神者にはショックなことを話さないと私を切り捨てますやろ、貴方方は。」
「いや、俺も聞く。」
小夜左文字が、耳を塞ぐ前に、葵はそう言い切った。
その反応に眼を見開いて、それから、「いいなぁ」とでも呟きたいように、笑う氷雨。
「ええ子、どすな。ほんま、お姫はんが頑張るんも無理ないわ。
ああまで、容赦ないお姫はん久しぶりやったから。
正式な告知はもっと、遅れるんやろうけど、葵さんの担当替わりますわ。
今、ホワイト派とブラック派で凄絶な綱引き中、と言うか兄さんらが頑張ってホワイト派になるんやろな。」
「……前の奴は?」
「お姫さん、自分の逆鱗ぶち抜いたのただ生かしておくと思いますん?
自分もこないだ、加州くん達や稲荷刀の子らの件で、大かか様にお願いしてしまったぐらいですもん。
怒って、祟り場にぶち込む辺り、ほんに怒ってんやろ、お姫さん。」
それだけで、なんとなく、“刀剣男士”には分かってしまった。
もう、一ヶ月以上前になるだろうか、本丸のゲートが丸一日半ほど使えなかったことがあった。
不定期にあるゲートの点検かと思っていたが、その前後に、それぞれの本霊から齎されていた『言葉』はこれか、と思い至った。
齎された言葉はそれぞれ違う。
それは、幾つかの答え合わせで出ているものだ。
しかし、刀工も生まれた時代も違う稲荷刀……小狐丸と鳴狐、その二人が貰った言葉は、ほぼ同じ。
『伏見の姫神 いみじく怒り散らす』『故に、薬屋に四十余の神殺しを赦す』『大かか様 いみじく怒る』
この程度だ。 『何故』が抜けているが、一部の審神者が、ブラックと言う以上に本霊やそれ以上の神々を怒らせたらしい。
同時に、審神者には教えない方がいい、と言い添えられた事柄だ。
故に、神殺し。
許可があろうと、七世まで祟られる筈だが、其処までの穢れはない。
黄泉津比良坂を潜って還って来たからなのだろうか。
自分の冷たい殺気で、場が冷えてしまったのをわたわたと慌てたようにして、氷雨は仕切り直す。
その際に、座り、刀のままの『大和守安定』を外し、名人であっても一息以上かかる位置まで離した。
ぶるりと打ち刀の彼が震えるが、心配するな、とでも言うように、氷雨が一撫でするとしぶしぶと言った感じで震えが止まる。
「さて、男士の子達にはバレとりますやろけど、今の私は堕ち掛けて戻ってきた状態で、微妙になんていうんどすかね、男士で言うトコの中傷で固定されとるような状況なわけどす。
また、数ヶ月前のことどすが、伏見稲荷の主蔡神から許可貰って、神殺ししましたさかい、男士の子らの警戒と葵はんの怯え?恐怖?は、正当なもんどす。
おかげで、私、お姫はんの中にしばらく、ちゅうか、月単位で戻れへんから、色々と面倒なことになってます。」
「……あぁ、あの召喚術士系統の馬鹿達か。
大概の同類は、強力な審神者になってるのに、やらかした馬鹿か。」
「馬鹿、言わんといてくださいよ、一応、不本意ながら私の曾孫弟子みたいなもんなんですから。
犬神ならぬ、刀神をやってしまったとは言えね。
まぁ、お姫さんが怒りはったんは仕方ないと思うけども、それ無かったら、此処の監査も別の人やったん。
正しく、禍福糾える縄如し、のことなんよ。」
「知識は知識。
それを実践してしまった、カミサマで実践したのを馬鹿と言わずして、なんて呼ぶの?
