Whippet Tenny

犬なのに犬でない、不思議な犬との生活です。しかしフィールドでは、短距離最速を誇ります。

秋一回目のルアーコーシング順延のお知らせ

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18日に予定されていた秋一回目のルアーコーシングは、

雨によるグランド状態不良のため25日に順延とします。

 

25日の受付開始時間、レース開始時間は変更有りません。

 

■会場は綺麗に草も刈られ こんな状態です。

 

では、25日の好天を願って!

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お花畑で佇むテニー

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先日の「テニーの納骨&孫の誕生会」の最後にサプライズが有ったと書きましたが

その答えがこれ。

家内と子供たちがトピアリで作られたテニーのフィギアをプレゼントしてくれました。

 

■皆からもらった素敵なプレゼント

 

テニーの祭壇に飾ってあった皆さんから頂いた生花が次第に枯れて少なくなったころ

私がテニーのフィギアを中心にお花畑で遊んでいるようなイメージのものを プリザーブド

フラワーで作れないかと家内に相談していたところ、これが子供たちの耳に入り 今年の

私の誕生日プレゼントとなりました。勿論私に対して計画は秘密裏に。

 

先日長男に誕生祝に招かれた時のこと「ゴメン! 誕生祝手配の都合で遅れているんだ」と

言われ 気にはなっていたもののまさかこの日に貰えるとは思いもしませんでした。文字通り

サプライズでした。

しかも私のイメージ以上の素敵な出来栄えで、思わずウルッたのですが 孫たちもいたので

グッと堪えました。

 

■早速ケースを購入し、入れてみました。

 

■テニーの小さい頃のイメージにそっくりです。

 

■横から見た姿

これがとても良くできていて。。。

テニーの背中の色にレッドブリンドルが混ざっているのですが、テニーは元々はブルーブリンドル&

ホワイトなんですが、青年期の頃に背中にレッドブリンドルが出たことがありこれが再現されていました。

また臀部に小さな北海道の形をした白い模様があるのですが、これも忠実に再現されていました。

耳が大きいように見えますが、見方によってはテニーはこのくらいの耳をしていました。

そしてチョークですが、これも家内が西陣帯地で手作りしたもので、偶然残っていたこの共布を利用して

忠実に再現されていました。

制作の音頭を取ったのは、長男の嫁さんで、何でも一か月半に亘って制作者とやり取りをし、何度も

手直しを行ってもらったそうです。製作者さんも嫌な顔を全くせずに誠実に対応してくださったとか。

嫁さん曰く「単にモノを作るだけではなく、その裏にある『人の想い』を大切に汲んでくださる方だったんだな

と感じました」。多くの人の想いが込められた作品です。感謝です。

 

■ラストランにも付けていたチョーク

 

■私が贈った辞世も添えられていました

 

■昨年16歳の誕生祝の集合写真も添えられていました。

 

■テニーWORLDです。

右奥の6枚の写真は、長女が今年の父の日にくれたもの。その右は遺影。手前のフィギアは昔末娘がプレゼント

してくれたもの。左手の花に囲まれた青いものは、孫たちが4月15日に作成したテニーの足型。

 

テニーは17年間に多くの思い出を作り、その思い出を多くの人がテニーに返しました。

テニーは幸せな犬だと思います。

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テニーの納骨&孫の誕生祝

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テニーの百か日を迎え 7月24日に納骨を行いました。

49日に納骨をと思ったのですが、その頃は未だ手元に置いておきたくて百か日を迎えました。

 

■当家に置いてあったテニーのお骨

 

一時下火になっていたコロナ禍は、第2波の訪れを告げていました。

3密防止 マスク着用の納骨となりました。

■納骨場所での集合写真

 

■リースはラストランの時に家内が作ったもの

 

■中段の良い場所が空いていた

笑顔でお別れすることが出来た。

 

納骨後場所を変えて近くの手賀沼公園で 4番目の孫の誕生会を。

コロナ禍の下 3密防止の屋外誕生会。先日のオンライン誕生会と言い2020年は思いで多き年となる。

 

■ろうそくを吹き消して

 

■鬼滅の刃の誕生日プレゼント ジィジィには良く分かりません

 

■皆で楽しくケーキを食べ

 

■昔懐かしき遊びをし・・・これはトンボとり

 

■孫を相手に大人げなく勝ち進む

 

■最後に恒例の集合写真

 

帰り路は雨となりました。葬儀の時と同じでした。テニー君が泣いている、息子の嫁さんの言葉を思い出しました。

 

テニー君 大丈夫だよ! 日常を少しずつ取り戻しつつあるよ!

