筆者はイタリア好きの日本人女性、しかしなぜかフランス人と結婚、1986年からイタリアに暮らし始めた。最初に知り合ったイタリア人の夫婦は63才のサロとその妻53才のラウラ、33才で長男のサルバトーレが同居していた。娘のいない夫婦はなぜか「タカコ」と可愛がってくれた。イタリア人は日本人贔屓、特に日本人女性が好きなのだそうだ。息子たちは自立して出て行ってしまうもので、それを親がどうこう言うものではない。年をとってからは娘が欲しいのだそうだ。90年からベルガモに移り住んだ以降も、400キロも離れたトスカーナのモンテカティーニ・テルメという夫婦の住む街を訪れるのだ。訪問すると実家に帰ったように歓待してくれて、帰りがけには手作り保存食などをどっさりくれる。ある時、クリスマス時期に訪問すると家が改築されていて、どうしたのだと聞くと、「タカコと一緒に住めるように改築した」という。おまけにタカコが夫のモーリスと離婚した時には是非来てくれという、勝手な申し出だが、嬉しい。当然強制するものではなく、本当に気が向いたらそうして欲しいというのだ。そのサロが肺がんになったというのを聞いたのは1999年、イタリアのお父さんサロ、待っていてねと思う筆者。しかし2000年、サロは亡くなったという。
息子のサルバトーレは合気道を習い始めた。先生は日本人のシライ、そうこうするうちに筆者夫婦の日本出張に一緒に来たいということになり、筆者の実家に夫婦とサルバトーレで3週間泊まることになった。夫のモーリスは日本式の生活に馴染めないのだが、サルバトーレは畳生活や食事も、日本式の風呂も大好きになり、駒沢大学の合気道部に出入りをして3週間みっちり稽古をしてもらった。サルバトーレは今でも日本のことが忘れられないでいる。
電車で乗り合わせた人、レストランで話しかけた人など、数多くの出会いがあった。先方のイタリア人にすれば身近に日本人と接する機会などなく、日本人旅行者がいてもイタリア語を話さないのでコミュニケーションが取れないのだが、興味は深々なのである。そこにイタリア語も英語もできるフランス人を夫とするおしゃべりな日本人女性がいるのだから、話しかけられお茶に呼ばれ、食事に誘われ仲良くなって、イタリアが大好きになる、よく分かるきがする。日本でも田舎で日本語が話せて気さくなアメリカ人やヨーロッパ人がいれば人気ものになってあちこちに呼ばれるであろうことは想像できる。その外国人が写真家やエッセイストであれば「日本人はイタリア人が大好きで、それもイタリア人男性が大の好みなのだ」などと報告するかもしれない。イタリア人の特質が本書に書かれたようなものであるとすれば、イタリア人から見た日本人の特質は何だろうか。「正直、働き者、誠実、、」どんなことを紹介するのだろうか。
イタリアでわかった―陽気でけっしてクヨクヨしないおしゃれ生活 (祥伝社黄金文庫)