私も知識はあるけれどね、あれを行える馬鹿を審神者と呼びたくないし馬鹿でしょ。
担当さんから、報告書コピッて貰って読んだけど、吐いて寝込んだ。
アレをやったのを人間と呼ぶなら、私はバケモノで良い。」
「可能性を追求するのが、人どっせ?樹姫はんも、同じくや。
まぁ、姫神様と大かか様が、ノリノリを十回足しても、足りないレベルでノリノリだったから、大丈夫だと思いますんよ。
と言うか、カミサマを蠱毒に使うって思いませんって。」
「ブラック本丸とかあるから、想像はつくと思うけどね。
あれも、天然物だけど、それでしょ、恨み辛みを濃縮ボンバーするって意味合いでは。
わざわざ、それを自分の契約式を器にしてやったから馬鹿だって言ってるの。
そのあんちゃんも、ブラック産でしょ、で、貴方が契約したってことは『浄化場』行きほどじゃないけど、刀解や刀剣破壊するのはマズイってことでしょ?
ほんとう……救えない愚劣さよね、人間の極一部だけれど、旦那や恋人のところへ逝きたくなるわ。」
「主様、ストップ、落ち着きましょう。
久しぶりに、知己に会えて、会話が弾むのは分かりますが。
殺気と言うか怒気はマズイと思いますよ。」
葵本丸面子が、口を挟めない流れるような会話。
半分は、聞かせる為もあるのだろう、問いになりそうなところを流している辺り、打ち合わせでもしていたのだろうか、とメタな突っ込みはしたい。
そして、審神者には分からずとも、男士にはなんとなく、何をしたのかがわかるように話している辺り確信犯なのだろうが。
もう、魂も残っているか怪しいが、僅かの安寧も赦さないとでも言うような措置であるのは仕方が無い。
主のマイペースさには、慣れているのか、樹姫本丸に初期に来た矜持なのか、青い宗三左文字が止めに入る。
樹姫は、しおしおと殺気を納める。
正確には、撒き散らしてはいたが、その殺気は自分自身に向けられた殺気だった。
自身に執着が無いどころか、殺意まで持つ樹姫。
「……審神者、葵殿。
さて、私は、何歳に見える?」
どう話を再開しようか、言いあぐねていたところに、樹姫の質問。
あえて言えば、一種の期待のような感情が込められた想定していなかった質問。
そして、目の前の少女を改めてみる。 外国人と言うことを抜いても、日本語堪能と言うことを抜いても、十代後半。
あの監査に来ていた紅葉よりも、若いぐらいではないか、と思う。
少なくとも、外見は。
いつかの演錬で見かけて、猫柳と言う別の審神者と同じような色合いであったし、普通の人間だと思っているのだ。
「上に見ても、16、17歳ぐらい、ですか?」
かすかに嬉しそうに微笑み、樹姫はあっさりと爆弾を落とす。
「……一応、女の子だし、はっきりとした年齢は言いたくないけれど。
残ってる類だと、女アキテーヌ公とのガチ戦闘に参加したり、セルジュークの勃興の頃に協力もしたわね、半分自棄で。」
「…………最低で、1200歳前後ですか?」
葵は、本を読む人だったようで、彼女の言葉だけである程度の年代を特定した。
樹姫の言葉から、二十三世紀の現代から約1200年前の頃には、イケイケだったことを察する。
下手しなくとも、それ+αであることは察せられるが、それは口にしなかった。
そして、短い言葉から、歴史は勝者の歴史と納得したようだ。
事実、樹姫が知る範囲でも、千二百年前は吸血鬼の夜の国があった。
それは、千二百年前の【腐食の月光】の暴走により、亡国となり、そして、歴史の狭間に吸血鬼は消えたのだ。
だから、残る歴史は、彼らが自らを消した歴史なのである。
また、葵は山姥切国広達にも目配せをして、『女の子』発言にはツッコまない。
だって、人間でも、女の子は八十歳でも女の子なのだから。
だって、『女の子』を忘れない女性は、いつまでも、『女の子』だもの。
「ん、神様転生体兼吸血鬼。
血は、嗜好品だし、好みとしては刀剣男士か女の子が好きだけど、其処まで必要ないわ。