 

で、この後サプライズが → 続く

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テニー虹の橋を渡りました

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 テニーの49日がすぎました。季節は春から夏に変わり梅雨になろうとしています。それにつれて記憶もだんだんと薄れていきます。

そこで記憶がこれ以上薄れないうちに テニーが亡くなった前後のことを記録しておこうと思います。

まだまだ思いが整理できていないので、長いblogになってしまいました。

 

数字は嘘をつかなかった

 昨年7月より寝たきりになってしまったテニー、一時は食も落ちて心配しましたが、年が明けてからは

良く食べるようになり、体重も11kg前後をキープしていました。ただ 2月下旬ころより

夜泣きが酷くなり 酷いときには1時間~2時間近く泣き続けることもありました。昼間は滾々と

良く寝ているので 昼夜逆転が起きているのだと思いました。

 掛かりつけの動物病院で、心を穏やかにするそのものずばりの「静心」という漢方薬を処方してもらい

それでしのいでいました。

 

 それが4月7日は未明から夜泣きが始まり 朝の8時半ころまで30分ほど寝てはまた泣き続けるという

状態が続きました。朝食の時間になったのでいつものように、食パン(無塩の)・ゆで卵の流動食を与えたのですが

それまでは良く食べたのですがこの時は全く食べませんでした。

 この日は診察の予約を入れていたので、午後に動物病院に。体温を測ると37度台後半と犬にしては低いものでした。

そして歯茎をチェックすると真っ白になっていました。貧血を疑い血液検査をしてもらったところ、白血球数が標準値を

大きくオーバーしていました。「炎症が起きているね」と先生。診察室に超音波診断装置を持ち込んで腹部にあて

暫く観察し「脾臓に腫瘍がありますね」との診断が。「腫瘍ですか」とオウム返しに聞きました。意外でした。「ええ、そこから

ジワジワと出血していると思います。」それが貧血の原因でした。そこで高濃度酸素室にいれ様子を見ることになりました。

 ■酸素室で休むテニー

 

 酸素室に入ると テニーは滾々と眠り始めました。その前に私と家内が座り獣医さんの説明を受けました。腫瘍の

大きさは5cm程度であること、一番の懸念はそれが破裂して大出血に繋がり、出血性のショックに陥ること、

この大きさになるといつ破裂してもおかしくないこと、テニーの年齢から考えて手術をするのは現実的ではないこと等々

聞きたくないことを沢山聞かされました。

 ■腫瘍のエコー写真

 

 それに対して私と家内は、テニーが苦しむような治療は望まないこと、自宅で見守っていてやりたい旨を伝え

最終的には薬を処方してもらいそれで経過を見ていこうということになりました。

 

 腫瘍は予想もしていないことでした。2019年3月に腹部エコーを行ったときは全く問題はありませんでした。

ただそれ以降は、腹部エコーを行うときは絶水・絶食になるため、テニーが消耗してしまうのでエコー検査はパスして

きました。2020年3月に血液検査を行ったときは、殆どの数値は標準値内にあったものの炎症反応を示すCRPだけが

1.5と高い値を示し、2週間後の検査でも1.3と高止まりしていました。獣医さんの見立ては、関節の炎症によるものだろうと

いうことでした。事実寝たきりの生活が8ヶ月に及び、テニーの手足の関節はかなり固くなり、無理に曲げようとすると痛がる

場合もありました。

 しかしCRP高値の原因は腫瘍でした。数字は嘘をつきませんでした。

 

 この日の夕方、政府は新型コロナウィルス感染対策のため、緊急事態宣言を発出しました。

 

●闘病

 酸素室に2時間ほどいると それまで冷たかった手足もほんのりと温かくなり、歯茎も心なしか紅がさしてきました。

恐る恐る車に乗せ自宅に戻りました。帰宅しテニーを寝かしつけ、子供たちとのLINEグループに状況を伝える

メッセージをアップしました。

 処方された薬は止血剤、鉄剤、抗生剤、ステロイドでした。ともかくこれを飲ませました。

 4月8日の朝食は、食パン(無塩の)・ゆで卵・バナナの流動食を30%ほど食べましたが、それ以上は口にしませんでした。

水はシリンジで与えると良く飲みました。獣医師に連絡を取り状況を説明すると、水を飲んでいるならドリンク状の栄養補給食品が

あるので それを与えると良いとアドバイスがありました。早速購入して飲ませてみたところそれなりに飲み、結果一日で3缶、

240kcalを摂取してくれました。

 

