意思による楽観のための読書日記

長崎オランダ村 村上龍 ***

小説家のケン、その高校時代の後輩のナカムラは1969年、学校紛争のさなか学校のバリケード封鎖をしたときに「体制への反逆の象徴的行為」として校長室の校長の机の上にウンコをした男。ケンは自分の小説にナカムラを登場させ少しは有名になってしまった。そのナカムラが失踪したとき、ナカムラの母から息子を探してくれと捜索費2万円をもらい、その晩のうちに飲んでしまった記憶があり、ナカムラからの講演依頼を断り切れなかった、というのが話のつかみ。

物語の登場人物を見たときには、大勢紹介されていて薄い本なのにどんなに複雑なストーリーなのかと心配したが、杞憂であった。ほとんどはナカムラとケンの長崎弁による会話なのだ。ナカムラは長崎空港に講演を依頼したケンをお迎えに来ている。長崎空港に行ったことのある方は知っていると思うが、大村湾に浮かぶ島である。関空よりずっと以前からあったようだ。僕は10回くらい長崎空港に降り立ったことがあり、上空からの眺め、穏やかな海、空港から佐世保、長崎に向かうバスを懐かしく思い出す。大村湾は穏やかなのだ。ケンは次のように解説する。「私は世界のさまざまな海を見たが、これほど波の静かな、おだやかな海面は珍しい。…点在する島も、段々畑がえんえんと続く山々も、すべてが丸みを帯びてのどかだ」「大村湾は女性的で、島の輪郭も、段々畑の夏みかんの一個一個に至るまで、人を安堵させる丸みを帯びている」。バスで佐世保に向かう道から見える景色そのものである。

話は、講演会ではなく、ナカムラとの思い出話、ナカムラの息子の話になる。息子とは話をする時間がない、一度じっくり話し合いたい、とナカムラが言うと、ケンは言う。「自分の子供の頃をさ、考えてみたらどうかね、オヤジと話ばして楽しかったか?一緒に楽しい時間を過ごすことが大切なのじゃないか」そしてナカムラが担当したという、今はなき長崎オランダ村でのワールド・ミュージック・フェスティバルの話がメインなのである。

フェスティバルに呼ばれたのはイタリアの旗振り、メキシコのマリアッチ、アメリカのデキシーバンド、インドネシアのガムランとケチャ、スペインのフラメンコ、トルコの舞踏団、コートジボワールのアフリカンダンス、ブラジルのサンバ、韓国のサムルノリ、フィリピンのバンブーダンス、上海の雑技団、フィジーのポリネシアンダンス、コロンビアの楽団、アルゼンチンのタンゴ、ストリートパフォーマー達という種種雑多な大勢の芸人たちを長崎オランダ村での40日にも及ぶフェスティバルに呼んだこと、この話で盛り上がるのだ。

大道芸人で火を噴くトニー・ベラ、ジャグラーのウイリアム・ショー、フラメンコダンサーでジプシーのイザベラ、イタリアの伊達男ジャンニ、コートジボワールのティナ、アフリカンドラムのアブサン、そして日本人でMCのユウコ、こういう人たちが40日間で繰り広げた人間模様をナカムラがケンに紹介する。それも大量の長崎名物を食べながらという設定である。居酒屋で鯛のお造り、イカの活造り、サザエ、アワビ、鯛、赤貝の酢の物、殻付きシャコ、アラカブのみそ汁、ご飯3杯を食べた後、おやじとおふくろでやっている飲み屋でビール、鉄鍋餃子、おでん、ラーメンを食べ、ホテルのバーで芥子蓮根とカラスミをつまみにウォッカを飲む。そして、部屋に戻ってから長崎皿うどんをルームサービスで頼む、というヘビーな食事である。食べるものはすべて長崎絡み、会話も長崎弁で、村上龍の長崎に対する思いが詰まっている。

ケンは世界中に旅をして、旅に一人で行くと困ることは食事だという。相手がいなければ楽しい時に「楽しい」と話す相手がいない、と。ナカムラが長崎弁で説明する世界の芸人の40日間のドラマ、ケンが語る世界に対する考えが結構深い。長崎弁で語る世界の文化論、何かをいつも飲み食いしながら、昔の学生運動を一緒に共有した二人が語り合うという設定なので、スノビッシュなところがなく、見栄や衒いもないので、ケンやナカムラのセリフが抵抗なく頭に入ってしまう。食べながら語る、というところもミソなのか。
長崎オランダ村 (講談社文庫)
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