最初のポタージュもそれ、昔、違う審神者のいる本丸送られて、すぐに無理に帰って、相手の本丸ポタージュになったから。」
「……追加補足、推測ね。
ブラックだったから良かったわけじゃないやないですけど、そこの本丸。
本丸をガラス球に見立てたら、その中に、本丸の建物、刀剣男士、審神者なんかの箱庭細工。
ボトルシップを想像してくれたらええですわ。
さて、問題、結界の穴であるゲートをそれよりも大きな存在が抜けようとしたらどないなりますん。
ヒントは、ミキサーしたケーキとせんべいとオレンジジュースの組成。」
「なるほどな、それなら、しばらく居てもらわなくては困る。」
思い切り、ぼやかした解説ながら分かったのか、山姥切国広は納得したようだ。
氷雨としても、完璧に分かってもらおうと言うよりは、主が危ないと分かってもらえばいい、程度ではあったのだけれど。
ことを単純に言えば、樹姫は、一応は人だ。
通常の物理的手段で死ねる可能性のある以上は、千年の時を生きていても、それでも、人なのだ。
多少特殊であっても、物理的手段で死ねるであれば、人である。
しかし、それが単純に元・人間の吸血鬼であれば、付喪神とどっこいかそれより少し上の神様に分類される程度。
それが、真祖、もしくは、千年を生きた深祖というものだ。
西洋では、一括りに怪物、と呼ばれるけれど、それでも、人の範疇である。
だけれど、『人』であっても、その身の中の影響を亡くすことはできないのだ。
加えて、山姥切国広を含めた葵の男士は、気付いていた。
この間の監査・縹銀よりも、数段とはっきりした形で、方向性は違えど、危険性を察していたのである。
紅葉よりも更に巧妙に隠していても、怖いものは怖い。
縹が単純な破壊力、ミサイルだとしたら、樹姫は搦め手の破壊力、病気のようなそんな怖さだ。
そして、「縹さんの知り合いだし」で流していたが、葵はそこで慌てると言うか、内心ハリケーンな状態だ。
傘を差しては歩けないレベルの台風状態。
それでも、さして顔に出ないのは、いいのか悪いのか。
「吸血鬼って、昼間に活動しても平気なものなんですか?」
「落ち着こうか、審神者・葵殿。
多少、怪我が治りにくいだけ、大丈夫よ。
むしろ、みっちゃんやかっちゃんどころか、やっちゃんが心配するレベルで顔色悪いだけ。
顔色は通常で、これなだけだから。」
襖を閉めたほうがいい?と言う意味でだろうけども、樹姫にとってはさして問題の無いことだ。
そこまでは、詳しくなかったのだろうし、彼女も葵にそれを言わなかったが、珍しい……と言っても、人間の血液型で言うAB型Rhプラスぐらいのレア度ではあるが、《デイ・ウォーカー》と呼ばれる種類の吸血鬼である。
多少珍しいが、血族/眷属であればだいたいそうなるし、居ないわけではない種類の吸血鬼だ。
昔、契約していたダンピールの子とその姉も同じだったわけだし。
「ついで、うちの子。
外見違うけど、国広派の脇差のほっちゃんと左文字兄弟次男のあおちゃん。
後、担当さんからプレ実装のこうちゃん。」
「堀川国広です。」
「康友国永です。
兄が、そちらでも何かやらかしてたらすみません。」
短刀の中でも比較的幼い部類の秋田藤四郎や五虎退ぐらいのサイズのそれでも、変わらない笑顔をした堀川国広。
そして、黒髪ではあるし、黒い着流しに浅葱色の羽織姿な服装をしているが、中学生成り立てぐらいの鶴丸がそんなコスプレをしているような康友国永。
頭を下げる様は、何と言うか、兄弟だと思う。
「……あおちゃん、無事にと言うか、普通に仕えれてるさっちゃん見て嬉しいのは、分かる。
だけど、挨拶だけでもして。」
「ああ、すみません。
僕は“一応”、宗三左文字です。」
通常のピンク左文字とは別の方向で、この左文字も傾国である。
あれだ、あはんうふんに積極的な色気フルスロットル傾国と清楚清純系な清純派隠れ傾国ぐらいの差だ。
そして、概して、隠れ傾国の方が腹黒というか、歪んでいるのだが。
「ねぇ、貴方はなんで、僕らのことを名前で呼ばないの?