 4月9日はチーズ、無塩パンなどの固形食と栄養補給ドリンクを3缶、合計470Kcalを摂取してくれました。歯茎も紅色になり

このまま状態が安定すればと思ったのですが、夜9時頃激しい痙攣を起こしました。痙攣は2分~2分半程度で収まりましたが

2回起きました。今まで痙攣などしたことが無かったので ひどく驚きました。

 

 4月10日朝、動物病院のオープンを待ち朝一番で電話を入れ 痙攣の報告をしました。医師によると痙攣している時は犬には

その記憶が無く、苦しみも感じていないこと、但し痙攣が長く続いたり短時間に頻回に起こると脳にダメージを与えるので、薬を

処方しましょうということになり、それを取りに行きました。移動そのものがテニーにダメージを与えるといけないと思い、病院に

は連れていきませんでした。処方された薬は鼻にスプレーするものと座薬でした。でもこれらの薬は、その後痙攣は何度かあったの

ですが使用条件を満たすようなことが無かったので、一回も使用しませんでした。

 この日は水もよく飲み栄養補給ドリンクも4缶飲み、合計で320kcal摂取してくれました。

 

 ところが4月11日になると、ほぼ1時間おきに痙攣を繰り返すようになりました。時間は1分~1分半ほどでしたが、結局

1日に11回も繰り返しました。痙攣で消耗してしまったのか水も殆ど飲まず、栄養補給ドリンクも受け付けませんでした。

 この痙攣は11日の午後7時50分を最後にピタッと止まりました。

 

 12日、13日と水も栄養補給ドリンクも殆ど飲まず滾々と眠り続けました。でもオシメが濡れると吠えて知らせましたが、

その声は弱々しく小さいものでした。そしてそのオシメを濡らす量も段々と少なくなっていきました。大便は13日の夜に

固く黒い便を少々しました。真っ黒い色が嫌なイメージを感じさせました。

■4月12日お昼ごろ シリンジで飲ませた水が零れてシートを濡らしている

 

 

●子供たち そしてSUNKSさんの見舞い

 4月7日に子供たちとのLINEグループにメッセージを送ると早速反応が有りました。翌日には長男と次女が夫々一家で見舞いに

来てくれました。長女は職場が緊急事態宣言に対応するために多忙を極め、11日に待ちかねたように矢張り一家で来てくれ

ました。そして夫々一家でテニーと写真を撮りました。

 私は週4回透析にために、7時間ほど不在となるので、その間に不測の事態が起こってはと、8日以降長男が音頭を取って

私が不在の時は 子供たちの誰かがいてくれるように対応してくれました。

■見舞いに来てくれた子供・孫たち

 

■帰りを促されたあっ君は 去りがたいようにテニーを何度も抱きかかえた

 

 4月13日朝、テニーを親身になって世話をしてくれたSUNKSさんに状況を説明し、見舞いに来てくれるように依頼すると

二つ返事で引き受けてくれ、その日の昼過ぎに雨の中を一家と そしてスタッフの新田さんも含め見舞ってくれました。テニーは

3人の顔を順繰りにジッと目で追って 明らかに誰が来たかを理解しているようでした。SUNKSさんには6年間に亘って

本当に世話になりました。テニーも3人に良く懐き、散歩の途中でSUNKSさんの前を通ると勝手に自分から入って行く程

でした。

 テニーが鳥がさえずるようにピーピーと鳴きオシッコを教えました。するとアッコさんと新田さんが慣れた手つきでオムツを交換

してくれました。しかし濡れている量はごく僅かでした。次いでシリンジを使って水と栄養補給ドリンクを与えてくれました。

するとそれまで殆ど飲まなかったのが、この時はそれなりの量をまとめて飲みました。結局これがテニーにとって最後の飲水と

なりました。

■見舞いに来て下さったSUNKSの皆さん

 

■最初から涙目だったアッコさん(左) 襖の破れはテニーの活躍の名残

 

■テニーは3人に目でしっかりと挨拶をしていた

 

●虹の橋を渡る

 4月14日は虫が知らせたのか、朝から一日付き添っていてやろうと思いました。家内と交代で食事を摂り、交代で添い寝を

してやりました。午前中は呼吸も深く力強いものがありました。しかし水も栄養補給ドリンクも飲みませんでした。唇が渇くと

いけないと思いシリンジを使って湿らせてやりました。

 午後になると呼吸が段々と弱く早くなってきました。獣医さんからは「飲まず食わずになったら、2~3日ですよ。」と言われて

いました。飲まず食わずになってから4日目なっていました。

 午後6時頃に真っ黒なタール状の便をしました、寝込んでしまってから9か月テニーの便は良くしまった綺麗な便をしていました。

下痢便でペットシーツや自分の体を汚すようなことは一回もありませんでした。かつて犬は最後が近づくと黒い下痢便をすると

聞いたことがあるので、動物病院に電話をし状況を説明しました。「上部消化管からの出血の可能性があります。或いは内臓の

制御が効かなくなったのかも知れません。」と言われました。しかしテニーの消耗を考え「自宅でこのまま静かに見守りたい」と

答えました。

 

