物語の登場人物を見たときには、大勢紹介されていて薄い本なのにどんなに複雑なストーリーなのかと心配したが、杞憂であった。ほとんどはナカムラとケンの長崎弁による会話なのだ。ナカムラは長崎空港に講演を依頼したケンをお迎えに来ている。長崎空港に行ったことのある方は知っていると思うが、大村湾に浮かぶ島である。関空よりずっと以前からあったようだ。僕は10回くらい長崎空港に降り立ったことがあり、上空からの眺め、穏やかな海、空港から佐世保、長崎に向かうバスを懐かしく思い出す。大村湾は穏やかなのだ。ケンは次のように解説する。「私は世界のさまざまな海を見たが、これほど波の静かな、おだやかな海面は珍しい。…点在する島も、段々畑がえんえんと続く山々も、すべてが丸みを帯びてのどかだ」「大村湾は女性的で、島の輪郭も、段々畑の夏みかんの一個一個に至るまで、人を安堵させる丸みを帯びている」。バスで佐世保に向かう道から見える景色そのものである。
話は、講演会ではなく、ナカムラとの思い出話、ナカムラの息子の話になる。息子とは話をする時間がない、一度じっくり話し合いたい、とナカムラが言うと、ケンは言う。「自分の子供の頃をさ、考えてみたらどうかね、オヤジと話ばして楽しかったか?一緒に楽しい時間を過ごすことが大切なのじゃないか」そしてナカムラが担当したという、今はなき長崎オランダ村でのワールド・ミュージック・フェスティバルの話がメインなのである。
フェスティバルに呼ばれたのはイタリアの旗振り、メキシコのマリアッチ、アメリカのデキシーバンド、インドネシアのガムランとケチャ、スペインのフラメンコ、トルコの舞踏団、コートジボワールのアフリカンダンス、ブラジルのサンバ、韓国のサムルノリ、フィリピンのバンブーダンス、上海の雑技団、フィジーのポリネシアンダンス、コロンビアの楽団、アルゼンチンのタンゴ、ストリートパフォーマー達という種種雑多な大勢の芸人たちを長崎オランダ村での40日にも及ぶフェスティバルに呼んだこと、この話で盛り上がるのだ。
大道芸人で火を噴くトニー・ベラ、ジャグラーのウイリアム・ショー、フラメンコダンサーでジプシーのイザベラ、イタリアの伊達男ジャンニ、コートジボワールのティナ、アフリカンドラムのアブサン、そして日本人でMCのユウコ、こういう人たちが40日間で繰り広げた人間模様をナカムラがケンに紹介する。それも大量の長崎名物を食べながらという設定である。居酒屋で鯛のお造り、イカの活造り、サザエ、アワビ、鯛、赤貝の酢の物、殻付きシャコ、アラカブのみそ汁、ご飯3杯を食べた後、おやじとおふくろでやっている飲み屋でビール、鉄鍋餃子、おでん、ラーメンを食べ、ホテルのバーで芥子蓮根とカラスミをつまみにウォッカを飲む。そして、部屋に戻ってから長崎皿うどんをルームサービスで頼む、というヘビーな食事である。食べるものはすべて長崎絡み、会話も長崎弁で、村上龍の長崎に対する思いが詰まっている。
ケンは世界中に旅をして、旅に一人で行くと困ることは食事だという。相手がいなければ楽しい時に「楽しい」と話す相手がいない、と。ナカムラが長崎弁で説明する世界の芸人の40日間のドラマ、ケンが語る世界に対する考えが結構深い。長崎弁で語る世界の文化論、何かをいつも飲み食いしながら、昔の学生運動を一緒に共有した二人が語り合うという設定なので、スノビッシュなところがなく、見栄や衒いもないので、ケンやナカムラのセリフが抵抗なく頭に入ってしまう。食べながら語る、というところもミソなのか。
長崎オランダ村 (講談社文庫)
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