中国での多くの問題は、中国共産党の正当性維持から発生している。農民、農村、農業の問題は根深い。都会人と農民は戸籍が異なるため農民が都会人になることは基本的にはできない。共産党の政策より「先に富めるものより豊かになろう」と沿海州の都会民たちはここ10年でずいぶん豊かになったのに対し、内陸部の農民たちの暮らしは全く向上していないという。失業率は4-5%とされているらしいが、その分母に農民は入っていないため、都会民の数倍はいる農民も含めた雇用実態はもっと悪いはずだという。
反日運動がたびたび発生するのも、中国共産党正当性維持のために過激な活動までが黙認されている結果だと著者は指摘する。反日教育は全中国で徹底して行われており、サッカーの試合や日本製品ボイコットなどがきっかけに大規模な暴動を伴うような運動に拡大、政府もこれを制御できないのは、これにより中国政府への不満のガス抜きになるからだという。
台湾は中国にとっては国の一部、国際的にもそのように主張していて国連や国際会議、五輪でいつも問題になる。台湾人の9割以上は中国本土からの独立を望むとしたら、国際的にはボスニアヘルゼゴビナやパレスチナ問題と同様、台湾の独立が国際的には認められるべきであろう。しかし、中国政府はこれを国内問題として外国による介入を拒否、米中の緊張はいつもここにある。
日本が中国に行ってきたODAに対し、中国人は感謝していないのではないか、それは賠償県放棄をうたった1972年の日中友好条約で中国政府が軍国日本が悪かったのであり、日本人民に罪はないのだと解釈して当時の中国国民に説明したのに対し、中曽根首相以降、日本の首相がA級戦犯が合祀されている靖国神社に参拝するのは、今でも軍国主義時代の残滓が日本政府の中にある、と見られるからだという。しかし、中国からの圧力により靖国神社参拝をやめてしまうと、外国からの圧力で国内政治を変える国とみられこれも得策ではない。靖国神社とは別の戦没者慰霊施設を作ることが望ましい、しかしこれも日本世論がまとまる保証はない。日本首相が靖国神社に参拝する理由は「太平洋戦争での一般戦没者を慰霊する」ためであり、戦犯の慰霊ではないこと国内外に明確に表明することが重要だと著者はいう。さらに本殿の横にある遊就館での展示、説明が中国への日本軍進出を正当化する内容になっていることに懸念を示す。これが神社の一部であるならば、神社に参拝する人はこの展示内容も是認することになり中国政府がさらに反発することになる。
中国には多くの問題が内在する。一つは資源問題、経済発展を支えるエネルギー供給に問題があり、資源が有効に消費されず、一定の経済効果を生み出すために必要とされる鉄や石油などの資源量が日本や欧米の数倍必要とされている非効率問題、そしてそれらに伴う環境汚染問題が著しいという。水資源不足も深刻だ。黄河、揚子江の水が河口まで到達することなく涸れてしまっている。上流での過剰取水やダム建設が原因だという。日本はこうした水資源問題が重大であることを中国政府にアドバイスし、ODAなどを通して問題指摘をしていくことが必要だという。
中国への処方箋として著者が提示するもので興味深いのは、CNNによる中国全土でのニュース報道とカソリック布教による外国の目の中国各地への配置である。中国人に中国内外で実際に起きている事柄を事実のままに伝えることが中国の近代化への重要なステップになるという。中国人と日本人が会話していると出てくる話に次のようなことがあり、勉強不足の日本人は立ち往生する。正しく言い返すことが今後の日中関係、ビジネス関係維持で重要となる。
1. 靖国参拝→できればA級戦犯の分祀、それができないなら首相による参拝目的を正しく表明すること。
2. 日本は中国に謝罪していない→昭和天皇、今上天皇、村山総理、小渕総理など20回以上も公式に謝罪している。
3. ODAは戦後賠償の代わりであり、ODAはほとんどが日本企業が受注している、日本に還元されている→戦後賠償は72年の日中友好条約で解決済み、ODAの65%はGrant Elementつまり贈与的要素であり約3兆円なされてきた対中国ODAのうち約2兆円がGrant Elementだ。
4. 日本では教科書で正しく歴史を教えていない→南京大虐殺、満州侵攻、太平洋戦争敗戦などの記述は中国での一方的な記述よりも正しく記述されている。
5. ドイツはしっかりと戦後処理を行い、個人への賠償も行っているが日本はそれを怠っている。→ドイツの戦争犯罪はナチスによる民族浄化、ドイツ政府は日本のように過去のナチスの罪に対する謝罪など周辺諸国にはしていない。日独では戦争に対する罪の種類が異なる。
中国に対しては、日本人が過剰に愛国的になり敵対的な態度をとすことは引っ越しできない隣人として好ましくない、だからといって中国の一方的な主張を受け入れることもさらに得策ではない。事実を認識し、主張するポイントを押さえること、その上で発展的な両国関係を考えていくことが重要だ、というのが著者の主張。実に現実的な提案だと思う。
大地の咆哮(ほうこう) (PHP文庫)
