国籍を2つ以上保有していることの是非の問題を論ずる一冊。以前はある国の国民が外国籍を取得すると、日本の国籍法11条1項のように従来の国籍を失わせる制度の国が多かった。複数国籍に寛容な国は1960年時点で調査したところ、85カ国中33カ国にとどまったという。その後国際化の流れに伴い、国際結婚、移民、難民の増加などにより、意図的にせよ不可抗力にせよ、さまざまな理由による複数国籍の保有者が現実的に増加してきた。こうした流れの中で、外国籍の取得後も自国籍を認める国の割合も増え続け、2020年には76%に達し、日本のように一つに限定する国は少数派になりつつある。
大坂なおみさんは、ハイチ出身の父と日本出身の母の間に生まれ、3歳の時に米国に移住、米国と日本2つの国籍を持っていたが、日本の国籍法は22歳までの国籍選択を迫っていた。東京五輪代表となるために大坂さんは日本国籍を宣言したが、米国では二重国籍を認めているため、どうするかは本人次第となる。「国籍を2つ以上保有するのはずるい」のだろうか。
台湾と日本の二重国籍の場合にはさらに問題が複雑になる。日本が台湾と国交がなく、台湾出身の日本国籍保有者が日本の法務省による曖昧な法律解釈に翻弄されるケースが有る。蓮舫議員の場合は、2016年当時に野党第一民進党党首であり、総理を目指す立場で日本国籍の確認が求められた。1967年生まれの蓮舫さんの父は台湾人ビジネスマンでは母日本人の謝蓮舫が本名、幼少時から日本と台湾の二拠点生活をしていた。出生時の日本国籍法は父系血統主義であり、中華人民共和国承認前だったこともあり、中華民国国籍だった。1972年に中華民国は台湾となり、1984年の国籍法改正により母系血統も同時保有が認められたため、当時17歳の蓮舫さんは日本国籍も取得、二重国籍となる。日本の国籍法解釈からすれば、22歳までに国籍選択を行うこととなるが、国籍選択手続きはしていない。成人後、日本人ジャーナリストと結婚、戸籍上は日本人戸籍を保有、職業上の通名を蓮舫としていた。
マスコミによる指摘により日本国籍確認手続きをすすめる中で、法律はもう一つの国籍の離脱を求めるが、台湾を国として認めていないため、外国籍喪失届を目黒区役所は受理しなかった。日本政府見解としては、台湾との国交がないため、台湾籍の人には中国の法律が適用される。中国国籍法では、外国国政取得者は中国国籍を失う、とされ、離脱手続きは不要となるはず。ところが法務省は、「台湾出身者は日本国籍選択の宣言手続きをすることで日本国籍選択をしたとみなす」と行政指導、手続きが受理された。台湾の法律では台湾籍放棄の手続きには台湾当局の許可が必要とされ、この手続が必要となるはずだが、法務省はこの解釈をすることを回避したと見られる。
日本でなぜ複数の国籍を保有することを法律で防ごうとするのかという理由は次の通り。外交上の保護責任をどの国が負うか明確でない、重婚の恐れがある、徴兵や課税などで帰属先が複数あると問題が生じる、など。ただ、法務省によれば、外国からの兵役義務、課税などの具体的な問題が生じた例を把握しておらず、外交上のトラブルが発生したケースも判明していないという。
日本でなぜ複数の国籍を保有することを法律で防ごうとするのかという理由は次の通り。外交上の保護責任をどの国が負うか明確でない、重婚の恐れがある、徴兵や課税などで帰属先が複数あると問題が生じる、など。ただ、法務省によれば、外国からの兵役義務、課税などの具体的な問題が生じた例を把握しておらず、外交上のトラブルが発生したケースも判明していないという。
逆に、移住先の国籍を持っていないと、就労の機会が限られたり、社会保障や相続などで不利な扱いを受けたりする可能性がある。移住先での生活がある中で、出身国での国籍がなくなれば、自国に残してきた親の介護目的などで帰国しようとしても、半年以上移住先を離れることで先方での国籍を失う恐れがあるなどの恐れもある。
国際化で進み、世界で活躍したいとして日本を出る人が増えていく中で、日本国籍を失った著名人も多い。目立つところではノーベル賞の受賞者でみると、文学賞受賞の英国カズオ・イシグロさんや物理学賞受賞の米国の中村修二さん、南部陽一郎さんがいる。日本の法律がグローバル人材に対して国籍を剥奪してしまう対象としているのは、国際的な日本人の活躍を抑制する方向に働いているのではないかという問題意識である。本書内容は以上。
人は親や出生地は選べない。しかし、国際化が進む時代に、日本を出て活躍したいという日本人が増えること、逆に日本で活躍したいという外国人の受け入れは、日本という国の発展には必要不可欠なこと。二重国籍保有は許せない、のだろうか、日本政府の解釈、法務省の国籍法運用、そして国籍法の法体系自体を考えて直す時が来ているはずである。