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意思による楽観のための読書日記

日記で読む日本史 鈴木貞美 ***

ドナルド・キーンさんは、太平洋戦争期の多くの日本人兵士たちが戦場でも日記を書いていたことに気づき、日記が日本人の心に深く根付いていると感じたという。なぜ日記をつけるのか、その淵源は平安時代の日記文化、古代の宮廷文化にまで遡る。

平安時代に藤原摂関家が権力を握る源泉は「礼」の管理権掌握であり、有職故実、典礼の記録である日記は古代王権内で権力を掌握する鍵だった。日本最初の歴史書とされる日本書紀編纂に際し、壬申の乱時代の大海人皇子を、その舎人が記した「安斗智徳(あとのちとこ)日記」「調連淡海(つきのむらじ)日記」が引用されている。遣唐使に随行した伊吉博徳(いきのはかとこ)の「伊吉連博徳書」や「難波吉士男人(なにわのきしのおびと)書」の一部も編入され、いずれも日付を伴う個人の手記である。

中国の歴史書は、編年の「紀」と人物の「伝」の二部から構成されるが、日本では王朝の交代はなく、編年体を基本とし、注記の形で「志」、人物の「伝」が漢文で6つの正史が編まれた。日本書紀(神代から持統)、続日本紀(文武から桓武)、日本後紀(桓武から淳和)、続日本後紀(仁明)、日本文徳天皇実録、日本三代実録(清和、陽成、光孝)である。日本三代実録編纂を宇多天皇は藤原時平と菅原道真に命じた。天皇自らが書き残した宇多天皇御記、寛平御記を自ら遺そうとしたのではないかという。その後も醍醐天皇御記、村上天皇御記と続き、三大御記と呼ばれる。中国では皇帝自らが日記を書くなどとは考えられないが、日本では普通のことだったようだ。

この時代には上級貴族たち、公卿たちも日記を残している。朝廷儀礼の記録として源高明が村上天皇の有職故実を編纂した「西宮記」、藤原公任が祖先の日記から撰述した「北山抄」などがあり、平安後期には大江匡房の「江家次第」、一条兼良の「江次第抄」、藤原実資の「小右記」、これらが有職故実の記録書として活用されるようになる。

藤原道長は「御堂関白記」を活用して、一条天皇の時代に「続三代実録」の編纂を考えていた。その構想は一条天皇の逝去で頓挫したが、「栄華物語」から「大鏡(文徳から後一条)」「今鏡(高倉)」「水鏡(神武から仁明)」「増鏡(後鳥羽から後醍醐)」の「四鏡」へとつながる。記述の中には道長を光源氏に比する文章も見られ、中国歴史書には決して見られない自由度の高い物語形式となっている。

藤原から平安時代には公権力の日記とは別に、僧侶や貴族、官僚の職務記録、女房たちの歌会記録、宮中の記録などが残されている。円仁の遣唐使記録である「入唐新求聖教目録」「慈覚大師伝」、円珍の「在唐私記」、土佐国に国司として赴任した紀貫之の「土佐日記」、紫式部が書き残した記録を総称した「紫式部日記」、藤原道綱母による「かげろふ日記」、菅原孝標女による「更級日記」、橘貞通を夫に持ちながら冷泉天皇の第三皇子と親しい仲になった「和泉式部日記」、堀川天皇の看病と鳥羽天皇の養育を記した「讃岐典侍日記」、鎌倉時代には、後深草天皇に弁内侍として仕えた「弁内侍日記」、伏見天皇に仕えた「中務内侍日記」、藤原為家の側室阿仏尼による「十六夜日記」など百花繚乱の日記文学が残る。

鎌倉時代には記録を残すことを仕事とする「日記の家」は見られなくなるが、争乱の時代であり、南北朝の分裂は公の権威が事実の解釈を巡って史書が書かれる時代を引き寄せた。忠義を全面に押し立て楠木正成を称賛する「太平記」、信長の一代記である「信長公記」、秀吉の「天正記」、伊達政宗の活動記録「伊達日記」、武田一党の戦ぶりを記した「甲陽軍鑑」などが残る。

鎌倉時代には、京と鎌倉を旅する人が増え、歌枕や名所旧跡を訪ねる紀行文が成立する。「伊勢物語」「海道記」「東関紀行」など。上賀茂神社の次男として生まれた鴨長明が記したのが「方丈記」、方丈記の文体は太平記へと引き継がれ、能楽、浄瑠璃、歌舞伎などの詞章へと工夫を生みながら受け継がれていく。さらに江戸時代に至ると芭蕉の「おくのほそ道」などの俳諧紀行文へとつながっていく。近代日本文学の私小説は、平安時代の日記文学にその淵源を見ることができるのではないか。本書内容は以上。

日記をはじめとする各種の文学や歴史書、そして文楽や歌舞伎などの芸能も、全時代の書物や物語を踏まえた内容になっており、科学論文と同じように、前任者の業績や理論を踏まえ、その上に成り立つことを痛感する。歴史を文化、文学から読み解く、面白い視点だと思う。
 

↓↓↓2008年1月から読んだ本について書いています。

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