親しいからってわけでも無いようだけど。」
葵の小夜左文字が、自分達も含めて、号や銘で呼んでないのを指摘する。
どちらかと言うと自分や兄達のような喋り方で、敢えて多弁になっているとしても、あだ名で呼ぶのは不自然な気がした。
……紹介するにしても、徹底的に名前で呼ばなかったのだ。
「……名前は力。
後、RPG風に言うと私、ファイタ―にエハンサーとかエンチャンターよりの術式構成。
きつい制御をしないと名前と言うか、号?ラベル?を呼ぶとほぼ無条件に操れる、それの意思を無視して。
一応、恋人と子ども以外で、家族と呼べる子達だし、同じのを無駄に操りたくない。」
ちなみに、エハンサーは日本語で言うなら、気功士とでも言うのだろうか、呼吸法で自身のバフ、ステータスアップをメイン行う職。
エンチャンターは、味方のバフと相手のデバフ、ステータスダウンを行う職。
つまりは、自身を強化しつつ、ぶん殴るタイプの戦士タイプだと言っているのだ。
本人の嗜好であって、本来は、後衛からバフデバフや魔術による遠距離戦闘に秀でた生まれではあるのだけれども。
「年月は呪い。長く生き過ぎた弊害かな。
200年前はそうじゃなかったどすやろ、それ。」
「ここ160年ほどだな、世界が分かれた弊害だろう。
そもそも、その時点で、息子も恋人も、あの子達も軒並み死んでたからな。
審神者をやり始めて気づいたぐらいだ。」
「主さん、話反れてます、後、マズいです。」
来て日が浅い康友ですら知るマズい事柄に思わず、止める。
今は、遠い日のことではあるが、とある物語に至る登場人物が、その決意を持つまでもなく死んだ。
そのせいで、その物語が始まらずに、この刀剣世界となったのだ。
だからこそ、顧問の一人がああまでも色々と為せたのだ。
一般人どころか、この世界で知るのはどれだけだろうか、と言う事柄ではあるが。
「あの子は、其処まで話してないか、そう言えば。
……どうするかね、実演は許可されないだろうし。
そうだね、しょうがないか、我・樹姫が彼の本丸に在る山姥切国広、小夜左文字、鶴丸国永、包囲する短刀達に、我の神性に誓う。
試しに我が、傀儡を行って、葵殿の刀剣男士及び、主・葵殿に害為したのなら、この身を八つ裂けばいい。」
自己完結して、自身を担保にして、樹姫は誓いをする。
一種の契約ではあるが、神様同士であっても有効だ。
むしろ、破れば、神性を失うと言うある意味で、自滅技だ。
その衝撃に紛れて、この時は当人以外気付いてなかったようだが、害そうと思えば害せるように抜け穴を作ってある辺り、三日月宗近の本霊以上に長生きなだけある。
本名ではない審神者名ではあるが、誓約としては十分だろう。
ちなみに、樹姫の男士は阿鼻叫喚。
氷雨は、あんまりなそれに、頭を抱えていた。
縹の姉貴分は姉貴分であるようだ。
「?どうした?」
「いきなり、他の本丸の男士達と誓約すると思っていないからだと思うよ。」
「……八つ裂きでも、死ねないからね、吸血鬼というのは。
それで、実演してみても、良いか、審神者・葵殿。」
神性を失っても、生き残る算段があったと言うが、彼女の男士の反応からしてこう言う暴挙は初めてなのだろう。
と言うか、八つ裂きにされたことあるのだろうか、死ねないと言う以上は。
樹姫の青い左文字が袈裟と同じく、宗三左文字と同じ顔を青くしているのは、葵本丸の面々には、新鮮というかありえないものだろうけども。
葵も驚いてないわけではなく、完全に敬語がすっ飛んでいた。
ちなみにではあるが、いちいち、樹姫が『審神者・葵殿』と呼んでいるのも、半分は制限の為である。