■14日19時に撮った生前最後の写真

 

 午後7時50分にあっ君からFaceTimeでテニーの安否確認がありました。4月7日のテニーの腫瘍の発見以来あっ君は毎日必ず

テニーの安否確認をしてくれました。まだ小学校4年の孫です。状況を簡単に説明しました。かなりショックを受けたようでした。

 午後8時40分頃に子供たちとのLINEグループに「テニー今夜が山かも知れません。」とメッセージを入れました。

 それから家内と交代しテニーに添い寝をしました。その時は呼吸は弱々しいものの胸は規則的に上下していました。ところが暫くすると

突然テニーが口を大きく開けて息を吸い込むような動きをしました。初めて見る動きでした。とっさに異変を感じ「テニー!

テニー!」と大きな声で叫びました。見ると胸の上下動が止まっていました。「テニー 大丈夫か! しっかりしろっ!」と

叫びテニーの顔を左手で抱えました。その声につられ食事をしていた家内が飛んできて「テニー! 大丈夫よっ! もう良いよっ!」

後は声になりませんでした。テニーは口を大きく開けては閉じる動きを4~5回繰り返し そして動かなくなりました。胸に手を

当てました。心臓の鼓動を感じませんでした。ラルフの最後を思い出しました。黒いタール状の便がまた出ていました。

 

 時計を見ました。午後8時50分でした。17歳と24日でした。

 

 私と家内は泣きじゃくりながら何かを喋っていました。何をしゃべっていたか思い出せません。でも「よく頑張った」「17年

ありがとう」「もう苦しまなくて良いよ」というようなことだったと思います。

 

 暫くしてすぐにやっておかなくてはいけない事があることに気がつきました。口と肛門に詰めものをして体液の漏れを防ぐこと

死後硬直が始まる前に手足を縛り納棺の準備をしておくことでした。でもその前に便で汚れた体を綺麗にしたやりたいと思いました。

我々二人きりでは手に負えないと思い、近くに住む長男にテニーが亡くなったことを伝えながら 手助けを頼みました。長男は

既に予期していたらしく すぐに来てくれました。また長男の嫁さんが長女と次女にテニーが亡くなった旨連絡を入れてくれました。

二人からは折り返し直ぐに連絡が入りました。

 長男の手助けを受けながらテニーの体を清拭し、詰め物をし、手足を折りたたんで縛りました。10か月近く寝たきりだった

テニーは関節が固くなり 特に左前脚の第二関節は殆ど動きませんでした。力を込めて曲げるとき、「痛いっ!」って吠えるかと

思ったのですが反応は有りませんでした。涙が止まりませんでした。

 ひと段落したところに、次女が駆けつけてきました。子供たちの中でテニーが最も懐いたネネでした。

 

●コロナ禍の別れ

 SUNKSさんのアドバイスを受けながら、葬儀会社を探しました。葬儀は4月16日午後3時から、近くの島田台にある

「動物苑」というところで行うことにしました。

 

 翌日15日は、長女が一家で駆けつけてくれました。花束を持ってきてくれたあっ君は、日ごろの快活さが無く大きく落ち込んで

いました。昼頃には次女の旦那さんが そしてSUNKSさんも一家で夫々花束を持ってきてくれました。テニーの周りが花で

埋まっていきました。また午後からは長男の嫁さんが孫たちを連れてお別れをしに来てくれました。孫たちはテニーに手紙を

持ってきてくれました。最後に紙粘土を使ってテニーの足型をとりました。17年テニーを支えたそれは、大きくて立派でした。

こうして15日は賑やかに過ぎていきました。

 

 16日荼毘の日、午前中から家内と二人でテニーの棺に皆さんから頂いた花を入れてやりました。お棺は大きなバスケットに

しました。別れの準備が始まったことでまた涙が溢れました。テニーの体が花で埋まっていきました。

■花で埋めてやった 孫たちの手紙も添えた

 

