意思による楽観のための読書日記

黄昏のロンドンから 木村治美 ****

40年ほど前に発刊された本、1974年8月から翌年3月まで、大学教授だったご主人に同行した女性のエッセイ。40年の違いで変わっているところと変わらない所、日本を見る目が違うところと同じところなど、読んでいて面白い。当時は旅行でイギリスに行ったことがある人も少なかっただろうし、日本から来た、といえば向こうも珍しいので歓迎されたと思う。1990年ころのバブル期には大勢の日本人観光客がロンドンのフォットナム&メーソンに行って、日本語ができるという店員に向かって、千円札を握りしめ関西弁で「もうちょっとマケテーナ!」と言いながら、きっといつも飲んでいるというのではないと思われるアールグレイの高級紅茶を買っているのを見たことがあるが、そうなる前のまだ日本が経済成長期で、そんなには経済的に豊かにはなっていない時代のエッセイ。

ロンドンには移民が多い話。借りた2階建て住居の一階に住む家主さんがユダヤ人で、日本人はきれいに生活してくれるので日本人ばかりを店子にしたがる話。バスの車掌が黒人で、中華料理店は中国人、インド料理点や百貨店の店員はインド人、ロンドン繁華街は多民族、しかし郊外電車に乗ると乗客はアングロサクソンばかりと。移民が増えた町中から郊外に移動しているのだという。これはアメリカでもそう。移民に対する施策は次の通り。民族や宗教の違いで法律上の差別はしない、自国民と同等の権利を扶余、雇用、賃金、社会保障も平等。しかしロンドンでは職業別に階級がはっきりしているのも事実。黒人は地下鉄バスなど、食堂には黒人は働いていない。ハロッズは白人ばかり、大学教授となるとアングロサクソンかユダヤ人。しかしその後イギリスでも人種差別が表面化して問題となる。パブも労働者向けの「パブリック」とホワイトカラー向けも「サロン」では入口が違うが中は共通、真ん中に仕切り板がある。これはその後なくなったのではないか。著者夫婦は知らずにパブリックの入口から入ろうとして、お前らは向こうだ、と言われたとか。なぜ分かるのだろう。

ロンドン地下鉄のエスカレーターで右側によって一列に立っていることに感心している著者、今では日本の都会では当たり前になった景色だが、その頃はそうではなかったのである。その他、夫婦はかならずダブルベッドで寝ているが、日本人は大体がツインベッドを好むので、ユダヤ人の家主はツインを用意してくれている話。「オーカルカッタ!」というミュージカル、一糸まとわぬ裸で踊り回る演劇に驚く。それでも日本から来ていた「東京キッドブラザーズ」が当地でも人気になっていて、その舞台で日本人ダンサーが上半身裸になるのを見て現地の人達も驚きの声を上げるのだそうだ。オーカルカッタを見ても興奮しない人たちが、なぜ上半身の裸体を見て驚くのかが不思議だと。エロティシズムの感じ方の違いだと。

ロンドンの服飾店には化繊のチープなセータか高級なウールのセーターが売られていて、その価格差が大きくてびっくり。日本から時々訪れて一緒に買い物に付き合うと、ボンドストリートで高級なセーターを買って帰るのでまたまた驚く。日本のウール製品のほうが安くて品質もいいのにと。イギリスには日本のように切れ味の良い包丁がない、あってもテーブルナイフで、じゃがいもの芽をほじくるのに使える直角な部分がない。ご飯をすくうオシャモがない、汁物をすくうオタマはレードルといって取っ手が直角についていて使いにくい。魔法瓶がない、あっても日本のようにきれいな花柄なんてついていない、アラジン社製のポットがあって、これが「魔法瓶」の名前の由来だと気がつく。イギリスでの紅茶は沸かしたてのお湯で淹れるので、魔法瓶ではだめ、というのが製品が普及していない理由だとも知ることになる。八百屋では積まれているトマトやかぼちゃを手にとることができず、店の人が後ろの方で勝手に袋詰してくれるので、自分が気に入ったものが買えない。

それでも町中でも自然がいっぱいあって、桜も咲いてすぐには散らず、道も広くて、学校では子供たちに平等に公平に教育機会を与えてくれる。規律と自由、プライバシーの考え方、フレンドリーな社会的微笑など良い面にも気がつく。

とにかく、半年の滞在なのに小学生の二人の子供を連れて行って、観劇やネス湖などへの小旅行もして、現地の人達ともそこそこ触れ合って、プラスとマイナス両方をフェアに観察する、これが大宅賞受賞理由だろう。この本を読んでロンドンに行ってみたくなった人は多いのではないかと思う。


↓↓↓2008年1月から読んだ本について書いています。

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