何の誰それと定義することによる傀儡逃れとも言う。
本名を呼べば、それだけで操れるのだけれど。
知ってはいるけど、呼ばないのだけれど。
「ええ、どうぞ。」
「では、山姥切国広と鶴丸国永は、私の弟刀、ほっちゃんとこうちゃんを抱き上げて全力ハグ。
小夜左文字は、あおちゃんの膝の上に座る。」
言葉を言い切ると同時に、指名された三人が、動き出す。
顔を見ると不本意と言うか、体が自分の意思で動いていないようで。
約一分後には、山姥切国広に抱き上げられて、にこにこの堀川と鶴丸国永に抱き上げられて、自分からも抱きついて嬉しそうな康友国永。
そして、困惑しながら青い宗三に抱き締められながら、されるがままの小夜左文字がいた。
「兄弟のこの状態は大丈夫なのか?何か他に問題は起きていないか?」
「大丈夫、特つけば、本来のサイズになる。
ちゃんと、“意識”も、ほっちゃんはほっちゃん。
担当さんのほっちゃんも太鼓判。」
大丈夫です!!とでも言うように、堀川もニコニコしている。
本来の外見だと、抱き上げるのは難しいだろうけれども。
ちなみに、樹姫の本丸の山姥切の場合、抱き上げることは少なく、山伏が兄弟をまとめて担いでいるのが良く目撃される。
堀川がこれなのと山伏が来るのがやや遅かったせいか、むしろ、江雪と一緒に居るぐらいであった。
かつ、昔の関係で、周りに男士のいない時限定ではあるが、樹姫を「姉様」と呼ぶ程度には、小田原時代よりの子だ。
ついでに、同じように最初赤ん坊の刀が別にいて、それも特が付いたらその子も通常の刀剣男士になったと付け加えた。
堀自身は、半分ふざけて和泉守兼定と歌仙兼定をパパママ呼びしてる、とも。
本人達の意識は親戚だけど、端から見れば、とても夫婦です、とも。
そして、抱きついている康友にどう接したらいいものか、困っている鶴丸国永に樹姫は助け舟にと一言付け加える。
「後、この間の監査の時の子と違うからね。
この子の方がアグレッシブ?と言うか、お兄ちゃん大好きだけど、私にイタズラしてたら、お星様よろしく打ち上げる子だから。」
「……俺の歯止めだと聞いたが。」
「そう言う意図ね、無茶するわよね、あの子。
平行世界で、主……と言うか、とある子どもの魂までの守刀として存在してたその子を連れてきたんだもの。
もしも、分霊まで堕ちるようなことが繰り返されれば、連鎖的にその子は愚か、土方の二口と沖田の二口も堕ちるわね、本霊ごと。」
「それ、初耳どっせ?」
「うん、あの子自身、一度も口にしていない。
だけれど、私やあの子が本来存在するルートからわざわざ、引っ張ってきたと言うことは、分かれた時にこのルートの康友国永は折れているし、その作られた理由から逸話も残っていない。
だから、反則のような形で、連れてくる、アホか本当に。
分かってないはず無いだろうに、優先順位が分からない。」
「……ええと、康友国永が堕ちることが、何故、新選組まで影響が波及するんですか?」
「まだ、実装が決まったわけではないけれど。
……できれば、あの子には話さないで欲しい。」
そう前置きすると、康友国永の知りえたことや調べたことを組み立てて、話す。
勿論間違っているところもあるかもしれないが、とも、前置きして。
そもそも、康友国永は五条国永の友人が九州の防人監督にえい……左遷された友人へ、守太刀として作られた太刀でね。
故に、壮麗さやなんかより、丈夫さを優先された子なんだ。
鶴丸国永の様に細身ではないが、それでも、綺麗な子だと思うぞ?