 葬儀は午後3時からの予定でした。式場からは2時半頃に来てほしいこと、及び行政からの指導により「密」な状況は作らないで

欲しいことを伝えられていました。お祭り広場に寄っていくことにし家を早めに出ました。16年11月のラストラン以来

テニーはお祭り広場に行っていませんでした。最後にもう一度広場に連れて行ってやろうと思ったのです。

 良く晴れた空の下広場には爽やかな春の風が吹いていました。カーゴルームのドアを全開にしその風を思いきりあててやりました。

06年11月の千葉組の第一回ルアーコーシング大会からラストラン迄、10年間で40回ほどのルアーコーシングに参加した

テニーと私にとってこの広場には多くの思い出があります。その思い出が走馬灯のようにぐるぐると回って溢れてきました。

でも言葉に出すことはできませんでした。私も家内も無言で、ただ春の風に当たっていました。

お祭り広場でのお別れ

 

 

 式場には2時半前に着きました。子供たちもすぐに全員揃いました。まず子・孫たちがテニーのバスケットに花を入れました。

花は自宅から持参しました。皆無言でした。孫たちのかすかなすすり泣きだけが聞こえました。

集合写真 市原家13名

 

3時になりいよいよお別れの式が始まりました。会場側から言われてるように「3密」を避けるために 全員で式場に入ることは

せず先ず私と家内でテニーを会場に入れました。狭い部屋には祭壇がしつらえてあり、その前にテニーをバスケットごと置きました。

小奇麗な部屋でした。換気のために窓が小さく開けられていました。ラルフの時はむき出しになった炉の前に、粗末な祭壇が

しつらえてあっただけでした。随分と違ってるなと思いました。式場の担当者の方から沢山の折り鶴の入ったかごを指し示され

「何かメッセージをお書きください」と促されました。ちょっと考えてから「17年間ありがとう」と書きました。家内と二人で

線香を手向けました。次いで交代で2~3人ずつ中に入りお別れをしました。孫たちも夫々折り鶴にメッセージを書き込みました。

全員のお別れが済むと家内と二人で最後のお別れをしました。13本の線香の煙が流れていました。ラルフの時は5本だったことを

思い出しました。この違いがテニーが生きた時代をそのまま物語っていました。

 テニーは市原家にとって一番いい時代を一緒に生きてきました。私は無事定年を越えて勤め上げ、子供たちは独立し伴侶を得

孫も5人になりました。その全過程にテニーは居ました。テニーは間違いなく家族の一員であり、市原家の重要な構成メンバーでした。

そんなことを考えながら手を合わせ、そしてテニーの体をさすり頭におでこを擦り付けました。いつ触っても暖かく柔らかく良い

匂いのしたそれは、ぞっとするほど固く冷たくかすかな死臭がしました。「ありがとう」と一言だけ言いました。

 骨になるのに1時間半ほどかかりますと式場の担当者の方に言われました。式場内で待つことはできません。外に出て車の中で

待機することにしました。空を見上げると式場の建物の背後からかすかな白い煙が立ち上っているのが見えました。

「煙が出ているよ」はーちゃんが言いました。「あの煙に乗ってテニ君お空へ登っていくんだよ」息子の嫁さんが静かに言いました。

時間を潰すために子供たちは近くの運動公園に出かけました。家内と二人きりになり車で待ちました。無言でした。

 

 1時間半より少々早く式場から呼び出しがありました。お別れをした部屋と同じ部屋に銀色に光る金属の箱の中に入れられた

テニーの骨がありました。頭の先から尻尾の末端まで綺麗に並べられていました。「非常に丈夫なお骨ですよ。全部揃っています」

担当の方が言いました。「高齢のワンちゃんでここまで残るのは珍しいですね」。そして二人ずつ向かい合って骨拾いをするように

促されました。家内と向かい合い一番太い大腿骨と思われる骨を箸でつかんで骨壺に入れました。同時に尻尾の先のほうの骨2片を拾い

予め購入しておいた分骨キーホルダーに取り分けました。これで何時もテニーと一緒だと思いました。それから最後のお別れの時と

同じように2~3人ずつ交代で部屋に入り骨を拾いました。最後に家内と一緒にテニーの頭の部分、下顎と上顎頭蓋骨部分を骨壺に

入れました。上下の顎には歯が綺麗に残っていました。その中から末の娘が犬歯を自分の分骨キーホルダーへと取り分けました。

 

 骨壺に袋が被せられました。それを家内がしっかりと抱えました。式場の前に一同が並び、中の担当者の方に一礼しました。

とても良くやってくれたと思います。その後皆に向かって「今日はありがとう。テニーも喜んでいると思うよ。本当は皆で食事でも

と思っていたのだけれど、このご時世だから今日はここで解散にしよう。」と挨拶しました。コロナに祟られた別れでした。でも

平日にも拘わらず全員集まることが出来たのは、コロナによる自粛生活のおかげでもありました。

■骨になって帰ってきた 皆さんに贈られた沢山の花に囲まれて

 

