意思による楽観のための読書日記

英国機密ファイルの昭和天皇 徳本栄一郎 ****

英国政府が日本をどのように活用しようとしてきたのか、この本の前半では昭和の初めから満州事変、そして太平洋戦争開戦に至る15年位の間に、秩父宮や白州次郎、吉田茂という英国人脈構築を通した対日工作の内情を記述、後半は、戦後米国中心に日本占領が行われる中で英国がどのように日本への影響力を行使しようとしてきたかを解説する。日本人である徳本が書いているのに、なぜか英国人が書いているかのような錯覚を持ちながら読み進む。

第一次世界大戦の後、パリにおける国際条約締結の結果、日英同盟の破棄が想定されている頃、英国では最悪の場合には対日戦争を予見、中国や東南アジア支配により、戦争遂行に必要な資源の確保と備蓄が整ったときには、日本は最初の攻撃を放つと英国情報局は読んでいた。実際には、石油の備蓄が一年半はもつと考えた日本は日本は戦争に踏みきった。

昭和のはじめ頃、英諜報機関は日本の暗号を傍受解読、情報源としてきた。英国外務省の若き昭和天皇の人物分析は次の通り。「周囲の人間の操り人形とならないためには、強い個性が求められるが、今の天皇は、それを持ち合わせていない。彼は気立てが良く、従順な性格だが、特に知的で明敏には見えない。」さらに、太平洋戦争直前の日本を次のように評価、もはや日本における穏健派による和平工作は無用と考える。「日本は野心的で冷酷な軍人が支配する、危険な潜在敵国である。クレーギー大使はわれわれが友好的に接すれば日本の危険性を取り除けるという固定観念を持っている。だが、宥和政策で日本の軍国主義者が変質するとは思えない。」ここまで、吉田茂や昭和天皇、秩父宮などの訴えに耳を貸してきた英国外務省もさじを投げたということであった。これはこのときチェンバレンに代わり英国首相についたチャーチルの考えが大きく影響している。アメリカを欧州戦線で苦戦している英国の味方に取り込むためには、対日参戦させることがもっとも手っ取り早い、という戦略である。

こうしたときに日本サイドで大きな役割を果たしたのが松岡洋右、国連脱退で有名な彼は、1941年4月からの日米交渉で出された融和案に反対、「三国同盟の趣旨に反する」というのが彼の主張、これに日本陸軍は大きく影響され、融和案への同調者はいなくなった。もはや中日英国大使クレーギーがいくら英国政府に融和策、対日戦争回避を訴えても戦争へのベクトルは変えることができなくなっていた。


後半は戦後の天皇象徴制に向けての英国の戦略である。GHQは米国であり、米国は憲法策定、農地改革、教育改革と矢継ぎ早に日本改造を実行していた。これに対し、英国は急激な改革は日本の歴史を無視するものであり長期的にはひずみを生じさせることになると考えていた。白州次郎の「ジープウエイマップ」と言われるレターはこうした英国の考え方を象徴する内容である。東京裁判などを通して、戦争責任について深く考えさせられた昭和天皇は退位するのではないかとの情報を英国外務省はキャッチ、その時には高松宮が摂政となることが想定され、任期がなくて能力も不足しているのでそれだけは避けねばなないと英国諜報部が分析した話は非常におもしろい。

広島に原爆が投下された日の翌日、当時の良子皇后は、今の貨幣価値でいえば数十億円にもなるという1千万スイスフラン額寄付を赤十字国際委員会に行った。この金はスイス当局が戦後凍結するが、赤十字と英国政府はこの金を巡り争うことになる。英国にとってみれば「資金の大部分は、日本領の英国人戦争捕虜の救援用に送った資金を、日本が為替取引きにより、スイスフランで取得した。これまでに日本は、一度にこれほどの巨額な資金を行った事例がない。」また、終戦の直前、ある日本人がスイス銀行から数百万フランの引出しに成功した。この基金は今でも謎に包まれているという。

戦前戦後の歴史は日本とアメリカの資料をベースに解説されたものが多いが、英国がこのような諜報活動を続けていたこと、考えてみると日本開国からペリーに続いてパークスやオールコックが日本公使として駐在、その後もアーネストサトウなどの親日派の英国人の働きで日英同盟が交わされてきたことを考えれば、英国が日本をうまく活用したいと活動してきたことはよく理解できる。また、日本人が今でも英国に対し親近感を抱いているのはこうした諜報活動の成果かもしれない。歴史を考えるもうひとつの視点を提供してもらった気がする。
英国機密ファイルの昭和天皇 (新潮文庫)
ビゴーが見た日本人 (講談社学術文庫 (1499))
絵で見る幕末日本 (講談社学術文庫)
続・絵で見る幕末日本 (講談社学術文庫)
明治日本見聞録 (講談社学術文庫)
英国人写真家の見た明治日本 (講談社学術文庫)

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