オリジナルだった頃のその子を見たことがあるけれどね。
私が知っているのは、五条国永の友人の死後、2000年代までとある一族に伝わっていてね。
大正のとある時に、折れてね、脇差に設え直された。
だから、今の康友が脇差なんだ。
現在の主が、2000年代の子で、親が当時の同業だから知りあいでもある。
その子が、幕末にタイムスリップさせられて、そこで新選組の面々と交友を深めたわけだ。
持ち主が沖田総司の小姓をしていたんだけれど。
この外見は、私やあの子のルートの斎藤一の格好なのよね。
と言うよりも、存在と『大正時代に設え直された』のは割りと知られていて、『幕末』の時は、太刀なんだ。
個人所蔵ってんで、そこの爺様、新選組に思うところあって、「国宝指定してやるから、天皇に捧げてチョウダイ」って言うお役人を片腕で放り投げたとか、そう言う一族だもの。
歴史に残してはいないけど、好敵手でもあった新選組の一振りを渡したくなかったみたい。
だから、その辺りで、色々と錯綜があって、こういう黒い着流しに浅葱色の羽織になったんだろうけども。
正しく、逸話の付喪神というわけだね。
今の主とその直前の主まで、その一族に秘蔵されてたわけだからね。
現物があっても、お話しか世間は知らないわけだから。
多分、刀工も知られていないレベルなんじゃないかな、分からないけど。
……見ての通り、黒髪なだけの鶴丸なだけだから、ね。
うちのかくちゃんの場合、覚えていたから、思い切り、ブラコンだけどね、なまじっか私が頑丈だったからノンストップ驚き爺なせいで、良くお星様になってる。
後、兄組と「俺の弟の可愛さは世界一チイイイイ!!」と日々、語り合ってるね。
……うん、仕事はしてるから、いいんだ。
それで、何故、康友国永が堕ちると連鎖的に、土方組と沖田組が堕ちるかと言うと。
康友の今の主、守刀として守っている子が、土方歳三と康友を伝えていた一族の子の子孫と沖田総司の子どもなの。
仕込んである術式だけを見ても、複雑な術式で、守刀化してるなぁって思うぐらいだから、魂的にも半分ぐらい繋がってるんじゃないかしら。
赤ん坊を知ってるからこそ、分かる程度だけれどね。
あの子が、こっちに来た時代から持ってきたようだから、まだ生まれたばかりね。
一歳になってたか怪しいぐらいだもの、それだと。
で、康友国永が堕ち続ければ、その赤ん坊にも影響がある、多分、死ぬんじゃないかしら。
子どもが成人してても、其処の辺りは変わらないけど、七歳まではカミサマのものだから。
そして、土方組と沖田組両方から、加護着いてるからそこからの連鎖ね。
……というか、『大和守安定』は無銘刀だけど、神社にある『同じ名前』の大太刀がいたりするから、刀剣男士してはともかく、深層意識下の繋がりとすると堕ちさせるとマズい子なのよ。
私が生まれた世界の沖田総司の場合、布団じゃなくて、戦場で大和守安定と散ってるからその分強いしね、『縁』が。
それにねぇ、この子、多分、自分の為よりも他人の為に堕ちて、契約主を始末する役を目指してしまいそう。
良くも悪くも、平安刀でかくちゃんの弟だわ。
正確に言うなら、本来なら、もう追加実装されているはずなんだが、あの子が渋ってね。
そりゃ、その赤ん坊の母親が、子どもがいなかったら人間として死亡しているぐらいに、執着が無い子だから、仕方ない。
「なら、どうして、近い世界とは言えこっちに連れてきたんだ?」
「あの子には、かくちゃんも家族だもの。
ほとんど、刀派としては面識の無いせっちゃんは別枠っぽいけど、いまちゃんとゆうちゃん、こぎちゃんも血の繋がった今の家族並みに大切よ。
執着してるって言ってもいいぐらい。あの子をこちらに繋ぎとめてるって意味ではね。
殊更に名乗りはしないけど、あの子は、と言うより、あの子の前のあの子は、まだ、『三条宗貞』の名前を捨てて無いもの。」
鶴丸国永の言葉に、樹姫は無表情な顔にかすかに年下を慈しむ微笑を乗せて答える。
樹姫としても、そう多く語り合ったわけではない。
そもそも、『三条宗貞』/『白愁樹菖』は、その多過ぎる情報量から起きている時間が飛び抜けて短い。
あの子の切り札である過去世の召喚。
そうでなくても、あのループの中では敵味方に分かれていた事も少なくない。
長すぎるループの中で出会って、分かれた刀剣達を大切にはしているが、一番初めの三条組とそれに連なる鶴丸国永のことを殊更、よく聞かされた。
「宗貞?