 

 

辞世

 皆さんから沢山のお悔やみのメッセージを頂きました。その中から共通するキーワードを拾うと「お空の向こうで元気に走り

回ってね」となりました。そこでテニーを送る歌を作りました。

 

  天空の七色の橋駆け抜けて テニーよ走れルアーを追って

 

 ルアーコーシングが大好きな大好きな犬でした。05年6月4日野田の利根川河川敷で初めてルアーコーシングを走ったのですが、

何の訓練もしていなかったにも拘らず ごく自然にルアーを追い、そのルアーに対する執着心と集中力を皆さんから褒められました。

そこで一念発起し今日のCLCCに繋がるルアーコーシングの団体を立ち上げました。テニーは黎明期の東日本のルアーコーシング

界に少なからず足跡を残したと思っています。

■05/06 初めてルアーコーシングを走る なんと若々しいダブルサスペンションギャロップ!!

 

■06/11 CLCC第一回目のルアーコーシングで

 

 式の後末娘夫婦とだけ一緒に食事をしたのですが、その席で娘がポツンと「テニーは本当に日を選んで逝ったねぇ~」と言いました。

家族全員とお世話になったSUNKSさんに別れの挨拶をし、私が透析でない日に私の手の中で静かに息を引き取りました。一日

前後しても私は看取れませんでした。最後に大きく4~5回口を開け閉めしました。家内に「さ・よ・う・な・ら」と言ったんだね

と言ったら「あ・り・が・と・う」と言ったんだよと言いました。どっちでも良と思いました。テニーは間違いなく最後の挨拶をし、

私の腕の中で逝ったのです。

 式の翌日息子からLINEでメッセージが送られてきました。「前に、『子供が生まれたら犬を飼いなさい』って詩を読んだことが

有ったのを思い出して、その一節に『自らの死をもって子供に”命の尊さ”を教えるでしょう。』と有ったんだけど、昨日の子供たちの

様子を見て本当にそうなんだなぁと思いました。」メッセージを見てとても嬉しく感じました。「そうだよ。ラルフはお前たちに

命の尊さを教え、テニーは孫たちに尊さを教えたね。是非犬を飼ってください。」

ありがとう テニー!! 17年間本当にありがとう。

 

■2008年9月14日 野田にて テニー5歳

 

 

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テニー17歳になりました

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テニー17歳になりました。

 

本来なら孫子うち揃って 盛大な17歳の誕生祝をやる筈だったのですが

新型コロナウィルスの感染拡大で 万が一を考え中止とし 家内と私だけの

寂しい誕生祝になってしまいました。

 

それでも日頃お世話になっているSUNKSさんから お祝いメッセージを

頂いたり テニーを可愛がっている孫のあっ君からFacetimeでお祝い電話を

貰いました。

■SUNKSさんからのお祝いメッセージ

 

■昨年の夏以来寝たきりになってしまい 抱かれて恒例のケーキを食べに

 

■それでも大好きなケーキをロックオンする目には 目力が!!

このぶんなら まだまだ頑張れそうです。

 

■早速アタックを開始しました

 

寝たきりの生活ですが、自己主張はちゃんとします。

 

■満足しているとこんな顔

 

■気に入らないとふて寝

 

動物病院に行っても、気に入らないとワンワンと吠え続けます。それを見た獣医さんが

「元気な声で鳴くね! 自己主張が強い犬は長生きするんですよ」と言ってくれました。

 

今一番怖いことは、新型コロナウィルスに家内か私が感染すること。二人と一匹の生活は 

その瞬間にテニーの介護が崩壊してしまいます。人混みへの外出は極力避け、テニーの

介護に専念しています。

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寝たきりになってしまったテニー

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11月21日に16歳8か月を迎えたテニー 寝たきりになってしまっています。

寝起きは勿論 食事・排尿・排便迄日常生活の全ての行動に介助が必要になっています。

■寝たきりのテニー 初冬の午後の日差しを浴びて

 

そもそもの異変は、昨年15歳の誕生日を過ぎた5月ごろ一人でお座りができなくなったことです。

こちらが手助けして座らせてやっても、その姿勢を保つのが難しくすぐにバランスを崩すようになってしまいました。

次に排便の踏ん張りができなくなり、排便の際にもんどりうって後ろに倒れてしまうようになりました。

■15歳の誕生日にはお座りが出来た(昨年の3月)

 

 