縹さんの呼び名の?」
「ことちゃん辺りから聞いたの?」
むしろ、それ以外ないだろうと、葵の呟きを拾う。
ほとんどの審神者は、知らないだろう、と樹姫は思う。
今剣だけは、他の三条組と比べても、樹菖との縁が深い。
樹菖は、源義経と何度か、一緒に最期を迎えている、そう、義経が死んだ後に今剣でだ。
だから、なんだろう、と樹姫は思考を巡らせた。
今剣は他の三条組と比べても、『三条宗貞』/『白愁樹菖』の縁が強い。
主従の契約が無ければ、多分、ほとんどの今剣があの子に付くかもしれない、なんてありえないことを考えてしまうぐらいに。
何故なら、他の本霊も含めて、審神者の前で「宗貞」の名前で呼ばないで欲しいと言っているらしいのに、あの子だけが呼ぶのだから。
何故なら、政府がその名前から、三条宗近の近縁だとしれば、危ないのに、それでも呼ぶのだから。
政府は、都合のいい刀剣男士(コマ)が欲しいのだから。
白過ぎても不安だけれど、黒過ぎると叩き潰したくなる。
「何故、今剣だと?」
「あの子しか呼ばないもの、審神者にその名前。
私は例外、と言うか、【同じ幽霊】だからだけども。それに関しては、ノーコメント。
宗貞については、答えも同然だけど『祝い』と『呪い』は表裏一体と三日月宗近に聞きなさい、としか。
だから、あの子も宗貞も、三条組とそれ以上に、三日月宗近に執着するんだもの。
側に欲しいわけじゃないけど、幸せにはなって欲しい、ってね。」
「まぁ、仕方ないどすやろ、三日月は他の刀剣に比べても、人間が好きなんよ。
何せ、仮免とれて付喪神になったん生まれて一年も経ってへん時で、初っ端から、人間祟ってるんそやし。
愛情と恨みは、一枚のコインなんよ。樹菖が殺されて、その殺した相手を祟ってるんやもん。」
「……《歌乙女》って、人の気遣いをホームランするのが、倣い性なのか。
あの監査報告書読んで、殊更に思うけど。」
「……いつか、三日月に聞いて見ます。」
「うん、まぁ、悲劇を語れるのは語っていいのは当人だけよ。
……それで、本題に入る前に、一つ聞いていいかしら?」
それまで、何の温度も無い無感情な声音に、氷が混じる。
同時に、空気も張り詰めた。
彼女が霊力を制御していなければ、物理的に温度下がるほどのプレッシャー。
もつれる舌の尻を叩いて、葵はどうぞとだけやっと答える。
「貴方がどうしても得たくて、それでも通常のお金やコネなんかでもどうしようの無い願いがあるとして。
……もしも、それを叶えれる手段を知ってしまったら、貴方はどうする?」
気のせいかもしれないが、張り詰めた氷のような雰囲気であるのに。
葵には、どうしようもなく泣きたいのを堪えているように見えた。