次に昨年の夏の終わり頃、1人での寝起きが難しくなりました。昨年の9月に長時間のお留守番をさせたのですが、

その時カドラーから起き上がることができず、いない間に起き上がろうとしてもがき続け、おしっこをカドラーと

その周りにに振りまいてしまっていました。畳にはもがいた爪の跡が残り、前足の関節に擦り傷が残っていました。

それ以来お留守番は難しくなってしまいました。

 

それでも今年の6月ごろまでは、立たせてやれば自力歩行ができていました。距離は短いものの朝晩の散歩もこなしていました。

それが夏に入ってまもなく自力歩行も難しくなってしまいました。ハーネスを支えている手を離すとすぐにバランスを崩し

倒れてしまう。それ以来寝たきりの生活となってしまいました。

■6月までは自力で立てた

 

 

 

人間と同じで、寝たきりの生活に入ると筋肉がドンドンと落ち、元気なときのベストの体重16.5キロから

今では11キロの後半まで激減してしまいました。特に臀部の減りが顕著で、骨盤の骨がゴツゴツと目立つように

なってきました。こうなってくると、怖いのは褥瘡ができることで、獣医さんの勧めにより、低反発の介護専用マットを

購入しそこに寝かしています。

■サポートしていないと立つことが出来ない

 

 

ただ筋力は減少しているものの、内臓系・循環器系は全く問題がありません。16歳と8ヶ月を過ぎた11月の下旬に血液検査を

行ったところ、GPTが上限ギリギリであった以外は、すべての数値が標準値の中にきれいに収まっていました。

この年齢になってこの数値は奇跡的だよと獣医さんに褒められました。

 

今の状態を受け入れ 寝たきりの生活を少しでも快適に過ごさせ

この冬をなんとか乗り切り、17歳の誕生日を迎えたいと思ってます。

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BLCC&CLCC合同大会

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11月17日 絶好の天気の下 BLCC&CLCC合同大会を開催しました。

会場は当初予定されていたお祭り広場が 台風19号の影響で冠水し

感染症のリスクが有ったため 幕張海浜公園へと変更しました。

これによりレースコースも250m程度のオーバルコースから 120mの

直線片引きレースへと変更しました。


■恒例の集合写真

レースは以下のカテゴリーで行いました。尚 参加頭数は 89頭でした。

  • 一般小型犬
  • 一般中型&大型犬
  • イタグレ7歳以上
  • イタグレ4歳~6歳
  • イタグレ1歳~3歳
  • ウィペット11歳以上
  • ウィペット6歳~10歳
  • ウィペット1歳~5歳
  • レーシングウィペット
  • サイトハウンド大型 


■ほんの一部の犬たちの走り

直線レースはアングルがワンパターンになってしまいますね。

 

当日の写真は、以下にアップされています。

 フォト蔵 2019/11/17BLCC CLCC合同大会

 

■当日の表彰式の模様

ウィペットカテゴリーの1歳~5歳と6歳~10歳は参加頭数が多かったので

優勝~5位までを表彰し、その他のカテゴリーは優勝~3位までを表彰しました。

 

■一般小型犬

 

  優勝 ティダ(トイマン) 2位 イブキ(ヨーキー) 3位 ぴんぴん(ミニピン)

 

■一般中型&大型犬

  優勝 二郎(ハスキー)  2位 福(MIX)  3位 銀河(ハスキー)

 

■イタグレ7歳以上

  優勝 優太  2位 ファル  3位 ハウ

 

■イタグレ4歳~6歳

  優勝 華  2位 ハル  3位 メルヴィン

 

■イタグレ1歳~3歳

  優勝 イナ  2位 PePe  3位 コウ

 

■ウィペット11歳以上

  優勝 レイチェル  2位 エル  3位 マロ

 

■ウィペット6歳~10歳

  優勝 マイロ  2位 ミライ  3位 海音  4位 ナッツ  5位 Derby

 

■ウィペット1歳~5歳

  優勝 フォルトゥーナ  2位 フィリッパ  3位 グラスランド  4位 ジョン  5位 サフィ

 

■レーシングウィペット

  優勝 Sexy Queen マナカ  2位 マイカ  3位 ヤヤ

 

■サイトハウンド大型

  優勝 ティアラ(ボルゾイ)  2位 エイル(サルーキ)  3位 ドラミ(ファラオハウンド)

 

 尚 参加犬の全成績は 以下にアップされています。

  BLCC&CLCC合同大会全記録

 

参加した皆さんの中から、是非オーバルコースで走りたかったという声が

多く寄せられましたので 来春にも第二回大会を企画したいと思います。

 

 

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2019年第3回のルアーコーシングについて

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台風19号によって亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに

被災された皆様に対して 心よりお見舞いを申し上げます。

 

さて10月20日(順延27日)に予定されている表記の件ですが

台風19号により会場のお祭り広場が冠水し 今日の状態でも水が引ききっていません。

来週になってもこの状態が改善される見込みがないこと、及び汚泥が乾燥しきっていないと

レプトスピラ症などの感染症のリスクがあることなどから、第3回ルアーコーシング全体を

中止(27日の順延日も含めて)することとしました。

 

尚 11月17日に予定されている BLCCとのコラボ大会は予定通り開催します。

 

■ゴルフ場との分岐点付近

 

■会場入り口付近

 

■会場手前駐車場付近


■会場全景-水が引ききっていない



以上 よろしくお願いいたします。

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追悼 燦君

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2019年5月24日午前11時頃 テニーがいつもお世話になっているSUNKSさんの

看板犬 燦君が虹の橋を渡っていきました。ここに謹んでご冥福をお祈りすると共に

心よりお悔やみを申し上げます。

■在りし日の燦君。 14年11月16日 CLCCルアーコーシング会場にて




燦(君を付けると どうも他人行儀になるので 以下敬称略)との出会いは 2013年の秋まで遡ります。

その頃テニーの散歩コースの途中に大きいトレーラーハウスが設営された。ある日そこの駐車場に

ブルーのカローラフィールダーが止まっており 後部座席の窓から大きなシェパードが顔を出していた。

シェパードには畏怖に近い憧れを抱いていたし、その犬は大人しくテニーも吠えなかったので近づいて

見ていたところ、ハウスから背の高い若い男の人が顔を出したので少々話をした。店は犬のトレーニングや

トリミング、ペットホテルをやるとのことだった。それが燦との出会いだった。

年が明けた1月にテニーを2泊3日で預けた。とても良く面倒を見てくれ テニーもすっかり気に入ったようだった。


■SUNKSさんで 燦とテニー 14年1月




SUNKSさんとはその後動物病院を紹介してもらったり、バイオレゾナンスという施術をテニーに施してもらったり

家内が膝痛で歩けなくなった時は、お散歩代行を頼んだりと単なるペットホテルの利用者以上のお付き合いを

させてもらっている。

燦はCLCCのルアーコーシングにも参加したことがあるし、テニーのラストランにも応援に来てくれた。

■17年11月12日のCLCCルアーコーシングにて 栄作さんのハンドリングでスタートする








そんな燦が、去年の暮れに脾臓に出来た腫瘍が破裂し出血し、脾臓の緊急摘出手術を受けた。

手術は幸いにも成功し 容態も安定し無事に年を越した。春になったら皆で花見をしようと約束した。


今年の春は遅く来た。4月2日待ちに待った花見を テニー・燦達と行った。本当に楽しい花見だった。

■老犬会の花見で





■栄作さんのハンドリングで楽しそうに歩く燦











この時は本当に元気で このまま何事もなく過ぎてゆくのではないかと思われたのだが

2週間前に突然倒れた。腫瘍が心臓の血管に転移し、そこから出血し心タンポナーデになり

酸欠状態になったとのことであった。その時は心臓の周りの出血した血液を抜き取り

状態も安定したのだが。。。


何度かの治療もむなしく。。。


5月24日 病院に向かう車の中で息絶えたとのことであった。

10歳と10か月、早すぎる旅立ちであった。


昨日の午前中 最後のお別れに行った。

■沢山の花に囲まれて



弔問の人・犬が途切れずに訪れて SUNKSさんらしい 明るいお別れであった。

燦 元気で虹の橋を渡れ!

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CLCC2019年第二回ルアーコーシング

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4月21日 順延となったCLCC2019年第二回ルアーコーシングを行いました。

会場はいつもと異なり 竜ケ崎市の羽原川運動公園。


お祭り広場と比べると狭い会場で ここにU字型の150mのコースを設定し

これを左回りでルアーコーシングを楽しみました。


参加頭数は 順延となったために少なく 26頭 体験走行1頭でした。

頭数が少なかったので、いつもより多く走ることが出来、多い犬は7走もしたとか!



■会場全景






■恒例の集合写真



当日の写真は、第一回も含め近々アップする予定です。

以下にほんの一部を。
















これで2019年の春は終了。秋は10月~11月頃に開催の予定です。

詳細はCLCCのホームページを参照ください。



最後にいつもながら 撤収作業をお手伝いいただいた参加者の皆さんに

改めてお礼を申し上げます。
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